リサイクルボックス

 それに気づいたのは、今日の朝だった。我が家の裏庭に、リサイクルボックスが設置されていたのだ。サイズは大きめの洗濯機くらいで、それに合わせて上についてる投入口も幅が広い。まさに、よくスーパーなどで見かけるソレだ。ご丁寧に【何でもお入れください】と書かれた看板も隣に立てられている。


 私達は三人家族で、私と妻、そして幼い息子がこの家で暮らしている。が、誰もこの箱が置かれた経緯を知らなかった。この家に引っ越して十年は経つが、当時からこんな物があった記憶もない。


 いつ、誰が置いたのだろうか。イタズラにしても、気づかれずに人の家へと侵入し、こんな大きな物を設置するのは骨が折れるだろうし、嫌がらせならもっと手軽で、楽なやり方があるはずだろうに。


 しかしだからと言って、リサイクル業者が無断で置いたとも考え難い。こんな所では回収も不可能だろうし、何よりここにあると住民である私達に教えなければ、使用さえして貰えない。誰が置いたにせよ、置いた者へのメリットが薄すぎる。


 「何故、こんな物がこんな場所にあるんだ?」

 「ねえアナタ、とりあえず警察に電話してみましょうよ」

 「そうだな、不審物ではあるし……」


 というわけで連絡をすると、まもなく警官が到着した。が、警官は私達に何も被害が出ていないと分かると、リサイクルボックスの中を覗いたり、外から軽く叩いたりして"危険物ではないだろう"との判断を下しただけで、事態が目覚ましく進展することはなかった。


 「ま、気になるようでしたら、業者に頼んで撤去するのがよろしいでしょうな」

 「はあ、そうですか」


 結局、誰にでも考えられるアドバイスを言い残して、警官は帰ってしまった。


 「しょうがない、言われたとおり撤去を頼むか」


 だが調べたところ、撤去するにも、費用がかかることが分かった。となると、これはそのまま残した方がいいのではないか。


 「えーっ、そんなにかかるの!?」

 「そうなんだよ。どうする?」

 「うーん、そうねえ……」


 そうして妻と相談した結果、この大きな設置物はそのまま残すことになった。……もしも、こうなることを予想して置いたのならば、設置犯はかなり、嫌がらせのを抑えている。


 そう思うと、自分がまんまと策略にハマってしまった気がして、イライラしてきた。せめて、この残された箱を何か有効活用してやらないと気が済まない。


 「そうだ。リサイクルは無理でも、ゴミ箱として利用できないだろうか?」


 私は思い立って、家にあった何本かのペットボトルゴミを、リサイクルボックスへ入れてみることにした。機能性や、容量の確認のためだ。


 すると、予想だにしない現象が起こった。物を入れて数秒後、突如リサイクルボックスの前面が開いて、入れたはずのペットボトルを吐き出したのだ。


 「なんだ、壊れているのか?それとも、コレもイタズラか?」


 私は放り出されたペットボトルを拾おうとした。ところが、あろうことかそれは、私が入れた物と様子が違っていたのである。


 捨てる際に剥がしたはずの、ラベルが付いている。それどころか、空っぽだった中身に、満タンのコーラが入っているではないか。


 「まさか。どういうことだ?」


 また閉じられた箱の前面を凝視しつつ、確かめるようにもう一本、ペットボトルを入れてみる。


 ──全く同じことが起き、ペットボトルに中身が入って出てきた。新品の、未開封品のジュース。日付も新しい。こうなると、他の物も試したくなる。


 まず、自室から古着を持ってきて入れてみた。出てきたのはノリの付いた、新しい洋服。柄も、今の流行りのものだ。


 続いてズボンに靴下、下着、鞄、財布…どれもピカピカの新品に変わったではないか!


 「こりゃあ、良い物を見つけた!」


 誰が我が家にこれを設置したのだろう。こんなにも素晴らしい物を!もし誰だか分かれば、抱きしめてキスしてやりたい。さっきの警官も、今となって思えば、ありがたいことをしてくれた。詳しく調べられて、この機能が大勢に知られてしまったら大変だった。私が使えなくなるのだから。撤去なんて論外だ。撤去費用高額バンザイ!妻もよく残す判断をしてくれた!

 

 しかし、このリサイクルボックスの機能を私以外には知られたくない。妻にも、息子にもだ。このことを知れば、皆、乱用したくなるに決まっている。そして知る人間が増えれば増えるほど、秘密は漏れやすくなるのだ。できるだけ、隠し通しておこう。


 こうしてこの日から、私の秘密の楽しみが始まった。家族にバレないよう、二人が寝静まった深夜に裏庭へ行き、趣味のゴルフ用品を新品に取り替えたり、パソコンを新型にしたり、携帯も最新の物へ……。


 が、どうもやりすぎたようだ。ある日、妻に怪しまれてしまった。


 「最近、羽ぶりが良いようだけど。どうしたの?」

 「そうか?何でもないよ」


 誤魔化そうとしたが、妻の勘は鋭かった。その日、いつものように夜中に裏庭でリサイクルをしていると、彼女が現れたのだ。どうやら寝たふりをして、後ろからついてきていたらしい。


 「アナタ!何してるの!?」

 「うっ、これは、そのだな……」


 咄嗟の言い訳が出てこない。というか、人目を避けてコソコソと動き、リサイクルボックスの前に立っている現在の状況に嘘をつける気がしない。


 ……どうしようもない、正直に話すしかなさそうだ。


 「実はな……」

 「えぇっ?凄いじゃない!ちょっと待ってて!」


 洗いざらい話すと、妻は部屋から大量の服を持ってきて、それらを次々とリサイクルボックスに入れた。そうすれば当然、入れた分だけ出てくる新品の女性服。連続で入れたから、前面は開きっぱなしで、一つずつポンポンと出てくる。


 「まあ、ホントなのね!嬉しいわ!あとで近所の奥さんに自慢しちゃおうかしら……」


 妻は目を輝かせて、そう呟く。まずい、それは。やはり教えない方が良かった。彼女は黙ってはいられないタイプなのだ。


 どうすればいい。もう、リサイクルボックス無しの生活は考えられない。どうにか、妻に黙っていてもらう方法は無いか。


 まだまだある洋服を、両手に抱えてリサイクルボックスに入れようとする妻の姿。一気に服を押し込もうと、彼女は投入口へ、上半身が突っ込む形になっている。


 私は、隣に立つ看板をチラと見た。そして、夢中になっている妻に近づいて……。




 一週間後。




 「やあ、おはよう」

 「おはよう、あなた」


 朝起き、妻に挨拶をする。彼女は以前よりも若く、美人になった。性格も、優しく、穏やかになったように感じる。

 

 「なんだか、綺麗になったな」

 「そう?ありがとう」

 

 そう言って、微笑む姿も素敵だ。


 「お父さん、おはようございます」

 「ああ、おはよう」


 息子も、数日前から変わった。礼儀正しくなったし、親への敬意を感じる。変わる前は母親離れができずに、泣き喚いたりして大変だったが、成長したものだ。


 「みんな、何だか変わったなあ」

 「うふふ、そうかしら」

 「そうかもしれないですね、お父さん」


 とても、爽やかな朝の食卓。気分も良く感じる。


 「でも、あなたも変わったわよ?」

 「え?そうかい?」

 「ええ、そうですよ。お父さん」

 

 どうやら、私自身も変わっていたようだ。一体、いつから変化したのだったか。


 「覚えてないの?あなたは昨日、リサイクルされたのよ」

 「そうです。僕ら二人だけ新しくして、お父さんだけ古かったんですから。僕らでリサイクルするのは当然ですよね?」

 「確かに、それもそうだな。さ、ご飯を食べよう。母さんの作った美味しい料理が冷めちゃうからね」

 「もうっ、アナタったら!」


 前よりも良くなった家族。これ以上変える所もないので、裏庭のリサイクルボックスは、この新家族の手によってほどなく撤去されたのだった。

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