意外な場所に……

 ──くぅ、ひどい目にあったわ。こんなのは生まれてから、違う、死んでから初めて。

 ……あれ?アナタ、アタシが見えるみたいね。どうやら霊感があるのね。何言ってんだって顔してるね。けど、アタシは現世に残った魂だけの存在、要するにお化けってやつなのよ。ほら、足みて。透けてて、無いでしょ?そんな怖がらないで。別にアナタを、呪う気も祟る気も無いの。

 けど代わりに、少し愚痴を聞いてくれない?……お願いよ、アタシと喋れる人なんて滅多にいないし人助けと思って、ね、後生だから。人助けといっても霊だし、その霊が後生というのもおかしな話だけれど。

 ……聞いてくれる?どうもありがとう。えっ?何も言ってない?いやいや言ってた。『聞く!』って、顔がもう言ってたわよ。

 でね、何がひどかったって。この前、化けて出た時の話。と言ってもね、そんな悪いことはしてないのよ。暗がりでね、ちょーっと身体を薄白く光らせてね、生きてる人をびっくりさせるの。ドッキリってやつよ、そう。お化けってなってみると暇で、こういうことでもしないと退屈で死んじゃいそうなのよ。……もう死んではいるんだけども。

 それでその時入ったのがね、ほら、ここの近所の、瓦屋根の御屋敷よ。あそこ、見た目が凄く立派でしょ?中に蔵もあってさ、いかにも日本家屋って所で、おあつらえ向きだと思ってね、出てみたのよ。夜遅くに、中庭にね。玉砂利とか敷いてあって、池もあるのよ。さらには枝垂れた柳の木まで。多分、政治家とか社長さんとか、家主はお偉いさんなんだろうね。アタシもこんなに舞台整ってたらさ、張り切っちゃって。待ち構えてて、いざ人が来たらひゅーどろどろって効果音出しちゃって、うらめしや〜なんて言っちゃってね。今どき聞かないでしょ?だって古臭いもん、今の時代でそれやったら笑われちゃうって。でもやっちゃったのよ。そのくらいノリノリだったのよね、そん時。

 けどね、最高潮に雰囲気出してたのにね、相手の反応が良くなかったのよ。すこぶる悪かったの。「あ〜、はいはい」って感じ。余裕も余裕で、全然怖がってくれないの。

 もう驚いた。こっちが驚いた。逆に。何回か粘ってみたけどさ、一回その反応喰らっちゃうと後はダメね。やればやるほどズルズルいって、変な空気になっちゃって。

 それでもう心折れちゃって、相手に聞いちゃったのよ。


 「あの……怖くないんですか?」


 って。そしたらね、その家の人こういうのよ。


 「もう何回も見てまして……よく出るんですよ、ウチ」


 まさかのまさかよ。詳しく聞くとね、なんか、こういう昔ながらの屋敷が減ってきてるせいか、霊になりたてのみんな、同じ考えしちゃうらしいのね。つまりお化け初心者がさ、「あ、こういう場所で化けて出るの、テレビで見たことある〜!」みたいな、ミーハーでたくさん寄って来ちゃうんだって。

 もう恥ずかしくって。「やだ、見事に釣られちゃった」って感じ。さっき勢いでやった「うらめしや〜」ってのがバカみたいじゃない。だって、何の恨みがあるのよって話よ。なーんにも恨み無いのに。これはショックよショック、大ショック。ショックすぎて、心臓動き出しそうよ、生き返っちゃうわよアタシ。

 だからね、それ知ったときに、生前見てた恐怖映像特集?みたいなやつが黒歴史のオンパレードに思えて来ちゃって。あそこに出てくるのはみーんな、初心者なのよ。わざわざ暗い廃墟やら、夜の山やら海やら、工事が中止になったトンネルやら、それっぽいとこに行っちゃってるんですもの。そりゃ写りますよ、写ろうとしてるんだから。化ける方の自己顕示欲が凄いんですからねアレ。

 つまりね、何が言いたいかって、上級者はむしろ出ないの。出ないのよ。いやね、出てることには出てるんだけど、そういうお膳立てが無いとこで出るの。例えば電車で生きてる人に混ざって座ってみるとか、飲食店で客のフリしてるとか、普通にスーパーで買い物してるとか。日常生活に溶け込むのがうまいの。

 で、そこに溶け込むにはどうしたらいいかって言うとね。どこにいても違和感ない存在がいいの。となるとね、おばちゃんが一番都合いいのよ。だってどこにでもいるじゃないの、おばちゃん。おばちゃんに擬態するのが、一番楽なのよ。

 てわけで、もう気づいたわよね。何でアタシがこんなお喋りなのか。そう、おばちゃんになりきるためよ。見た目は簡単なんだけど、中身は中々ね、難しいの。だけどコレが一番、お化けには大事なスキルなんだから。ありがとね、会話の練習に付き合ってくれて……。


 ──喫茶店でいきなり相席をしてきたおばちゃんは、そうやって喋るだけ喋り終えると席を立ち、壁を通り抜け消えていった。机の上には彼女が置いていった飴玉が一つ。しかし私にはコレを食べる勇気は出てこない。

 だが食べなければ食べないで、再び彼女が化けて出てきそうで、どうにも困ってしまう。確かに彼女の言ってたとおり、これは中々、上級者のやり口のようである。

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