第8話:赤根さんは悩む

♡♡♡


 今日は日曜日。

 私は親友の秋星あきほし 唯香ゆいかちゃんと一緒に、スイーツを食べにカフェに来ている。


 この店の売りはラテアート。

 私のは、ウサギの着ぐるみを着た男の子の顔。

 なにこれ?

 可愛い。可愛すぎる。


 男の子の顔がちょっとガタニ君に似てる気がする。


「それでくるみん。あれからガタニ君とは進展あった?」

「ふわぅ!?」

「なに? どした?」


 うわ、びっくりした。

 ガタニ君のことを考えてたら、唯香の口から名前が出るなんて。


「いや別に。進展……?」

「あ、えっと……彼がどんな人か探るって言ってたじゃん。調査の進展はあったのかって意味」


 調査って。

 別に私は探偵みたいに調べてるわけじゃないけど。


 そう思いながら、ガタニ君との出来事を唯香に説明した。


 毎日昼休みに一緒にアニメ動画を観たこと。

 雨の日に相合傘で下校したこと。その時、彼が嘘をついてまで、私のために傘を持たせてくれたこと。


 唯香は小さな身体を乗り出してる。そんなにワクワク顔なのはなぜ?


「ふぅーん……いい感じじゃん。ガタニ君って一見大人しそうだけど、いい人だね」

「うん」


 実際に関わってみたら、彼のいいところをたくさん見つけてしまった。

 勇気を出して近づいて、色々と触れ合った甲斐があるというものだ。


「それで、なんでくるみんは浮かない顔してるのかな?」

「別に浮かない顔なんて……」

「あはは、誤魔化すな」


 さすが唯香だ。私が悩みを抱えていることを秒で見抜かれた。

 小柄な身体にその洞察力。君は名探偵コ○ン君ですか?


「えっと……ガタニ君はホントに私のことを好きなのかなって。結構長い時間一緒にいるけど、割と淡々としてるし、ちょっと不安が……」

「でも彼ははっきり、くるみんを好きだって言ったんでしょ?」

「うん、それははっきりと聞いたんだけど……あ!」

「どした?」

「もしかして、あかねって別の女の子だとか?」

「でもうちの学年に茜ちゃんはいないよ?」

「じゃあ中学の友達とか?」

「うーん……それはあるかも」


 もしも私の早とちりだとしたら間抜け過ぎる。

 いえ、しっかり者の私が勘違いするなんてあり得ない……よね。


「じゃあさ、くるみん。ガタニ君に『私のこと好き?』って訊けばいいじゃん」

「はにゃ? そ、そんなの無理だよー! もしも違ったら、どんだけ勘違い女なんだって思われる。……って言うか、そもそも恥ずかしすぎてそんなこと訊けないし!」

「んー……話聞く限りでは、ガタニ君はくるみんに好意を持ってそうだけどなぁ」

「そっかなぁ」

「だよ。だって好意がなけりゃ、自分がずぶ濡れになってまで傘貸す?」

「それは……単にガタニ君が、底抜けに空前絶後に優しい人ってこともあり得る」


 なぜか唯香は「ふふっ」と笑ってアメリカ人みたいに肩をすくめた。

 私、なにかおかしいこと言ったかな?


「くるみんは、ガタニ君がホントに自分を好きなのか気になるんだよね?」

「うん」

「だけど自分からは訊けないと」

「うん」

「はぁ、めんどくせ」

「なんて?」

「ううん、初々しくて可愛いヤツだなって」

「めんどくせって言ったくせに」

「聞こえてるじゃん」


 唯香はニヤニヤしてる。

 どうせ私はめんどくさい女の子だよ。

 だって恋愛経験が皆無なんだから仕方ないじゃん。


 でも唯香は本気でめんどくさがってるわけじゃない。

 いつものようにすごく温かい目で私を見守ってくれてる。


 こんなのは仲のいい私達の日常のやり取りだ。


「だったらさ、くるみん。こうしよう!」


 さすが名探偵!

 グッドアイデアを思いついたみたいだ。


「ガタニ君にくるみを『好きだ』って言わせるようにもっていくんだよ。名づけて『ガタニ君に好きだと言わせるぞ作戦』!」

「あ、それ名案!」


 うんそうだ。それがいい。

 さすがは唯香だ。

 ネーミングセンスは壊滅的だけど。


 でも唯香は今度はきょとんとして、それからはぁ〜とため息をついた。なんで?


「冗談のつもりだったんだけど」

「なんで? 名案だよ」

「あのさくるみん。あんたはガタニ君のことが好きなの?」

「いや、だから私はそんなじゃないって。いい人だなぁとは思うけど」

「じゃあもしガタニ君がはっきり好きって言ったら、あんたはどうすんの? 言わせておいて断る気? くるみんってそんな酷い人だったっけ?」


 そこに気づいたか。

 やっぱり唯香は鋭い。

 って言うか、ものごとをちゃんと誠実に考えてるんだ。そういうところも唯香を好きな理由の一つだ。


「私は、もしガタニ君が面と向かって『好き』って言ってくれて、付き合いたいって言うなら……付き合ってもいいと思ってる」

「おわっ!」


 突然ガタンと床の音が鳴って、唯香が椅子からズレ落ちかけてる。


「唯香どうしたの?」

「くるみんがそこまではっきり言うとは思ってなかったからびっくりした! やっぱくるみん、ガタニ君のこと大好きじゃん! いっそのこと、こっちから告っちゃえ!」

「無理無理無理ぃー!」


 何言ってんのっ!?

 そんなの無理に決まってんじゃん!

 全教科100点取るより無理っ!


 ──はっ!

 唯香がニヤニヤしてる。

 からかわれた?


「……って言うか違うし! 別に好きじゃないし!」

「このぉーっ頑固者!」

「違うよ! 私、嘘はついてない。異性として好きとか、正直まだわかんないんだよ」

「わかったよくるみん。しゅんとすんなし」

「だけどさ唯香。はっきり『好き』じゃなくても、告白してくれた相手を嫌いじゃなかったら、付き合ってみるってのもありだよね? ダメ……かな?」


 唯香が椅子に座り直して、まっすぐ私を見た。

 なんか目を見開いてる。唯香は呆れてる?


「いや、そういうパターンもよくあるし、全然ダメじゃないよ」

「じゃあなんで呆れてるの?」

「呆れるってか、あたしは驚いてんの! お子ちゃまで恋を知らないくるみんがそこまで言うなんて! ……って感動してたのー」

「お子ちゃまじゃないし!」


 唯香ってば、いつも私をお子ちゃま扱いするんだから。

 私だってもう高校生。恋の一つや二つはしてみたい。

 でもその恋がわからないんだ。


「でも今まで男子と仲良くなるのが怖いって言ってたくるみんに、そこまで言わせるなんて、やるなガタニ君」

「だぁかぁらぁ唯香、勘違いしないでよ! べ、別に彼のことを好きってわけじゃないから」


 今まで男子と親しくなることに恐怖心があったけど、なぜかガタニ君にはそういう気持ちにならないのは確かだ。


「はいはい。わかってますって」

「あーっ、信用してないなぁ!」

「信用してますよぉ」


 んもう、やっぱり子供扱いさてれるみたいでなんかムカつく。

 でも唯香は私の一番の理解者であり、恋愛経験も豊富だから心強い味方。


 ここは唯香に頼るしかないよね。


「じゃあくるみん。今から『ガタニ君に好きだと言わせるぞ作戦』の中身を伝授するぞよ」

「う、うん……」

「どうしたのくるみん?」


 まだ不安に思うことがある。

 さっきの疑問はまだ解消していない。


「あのさ。さっき言ったみたいに、もしガタニ君が好きなのは私じゃなかったとしたら、どうしようかと思って……」

「そんなの、もし違うってわかったら仕方ないなぁって思うしかないじゃんよ!」

「……え?」


 なに、そのあっけらかん加減は。

 唯香、サバサバしすぎでしょ!


「それともなにかい、くるみん。あんたはガタニ君に愛してほしくてたまらないってか? ということならつまり、くるみんも彼のことを……」

「だぁーっ、違うって! 違うから。うん、もしもガタニ君が好きなのが他の女の子だったら、それはそれで仕方ない。そうだよ」


 私の言葉に、唯香はようやく納得したように頷いた。そしておごそかに宣言した。


「ではこれから、『ガタニ君に好きだと言わせるぞ作戦』を伝授することにします!」

「はい。よろしくお願いいたします」


 どんな作戦なんだろ?

 私はドキドキしながら、唯香の言葉の続きを待った。

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