第14話 男を見せるタイミングは、意中の相手がいない時って相場は決まっている
「……なんで戸賀崎もいんのよ」
「悪かったな、ちょっとタイミングが悪いところに居合わせちゃったみたいで」
俺を見た瞬間に、嫌悪感丸出しの態度で悪態をついてくる。そんな反応に俺は少しだけげんなりとしてしまった。まったく、嫌悪感をぶつけたいのはこっちだというのに。
一応、少しは感じよく行こうと思ったけど、そんな気はすぐに失せてしまった。というか、流石に一ノ瀬に対して行った事の真実を聞いた後では、よく耐えたほうだと思っている。
まぁ、少しだけ皮肉も交えて返してしまったんだけど。個人的にはもっとボロクソ言いたかったのだが、どうせこの後沢山言うことになるだろうし、今はこんな所だろう。
しかし、女子たちを見つめる視線は完全に敵意がむき出しだった。ただでさえよくない目つきが、更に悪くなる。
「なによ、その目は?」
「……いや、小鳥遊さんの気持ちもよく分かるなって」
「奏の気持ちって――」
「三人そろってコソコソコソコソ、一ノ瀬の悪口を言って笑い合う……ほんと、バカじゃないかなって」
先制パンチとばかりに、敵意を隠すことなく相手の女子三人に、思っていることをそのまま伝える。
すると、その言葉が予想外だったのか、三人の顔が揃って真っ赤に染まった。
怒りの理由はもちろん、いきなり出てきた陰キャ(しかも計画を邪魔したやつ)にバカ呼ばわりされたからだろう。
しかし、そうしなければ俺の中の怒りもまた収まらなかった。
「バカって……何なのあんたまでいきなり!!」
「バカにバカって言って何が悪いんだよ。本当の事を言っただけじゃねぇか。それよりも、もっと別の言葉でバカにしてほしかったか?」
売り言葉に買い言葉。俺はほとんど反射で答える。ここまで、スラスラと言葉が出てくる自分に少し驚く。
いつもなら、女子相手ということで、緊張してまともに言葉が出てこないけど……恐らく、今回は相手を女子だと思っていないのかもしれない。
一方、俺からバカにされっぱなしの3人ではない。話の論点を、昨日俺があのやり取りに割り込んできた部分へと移す。
「というかさ、何であの場面で急にしゃしゃり出てきたわけ!?」
「そうだよ! あんたさえ出てこなければ全部、うまくいったのに」
「出てこなければって、別にいいだろ。どのタイミングで出てくかなんて、俺の勝手なわけだし」
「その理由、マジで最悪なんだけど……ほんと、陰キャって空気読めないよね」
「悪かったな、空気が読めない陰キャで。だけど、あれは本当に俺の本だったんだ。山口君とのやり取り聞いてたから知ってると思うけど、あの本は俺の大切な宝物。だから、お前らがギャーギャー騒ぐ問題じゃないんだよ」
「宝物って……あんたのものじゃないから、これだけ騒いでんでしょ! ……もう聞かれてたから言うけど、あれは舞の席から盗ったものだから!」
……さっきの話を聞いていたから分かっていたけど、とんでもないことをやってくれたものだ。俺は思わず頭を抱える。隣にいる小鳥遊さんも、改めて彼女たちが行ったことに、絶句しているようだ。
どうりで、一ノ瀬が無くすはずのない大切な
まさしく、人間の底辺がやるようなことだな。
「盗ったとか、立派な窃盗じゃん。犯罪じゃん」
「うるさい! 私たちのことなんて、戸賀崎には関係ないでしょ!?」
何言っても響かないと思うけど、流石に酷すぎる。クラスメイト一人のためだけにここまでするかね(悪い意味で)。
逆ギレしてきた三人に、思わずため息がこぼれる。
すると、そんな俺の様子を見た三人のうちの一人が、ニヤッと悪い笑みを浮かべる。まさしく、相手の弱みに付け込んでやろうとしている時の顔そのものだ。
……一応、何となく予測はついているが、果たして。
「……というか、こいつもしかして舞の事好きなんじゃね? そうじゃなきゃ、わざわざあんな空気の中、助けになんていかないよね?」
「…………」
やっぱり、そうきたか。俺は、ゆっくりと「好きなんじゃね」といった女子を見つめ返す。
傍から見ると、俺と一ノ瀬の間にはなんの接点も見当たらない。つまり、こいつらからは、密かに想いを寄せていた憧れの女子生徒の為に濡れ衣をかぶった……そう見えてもおかしくないはずだ。
……実際のところ、ほぼほぼ当たってしまっているから困る。救いは、こいつらが俺と一ノ瀬との間に接点を見出せていないところか?
俺の沈黙を肯定と捉えたのか、3人の勢いが盛り返す。
「その反応、絶対図星じゃん! マジウケるんですけど!」
「確かに、あの場面で助けに行くとか、絶対ありえないもんね~。それこそ、飛んで火にいるなんとかってやつ!」
「2次元の女が好きとかどうとか言ってたけど、結局はその辺にいる男子と変わらないって事じゃん」
三人がニヤニヤと笑みを浮かべながら、見下したような言葉を吐き出す。相手の弱みを握り(実際には違うんだけど)、バカにするその仕草……性格のクズさだけなら、トップレベルだな。
……一ノ瀬の事を好きなことは図星なだけに、否定できないのが辛いところだ。こいつらの言葉を借りると、俺もその辺の男子と変わりなかったというわけである。
「ちょっと、いくらなんでも言い過ぎ――」
「小鳥遊さん、待った」
あまりの言われように、今まで黙っていた小鳥遊さんが声を上げかけるも、俺は右手で彼女の動きを制止する。
「と、戸賀崎君!?」
「……大丈夫。ここは俺に任せといて」
俺の言葉に、不服そうにしながらも、一旦引き下がってくれる小鳥遊さん。流石、話の分かるギャルは違う。
「なになに? 奏は巻き込まないって意思表示? かっこいいねぇ~、流石オタク君」
「こんな会話に小鳥遊さんを巻き込むと、お前らのバカさ加減が移っちゃうからな」
悪口を言われっぱなしもどうかと思ったので、最大限の皮肉をおみまいする。その皮肉に隣の小鳥遊さんは思わず吹き出し、三人の顔が再び赤く染まった。
これくらいの皮肉でいちいち怒ってるなんて、カルシウムが足りない証拠だな。
「……というかさ、ここまでムキになるってことは、やっぱり戸賀崎って舞の事好きなんだよ」
「ムキになってるのはどっちだよ?」
「ほらほら、こうやって返してくるしさ。間違いないって!」
俺が反論してくることを都合よくとらえ、再び話が戻ってくる
「無理無理、舞だけはやめときなって。あの先輩をふったくらいなんだよ? どうせ、あんたなんかじゃ相手にされないって」
「……あの先輩が、大したことなかっただけじゃね?」
「そんなわけないでしょ!! 学年どころか、学校で一番カッコいいって言われてるし、それにサッカー部のエースだし!!」
「どんな女子にも関係なく、優しいしね」
オタクである一ノ瀬の感情を推測するに、『学校で一番カッコいい+サッカー部エースは、なんか胡散臭そう』とか思ってそう。後は、女性関係が爛れてるとか。
それに、こいつら三人のうち誰かが好きってことは、ろくでもなさそうな香りがプンプンする。……ごめんよ、顔も知らないサッカー部の先輩。好き勝手言っちゃって。
だけど、今の特徴はオタクにとって、悪役(竿役)の3種の神器みたいなやつなんだ。
「というか、戸賀崎って舞に認知すらされてないんじゃない?」
「それな! あんたが出てきた時、舞ってば滅茶苦茶困惑してたし。それこそ、誰って感じで」
「認知もされてないクラスの美少女を助けようとするキモオタとか、マジウケるんですけど!」
困惑しないやつなんていないだろ……というツッコミは心の中だけにとどめておく。
もちろん、一ノ瀬が俺の事を知らなかったらとんでもない奇行だし、知っている一ノ瀬にも『何してんの!?』という奇行に写ったはずだ。
実際に引っ叩かれて怒られたし。今更ながら、あの時の自分の行動、どうかしてんな。
「認知されてなくても、俺は別に構わないけどな。結果として、正しいことをしたわけだし」
「まだそんなことを……じゃあ、何にも知らないキモオタの戸賀崎君に教えてあげるけど、一部の女子の間では舞って実はビッチで、色んな男をとっかえひっかえしてるんじゃないかって噂されてるんだよ?」
「……は?」
絶対にありえないような噂に、俺の語気が強まる。
「そうそう。パパ活もやってるんじゃないかって、言われてるしね。普段から大人な男と付き合ってるから、あの先輩も振ったんだよ。きっと、子供にしか見えなかったんだろうね」
「そもそも、顔はいいけど、絶対性格悪いんだからやめときな。オタク君が手を出していい領域じゃないよ」
「舞って表ではいい顔して、裏で絶対にボロクソに言ってるタイプだよね。裏垢でめちゃくちゃ、人の悪口を書き込んでそう」
俺は黙って3人の話を聞いていた。……正確には、怒りで頭が真っ白になってただけだけど。
「だからね、あんたどれだけ舞の事が好きでも、絶対にオッケーなんてされないってこと」
「オタク君がカッコつけて告白したって、鼻で笑われて終わりだよ?」
「というか、舞に認識されてない時点でほぼ詰みだけどね。舞って、自分の興味ない人の事なんて微塵も相手にしない性格だし」
「その性格も最悪だからね。ほんと、あんな奴を好きになる男子の気が知れないって感じ」
ぷつっと、頭の中で何かが切れた音がした。
「……お前らの方が百倍、性格悪いだろ。頭、いかれてんのか」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
そこまできて、ようやく3人も俺の雰囲気が変わったことに気付く。
「な、なに? 舞の事バカにされて、怒っちゃった感じ?」
「まさか、本当に舞の事――」
「好きだよ。悪いか?」
もう隠すのも面倒になった俺は、3人を睨みつけながらカミングアウトした。突然の告白に、流石の三人もポカンとした表情を浮かべる。
「えっ? ま、マジですき――――」
「うぇええ!? 戸賀崎君、その話ってマジなの!? マジのマジなの!?」
「小鳥遊さん、驚き過ぎ」
シリアスな空気が一瞬で吹き飛んでいった。隣で大声を上げて驚く小鳥遊さんにツッコミを入れる。この中の誰よりも驚いていて、ある意味面白かった。
「えっ!? いつからいつから!? 何時何分地球が何回、回った時から!?」
「小学生かよ。というか、小鳥遊さん、今は俺の事を問い詰めてる場合じゃないから。この件が片付いたらいくらでも話すから」
「ほんと! 絶対だからね!」
興奮を隠せない様子の小鳥遊さんを、何とかして押しとどめる。この人を抑えないと話が進まない。
彼女を納得させた俺は、改めて三人を睨みつける。
「……ま、いいけどね。あんたが誰の事を好きでも」
「どうせ叶わない恋だしね。どうせ振られて終わりだよ」
「だよね~。あの誠実な先輩の告白を断るくらいだし。どうせ裏では色んな男をとっかえひっかえしてるんだよ。そんでオタク君も振られて終わり。お疲れ様でしたってやつ」
ぎゃははと、汚い笑いを浮かべる三人。ほんと、どこまでも性根の腐りきっている三人だ。女子じゃなかったら、グーで殴っていたかもしれない。
少なくともこの三人は教室でこんな姿を見せたことはないし、山口君たちといるときはもっと愛想よく振る舞っている。ほんと、人間って分からないものである(悪い意味で)。
「ほっとけ。だけど、お前らみたいなのを好きになるよりは、よっぽどましだと思うけどな」
再びの口撃に、三人の顔が再び真っ赤に染まる。しかし、俺の口撃は止まらない。
「お前らみたいなのを好きになったら、本当の意味で見る目がなかったって後悔するところだったよ。そういった意味では、今日お前らと話したかいがあったかな? いやー、世界にはこんなに性格の悪い女がいるんだなって、逆に勉強になったよ。ありがとな」
三人に一人がまた何かを喋ろうと口を開きかける。その口を閉じさせるかのように、俺はポケットからスマホを取り出すと、
「ちなみに今までの会話、全部録音してたから」
「えっ?」
俺は録音機能の画面を三人に見せつける。突入する前に、スマホの録音機能を付けておいてよかった。あの時の俺、マジでグッジョブ。
こいつらの事だ。多分、ほっとくと、また似たようなことをして一ノ瀬を傷つける可能性がある。だったら、早いうちに芽を摘んでおくのが得策だろう。
「さて、録音したこのデータ。どうするか、性格の悪いお前らなら、想像つくよな?」
「ま、まさかあんた……」
「もちろん、明日クラスでばら撒くつもりだよ。あっ、一応俺ってクラスのメッセージアプリのグループにも入ってるし、そこで音声データを流すのもありかもな」
俺の言葉に、これまで強気な態度を貫いてきた三人の表情が青くなる。流石にこの攻撃は、効果抜群だったらしい。
前にも言ったかもしれないが、学校生活でこんな音声がクラスメイトにばれた日には、ほんと想像絶する地獄が待っているからな。流石にどんなバカでも、この事の重さには気付くことだろう。
反対に、隣の小鳥遊さんは感心したとばかりに手を叩いている。
「おっ、さっすが戸賀崎君! 気が利くね~。優秀、優秀!」
「どうも。ほんとは、使いたくなかったんですけどね。これはあくまで最終手段だったんですから」
「……で、でも、最初から録音してたってことは、あんたが私たちに言った悪口だって入ってるはずだよね!?」
「それに、舞の事も好きだって。それがクラスの皆にバレても――」
「別に俺の言った悪口とか、告白まがいのセリフなんてどうでもいいんだよ。お前らみたいなくそ野郎から、一ノ瀬を守れれば、俺はそれでいい。それぐらい、俺は一ノ瀬の事が好きなんだよ!!」
俺の言葉が全てだった。一ノ瀬の事を守ることができれば、俺の評判だってどうなっても構わない。クラス内での一ノ瀬だけじゃなく、俺はオタクな一ノ瀬の事も知っている。それに、彼女たちが言うような行動を起こすわけがないことも知っている。
というか、あの一件のお蔭で俺の評判はあってないようなもんだからな(いい意味でも悪い意味でも)。もうこれ以上下がらないんだったら、何を言っても同じである。
だからこそ、自信を持って一ノ瀬の事を守る行動がとれたのだ。
さて、ばら撒くとは言ったものの、俺もそこまで鬼ではない。それに、このデータが流れると一ノ瀬の立場もまた、微妙なものになってしまうかもしれないからな。
同情されることは、彼女自身望んじゃいないだろう。
「まぁ、でもこれだけ守ってくれれば、俺はこれをばら撒かないでいてやるよ」
「……ま、守るって――」
俺は、三人のうち一人の胸倉をつかむと、強引に引き寄せる。周りの二人が、驚いているが関係ない。
「金輪際、こんなバカな真似をするな。というか、一ノ瀬にかかわるな。俺が言いたいのは、それだけだ。守れなかったら、速攻でこの録音データを流す」
それだけ伝えると、俺は押し返しように彼女の胸倉から手を離した。
押し返されたやつはバランスを崩しかけるが、周りの二人が何とか抱きかかえる。そのまま転べばよかったのに。
さて、ここまで釘をさしておけば、流石に大丈夫だろう。話はここで終わりとばかりに、俺はポンッと手を叩く。
「というわけで、俺から言いたいことは以上だ。お前らから言いたいことは?」
「……マジで最悪。ほんっと、つまんない!! 行こ、二人とも」
「う、うん……」「わ、分かった……」
突き飛ばされた一人が癇癪を起すも、それ以上は何も言ってくることはなく、取り巻きの二人と教室を出て行こうとする。
「おーい、約束破ったら本当にばら撒くからな~。……あっ、俺の悪口だったらどんなに流しても構わないから」
「うるさいっ!! もう、関わってくんな!!」
それだけ言い残すと、3人はようやく教室から出ていった。ようやく、俺はホッと一息つく。
そんな俺の肩を、見守っていた小鳥遊さんがポンポンと叩く。
「いや~、お手柄だったね戸賀崎君! 私までスカッとしちゃったよ!」
「……あ~、マジで色々とやっちまったかもしれん」
「えっ? なんでその反応?」
頭を抱えてその場に座り込んだ俺を見て、小鳥遊さんは首を傾げる。
「いや、自分でも思っている以上にイキったことをやってしまったと……」
「やっちまったって、結構今更じゃない? アタシは別に来にしてないけど。というか、ノリノリで啖呵切ってたのは戸賀崎君じゃん」
「それはそうなんだけど、あれはあの時の勢いというか……おかげで余計なことまで口走っちゃったし」
「あははっ! 確かに、結構恥ずかしいこと、口走ってたもんね!」
「あ、あんまり言わないで貰えると助かるんですけど……」
「さっきの様子と全然違ってめっちゃうける! キャラ、全然違うじゃん」
今度はバシバシと背中を叩いてくる小鳥遊さん。結構、力が強くて痛い。
「ちなみに、録音してたっていったけど、ちゃんと録音できてるの?」
「……いや、正直微妙かな。録音ボタンは押してたけど、正直ポケットの中だったから音声がちゃんと入ってるかどうか」
俺は正直に白状する。録音機能を押してあったとは言ったものの、取り出すまではポケットの中にしまっていたので、正直どこまで正確に録音できているか。
先ほどの会話で、そこの部分をつかれたら正直勝負に勝てていたかは、怪しかったりする。
「……ということは、さっきの威勢の良さは結構虚勢だったりする?」
「実は9割、勢いで話してた。というか、怒りで頭が真っ白になってたから、あんまり覚えてない」
「ぷっ……な、なにそれ。戸賀崎君って、やっぱりめっちゃうける!」
情けない俺の言葉に、小鳥遊さんは声を上げて笑い出す。笑いどころはなかったはずだが、どこが面白かったのだろうか? やっぱり、ギャルって生き物は不思議だ。
しかし、目の前にいるギャルこと、小鳥遊さんからは先ほどの三人のような悪い感じは、全くと言っていいほど感じられなかった。
「それにしても、意外だったな~。戸賀崎君が、ここまで男らしかったなんて。ほら、オタクの男子って結構、なよなよしてるイメージがあったから」
「いや、今回は特別で俺は普段もっとなよなよしてるよ」
「……まいまいの事が好きだから、男らしいとこ出しちゃったってわけ?」
「……ノーコメントで」
「ふふっ、まぁあたしは分かってるんだけどね! まいまいの事を想っての行動だって! いやー、恋する男子の行動力のすごさを思い知ったよ」
小鳥遊さんに痛いところをつかれ、俺は少しだけ顔を赤くする。否定できないのが、余計に恥ずかしさを助長させる。
「まさか、本当に戸賀崎君がまいまいのことを好きだったなんて。あの時は勝手に、売り言葉に買い言葉だって思っちゃったし」
「……べ、別にいいだろ。俺が誰のことを好きだって」
「ほらほら、照れんな照れんな~。素直になれって」
「て、照れてな……頬をぐりぐりするのやめて」
売り言葉に買い言葉とはいえ、あの時に戻れるのなら戻りたい。もっと穏便に済ます方法だってあったはずだし、俺が一ノ瀬の事を好きだってカミングアウトする必要だってなかったはずだ。
「というか、戸賀崎君とまいまいって接点あったっけ? あたしが思い出せる限りは教室で話をしてる姿すら見たことないんだけど?」
「……ま、まぁ、色々あるんです」
実は一緒の部活に入っていて……なんて話すわけにもいかず、俺はごにょごにょと話題を逸らそうとする。小鳥遊さんがいたからこそ、うまく言った部分もあったから言ってもいいんだけど、流石に一ノ瀬の許可を取ってからでないと話せない。
しかし、そんなオタクを逃がしてくれるギャルではない。
「じゃあじゃあ、まいまいのどこを好きになったの? あんなに一生懸命庇えるってことは~、ぶっちゃけかなり好きって事じゃん? だからこそ、全然繋がらないな~って。普段から、教室で接点があれば別なんだけど」
「ま、まぁ、人って意外なところで繋がってるものだから」
「意外なところって、どこ?」
「…………」
「あくまで黙秘を貫くか~。それならどこを好きになったのかだけ、それだけでいいから知りたいな?」
「好きなとこ? ……好きなとこ」
「何で理由がスッと出てこないの?」
俺は彼女の言葉に、少しだけ言い淀む。
1年生の頃にハンカチを拾ってもらって出来事がきっかけではあるんだけど、本当の理由はあんまり言いたくないんだよな……。
しかし、目の前に瞳を輝かせて待っている小鳥遊さんを見ると、無下にもできない。それに、今日の出来事に関しては小鳥遊さんの存在も大きかったからな。
俺は覚悟を決め、好きになった理由を小鳥遊さんに告げる。
「マジで軽蔑されるかもだけど、好きになった理由は顔がめちゃくちゃ可愛かったからだよ」
俺のセリフに小鳥遊さんは一瞬、間を置いたのち、
「……えっ? そんなの普通じゃない?」
「えっ? そうなの?」
「私はまだ好きな人ができたことないから分からないけど、別に悪いことじゃないと思うよ。そりゃ、時間をかけて好きになっていく人もいるだろうけど、顔だけ見て『めっちゃ好き!』ってなる人もいるだろうし」
「そ、そんなもんなのかな?」
「だって、一目惚れって言葉もあるくらいだよ? そのくらい普通普通!」
今でも思い出す。初めて会った時の、彼女の笑顔を。きっと一ノ瀬は覚えてないかもしれないけど、俺は今だって当時の事を鮮明に思い出せる。
これこそきっと、一目惚れというやつなのだろう。
「なるほど、じゃあ俺が好きな理由は別に普通だったのか……」
「そうそう。戸賀崎君が難しく考えすぎてただけなんだよ! だから、自信もって」
小鳥遊さんの笑顔に、俺もつられて笑顔になる。ほんと、太陽みたいな存在の人だな。
「うーん、今日は色々あって大変、濃い一日だったよ」
「ごめんな、小鳥遊さんを巻き込む形になっちゃって」
「全然気にしてないから、大丈夫だよ! それに、戸賀崎君の面白い話も聞けたから、大満足!」
「……俺の好きな人は、他の人には言わないでね?」
「うん、もちろん!」
少しだけ心配だけど、小鳥遊さんを信じることにしよう。
「……ちなみに、戸賀崎君がオタクだってのは本当の事なの?」
「うん、普通にオタクだよ。どうしたのいきなり」
「……ううん、なんでも!」
一瞬、何か考えるような、影のある表情を浮かべた小鳥遊さんだったが、その表情はすぐに引っ込んでしまう。俺の見間違いだったか?
「じゃ、遅くなっちゃったし、アタシはそろそろ帰るね!」
「うん。今日は本当にありがとう」
「いえいえ~。それじゃあ、また明日ね!」
手を振りながら教室を出ていく小鳥遊さん。彼女を見送ったのち、
「あっ、やべっ! 俺も早く戻らないと」
本来の目的だったノートを回収し、俺は急いで部室へと戻る。
「いやー、ノートを取りに行ったら先生に捕まっちゃって。余計な仕事押し付けられて、大変だったよ」
適当に遅くなった理由を話しながら、いつもの席につく。しかし、肝心の一ノ瀬からの反応がない。
彼女に視線を移すと、どこか思い詰めた顔をしていた。そして、気持ち表情も暗いような……。
「一ノ瀬?」
「……ごめん。教室での話、聞いてた」
「っ!?」
俺の人生、詰んだかもしれん(昨日振り2回目)。
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