第21話:赤根さんは断る
◆◆◆
ある日のこと。俺は昼休みに担任教師から頼まれごとをされたせいで、校舎裏に行くのがいつもより遅くなった。
赤根さんは心配してるかな……
校舎の角を曲がり、いつも二人で座ってるベンチが視界に入った。
「ん……?」
ベンチに座る彼女の前に誰か男子が立っている。
あれは──確か3年生でサッカー部のキャプテン。
学校でも有名なイケメンリア充男子。女子から大人気の人だ。
男の俺が見てもカッコいいな。きらきら輝いて見える。
そのイケメンが赤根さんになにか話しかけている。
「赤根さん、好きだ。俺と付き合ってくれ!」
うわ、告白してる!
ヤベぇ……
なにがヤバいかよくわからないけど、思わず後ずさりして校舎の陰に身を潜めた。
あの学校イチの人気男子に告白されるなんて、さすが赤根さん。
そんな場面を
彼女は学校イチの美少女。明るく人懐っこくて性格もいい。
紛れもない人気女子なのだ。
彼女が仲良くしてくれてたせいで、まるで俺と同じ世界の住民のように感じ始めていた。しかしやっぱり赤根さんは『あっち側』の人間だ。
つまりバリバリ、リア充世界の人。
俺なんて所詮目立たない地味なオタク男子。
赤根さんがあのイケメンと付き合い始めたら、もう同じ時間を過ごすこともなくなるのだろう。楽しい日々ももう終わりだ。
ちょっと寂しいけど仕方ない。今まで仲良くしてくれてただけでも本来ならあり得ないことだし、感謝しなきゃいけないんだ。
赤根さん、今までありがとう。
俺たちの関係もこれで終わりだね。
「ごめんなさい。お付き合いはできません」
──えっ?
聞こえてきた赤根さんの言葉に驚いた。
あんな人気男子相手になんで?
しばらく無言が続いた後、男子の声が聞こえた。
「じゃあ友達から始めるのはどうかな?」
「それもごめんなさい。そういうのは私ちょっと……」
「そっか、わかった。困らせてごめん」
校舎の角から身を乗り出して覗き込むと、彼が向こう側に歩いて行くのが見えた。
とぼとぼ歩く背中が悲しそうだ。
それにしてもなんで断ったんだろう。
男子と喋るのは苦手だって言ってたけど、それが理由だろうか。
そんなことを考えながら呆然としていたら、ふと赤根さんがこっちを振り返った。
ぎょっ。目が合ってしまった。
「あ、ガタニ君!」
「ど、ども」
どもってなんだよ。我ながら情けないリアクションだ。
仕方なく赤根さんの方に近づいて行く。
「見てたの?」
「ん……盗み見してごめん。俺がここに来たら、ちょうどあの人が告白してたもんで」
「ここは私たちがいつも会う場所なんだから、盗み見なんかじゃないよ。あの人、私がいつもここにいるのを知ってたのか、突然来たんだよね」
赤根さんはなぜか俺に申し訳なさそうな顔をしている。
「なぜ断ったの?」
「だって告白を受けたら、ガタニ君と遊べなくなるから」
「え?」
俺と遊べなくなる?
だからあんな人気イケメン男子の告白を断るって?
いやいやいや、なんでだよ?
俺が腑に落ちない顔をしてたら、赤根さんは慌てて言葉を続けた。
「あ……ほら、ガタニ君って私の知らない世界を教えてくれるからね。アニメとかアニメとかアニメとか」
「アニメばっかじゃん!」
「まあ、そうだね」
「わざと言っただろ?」
「そうだね、あはは」
くそっ、からかわれた。
「事実だけどな、あはは」
事実すぎて返す言葉がない。
俺がスムーズに会話できるネタなんてアニメくらいしかないからな。
いや、アニメは俺にとって日常のほとんどを占める大切な存在だ。
だから俺が教えることがアニメばかりだなんて言葉は、それはもう最大限の賛辞だと捉えればいい。
「でもそれが楽しいんだよね、あはは」
「ホントにいいのか?」
「うん。あの人と一緒にいるより、ガタニ君と一緒にいた方が全然楽しいよ」
「そっか」
あのイケメンよりも俺といた方が楽しいだなんて、なんと嬉しいことを言ってくれるんだよ。
そして赤根さんの表情もホントに楽しそうだ。
俺のオタク趣味をこんなふうに楽しんでもらえるなんて嬉しすぎる!
そんな顔を見たら、もっと色々と楽しませてあげたいなあって素直に思った。
*
その日の夜。
俺は自室で、スマホを使ってアニメ関連のイベントチェックをしていた。毎月のルーティンだ。
「ん……これ……コスプレ撮影会?」
この街のはずれにある古いお寺でのイベントか。
コスプレ撮影会なんて、東京みたいな大都会なら珍しくもないイベントかもしれない。
だけど俺たちが住む地方の片田舎じゃこんなのめったにない。
このお寺は歴史的に由緒あるお寺で、明治時代を舞台にした人気コミックの実写映画のロケに使われた場所だ。
紹介写真を見ると、さすが歴史を感じさせる重厚な雰囲気の建物だ。そこで好きなコスプレで写真撮影ができるらしい。
俺はもちろんコスプレなんかしないけど、横から見学するだけでもめっちゃ面白そうじゃんこれ。
赤根さんは気にいってくれるかな?
「にゃあ〜」
飼い猫の
甘えた声を出してる。
「おぉー、相変わらず可愛いなぁお前」
喉を撫でようと手を伸ばしたら、急に反転して離れていった。ホント気まぐれだ。
茜はイチハさんとおんなじクールなタイプだな。あはは。
──そう言えば。
赤根さんと
クールで気まぐれな茜と明るくて人懐っこい赤根さん。
いや、猫と比べたら赤根さんに失礼か。あはは。
*
次の日。スマホ画面を見せながら赤根さんにコスプレ撮影会を教えた。そしたら俺のシャツの袖を引っ張りながら「イクイク!」って乗り気だった。
それで次の日曜日にコスプレ撮影会の見学に行くことになった。
ところで赤根さん。
そのセリフは童貞男子をドキっとさせるから、迂闊に口にしちゃダメなやつだよ。
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