蜂の社会と人の社会

 ワタシはミツバチ。今日も花から蜜を頂戴して、巣に持ち帰る。これがワタシの、生涯の仕事。


 ワタシたちは皆、女王様をお助けするために働いている。それが何故だろうとは、考えたこともない。産まれた時から決まっていることなのだ。ワタシたちは女王様のためならいくらでも身を粉にして働けるし、女王様に害を与える者がいたのなら、命を賭して針を突き刺し、撃退する覚悟がある。


 アレもコレも、全ては女王様のため。このシステムに文句を言うミツバチなんて、どこにもいない。ワタシたちは女王様がいるからこそ頑張れて、女王様は皆が働くからこそ仲間を増やせる。みんなは女王様のために、女王様はみんなのために。邪な考えが入る隙もない、完璧な社会。


 それに比べてあいつら、人間はどうだ。奴らは身体と脳の大きさが、他の動物よりちょっと優れているからって、それだけで動物界の頂点のように振る舞っているが、その内実はワタシたちより劣っている。

 

 人間はワタシたちと違って、自分の命すらも預けられるような、絶対の信条や信念を誰しもが抱いてはいない。探せば何人かは、そういった強い考えを持ち合わせる奴がいるかもしれないけれど、結局それも個人の範疇で、共通して強靭な意志を持っている集団となると、極少数になるはずだ。


 ではどうして、人間は各々が別々に動くのだろう。それはきっと彼らが、生まれてから死ぬまで何をすべきなのかを知らないせいだ。自分が何のために生まれてきたのか、それすら分からないから、想いはまとまらず、それぞれが身勝手に動き、時には欲のために、仲間内で足を引っ張りあう。こうして見ると人間って、なんて惨めな生物。


 言葉が交わせるのであれば、ミツバチの社会の素晴らしさを教えてやりたい。そうすれば彼らも知るはずだ、奉仕だけで作られる世界の美しさを。

 

 ……っと、熱っぽくなり過ぎてしまった。所詮、ワタシはミツバチで、相手は人間。彼らが何をしようと、どうなろうと知ったことでは無い。


 なにより、ワタシの役目は蜜を運ぶことなのだ。それ以外を考えるのは、時間の無駄。今日も女王様のため、花から花へと飛び回らなければ。



 

 ──ミツバチは必死に働く。女王のために。


 けれどミツバチは知らない。自分たちの巣が養蜂場の巣箱の中にあることも、必死に集めた蜜は、人間に搾取される運命にあることも。


 人間は狡猾な生き物だ。甘い蜜を啜るための知恵なら、他の追随を許さない。


 そして何よりも、人間は知っているのだ。愚直なだけの集団ほど、利用しやすい物はないということを……。

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