潜む鳥たち

 ここは遠い異国。しかし、これを国と見なしてよいものだろうか。荒れた土地に草木はなく、民は飢えて、腕は枝よりも細くなっている。それでも立っていればまだいい方で、彼らの足元には彼らと同じ道筋を辿って果てた屍達が、何体も転がっているのだった。


 「どうして、どうしてこんなに苦しむのだろう」


 誰かが吐き出した言葉の答えを、皆は知っていた。何もかも、王が悪いのだ。悪しき王は格好の餌食と、民を鴨にして重税を課し、金も穀物も全てを取り立て、自分のいる城内だけは輝く宝石や絵画で彩って、そのくせ台風や飢饉が起きても、国民を助けようとはしなかった。


 「自分さえ贅を尽くせればよい、自分さえ生きていれば国は持つ。何故なら、自分は王なのだから」


 傲慢な王は、平然と言い放つ。それはもはや、王ですらなかった。民すら見捨てるその姿は、地上に顕現した、醜悪な悪魔と呼ぶのが相応しかった。

 だが、椅子にふんぞりかえっている下卑た男は、自分をこのように喩えた。


 「余はカラスに似ている。光る物が好きで、何より頭が良い。これをカラスと呼ばずして何と呼ぼうか」


 浅薄な発言。それがこの男の本質だった。けれど用心深さという点においては、確かにカラスと似通っていると言えた。毒殺を恐れ、給仕係も執事も置かず、城内には一人だけだから、食事の用意も掃除も、全て一人で行う。広い空間でそれらを行うのは面倒ではあったけれど、死よりはマシだ。だから苦と思うことも、あまり無かった。彼は臆病なのだ。チキンなのだ。


 場所は戻って城下。民の中に、かなりやつれてはいれども、美しい女性がいた。彼女は所謂、聖女と呼ばれる存在であって、彼女の周りには、常に人々が集まっていた。といって彼女が何かをできたわけでも無く、ただ決まって、


 「神に祈りましょう。いつか、私たちが報われると信じて」


 と言うのだ。民の大半は、神の存在を信じているわけでは無かった。それでも彼女のそれは、皆を安心させようと精一杯に絞り出した言葉で、彼女自身も苦しんでいるのは、ロザリオを握る手が微かに震えているのを見れば誰もが分かることだった。分かっているからこそ、皆は彼女と同じように跪き、祈るのだった。

 そこに、王は目をつけてしまった。


 「反乱分子として、この女を牢に入れる」


 王は人を惹きつける人間を、許せる器量が無い。王としての器が、全て欠けていた。彼は数少ない、鸚鵡返しだけが取り柄の部下たちに命じて、聖女を城へと連れ去った。

 これが致命の出来事だった。彼は希望の灯を、わざわざ城内へと置いてしまったのだ。

 ──聖女を失えば消沈すると思われた民衆の目つきは、むしろ鋭くなっていた。彼らは聖女を風見鶏にし、死にかけの身体のどこからか力を湧かせて、城へと歩む。


 「王に死を!聖女を取り返せ!」


 城へと近づくごとに、民の数は増えていく。膨れ上がっていったその数は、いかに鍛えられた兵士と言えど、数名ではどうにもならないほどになった。

 城へ入れてなるものかと、兵士達は城門で抵抗していたが、段々と押されて、ついには逃げ出したのである。


 そこまで来ると、あとは素早かった。民衆は場内に雪崩れ込むと、逃げずに油断しきっていた王の首を、瞬く間に刎ねたのだった。


 全てが終わり、解放された聖女は、


 「神のおかげでしょうか」


 と言ったが、しかしカラス達は首を振った。


 「いいえ、私たちにとっては貴女が女神であったのです。ですから、神のおかげだとすれば、それは貴女のおかげなのです」


 彼女は畏れ多いと思いつつも、ならば、と呟いた。


 「なら、苦労から私を解き放ったあなた達は神使であり、気高き存在なのです」

 

 と。


 さて、かつて王だった男は霊となった今、やはり浅はかな考えごとで、無い首を捻らせていた。

 

 「ふーむ、なぜ余は殺されたのだろうか。奴らがカラスなら、同類として上手くやっていけただろうに」


 カラスが共食いをすると知らぬ無知さ、問題はそこでないことに気づけない愚かさが、彼の底を示していた。彼はやはり知恵が働くカラスではなく、アホウドリの称号がよく似合うのだった。いいや、それもアホウドリに失礼かもしれないが。

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