よく似た友人

 日も暮れた時間帯。高級マンションの一室、女優・佐藤絵里さとうえりが住む部屋のインターホンが鳴った。帰宅したばかりの彼女は、着替えた服をクローゼットにしまい、メイクを落とした顔でモニターに目をやる。

 そこには、友人である鈴木由美すずきゆみの姿があった。


 「あら由美じゃない。どうしたの?」

 「突然ごめんね、絵里。すこし、話をしたくて……」

 「大丈夫よ。さ、中に入って?」


 扉のオートロックを外し、由美を部屋に招き入れソファに座らせて、温かい紅茶を淹れたティーカップを差し出す。

 由美は小さな声で「ありがとう」と言ってそれを受け取ったが、しかし飲まずに、暗い顔で俯いてしまった。

 友人の、そんな様子を見るのは心苦しい。絵里は彼女の心を和らげるために、何気ない話題を振ってみることにした。


 「それにしても私たち、最初はこんなに仲良くなるなんて思いもしなかったわよね」

 「そうねぇ……懐かしいわ」


 その言葉に由美は目を細めて、あの青かった春を思い出すのであった。


 彼女達が出会ったのは高校時代。同じクラスになったことで顔を知ってはいたが、それよりもお互いがお互いを意識するようになったのは、同じ男性を好きになったことがきっかけだった。つまり、恋敵。しかし二人の関係は、ただの恋敵という言葉では収まりきらなかったのである。

 まず、その男を好きになった理由が二人とも同じ。「やさしい」とか「かっこいい」という、おおまかな好みだけならまだしも、「うなじが色っぽい」や、「顔のほくろの位置がかわいい」と言ったニッチな好みさえ同じ。プレゼントを用意すれば、同じ店の同じ品。告白する場所でさえ、同じ場所の同じ時間。断られる理由も同じで、失恋のストレスを発散するために行ったバッティングセンターすらも……。

 それは、恋愛だけではなかった。好きな食べ物に好きな色、所属する委員会に部活、あまつさえ進学する大学に学科まで、すべてが一緒だったのである。

 気に食わない恋敵をどこに行っても見かけて、何度ウンザリしたことか。けれどそのうち、嫌さは呆れに変わり、呆れは驚きになって、果ては見えない運命を感じて、今では一番の親友となったのだ。

 

 「ほんと、どうしてあんなに一緒だったのかしらね」


 二人の出会いを思い返して、由美が微笑む。


 「ほんとほんと。私たちきっと、見えない糸でぐるぐる巻きにされてるのよ。そうとしか考えられないわ」

 「けど、さすがに仕事までは一緒にならなかったわね。貴女は女優になって、私は専業主婦に……」

 「でも途中までは由美も女優になろうとしてたじゃない。それがいい人見つけちゃって、さっさと結婚しちゃうんだから」

 「"いい人"、だったんだけどね……」


 そう言うとため息をついて、由美はまた暗い顔に戻ってしまった。


 「もしかして、旦那さんのことで何か悩んでるの?」


 絵里は彼女の座るソファの隣へと座り、心配そうに顔を覗いた。


 「実は、そうなの。あの人、真面目だったはずなのに、最近不倫していたみたいで。今日、帰ってきた彼に問い詰めてみたら、ついに認めてね。私、すごくショックで、家を飛び出してきちゃったの」

 「そうだったのね」

 「私、どうしたらいいのかしら。もう分からないわ」

 

 さめざめと泣く由美に、絵里はこう告げた。


 「由美。私はあなたの気持ちがよくわかるわ。とても辛いわよね。……ねぇ、残酷かもしれないけれど、いっそ思い切って、離婚するのはどうかしら」

 「でも……」

 「だってあなた、一度不倫した男を許せるの?私なら許せない。そして、私が許せないことはあなたも許せないってことを、私は、いえ私たちは知っているはずよ。貴女がそれでも悩むのは、ただ踏ん切りがついていないだけ。これで無理に許したって、心の奥底では負の感情が渦巻き続けるはずよ、そうに決まっているわ」

 

 絵里は厳しくも優しくそう言うと、由美を抱きしめた。由美は顔を絵里の胸に埋めて、また泣いた。


 「でも、今は泣きなさい由美。涙を流してさっぱりした後に、全てを決めればいいのだから」


 数分後。瞼を腫らした由美は冷めた紅茶を飲み、清々しくこう言った。


 「ありがとう絵里。決めたわ。私、あの人と離婚する」

 「そう。でも言っておいてなんだけれど、本当にいいの?」

 「いいのよ、それに絵里がいて良かった。おかげで、私がどうしたいか、わかったから」

 「ならいいわ。じゃあ、あなたのそのスッキリした顔に免じて、この涙と鼻水で汚れた服のクリーニング代は勘弁してあげる」

 「あ、ごめんなさい。私ったら」

 「うふふ、冗談よ、冗談。それでこの後はどうするの?うちに泊まっていく?」

 「ううん、そこまで迷惑はかけられないわ。近くにホテルがあるのを知っているから、今日はそこに泊まることにする」

 「わかった。また、諸々終わったら教えてね。そうだ、もし仕事をしたくなったら、女優業の方なら紹介できるわよ」

 「ふふ、ありがたいわ。じゃあ私はそろそろ、おいとまするわね」

 「うん。またね、由美」

 「本当にありがとうね、絵里」


 ──その後、別れの挨拶を済ませてマンションから出た由美は、ふと夫の言い訳を思い出し、腹を立てていた。


 「それにしてもあの男、本当に最低だわ。不倫した理由がよりにもよって、"不倫相手がひどく君に似ていたから"だなんて……」

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