第12話 今の俺、ラノベの主人公みたいじゃね?

「それは俺のラノベなんだ!」


 いきなり立ち上がって大声を上げた俺に、全クラスメイトの視線が集中する。クラスでも目立つ存在でない俺が、いきなりわけのわからないことを言い始めたのだ。好奇の視線が集中するのも当然の事だろう。

 クラスメイトからしてみたら、とんでもない奇行に写っているはずである。それを裏付けるように、一部の生徒は若干引いているようだ。


 クラスメイトからの視線を受け若干、立ち上がったことを後悔しそうになったが、今更ここで引けるかと何とかして自分を奮い立たせる。

 どっちみち引くことなんてできないんだ。それならいっそ、開き直ってしまったほうがいいまである。進んでも地獄、戻っても地獄ならもう地獄へ突き進むしか道は残されていない。


 そして、俺は改めて一ノ瀬のラノベを持っている山口君と視線を合わせる。山口君は山口君で、いきなり登場した俺のという存在に少しビビっているようだった。隣にいる彼の友人からも訝しむ様な視線を感じるが、今はそれを気にしている余裕はない。


「え、えーっと……こ、これ、戸賀崎の本なの?」


 恐る恐ると言った感じで山口君が訊ねてくる。よかった。どうやら、名前は憶えられていたらしい。流石、本物の陽キャは違うな。

 名前を憶えられていたことに安心しつつ、俺はあくまで軽い感じで彼に話しかける。


「そうなんだよ。ごめんごめん。どういうわけか山口君の机に混ざっちゃったみたいで」

「で、でも、戸賀崎の席と俺の席って結構離れてるし、どうやって混ざったのか――」

「いやー、それがさ、ちょっと前の事なんだけど……俺、誰もいないときに自分の鞄を山口君の席の近くで派手にぶちまけちゃってさ。多分、その時に山口君の席周辺に落としちゃったんだろうな~。それで山口君の席の近くに落ちてた本を、誰かが山口君のモノだと勘違いして机に入れちゃったってわけ。ブックカバーもかかってたし」

「お、おう……マジで?」

「マジマジ」

「……本当の本当に?」

「本当の本当に」


 本を持っていたクラスメイト(山口君)がめちゃめちゃ怪しんでいる。それは無理もないし、俺だって同じ反応をしただろう。誰もいないときに転んだ……までは何とか理解できても、その後の部分は到底納得できる話の組み立てにはなっていない。

 山口君のモノと間違えるにしても、わざわざ机の中に入れたりなんてしないだろうしな。せいぜい、机の上に置いておくとか、やったとしてもそんなところだろう。

 

 といったように俺の理論は穴だらけ(というか無理があり過ぎる)にもほどがあるが、とにかく俺は必死だった。

 俺という存在にクラスメイトの意識を集中させるため。一ノ瀬へ注がれていた「彼女がオタクかもしれない」という認識を、俺の奇行で上書きするため。

 そして、彼女の本を俺に渡してくれ……それだけを思って話し続けていた。


「いや、本当に参ったよ。まさか深夜アニメのように鞄の中身をぶちまけるなんて。周りに誰もいなかったからよかったけどな。あっ、気付いているかもしれないけど俺めっちゃオタクなんだ。まぁ、そのラノベの持ち主だって言った時から気付いてると思うけど。まさか、こんな形でカミングアウトすることになるだなんて思ってもみなかったよ」


 頭をかきつつ、俺はオタクだということをカミングアウトする。そしてオタク特有の早口で、求められいないことまで喋りまくる。

 うん、これでどう考えてもラノベを取り返すのに必死なキモいオタクだってことが山口君(とクラス全員)に伝わったことだろう。

 ちなみに、ここまで笑顔で話しているけど、その笑顔は引き攣ってるし冷や汗かきまくりです。


「ま、まぁ、それはいいんだけどさ。というか、ぶちまけたって、どんだけ派手に転んだんだよ」

「逆に一目見せたかったよ。もう、本当にアニメみたいな感じ。よくあるだろ? アニメの中で鞄の中身を派手にぶちまけるシーン。ほら、どんがらがっしゃーんって!」

「お、おう。そうなんだ……まぁ、よくある光景だとは思うけど」


 身振り手振りを加えつつ、俺はその時の状況を再現しようとする……が、自分でも何を言っているのかよく分からなくなってきた。しかし、ここで止まるわけにはいかない。

 既に致命傷を負っていたとしても、男として止まってはいけない場面ってもんがあるんだ。


「と、というか、戸賀崎ってオタクだったんだな。普段、話さないから知らなかったけど」

「そうだよ。オタクもオタク。めっちゃオタク。俺、二次元の女の子、めっちゃ大好きなんだ。もう、恋をしてると言っても過言じゃないくらい」

「そ、そうなんだ……まぁ、恋は人それぞれだし、否定はしないけど」

「色んな愛の形があると思うけど、俺の場合はその愛が、たまたま2次元の女の子に向いただけって話なんだよ」


 我ながら本当に気色の悪い、犯罪すれすれレベルの言動だ。このまま犯罪者予備軍として警察の御用になってもおかしくないレベル。

 恐らく、クラスメイトの9割以上がドン引きしていることだろう。しかし、今そちらに目を向けてしまえばせっかく振り絞った勇気がしぼんでしまうので、とにかく山口君にだけ視線を向け続ける。


「悪いな、気持ち悪いこと言っちゃって。でも、これが俺の本当の姿だから」

「いや、まぁ、俺は大丈夫だけど……」

「気を遣ってくれてありがとう。……というわけだから、そろそろその本を返してくれないかな? 俺、そのラノベが人生で初めて読んだラノベで、二次元に初めて恋したヒロインが載っているものなんだ」


 俺はそう言って右手を差し出す。返して欲しいという意味を込めていたのだが、山口君は少し迷っているようだった。


(……そりゃ迷うよな。どう考えても苦しい部分が多かったし、下手に渡したくない気持ちもよく分かる)


 俺は本当の持ち主が一ノ瀬って事が分かっているけど、山口君からしてみたらそうではない。これで別の人に渡してしまったとしたら、本当の持ち主の人に迷惑が掛かる……恐らくそんな事を考えているのだろう。

 このやり取りだけで山口君の性格の良さや意外なまでの責任感の高さがよく分かる。やっぱり真の陽キャは格が違うな。

 というか、俺の本でないことはとっくにバレてしまっているのかもしれない。だからこそ山口君は迷っていて……しかし、それでも俺はここで引くわけにはいかなかった。


 ここで引いてしまっては、一ノ瀬の大切にしているラノベが返ってこなくなるかもしれない。それに、何かの拍子に一ノ瀬のモノだってバレる可能性だってある。

 俺のモノではなく、一ノ瀬のモノだったことがバレてしまうということ。それだけは何としても避けなければならない。あのラノベが一ノ瀬のものかもしれないと言った時のクラスメイトの反応から何となく察することができるはずだ。

 オタクだってことがバレた時、もしかすると一ノ瀬は独りぼっちになってしまうかもしれない。独りぼっちになるだけでなく、よくないクラスメイトからいじめを受けることだって……。


 ……今考えると、思い込み過ぎだったかもしれないけど、この時の俺に何を言ったって無駄だっただろう。


 俺の評価がどうなろうと関係ない。ただただ、一ノ瀬の事を助けたい、その一心で俺は動いていた。


「どう、山口君? 俺にとってその本は本当に大切なものだから、返してほしい」

「……この本って、そんなに大切な物なの?」

「あぁ、もちろんだ」

なのに?」


 ただの本。山口君にとって……いや、他のクラスメイトからしてみればそう見えるだろう。しかし、一ノ瀬、それに俺にとっては本当に大切なラノベなのだ。

 一ノ瀬がこの本を大切にしている詳しい事情は俺には分からない。だけど、何となく彼女がこのラノベに救われた……とまでは大げさかもしれないけど、良い影響を受けたってことは伝わってきている。じゃなきゃわざわざ、って表現を使わないはずだからな。

 それに俺にとってもこのラノベが大切なものであることに変わりはなくて……俺は山口君の近くまで歩いていくと、彼に向かってゆっくりと頭を下げる。


 そして、


「山口君にとってはただの本かもしれないけど、俺にとっては違うんだ。その本は、本当に俺にとって大切な本で……この本があったから俺はどれだけ辛いことがあっても耐えてこれた。そのラノベに書かれている主人公の言葉に、ヒロインの言葉に俺は何度も救われた」


 今の言葉は一ノ瀬のためではなく、俺の本心からの言葉だった。

 母さんが生み出したこのラノベには、いい意味でも悪い意味でも振り回されてきたが、今となってはいい思い出だ。

 それに、主人公やヒロインの言葉に救われたのは嘘じゃない。彼らのカッコいい言葉セリフや熱い言葉セリフ。時折見せる2次元でありながら3次元に近いような、人間くさい言葉セリフに救われたのも一度や二度じゃなかった。


「だから……返してください。お願いします」


 先ほどより更に気持ちを入れて頭を下げた。

 そんな俺の頭部に、驚愕とも困惑ともとれる視線が注がれる。しかし、彼からはまだ迷っている雰囲気を感じられ――。


「……戸賀崎に返してやれよ」

「えっ! で、でも……」

「これは戸賀崎のモノで間違いねぇよ。じゃなきゃ、こんな風に頭を下げないだろ?」

「ま、まぁ、確かにそうかもしれないけど……」


 俺が思わず顔を上げると、山口君の隣にいた彼と視線が合う。まさか助け船がこんな所から出るなんて思いもしなかった。名前はえっと……ごめん、名前は分からないけど。


「戸賀崎も、そうだろ?」

「……あ、あぁ、その通りだよ」


 話を振られた俺は慌てて頷く。 


「ということだ。さっさとその本を戸賀崎に返してやれ」

「……うん。分かった。それじゃあ、これ」


 まだ微妙に納得はしていないみたいだが、持っていたラノベを俺に差し出す山口君。俺はそれを大切に受け取ると、もう一度二人に頭を下げる。


「……ごめんな、色々と迷惑をかけちゃって。これからは、転ばないように気を付けるから」

「そ、そうだな! 怪我しても大変だし」

「それと、今度転んだ時はちゃんと周りを見たほうがいいかもな。また、今回みたいなことを起こすんじゃねぇぞ?」

「おう、肝に銘じておくよ。それと、ありがとな。色々気を遣ってもらって。あと、みんなもごめん。お騒がせしちゃったみたいで……それじゃあ!」


 本を自分の鞄の中にしまうと、俺は急いで教室の外へ飛び出した。

 ポカンした顔をするクラスメイト達が一瞬視界に映る。しかし、そんなクラスメイトの様子を気にする余裕は今の俺に全くと言っていいほどなかった。

 あの空間にずっと入れるほど俺のメンタルは強くない。というか、メンタルの上限値は立ち上がった時点でとっくに振り切っていた。

 地獄のような空間と化した教室から飛び出した俺は、取り敢えずいつもの部室へ。ここなら一ノ瀬以外、知らない部屋だから誰かが入ってくることもないだろう。


「……はぁ」


 俺は部室に飛び込むとようやく息をつく。身体の力が一気に抜け、思わず俺はその場に座り込む。

 色々な意味で終わったという感情が押し寄せてきて……むしろ清々しい気分になってきた。思わず苦笑いを浮かべる。

 一ノ瀬の名誉を守ったかわりに失ったものがあまりに大きすぎるが、これでよかったのだ。好きな人をピンチから守る……さながらラノベ世界の主人公になった気分である。

 まぁ、ラノベ主人公と違うのは明日からクラスでの俺の立場は無いに等しいものとなったということだけだろうか? どこまでも現実とは悲惨なものである。

 ラノベを読んでいる立場なら主人公とヒロインの心情を考えてニヤニヤするところだが、あいにく俺は明日から針の筵である。


「……まっ、これでよかったんだよな」


 誰に聞かれるわけでもない言葉を一人呟く。確かに明日からのクラス内での過ごし方は休み時間のたびに寝たふりをすることになるかもしれない。輝だってあんなことがあった以上、俺に話しかけずらいだろうからな。

 それでも、俺がやったことは決して間違いではなく――。

 

「戸賀崎君っ!!」


 そのタイミングで一ノ瀬が勢いよく部室の扉を開けて中に入ってきた。扉を蹴破らん勢いである。


「い、一ノ瀬か。あんまりびっくりさせないで――」

「びっくりはこっちのセリフよ!!」


 勢いよく入ってきたと思ったら、人の頭を勢いよく引っ叩いてくる一ノ瀬。そのパワーの強さに俺の脳みそが結構震える。


「いてぇっ!? な、なにすんだ!!」

「ばかっ!! 本当に何やってるのよ!!」

「何ってそれは……っ!?」


 反論をしようとした俺の言葉は、彼女の瞳にたまっている涙で引っ込んでしまった。一ノ瀬は瞳から涙をこぼさないように歯を食いしばる。


「ばか……本当にばか。何で私を庇ったのよ。なんで、戸賀崎君が……」


 その先は言葉にならず、弱々しく俺のワイシャツの襟元を右手で掴む。まさか泣かれるとは思ってもいなかったので、俺は所在なさげに頭をかく。


「……別に良かったんだよ。俺は今日、自分のやったことに後悔なんてしてない。むしろ、誇っているくらいだ」

「誇ってるって……」

「それくらい、やってよかったって思ってるんだよ。友達のピンチに颯爽と駆けつけて問題を解決する……なんだか今の俺、ライトノベルの主人公みたいじゃね?」

「……ぜんぜん、笑えないわよ」


 俺としては場を和ませるためのジョークだったのだが、逆効果だったみたいだ。彼女の表情が苦悶に歪む。


「……私、何もできなかった。戸賀崎君がかばってくれたのに、頭真っ白になっちゃって」

「そんなの仕方なかっただろ。俺だって、まさか話の流れがあんな風になるだなんて思ってなかったし」

「それでも! あの時は私が出なきゃいけなかった。私がちゃんと出てれば……」

「……俺は別に大丈夫だけどな。元々クラスではいないも同然だったし、一ノ瀬と違って変な噂が経っても大丈夫なキャラだから」

「大丈夫って、戸賀崎君が良くても私が……」

「いいよ。だって、一ノ瀬は本当のこと、分かってくれてるだろ? 俺はそれで十分だから」


 俺はそう言って彼女に笑いかける。確かにクラス内では大変かもしれないけど、部室ここに来れば一ノ瀬がいる。一人ではない、一ノ瀬がいると分かっているだけで、俺にとっては十分すぎるくらいだ。

 俺の言葉に一ノ瀬は虚を突かれたような顔をしていたが、すぐにその表情を引っ込めると、


「……させないから」

「えっ?」

「戸賀崎君を絶対に一人になんてさせない。私がずっと、一緒にいるから」


 ずっと一緒にいる。


 一ノ瀬の言葉が何度も頭の中で再生され、俺は思わず彼女の瞳を覗き込んだ。一ノ瀬はどこまでも真剣な瞳で俺を見つめている。その瞳は先ほどの涙で少しだけ濡れていて、どこか色気を感じるほどだった。


(……やばい)


 真剣な彼女の視線を受け止めきれずに、俺は思わず視線を逸らす。先ほどのセリフと相まって、顔が熱を帯び始めた。


「……よく恥ずかしげもなくそんなセリフを」

「恥ずかしいって、私変なことなんて一言も言ってないけど?」

「いや、一緒に居るって……なんか、逆プロポーズみたいだなって」


 俺だけ恥ずかしがっていたのが少しだけイラッとしたので、思ったことを彼女に伝える。すると、一瞬だけ一ノ瀬がポカンとした表情になり、


「な、なぁっ!?」


 顔が沸騰したように真っ赤に染まった。


「ば、ばかっ! ほんっとうにバカ! こんなシリアスな展開の時に、なに変なコト考えてるのよ!?」

「変なことって、一ノ瀬が言ったんじゃん」

「わ、私はあくまでって意味で言ったのよ!!」


 先ほどまで見せていたしおらしい姿は鳴りを潜め、真っ赤な顔で俺の襟元を掴んでぶんぶんと揺すってくる。かなりの力強さだ。


「わ、分かった。分かったから、揺するのやめて。気持ち悪くなるから……」

「ま、まったくもう! これだから戸賀崎君は……」


 ぷりぷり怒りつつも、ようやく襟元から手を離してくれる。あ、危なかった。あれ以上やられてたらマジで吐く寸前までいってたかも。


「……だけど、嘘じゃないからね」

「へっ?」

「一緒に居るってこと。今回は私のせいで沢山迷惑かけちゃったから」

「いや、半分は俺が勝手にやったことだから、別に気に病まなくても――」

「それも私の勝手だからいいの。いいでしょ? 私の勝手なんだから」

「ま、まぁ、いいけど……」


 勝手と言われてしまっては止めようもない。それに一ノ瀬は頑固なところがあるので、俺がどんなに言っても聞かないだろう。


「取り敢えず、今日はもう帰ろうぜ。流石に色々あり過ぎて疲れた」

「うん」


 とにかく、空気がいい感じに持ち直してくれて助かった。あのまま、お通夜状態が続くとどうしていいか分からなくなってただろうし。

 そんなこんなで様々なことが起こった一日がようやく終了したのだった。

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