第10話 テスト、何それ美味しいの?
「そういえば、もう少しで中間テストだよな」
「あー確かに。輝は勉強してるのか?」
「俺はもう、バッチリよ!」
「そう言ってて、一年生の頃最後に泣きつくことが多かったような」
「おっ、よく分かってるじゃん! 実はかなりヤバい!」
「笑顔で言うことじゃないような……」
バッチリとは何だったのか。大切な親友の一人だが、このままいくと赤点コースなので心配になってくる。
GWの余韻を若干の残したある日。俺と輝は休み時間にテストの話題を話しているところだった。この学校はGWの少し後に中間テストを行うことになっている。おかげでフワフワした空気感が一瞬にして吹き飛ぶのは毎年の恒例行事みたいなものだ。
一応先生から『GW明けたらすぐに中間だからな~』とお達しがあったのだが、浮かれた生徒にはまるで届かなかった模様。
「というか、亮はいいよな。毎回それなりの点数に落ち着いてるし」
「俺は運動部の輝と違って忙しくないからな。そこそこ勉強すればそれなりの点数は取れるし」
「うーん、それでも羨ましい限りだぜ。特に国語とか100点に近かったんじゃなかったっけ?」
「まぁ、国語は得意科目だからね。というか、赤点取ったらやばいんじゃないの? それこそ、練習とか大会に出れなくなるんじゃ」
「……ま、まぁ、そんな馬鹿なことにはならない予定だから」
「予定なのかよ……」
あくまで予定と言っているところに一抹の不安を感じる。しかし、輝はなんだかんだ最後には挽回できる男なので言葉で言うほど心配はしていない。一応、輝の所属する野球部はテスト前にちゃんと勉強の時間を設けてくれるので、何とかなる……だろう。
まぁ、いざとなったら手伝えるように準備はしておくつもりだけど。
「なんか手伝えそうなことがあったら言ってくれ。それこそノートはちゃんととってあるから」
「助かるぜ心の友よ!」
「ジャイ〇ンかよ」
しかし、真のにヤバいやつは輝じゃないことに俺は放課後気付くことになる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「テスト?」
「そう。後一週間くらいじゃん? 一ノ瀬は普段どれくらい取れてるのかなって」
その日の部室にて。俺は輝と話した内容を思い出し、漫画を読んでいた一ノ瀬に何気なくテストの話題を振る。うちの学校はテストの点数が廊下などに張り出されることはないため、他人の成績などは直接聞かないと分からないのだ。
(多分、一ノ瀬の事だから全く問題ないと思うけど)
美少女は可愛いだけでなく勉強もできると昔から相場は決まっている(諸説あり)。それに、目の前にいる一ノ瀬から全く焦りを感じないので大丈夫だろう。
「戸賀崎君は平均どのくらいなの?」
「俺は大体75点くらいだよ」
「……うっそ、そんなに高いの?」
「えっ? そんなに高いイメージはなかったんだけど」
驚きの声を上げる一ノ瀬に対して俺は首をひねる。確かに低くはないけど、別に高いわけでもない点数だと思うんだけど。
「戸賀崎君って頭良かったんだ。私なんて全教科30点から60点の間なのに」
「滅茶苦茶、幅があるな……ってか30点!?」
聞こえちゃいけない点数が聞こえたような気がする。思わず大きな声を上げてしまう。
「うわっ、びっくりした。急に大きな声出さないでよ!」
「いや、大きな声も出したくなるって……」
30という点数はうちの学校で言う所の赤点ボーダーラインのギリギリだ。30点未満だと問答無用で補修となり、補修終了後に行われる再テストに合格できなければ赤点確定という流れである。
補修は中間テストでは放課後に、期末テストでは長期休み中に行われる事となっていた。しかも、結構みっちりと行われることになっており、当然部活動などに影響が出る。
赤点を取るよりはましだが、真面目に部活を行っている生徒にとっては部活に出れないこと自体が死活問題であるため、あの輝も若干焦っているのだ。
それを見越してか、運動部は部活動の前に勉強の時間を設けるなど対策をしている。一応、この学校も文武両道を謳っているわけだしね。
ちなみに今の所、赤点確定という生徒は聞こえてこないが補修になったという声はちらほらと聞いたことはある。
まぁ、大抵が中々勉強時間の取れない運動部系の人間なのだが、まさか身近なところで赤点候補生を見つけることになるだなんて。しかも、運動部でもないし……。一ノ瀬って一年の頃から帰宅部だよな?
「そんなにびっくりすること?」
「いや、だって30点ってうちの学校の赤点ボーダーじゃん」
「30点っていっても実際にとったのは2、3回だけよ」
まだ一年生のテストしか経験してない俺たちにとって、2、3回も十分多い気がするのですがそれは。あれ、この人もしかしなくても勉強できない?
「それに、実際に下回ったことはないから安心して! これでもギリギリで何とか突破してきた実績があるんだから」
「それは実績とは言わないと思うぞ」
むしろ、汚点じゃね? という言葉は心の中だけにしまっておく。それに、突破という言葉もおかしいよな。突破しちゃったら補修コースになるわけだし。
それにしたってギリギリをいつも生きていすぎである。俺だったら、そんな緊張感を味わうくらいならラノベやバイトの時間を減らしてもちゃんと勉強する。
「それじゃあ、毎回あんまり勉強しないでテストに臨んでるの?」
「もちろん、勉強する気はあるのよ。でもいつの間にか漫画を読んだりラノベを読んだりゲームをしたり……テスト期間っていつもよりゲームが捗るのよね」
遠い目をして一ノ瀬が呟く。正直、めちゃくちゃよく分かるのだが、ここで頷いては一ノ瀬が益々駄目な方向へ向かってしまう。我慢だ我慢……。
「……あれ? そういえば部室を継続的に使用する条件に、気になることが書いてあったような」
嫌な予感がして、部室の棚から部活動を申請したときの書類を取り出す。実は、部室を使用するにあたり、副会長から色々と説明を受けていたのだ(会長は私用で不在)。まさか、こんなタイミングで思い出すとは思わなかったけど。
パラパラとページをめくっていき、該当の文言が書いてあるページを見つけた(見つけてしまった)。俺は思わず天を仰ぐ。
「……うわぁ、やっぱり書いてあった」
「書いてあったって、何が書いてあるの?」
「見る?」
一ノ瀬に該当の文言を指で示す。その文言を目で追っていた一ノ瀬だったが、徐々に顔が青ざめていき、
「こ、これって……」
完璧に真っ青な顔になった一ノ瀬が恐る恐る振り返る。
「うん。『なお、赤点確定者が出た部活動については、部活の活動実績に応じて部室を明け渡していただくことがございます』って書いてあるな」
部室の説明をちゃんと聞いていたことが色んな意味で役に立った。グッジョブ俺の真面目な姿勢と記憶力。
「ちょっと、なんなのよこれ!?」
「うん、本来の学生のあるべき姿を目指しているな」
書いてあることは、まさに読んで字のごとく。部室は使わせてあげるけど、学生の本業である勉強もおろそかにすんなよって意味だ。様々な部活が乱立しているからこその処置なのかもしれない(まぁ、単純に勉強を促しているだけかもしれないが)。
恐らく、運動部系の部活で赤点者が出ても部室が確保されているのは大会などである程度実績を残しているからだろう。
一方で、俺たちの部活はというとできたばかりでろくに実績がない(恐らく今後もだけど)。つまり、一ノ瀬が赤点になった瞬間、部室を明け渡すことは確定するだろう。
うわーたいへんだぁ(棒)。
「そうじゃなくて! というか、戸賀崎君も知ってたならどうして言ってくれなかったのよ!」
「一ノ瀬がそこまでバカだったなんて知らなかったんだよ!」
「バカって、酷い!! 赤点ギリギリだって言ってるでしょ!?」
「それがバカ以外のなんだっていうんだよ!」
ぜぇぜぇと肩で息をしながら一息つく俺と一ノ瀬。というか、こんな言い合いをしている場合ではないのでは? そして我に返ったのは俺だけではなく、
「あわわわ……」
事の深刻さを悟った一ノ瀬が見たことのない表情で焦っている。というかバグっている。瞳がぐるぐる回らんばかりだ。
しかし、バグっているとはいえそんな表情も可愛いな……俺もおかしくなっているのかもしれない。
「で、でも、再テストさえ乗り切れば全く問題ないのよね!?」
「なんで補修は確定で話を進めるんだよ」
「だ、だって可能性としてはそっちの方が高そうだし……」
「いくらなんでも諦めが早すぎる」
諦めたらそこで試合終了だって某バスケット漫画の先生も言ってたじゃないか。というか、今回に関しては試合すらしていない。立派な試合放棄である。これにはあの温厚な先生も白髪鬼と化すに違いない。
「そもそも、再テストの方が実際のテストより難しくなるわけだから、ちゃんと勉強しても合格できるか……ただでさえ、苦手科目の再テストになるわけだし」
「た、確かに……じゃあ私はどうすれば」
絶望的な顔で項垂れる一ノ瀬。ただ、赤点であるボーダーラインは普通に勉強をしていればまずとることはない。そういった意味でも、補修というのは勉強しなかった者へのペナルティ的な意味合いがあるのだろう。
だからこそ、まだ時間のあるうちから勉強を開始すれば遅れを取り返すことができるはずだ。
「まぁまぁ、諦めるのは簡単だけど、諦めないことの方がもっと大事だから。今からでも遅くないし、ちゃんと勉強すれば――」
「今のセリフ、漫画の主人公っぽい!」
「ちゃんと話聞いて」
さっき抱いた緊張感をもうどこかへ落としてしまったようだ。早急に拾ってきてください。
「じゃあまず、状況を整理するけど具体的にはどの科目の点数が一番低いの?」
「……数学と生物」
「典型的な文系脳だね」
かくいう俺もぶっちゃけ得意というわけではない。数学が多少ましってレベルだ。ちなみに、一番得意な科目は国語と日本史。
「ちゅ、中学までは普通にできたのよ! でも、高校生になってから急に難しくなって、それに見たいアニメとか漫画が増えたから勉強する時間が足りなくなって。それに最近はソシャゲの数も多くなって、ログインボーナスを回収する時間だけでも結構かかる――」
「まず、ソシャゲの整理から始めようか」
「アッ、ハイ」
まずは身近な障害を無くしていくに限る。俺の圧力が伝わったのか、一ノ瀬が死んだ魚の目をしながらインストールしているソシャゲを整理し始めた。ソシャゲにハマる人間の闇を垣間見た気がする。
5分後、ある程度整理が終わったのか一ノ瀬が顔を上げる。
「いくつものソシャゲを葬ってきたわ」
「そんな大げさに言わなくても。どうせログインしかしてないのも多いだろうし」
「う、うっさいわね!」
「まぁそれは良いとして、授業中はちゃんとノートは取ってるの?」
「それは流石に……って言いたいところだけど、たまに抜けてるところが。ほら、授業中って妙に妄想が捗るじゃない? いきなり教室に暴漢が入ってきた時の対処とか、自分に悪魔の実の能力が宿ったらとか、忍術が使えたらとか」
「めっちゃ分かるけども」
思春期に誰もが妄想するよね。
「特に数学とかの時間は分からない、つまらないで余計妄想が捗って……結構真っ白なことも多いです」
段々と敬語になっていく一ノ瀬に思わず吹き出しそうになってしまう。反省する気持ちが芽生えてきたのは良い傾向だろう。
ちなみにノートを見せてもらうと確かに書いてないわけじゃなかったけど、所々抜けがあることに気付く。というか、落書きもそれなりにある。アニメのイラストなんかは結構上手にかけてる……じゃなくて!
「取り敢えず、俺のノート貸してあげるから抜けてるとこ写して。内容の理解はそれからでいいから」
「わ、分かったわ」
俺からノートを借り、ひたすらに自分のノートに写していく一ノ瀬。
「ちなみに、他の教科で絶望的なものはないの?」
「さ、流石に赤点レベルはこの二つだけよ。他の教科はそこまで苦手意識はないから」
「じゃあ、取り敢えずテスト期間中の部活ではその二つを中心的に勉強しようか」
「……お願いします」
文句を言ってくるかと思ったけど、流石に立場をわきまえているらしい。流石に火が付いたというべきだろう。
俺からしてみても教えるついでにテスト勉強が出来るから丁度いい。ちゃんと教えられるかは分かんないけど。まぁ2年生の最初の中間テストだし何とかなるはず……。
というわけで、一ノ瀬との放課後勉強会(in 部室)がスタートした。
基本的に部室にいる間は分からない点の解説がメイン。そして家に帰ってからは今日やった点の復習や他教科のテスト勉強といった感じ。
家での勉強は基本的に自己学習だけど、分からない点があればLINEとかで聞いてという形にしてある。いやはや、便利な時代になったものだ。
ちなみに、一ノ瀬は地頭が悪いというわけではない。単純に勉強をサボっていただけだったので、普通に勉強をし始めるとそれなりにテスト範囲の部分はできるようになった。
ただし、サボっていた部分も多かったので完璧というわけではないが……それでも一週間みっちり勉強することで、赤点を回避できるレベルにまでは到達することができた。
「うぅ、まんが、あにめ、らのべ……」
まぁ、数多の犠牲(主にオタ活の時間)の上に成り立っているんだけどね。テスト期間終盤には自身の欲望を呪詛のように呟いてたし。これに懲りたら、ちゃんと勉強してください。
そして明日がいよいよテスト本番という所で、
「ところで、どうしてこんな熱心に勉強を教えてくれるの?」
勉強の休憩時間。何気なしに一ノ瀬が訊ねてきた。俺は取り組んでいたテキストから顔を上げて答える。
「どうしてって、部室が無くなったら困るからに決まってるからじゃん。一ノ瀬だって部室がなくなったら困るだろ?」
「そりゃ、私も困るけど……それにしたって熱心過ぎる気がして。ほら、ノートだけ写してもらって後は頑張ってでもいいわけだし」
「そりゃそうかもしれないけど、放り投げるだけはなんか無責任じゃん? それに一ノ瀬は目を離したらすぐラノベとか漫画とか読み始めるかもしれないし」
「し、失礼ね! そんなことしないわよ……多分」
そこは『絶対にしない!』と言い切ってほしかった。
「そもそも、この部活だって私の我が儘なんだし、無くなっても戸賀崎君は困らないんじゃ?」
「……まぁ、確かにそうかもしれないけど」
彼女の言葉に一抹の怒りを覚えた俺は、軽く彼女の脳天に手刀を落とす。
「いたっ!? ちょ、ちょっと、これまで詰め込んだ知識がどこかへ行っちゃうじゃない!」
「今ので飛んでく知識だったら、その程度の知識レベルだってことだよ。もっと勉強して。それよりも!」
俺は表情に少しだけ怒りをにじませる。
「な、なに? どうかした?」
「いや、一ノ瀬がよく分かってないみたいだなぁって」
「分かってないって、何が?」
「別に俺はこの部活に漫画とかラノベとかを読みに来てるわけじゃなくて、一ノ瀬と話をしたいから来ているだけなんだよ」
「……へっ?」
いまいち伝わっていないようなので、俺はもう一度彼女に自身の気持ちを伝える。
「だから、俺は一ノ瀬と話すのが楽しいからこの部活に来てるってこと」
「そ、そうなのね……」
「分かってなかったみたいだからもう一度言うけど、俺は無理をして部活に付き合ってるわけじゃない。一ノ瀬と会って、他愛もない話をするのが好きだから来てるんだ」
「う、うん……わ、わかった。わかったから」
一ノ瀬が俺の圧から逃れるように手で顔を隠す。おっと、少しだけヒートアップしすぎたかもしれない。
だけど、これだけは真実をはっきりと伝えたかった。無理して付き合ってると思われている方が俺にとって辛い。
「一ノ瀬は俺が部活に来てるとき、つまらなそうに見えた?」
「そ、そんなこと……だけど、私だけが一方的に楽しんでるって思ってたから」
確かに、普段は一ノ瀬の方がよく喋ってるのでそう見えるのかもしれない。だけど、別にそんなことはないのだ。そもそも、好きな人と喋ってるのにつまんないと思う男はいないだろう。
……たまに、興奮しすぎてついていけなくなる時もあるけど。
「ということで、俺も俺でちゃんと楽しんでるから。これからはその認識でよろしく」
「う、うん、ちゃんと認識しました」
「何で敬語?」
最後、敬語になった意味は分からないけど、ちゃんと伝わっているみたいで良かった。
「……きょ、今日は帰るわね。明日が本番だし、体調を崩さないためにも」
「確かに、今日は軽く勉強してしっかり休んだほうがいいかもな。最後の最後に体調崩して、テストを受けられませんでしたってのが一番困るし」
「そ、そうよね。じゃ、じゃあ私はこれで。明日のテスト、頑張るから」
「おう、頼んだよ」
そそくさと荷物をまとめ、逃げるようにして部室を出ていく一ノ瀬。出ていくときにちらっと見えた横顔が少し赤かったので、もしかすると体調が悪かったのかもしれない。それならそうと早く言ってくれればいいのに。
「さて、俺は少しだけ復習してから帰りますか」
部室に一人残った俺は一時間程度、明日の科目の復習をしそのまま帰宅した。
そして、自身の失言(?)に気付いたのはその日の夜で、
「……あれ? あの時の言葉って中々まずかったんじゃ!? というか、半分告白じゃね!?」
亮が布団の中で例のセリフを思い出し、悶え苦しんだのは想像に難しくないだろう。
ちなみに中間テストは、勉強のかいあって無事に赤点は回避できました。
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