絶えないハラスメント

 近年、様々なハラスメントが問題になっている。立場を盾に弱者をいたぶるパワーハラスメント、精神的苦痛を与えるたちの悪いモラルハラスメント、性的な言葉をデリカシーなくぶつけるセクシュアルハラスメント、妊婦に対し不当な扱いをするマタニティハラスメント……種類は豊富だが結局はどれも、卑劣で身勝手で他者の気持ちを弁えない、不愉快極まりない行為であるのに違いはないのだ。

 我が社ではそんな、下賎な行為を許しはしない。社内では「ハラスメント撲滅」をスローガンに掲げ、社長である私自らがそれぞれの部署に顔を出し、日々悪質なハラスメントが行われていないか、鋭く目を光らせている。

 というわけで今日はまず、営業部から見回る。すると営業部長のデスクからいきなり、怒声が聞こえてきたではないか。


 「──だから、お前はいつになったら仕事を取れるようになるんだ!」

 「申し訳ございません……」

 「謝罪はいらないんだよ、求めているのは結果だ!いいか、それが出来ないんだったら、代わりなんぞいくらでもいるんだからな!」


 ……あぁ、何と悲しきことか。我が社でもまだ、パワハラなどという下等行為が存在していたとは!

 私はすぐさまハラスメントの現場へ駆け寄り、営業部長を叱責した。


 「やめたまえ、何をしているのかね君は!」

 「あ、社長……」

 「君のパワハラの光景を見させてもらった。代わりがいくらでもいるとは、何とひどい言いようか!いいかい、そんな態度でいるならば、君を首にするからな。何せ、君の代わりなどいくらでもいるのだから……」

 「そ、それだけはご勘弁を。私が悪うございました」

 「どうだ、言われて気持ちの良い言葉ではなかったろう。分かったのなら私ではなく、その子に謝りなさい。ハラスメントは、絶対に起こしてはならないのだ」

 

 私に言われ、営業部長は若手社員に向き直り、頭を下げた。


 「すまなかった、許してくれ」

 「そんな、頭を上げてください部長。部長が私のために叱ってくれているのは、よく知っていますから……」


 うむ、一件落着。このように、社長である私の鶴の一声で、大抵が良くまとまるのだ。

 続いて隣の部署に足を伸ばす。こちらは人事部。ここには、何も問題がないといいが……。


 「なので、あなたの異動はもう決まったことなんですよ」

 「いや、ですが事情がありまして」

 「なるほど、不都合がおありですか。としましたら別途、コチラの用紙に理由をお書きいただいて申請を」

 「これにですか。うーん、でも……」

 「どうしました。理由が分からなければ、私どもとしても動けませんよ」

 「実は、同じ部署にいる彼女と離れたくなくて……」

 「……あなたね、そんなことでは部署異動は断れませんよ」


 ……何と、ここでもハラスメントが!他者なら見逃してしまうかもしれないが、ハラスメントに機敏になっている私なら分かる。人事部次長が社員のプライベートに関わることを執拗に聞き出した。これは立派なモラハラだ!問題になる前に止めなければ。


 「あー、待ちたまえ君。」

 「おやこれは社長。どうされましたか?」

 「いや、今そこで、会話が聞こえてきたんだがね。いいじゃないか、異動を勘弁してやっても」

 「それは……さすがに社長の頼みとしてもできかねますよ」

 「しかし異動に際して、彼のプライベートにまで踏み込んだのは問題なのだよ。それを無理矢理聞き出したのは、モラハラと言われても仕方がない案件だ。だが彼はそれを、正直に伝えてくれた。その勇気と寛大さに、ぜひ報いてやろうじゃないか」

 「しかし……」

 「それに次長、君はこの前一緒に飲んだ時に奥さんとの惚気話をしていたが、君もあの惚れ込みようなら、もし我が社の同じ部署に奥さんがいれば、異動を渋るんじゃないか?何せ、あんな性癖をお互いに持っているくらいで──」

 「わーっ!わかりました、わかりましたからそこまでで!彼の部署異動は取りやめます、これでいいですか!」

 「うん、それでよろしい。よかったな君!」

 「いいんですか?でも、冷静になって考えれば僕が間違っていた気が……」

 「いいんだいいんだ、気にするな!」

 「はぁ……」

 

 これでよし。それにしても、我が社の社員は未だハラスメントへの問題意識が低い。再度ハラスメント教育を実施して、意識を高めていくべきかな……。

 そんな考え事をして、赴いた先は総務部。そろそろ、問題行為がない部署を見たいものだが。

 しかしここでも、飛んだハラスメントが起きていたのである。

 

 「よいしょっと……」

 「ちょっと!あなたは座ってなさい!」

 「けれど、蛍光灯の交換を頼まれまして」

 「あなた、お腹に赤ちゃんがいるんでしょ?だったら自分を大切にしなさい。仕事は極力、私たちに任せて。その綺麗な身体に傷でもしたら、大変なんだから……」

 「ほんと、すみません……ありがとうございます」


 なんてことだ、二種類のハラスメントが起こってしまっている!まず、妊婦から仕事を取り上げたこと、これはマタニティハラスメントになる。それに女性の身体についての発言、これはセクシュアルハラスメントに他ならない!同性だからといって、セクハラにはならない、ということは無いのだ!すぐに、注意しなければ!


 「君!そこの君だ!」

 「あら?社長じゃないですか。どうされました?」

 「どうされましたじゃないよ、彼女は身重の体でも必死に働こうとしていたのに、その仕事を横取りするとは!」

 「えぇ?私、そんなつもりは……」

 「それに若い女性に対して、『綺麗な身体』とは何事だ!自分がもうお局だからと、嫉妬からそんな発言をするとは!」

 「なっ!?社長、それはひどいです!私のことを、そんな風に見てたんですか!?それこそ、セクハラです!」

 「な、なんだと──」


 言い合いがヒートアップしてきたそのとき、私は肩を叩かれた。振り返ると、法務部長が、険しい顔で私を見ている。

 

 「社長、お話があります。こちらへ」

 「何だね。私はいま、こうしてハラスメントの見回りをしているのだが」

 「その件です。何件も社内告発が入っているのですよ。社長がパワハラにモラハラをしてくると。私もまさかとは思いましたが、今もセクハラとマタハラをしていたようですね。一応聞き取り調査を行いますが、後ほど取締役会議でも議題にあげますのでそのつもりで。それにしても、あんな社内スローガンを掲げておきながらなんてザマです。もはやハラハラ──ハラスメントハラスメントの状態といっても、過言ではなくなっている……」

 

 しまった、私は気づかぬうちにハラハラをしていたらしい。しかしこうなったら、私にも考えがある。社員から社員ハラスメントを受けたと、しかるべき場所へ訴えるのだ。だが、今の状況では形成不利。敗訴するかもしれない。そうなれば、次は敗訴ハラスメントとして裁判官と弁護士を訴えればよいか。

 それに、誰に何と言われようとも、私は誰よりもハラスメントを問題視しているのは事実で、だからこそ敏感に感じ取っているのだ。

 その証明として、私の両眼はどんなことからも、あらゆるハラスメントを見つけられるのだもの。

 あぁ、この絶えないハラスメントが絶える日は、いつくるのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る