第10話:赤根さんは行動する

♡♡♡


 結局ガタニ君に『好きな人はいるの?』って訊けないまま店を出た。ここから駅までは歩いて10分くらいた。


 せっかく作戦を立ててここまで彼を引っ張り出したのに、このまま帰るわけにはいかない。

 駅まで歩く間に、さり気なく訊きだすチャンスを窺うしかない。


 そればかり気になって、会話が全然頭に入ってこない。だけど肝心の質問はなかなか口に出せなかった。


 ヤバ。もうすぐ駅に着いちゃう。

 早く『好きな人はいるの?』って訊かなきゃ。


 この先の横断歩道を渡ったら、もう駅だ。

 隣を歩くガタニ君の表情を横目で見ながら、チャンスを窺う。

 彼は穏やかな顔をしてる。今なら言えそうな気がする。


 ああ、早く言わなくちゃ!

 よし、深呼吸して。そして思い切って声を出す。


「あ、あのさ。ガタニ君は好きな人はいる……」

「赤根さん!」


 やっぱり私!?

 ……やったぁ!

 涙が出そうになる。


 ──あ。

 突然ガタニ君が立ち止まって、後ろから私の手を握った。そしてぐいと引かれる。


 私はよろめいて彼の胸に飛び込んでしまった。

 顔がドンと彼の胸に当たる。


 待って! 積極的すぎるよガタニ君!

 それはまだ早すぎる。抱きしめられるなんて、まだ心の準備が……


 それにしても、ガタニ君はふらつきもしなかった。

 華奢に見えるけど、やっぱり男の子って身体が全然違うんだ。

 そう感じてキュンとした。


「危ないよ赤根さん! 赤信号だよ!」

「え?」


 振り向くと車がビュンビュン通っているのが目に入った。

 危なかった。ガタニ君が引っ張ってくれなければ、車道に出て車に轢かれていた。


 ふと見上げる。そこには心配そうに見つめる彼の顔が間近にあった。


 うわ、近い!

 ドキドキして心臓が暴れてる。

 あ、これは車に轢かれそうになったからだよね。

 きっとそうだよね。


 「あ、ごめん赤根さん。思わず手を握ってしまった。ホントにごめん!」


 彼は慌てて手を離した。

 温かかった熱が私の手から離れて行く。

 ちょっと寂しい気がした。


「いえ、私の方こそ不注意でごめん。ありがとう」

「ところで赤根さん。さっき、何か言った?」


 つまり……彼が私の名前を呼んだのも、手を握ったのも、赤信号で歩き続ける私を止めるためだった。

 バンジージャンプくらいに勇気を振り絞った私の質問は、ガタニ君には聞こえなかったようだ。バンジー大失敗。


「いや別に、何も言ってないよ」

「そっか。まあとにかく無事でよかった」


 あんなこと、恥ずかしすぎてもう二度と訊けないよ!



「そっか……訊けなかったか」


 翌朝。親友の唯香に昨日の顛末てんまつを説明した。

 唯香は残念そうに呟きながら、私の頭を撫でてくれた。


「くるみんはコミュニケーションめっちゃ得意なくせに、恋愛に関してはダメダメだよなぁ」

「ふえん。唯香……もしかして私、ディスられてる?」

「ううん、慰めてる」


 嘘つき。ディスってるくせに。

 唯香なんて大嫌い。


「好きな人がいるのかストレートに訊くのは、くるみんにはハードル高すぎたか。よし作戦変更だ。新たな作戦を授けよう」


 さすが唯香、身体はちっちゃいけど頭脳は大人だ。頼りになる。大好き。

 どんな作戦だろう? わくわく。


「ハードルを下げて、まずは彼の好きなタイプを言わせるところから攻めよう。それならできるよね?」

「それならできる! ……かなぁ」

「できないの? 世話が焼ける子だね」

「お子ちゃま扱いしないで」

「じゃあこうしよう。彼に『好きなものの言い合いっこしよう』って言うんだよ。最初は食べ物とか教科とか。当たり障りのないものを言う。それからいよいよ本命の『好きな異性のタイプ』を訊くんだよ。どう?」


 さすが唯香。頭がいい。

 名探偵改め、これからは軍師様と呼ばせてもらおう。


「あ、それなら訊けそう。それで?」

「彼はきっとくるみんのようなタイプを答えるだろうから、『それって私みたいだね』って言うんだよ。そしたら彼は、うんって答えやすいでしょ?」

「なるほど!」

「そこまで来たらゴールは近い。冗談っぽく『へぇ、ガタニ君って私のことが好きなのかな?』って流れに持っていく。そして彼が『うん、好きだよ』って答えてゴールインっ!」


 さすが唯香。その作戦完璧だ。

 よし。今日の昼休み。早速実行しよう。


「ありがとう唯香。私がんばるっ!」

「けんとーを祈る!」

了解りょうかい道中膝栗毛!」

「なに?」

「なにもない」


 恥ずかしいことを言ってしまった。



 昼休み。いつもの校舎裏のベンチに二人並んで昼ご飯。

 お弁当を食べ終わってから、唯香の作戦を実行した。


「ねえねえガタニ君。好きなモノの言い合いっこしない?」


 ガタニ君は楽しそうに乗っかってきた。

 まずは私が出したお題の『好きなおかず』から。


「俺は唐揚げが一番かな。基本的に茶色ければだいたい旨い」

「茶色ければ旨い? あはは、なにそれ?」

「赤根さんは?」

「私も……唐揚げかな」


 うん、ガタニ君とは気が合う。


 好きな科目はガタニ君は数学で私は英語だった。

 好きな飲み物は私がカフェラテでガタニ君は水。

 やっぱ気が合うとは言い難いかも。ぐすん。


「ねえガタニ君。普通、好きな飲み物で水ってあり得なくない?」

「だって水がなきゃ生きていけないし」

「好きと必要は違うんでは?」

「それは……まあそうかな」

「あはは、そうだよー ガタニ君ってば面白い」


 でもこの遊び、彼のことを深く知れて楽しい。

 ガタニ君とは結構な時間を過ごしているけど、まだまだ知らないことだらけだってわかった。


 そしていよいよ、ド本命の質問。

 そろそろ本命の質問をしなくちゃ、昼休みが終わってしまう。


 どきどきする。

 ちょっと頭の中で復習しとこ。


 私が『好きな異性のタイプは?』って訊いたら、彼はきっと私のようなタイプを答える。

 そしたら私は『それって私みたいだね』って言う。

 彼が『うん』って答えたら、私は『へぇ、ガタニ君って私のことが好きなのかな?』って、あくまで冗談っぽく言うんだよね。


 よしっ。復習は完璧だ。


「じゃあさガタニ君……」

「じゃあさ赤根さんの好きな動物は? ちなみに俺は猫が大好きで飼ってる」


 ──はにゃ?


 先を越された。

 早く答えて、本命の質問しなきゃ。


「私は犬かな。飼ってはないけど」

「そうなんだね。ちなみにうちの猫の名前は……」


 飼い猫の名前なんて聞いてる場合じゃない。

 早く本命の質問をしなきゃ、昼休みが終わってしまう。


「えっと、次は私からいいかな?」

「あ……うん、そうだね。どうぞ」

「じゃあ次は好きな異性のタイプね」

「えっ……?」


 彼はちょっと驚いたような目で私を見た。

 そしてあごに指を当て、少しだけ考え込んでから口を開いた。


「クールなタイプかな」

「うん、それって……え?」


 絶対に私じゃなーいっ!

 私に似たタイプを言うと思ってたのに!


 ちょちょちょっと待って!

 クールなタイプの女の子って周りにいたっけ?


 ──そこで同じクラスの一人の女の子が頭に浮かんだ。

 月ヶ瀬つきがせヒカリさん。黒髪ロングでスレンダーなクール系美人。


 ガタニ君の好きなクールなタイプって、彼女みたいな女の子のことだろうか。


 ふふふ、ガタニ君ったら。

 ホントは私を好きなくせに。

 照れちゃって、私みたいなタイプだって言えなかったんだよね。きっとそうだよね。


 ──そう思おうとしたものの。

 私は少しモヤッとした。

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