第11話 ピンチとチャンスは常に表裏一体である

「何とかテストは乗り切れたわね」

「ほんとにな。それで、赤点を回避できたのは教室内での派手なガッツポーズで何となく察したけど、結局何点だったの?」

「ふっふっふ、聞いて驚きなさい。数学が41点、生物が46点よ!」

「お、おう……」

「何よその微妙な反応!?」

「いや、自信満々だったからもっといい点数だとばかり」

「う、うるさいわね! これでも直近のテストの中ではかなりいい方だったんだから。他の科目だって、50点を超えてるし」

「……ま、まぁ、頑張ったんじゃないの?」

「なんだか気を使われている気がするわ」


 中間テストから数日が経ったある日。

 今日で全ての科目のテストが返ってきたのだが、冒頭の会話の通り一ノ瀬は無事に全科目において赤点を回避していた。

 返却の最終科目が赤点候補筆頭の数学だったので、俺も気が気ではなかったのだが心配は杞憂に終わってくれたので本当によかった。ちなみに、俺ももちろん赤点は全科目回避している。点数は可もなく不可もなくって感じ。


 ちなみに教室内で見せた派手なガッツポーズは普段、落ち着いている(猫被っている)姿しか見たことのないクラスメイトからは若干驚かれていた。俺はオタク全開で騒ぐ彼女を見慣れているので、さほど驚かなかったけど。

 だけど、驚くのも無理はない。あのガッツポーズは、プロ野球選手がピンチを乗り越えた時くらいの派手さを感じたからな。


「取り敢えず、次の期末に向けて授業はちゃんと受けような」

「もちろんよ。これからはちゃんと板書を取るようにするわね」

「……まぁ、それでいいや」


 目標が低すぎる気がするけど、高すぎると続かないって言うし丁度いいのかもしれない(小並感)。


「さて、ここ最近はテスト勉強ばっかりでまともに部活動ができてなかったから、今日からしっかりと再開していくわよ!」

「再開も何も、普段からまともな活動なんてしてないじゃん」

「そこ、おだまりなさい。口を縫い合わせるわよ?」

「黙ります」


 めちゃくちゃ恐ろしいことを言われた俺は慌てて口を噤む。もちろん、冗談だとは思うけど、あまりの迫力にビビってしまった格好だ。うん、美人は怒らせると怖さ倍増である。


「全くもう! 戸賀崎君は本当に部員としての意識が低いんだから」

「いや、そんな強豪校のスポーツ部みたいなこと言われても……」


 オタク文化(主にラノベとか漫画)を語るだけの部活に、精神論を持ってこられても困るのだが。しかし、こんなことを口に出せば今度こそ俺の上唇とした唇は縫い合わされてしまうので静かにしておく。口は災いの元だからな。


「ちなみに、今日は何をするんだ? またいつもみたいに覇権アニメを見たり、漫画やラノベを紹介(一方的)したりするのか?」

「ふふっ、今日はいつもとは一味違うわよ! 戸賀崎君が驚いて震えるくらい!」

「……えぇ~?」

「何でそんなに残念そうなのよ!?」

「だって、いつだったかも同じようなこと言われて、エロゲを紹介されたことあったし……」


 思わずため息をついてしまう。俺の言葉の通り、一ノ瀬は以前あろうことかエロゲを紹介してきたのである。

 いつもと同じ感じでパソコンを起動させたかと思えば、画面いっぱいに写ったあられもない画像の数々。飲んでいたお茶を噴き出す俺。興奮した声を上げる一ノ瀬。まじで、あの時の空間はカオスそのものだった。

 彼女は「エロゲはエロももちろん楽しむけど、同時にストーリーや洗練された女の子たちの絵も楽しむものなのよ!! 私はこのエロゲをプレイして何度号泣したことか。特に○○ちゃんの話が――」とかなんとか熱弁していたが、正直全く内容は頭に入ってきていなかった。取り敢えず泣ける話があるみたいです。


 ちなみに、俺はエロゲを全くやったことがなかったのでそのゲームがどのくらいすごいモノなのかは分からなかったが、彼女曰く『日本で一番エロくて、素晴らしいエロゲ』らしい。

 そして、この作品以外にも様々なタイプのエロゲがあるとのこと。ほえー、エロゲにも色々あるんですね(白目)。


 ……そこ、『あれ? 君たちは18歳以下だったよね?』とか言わない。きっと大学生である彼女のお姉さんが購入してきて、一ノ瀬もその影響でハマったんだよきっと(適当)。


「大丈夫よ。今日は残念だけど、エロゲじゃないから」

「本当によかった……」

「もしよかったら、今度貸してあげるけど?」

「いや、本当に大丈夫だから!」

「……男の人の自分磨きが捗るのもあるけど?」

「まじで。じゃあそれを……って、本当に要らないから!!」


 声を荒げて断りを入れる俺を他所に、一ノ瀬は鞄の中に手を伸ばす。どうやら、鞄の中に入っているらしい。というか、俺の渾身のノリツッコミを無視しないで。無視されると、本当に自分磨きに使うんだとか思われそうだから!


「ん……あ、あれ?」

「どうかしたのか?」

「いや、戸賀崎君に見せてあげようとしたものが中々見つからなくて」


 ごそごそと鞄を漁る一ノ瀬。どうやら今日の部活で俺に見せようとしていたもの(多分ラノベか漫画)が見つからないようだ。


「ところで、今日は何を紹介しようとしたんだ?」

「えっと、この前戸賀崎君に話した、ラノベなんだけど」

「……あぁ。あの時話してた一ノ瀬が一番好きなラノベのことか」


 『双剣使いは魔法使いに夢を見る』。それが彼女がこの世で一番好きなラノベであり、俺の母親が原作のライトノベルだ。

 確か、一ノ瀬と一緒にコラボカフェに出掛けた時だったか? 一ノ瀬が一番好きなラノベとして母さんが書いたラノベを紹介してきた時に、サインをもらってたとか言っていた気がする。

 正直、実の母親のサイン(しかも多分下手くそ)を見るのは中々きついものがあるのだが、一ノ瀬はそんな事情知ったこっちゃないので仕方がない。

 それよりも、いよいよ鞄の中身をひっくり返し始めた一ノ瀬。あの様子だと鞄の中には入っていないんじゃ?


「その時にAoi先生からサインをもらったって言ったでしょ? 実は、『剣魔法1巻』の裏表紙に書いてもらって。それを見てもらおうと思ったのよ」

「なるほど。サイン会に言った時に書いてもらった感じか」

「そうそう。本当は色紙でもよかったんだけど、裏表紙に書いてもらったほうが特別感が出ていいなって」


 彼女の言うことはよく分かる。なんか、自分だけのものって感じがして憧れるよな。

 しかし、そう話す彼女の表情はどんどんと暗くなっていく。そして、


「……やっぱり入ってない」


 がっくりと一ノ瀬が肩を落としながら呟く。どうやら鞄の中に入っていなかったらしい。


「教室に忘れてきたんじゃないか? ほら、机とかロッカーとか」

「一応、見に行ってみる。……でも、鞄の中から出した記憶がないのよね。大事なラノベだし、何かの拍子で落として無くなったら大変だから」


 そう言いながら教室に向かう一ノ瀬。鞄の中から出していないのなら、無くなるはずがないのだが……まさか、神隠しにでもあったのか? いや、ラノベが神隠しってそもそもありえないし、現実でも普通は起こりえないし……。


 そんな事を考えながら、約10分後。


「……やっぱりなかったわ」


 憔悴した表情の一ノ瀬が部室に戻ってきた。彼女の言葉の通り、やはり机の中にもロッカーの中にも入っていなかったらしい。となると、いよいよどこへ行ってしまったのか分からなくなる。


「もしかすると、家で入れたつもりになっていて自宅に置いたままになってるんじゃ?」

「それも限りなく低いけど、今はそれを信じるしかないわね……」


 絶望した顔のまま話す彼女を見るに多分、家にもないと思われる。恐らく、彼女の表情から察するに本を鞄に入れた記憶はあるのだろう。

 しかし、今はそれを信じるしか方法がなさそうだ。


「……取り敢えず、今日はもう帰ろうか。サインはまた今度見せてくれよ」

「……そうね。こんな状況で部活はできないし……」


 俺の言葉で今日の部活動は終了となった。一ノ瀬の言う通り、こんなお通夜みたいなムードで部活なんてできないからな。そもそも、この部活のムードメーカーは一ノ瀬なわけだし。

 そういうわけで帰り支度を済ませて部室を後にする俺たち。駅までの帰り道は当然、お互いに空気も重く、口数はほとんどなかった。

 こういう時に気の利いたセリフの一つでも言えればまた違ったのだが、生憎俺はそんなスキルを持ち合わせていなかった。そんな自分が本当に嫌になってくる。好きな人を明るくさせる方法すら思いつかないなんて……。


 結局、ほとんど一ノ瀬を励ますことができないまま最寄り駅に到着し、そのまま別れる。そして、自宅で彼女からの吉報を待っていたのだったが、


『家にもなかった』


 絶望感漂うその文面に、俺は思わず頭を抱える。家にもないと、これはいよいよどこかに落としてしまったか、あるいは誰かに盗まれたとか……しかし、今考えたところで答えが出るわけでもない。余計なことを言っても一ノ瀬を余計に心配させるだけだ。

 俺は何度も返事を書いては消し、書いては消しを繰り返し、


『また明日、探してみよう』

 

 そのメッセージに返事がくることはなかった。

 ほんと、彼女の本は一体どこへ行ってしまったのだろう?





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「うぇええ!? なにこれ!?」


 結局、一ノ瀬からのよい報告はなくあっという間に放課後になったところで事件が起こった。

 既にSHRは終了し、各自帰り支度を行っているタイミング。


 突然、驚いた声を上げたのは確か……山口君だった気がする。

 お調子者ではあるものの顔立ちは整っており、クラスのムードメーカー的な存在だ。若干天然気味ではあるのだが、持ち前の雰囲気の良さで彼の周りには常に男女問わず人が集まっている。俺はほとんど話したことはないけど……。

 そんな彼が大きな声を上げたもんだから、当然クラスメイトの視線が集中する。声の大きさからして、何かとんでもないことが起こったのか? まぁ、俺には関係のない話だろう。陽キャに陰キャである俺が関わることもないしな。

 そんな彼の近くにいた友人であろう生徒が声をかける。


「おい、どうしたんだよ。急に大声なんて上げて?」

「いや、これ見てくれよ! 俺の机の中にこんなのが入っててさ!」


 そう言って彼が友達に見せたのは……紛れもなく、『双剣使いは魔法使いに夢を見る』の第1巻だった。

 俺は思わず目を見開いて、彼が持っている本を凝視する。何度見ても、どれだけ凝視しても、『双剣使いは魔法使いに夢を見る』の第1巻だ。

 嫌な夢なら醒めてほしいところなのだが、これは紛れもない現実である。そもそも、なぜあの本が彼の机から?

 チラッと視線を一ノ瀬に移すと、彼女は口に両手を当てて絶句したような表情を浮かべていた。


「……お前、急に大声を上げたかと思ったら、オタクアピールか? 別にアピールするのは構わんけど……というか、お前ってオタクだったの?」

「いやいや、違うから! 俺が驚いてんのは、俺のじゃない本が机の中に入ってたからなんだよ!」


 今のセリフで、あの本が完璧に彼の持ち物でないことが分かってしまう。……というか、あの本の持ち主には心当たりがあり過ぎる。これでがあったら9割9分確定だ。


「じゃあ、なんでお前のじゃない本がお前の机に入ってるんだよ。もしかして、本当は誰かから盗んだとか?」

「そんな事するわけないじゃん! 人のモノを盗るなんて犯罪なんだから! 絶対にやってないよ!」

「悪い悪い、冗談だって。お前はアホの子だけど、流石にそんな事するやつなんて思ってないから」

「全くもう! 言っていい冗談と悪い冗談があるんだから!」

「アホの子にツッコめよ……というか、その本。誰かのサイン書いてない?」

「えっ? ……あっ、ほんとだ! 全然気づかなかった」


 マジかよ……。俺の席からは詳しいサインの形などは分からないが、あの本は一ノ瀬の物で間違いない。状況証拠があまりに揃い過ぎている。

 焦る俺の事など知る由もない山口君は、更にパラパラと中身に目を通していく。


「というか、見てよ。女の子の裸のシーンがカラーで描いてあるよ! おっぱいも滅茶苦茶大きい!」

「それを俺に見せんな巻き込むな。というか周り、特に女子たちがドン引きしてるぞ」

「あぁ、ごめん! みんな引かないで~。本当にこの本に描いてあるんだって!」


 そんな山口君の様子にクラスから苦笑いともとれる笑い声が起こる。一方の俺は、内容(というか挿絵)を見せてしまった事に対してかなり絶望していた。今の行動はかなりの悪手である。

 確かに、剣魔法の1巻のカラーページにはヒロインの裸体が描かれているが、あれは主人公と初めて出会う重要なシーンだ。ある種のテンプレート的出会いではあるが、あの出会いがなければその後の物語に支障が出てしまうほどに。

 しかし、そんな事情を知らないクラスメイトからしてみれば、『あぁ、あの本は本なんだな』という印象を抱いてしまった事だろう。男共たちはさておき、女子からしてみれば裸の女性が載っている本なんて、嫌悪感を抱いてもおかしくはない。

 そして、昨今の偏向報道(今は少なくなってきているが)によってその手のラノベや漫画は、よくないものという認識が刷り込まれてしまっていることも事実だ。

 ちゃんと中身を読めば大事なシーンだと納得することもできるだろうが、世の中そんな都合よくはできていない。どうしてもインパクトのある部分だけが頭の中に残ってしまうものである。


 つまり、前後を説明せずにその部分だけ見せられたら誰でも『よくない本』と思ってしまうというわけだ。

 性犯罪者の部屋にロボットアニメのBDがあった時に、『ロボットアニメは性犯罪者を生み出す』と報道されているのと同じ事である。


「そもそも、お前のじゃないんだろ? 誰の持ち物なのか、聞いてみたほうがいいんじゃないか?」

「そうだった! おーい、この本の持ち主の人、手を上げてもらえませんか?」

「……まぁ、あんな風に中身を見せられたら手も上げにくいだろうけどな」

「そうだった!? ごめん、持ち主の人!!」

「悪い、こいつが何も考えなかったばっかりに」

「酷い!!」


 コントのようなやり取りに再びクラスから笑い声が上がるも、誰かの手が上がることはなかった。当たり前である。

 山口君の友人が言った通り、今この場で「それは自分のモノです」と言える猛者はいないだろう。今、手を上げれば、確実にクラスメイトから白い目を向けられるのは間違いない。

 正直に手を上げたが最後、明日からの教室が針の筵と化すだろう。


「ほらみろ、お前が余計なこと言うから誰も手を上げないじゃんか」

「うぅ~、ごめんよ持ち主の人。ここであげにくかったら、後でこっそり俺に連絡してもらえれば大丈夫だから。安心して、ちゃんと秘密は守るよ!」

「そうしたほうがいいかもな。持ち主の人、安心してくれ。こいつはバカだけど、口は意外と堅いから」

「意外とって酷くない!?」

「事実を言ったまでだ」


 再び繰り広げられるコントを他所に、俺は「ふぅ~」と息を吐いた。山口君の友人の機転に助けられた感じだ。

 取り敢えず、これでクラスメイトが見つめる中での公開処刑が行われることはないだろう。山口君とその友人の性格が良くて本当によかった。一ノ瀬も同様に安堵の表情を浮かべている。彼女は本当にホッとしただろうな。


 まぁ、山口君にはバレてしまうかもしれないが、被害は最小限で済むだろう。何なら、俺の持ち物っていって返してもらってもいいし。多分、そっちの方がよさそうだ。

 ひとまず、対応については後で一ノ瀬に確認して――。


「あれ~? 私、その本、前に舞ちゃんが読んでいたような気がするんだけど」


 突然の言葉に俺の身体に再び緊張が走る。声の主は一人の女子生徒だ。顔を見るも、名前は出てこない。ただ、あまり良い感じがしないというのだけは確かだ。

 そんな女子生徒の言葉に、今度はクラスの視線が一ノ瀬に集中する。いきなり話題の中心に放り出された一ノ瀬は、ビクッと肩を震わせる。


「舞、違ったっけ?」

「ち、違うよぉ。○○ちゃんの記憶違いじゃない?」

「そうかな? 確かに見た記憶があるんだけど」

「あっ、それ私も見た事あるかも!」


 一ノ瀬は何とか否定の言葉を紡ぎ出すも、旗色はよくない。しかも、予想外の援軍まで現れた。

 クラスがにわかにざわざわとし始める。「えっ? 本当に舞ちゃんが?」、「一ノ瀬ってあんなの読むんだ……ちょっと、印象変わるな」、そんな声まで聞こえてきた。

 色々と突っ込みたいことがあるが、間違いなくクラスの雰囲気が、まずい方向へ進もうとしていることだけは確かだった。


「違うって~。何か別の本と勘違いしてるんじゃない?」

「いやいや、絶対見たからね私。ねっ、二人もそうだよね」

「うん、間違いなくこの目で、バッチリと!」

「そうそう。まさか舞がね~って感じだったけど」


 まずいまずいまずい。これじゃあ、完全に一ノ瀬があの本の持ち主ってことで話が結論づいてしまう。俺は足りない頭をフル回転させて、何とかこの状況を打破する方法を考える。しかし、そんな妙案がすぐに浮かんでくるわけもない。

 

 そんな事をしているうちにクラス内のざわつきはどんどんと大きくなっていく。それと比例して、一ノ瀬のイメージも崩れて行っている錯覚に襲われる。

 中心にいる一ノ瀬の表情もまさに蒼白といった感じだ。


 あんな本を、学年で1番可愛いと言われている一ノ瀬が読んでいるかもしれない。それは噂好きの学生にとって、格好のネタである。それが本当であっても、例え嘘であっても。

 要は一ノ瀬が読んでいるかもしれない、という情報だけで十分なのだ。学年内でも有名人である彼女の噂は、様々な尾ひれがついて広まるだろう。

 それは、オタクであることを隠して過ごしている彼女のとって、あまりに致命的だ。下手すると、彼女の心に大きな傷がつくかもしれない。

 しかし、だからといってこの状況が簡単に打破できるとも思えなくて……。



 誰かが、よっぽどインパクトのある行動で上書きでもしない限り。



「一ノ瀬、そう言ってるけど、本当にこれ一ノ瀬のモノなの?」

「えっ、いや……その」


 女子生徒からの証言を受け、遂に山口君が一ノ瀬へと話を振る。しかし、動揺する一ノ瀬の口から明確な言葉はなかなか出てこない。

 恐らく、自身の秘密がバレるかもしれない恐怖と、クラスメイトからの好奇の視線を受けて頭が真っ白になっているのだろう。


 その時、一瞬だけ一ノ瀬と視線が合った。


 その今にも決壊しそうな彼女の瞳を見た瞬間、俺の中で覚悟が決まった気がする。


 昨日は気の利いた言葉一つ欠けられなくて、そして今。一ノ瀬のピンチに何もできずにただ座っているだけなんて、情けないにもほどがある。

 そして、このピンチを助けられなかったら、一ノ瀬との関係も終わりそうな気がしていた。


 それだけは絶対に嫌だった。とにかく彼女を助けたい、その一心だった。


 だからこそ、あんな行動ができたんだと思う。今思い返すともっといい方法があったんじゃないかって思うけど、あの時は彼女を助けたい思いが強くて……それは俺の頭に振ってきた、たった一つの妙案だった。


 俺は心の中で覚悟を決めると、椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、


「それ、俺のラノベなんだ!!」


 堂々と宣言した。

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