第24話:赤根さんは濡れる

◆◆◆


 7月ももう中旬過ぎ。毎日暑い日が続く。

 その中でも、その日は朝からかなり暑かった。

 昼休みに校舎裏に行く前に、水飲み場で喉を潤してから行くことにした。


 水飲み場は水道が3つ並んでる。

 だけど一番左のは壊れてるのか、蛇口を少し多めに捻ったら、信じられないくらい勢いよく水が出る。


 だからいつも俺は、それを避けて水を飲むんだが……


「誰かやらかしたな」


 一番左の蛇口の前が水浸しだ。

 壊れてることを知らない誰かが、やっちまったに違いない。

 きっと服も水浸しだな。かわいそうに。


 それから校舎裏に行くと、赤根さんは既に来ていた。呆然とした顔をしている。

 そしてブラウスが水びたし。


 つまり──


「やらかしたのは赤根さんだったか」

「ふえん。マズっちゃったよガタニくぅーん……」

「着替えは? あ、そうだ。体操着のジャージとか」

「暑いし今はジャージ着ないから持ってきてないよ」

「あ、俺持ってるよ」


 ロッカーにジャージを入れっぱだったのを思い出した。


 ──でも。


 俺のを貸すなんて感じでつい言っちゃったけど、女子が男子のジャージを着るなんて、かなり抵抗あるよな。

 キモいこと言ってしまった……


「じゃあガタニ君の貸してくれる!?」

「え?」

「濡れたのはブラウスだけだから、ジャージの上だけでいいから!」


 抵抗……ないの?

 それならいいけど。


「うん、いいよ」

「やった! ありがとー!」


 まあ赤根さんを助けるためだ。

 本人が抵抗ないならいいか。


「じゃあ取ってくるから、赤根さんはここで待ってて」

「うん」


 急いで一旦教室に戻った。

 クラスメイトから不審に思われないように気をつけながら、後ろにある個人ロッカーから体操着の布袋を出した。

 よし、誰も俺の動きなんて気にしてないな。この辺りはクラスの空気的存在の俺の得意分野だ。


 とって返して、急ぎ足で校舎裏に戻る。


「はいこれ」


 布袋からジャージの上とタオルを取り出して赤根さんに渡した。


「タオルまで……ありがとう」


 赤根さんのホッとした顔を見れてよかった。


「じゃあ着替えるから、ガタニ君はちょっとあっち向いててくれるかな」

「え? ここで?」

「うん。あの植木の陰なら他からは見えないし。すぐに終わるから大丈夫」


 そう言って赤根さんは木の陰に隠れる。

 それでも俺の場所から見えてしまうから、俺は反対方向を向いた。


 ガサゴソとブラウスを脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。

 ヤバい。音だけでも妄想ヤバい。


「ああ〜っっ! が、ガタニ君っ!」


 突然の悲鳴。


「ど、どうしたっ!?」


 思わず振り向いた。

 ブラウスを脱いで上半身ブラジャーだけの赤根さんが目に入る。

 ブラは水色だ。柔らかそうな白い肌とのコントラストが美しい。

 こんもりと盛り上がった豊かな双丘。かなり大きい。


 生まれて初めて見る女子の生ブラジャー。そして生肌。

 しかもそれが学校一の美少女のものなのだから。

 俺は卒倒しそうで息を飲んだ。


「うわ、あわわ、がががガタニ君っ! ダメっ! 見ないで!」

「ご、ごめん!」


 急いで後ろを向いた。

 視線の端で、赤根さんが慌てて俺のジャージを素肌の上から着るのが見えた。




「ホントにごめんね赤根さん」

「私がガタニ君の名前を呼んだんだから、君は悪くないよ」


 二人並んで弁当を食べながら、赤根さんはしょぼんとした態度で説明してくれた。


 木の上から蜘蛛が落ちてきて、赤根さんの腕の上に乗ったらしい。それで怖くてとっさに俺の名を叫んでしまったと。


「でも、なんかごめん」

「あはは、ガタニ君が謝る必要ないって。ホントに君はいい人だね」


 あんないいものを見せてもらって、ホントはありがとうと言いたいところだけど。そう言うわけにはいかないから、ごめんは言いたかった。


 もしかして俺は今日、一生分のラッキーを使い果たしたかもしれない。

 もしもそうなら、これから先の俺の人生は灰色ってことか。怖い……


 まあ何はともあれ、赤根さんの元気が戻ったみたいでよかった。


 昼休みが終わり、二人別々に教室に戻った。

 突然ジャージ姿になった赤根さんは、周りの女友達から「どうしたの?」と訊かれてる。

 水飲み場の水道でびしょ濡れになったことを正直に説明して、みんなに笑われてた。



 午後の授業が始まった。

 俺の席からは少し離れてるけど、ちょっと振り向くとジャージ姿で授業を受ける赤根さんが見える。


 ウチの高校は男女同じデザインのジャージだから、誰も違和感を感じてない。

 だけど俺は、あのジャージの下は下着姿だと知っている。


 つまり──今、俺のジャージ君は赤根さんの素肌に直接触れているのである。

 しかも胸のところは大きく盛り上がっているのである。つまり俺のジャージが彼女のおっぱいを包んで……


 ──ぐあああっ、俺はいったい何を考えているんだ!?

 そんなことは考えてはいけない!

 妄想してはいけないっ!

 心を無にせよ!


 ──あ。


 赤根さんがふとこちらを見て目が合った。

 俺がそんなよこしまなことを考えているなんて、彼女は露ほども思ってないのだろう。


 俺を見てニコリと笑顔を浮かべ、そしてジャージのお礼だろうか、ペコリと頭を下げた。


 えっちなことを考えてばかりで、ホントにごめんなさい赤根さん。




 ──ちなみに。

 学校が終わって帰り際に、ジャージは返してもらった。


 赤根さんは洗って返すと言ったけど、別に汚れてないからいいよってその場で返してもらった。


 さっきまで赤根さんが素肌の上に着ていたと考えると、ジャージを見つめてドキドキした。

 だけど決して匂いを嗅いだりはしてないからな。


 正直に言うと──ほんのちょっとだけ嗅いでしまった。とてもいい匂いがした。


 仕方ないだろ。

 俺は健全な男子なんだから。

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