第13話 雨降って地固まるには、少しだけ時間がかかるものである
色んな意味で俺の人生が詰んだ出来事があった次の日。
「……本当に待ってなくてよかったのに」
「いいわけないでしょ! 元をたどれば全部、私のせいなんだから」
現在、俺と一ノ瀬は駅から学校までの通学路を歩いているところだった。なぜ二人で登校しているのかと言えば、昨日、あんな出来事があったもんだから一ノ瀬の方から『明日、一緒に学校に行くわよ』と言って聞かなかったのだ。
家に帰ってから、怒涛の勢いでメッセージが飛んできた時には流石に少しだけ引いた。
俺としては一ノ瀬を余計なことに巻き込みたくなかったので頑なに断っていたのだが、半ば押し切られるような形で今に至る。
ちなみに、最後の抵抗としていつも乗る電車の時間を1本早めるという手段を使ったのだが、一ノ瀬には通用しなかった。なんと、俺の思考を読んだ一ノ瀬は指定した時刻の更に2本前に乗ったとのこと。彼女曰く『野生の勘』が働いたらしい。恐ろしいにもほどがある。
改札を抜けた先に、いるはずのない一ノ瀬の姿を見つけた時は軽く戦慄した。
「でも、本当にいじめられるとか嫌なことされるなんてことが起こるのかな? オタクだってことがバレただけで、別に迷惑かけたわけじゃないんだし」
「それが甘いのよ、戸賀崎君! オタクっていうのは一般的に気弱だとか、おどおどしてるってイメージがついているものなの。それこそ、いじったら面白い反応が返ってくるとか」
「それって、あくまで漫画とかラノベとかのイメージなんじゃ?」
「そのイメージが現実世界にまで波及しているのが今の世の中なの! とにかく、教室までは絶対に私と一緒に行くこと!」
「……俺と一緒に歩いてるの見られるのはまずいんじゃね?」
最後の抵抗とばかりに伝えてみたのだが、
「そんなの関係ない。何があっても私は戸賀崎君の味方だから。戸賀崎君を絶対に一人になんてさせない。変な噂が流れも関係ないわ」
一ノ瀬さん、覚悟ガンギマリだった。
「昨日は何もできなかったけど、今日は違う。今度は私が戸賀崎君を助ける番だから」
そして、思いのほか強く訴えかけてきた彼女の言葉に、不覚にもキュンとしてしまう俺。いや、今のは不意打ち過ぎて反則。誰だって俺と同じ反応になるはずだ。
「……分かったよ。それじゃあ今日一日、お願いします」
「素直でよろしい!」
結局、一緒に登校することになった。はぁ、どうせ押し切られるのならいつもの登校時間でよかったじゃん……。
ちなみに、なぜ一ノ瀬のラノベが山口君の机の中に入っていたか、結局理由は分かっていない。一ノ瀬と帰り道でも話したのだが、全くと言っていいほど心当たりがない様子だった。
山口君と話すことはあっても、本を見せあうような仲ではないし、ましてやオタクだってカミングアウトしている間柄でもない。それに彼女にとって大切なラノベを無くすなんて考えられないことだった。
だからこそ、一ノ瀬も「何でだろう?」と首をひねっているわけである。
取り敢えずこの話は迷宮入りになりそうなのでまた考えることにしつつ、登校中は何事もなく下駄箱に到着した俺達。ここまではクラスメイトともまだ顔を合わせていない。理想的っちゃ理想的な展開となっている。
「ベタだけど、靴箱を開けたらゴミが入ってたりとか、上履きの中に画鋲が入ってないか、十分に注意して!」
「確かによく見る展開だけど……うん。取り敢えず、下駄箱は何もなしと」
自分の下駄箱を覗き込んだが、特に何かをされた形跡というのは確認できなかった。下駄箱の中にはゴミや変な置手紙なんかもないし、上履きの中にも警戒していた画鋲などは入っていない。
「ふぅ……取り敢えず一安心ね。でも、まだここは序章にすぎないわ。本当に怖いのは教室に入ってからよ」
「序章って、RPGのクエストじゃないんだから……だけど、なんだか胃が痛くなってきた」
「大丈夫? 胃薬あるけど飲む?」
「準備良すぎるだろ……飲むけど」
一ノ瀬の言う通り、クラスメイトからどんな反応をされるか正直予想がつかない。先ほどはイジメられることはないと言ったものの、昨日の一件で扱いづらいやつというレッテルが貼られた可能性が高い。いわゆる『腫れ物』というやつだ。
無視とかも結構辛いけど、クラスメイトに気を遣われるのも中々に辛い。
「ちなみに、俺が出ていった後は?」
「皆、しばらくポカンとしてたけど、山口君の友達の佐々木君が『うちの山口がお騒がせした』って感じで頭を下げた後は、自然解散のような形になったわよ。部活の時間も迫ってたしね」
「なるほど。……それにしてもその、佐々木君にはいつかお礼を言わないと」
「確かに。佐々木君がいなかったら、今回のような展開にはなってないだろうし」
一ノ瀬も、佐々木君がきかせてくれた機転には気付いているようだった。まぁ、一ノ瀬がお礼にいくとまたややこしいことになるので、俺だけでこっそり済ませよう。
なんて話しているうちに、教室の扉が見えてきた。
緊張がピークに達していた俺は、心を落ち着かせるべくゆっくりと深呼吸をし、勢いをつけて扉を開ける。
ガラガラガラ
『っ!?』
俺が教室に入った瞬間、クラスの空気が一気にピリついたものになった。その雰囲気を肌で感じつつ、俺はなるべく意識しないように自分の席へと向かう。
一ノ瀬も心配そうな表情を浮かべつつ、自分の席へ。
(予想はしてたけど、これは中々……輝に話しかけるのも無理そうだな)
自分の席に腰掛けた俺は、鞄から教科書を取り出しつつそんな事を思う。輝は俺がオタクだってことは知ってるけど、この空気の中いつも通り振る舞うのも難しいはずだ。
まぁ、取り敢えず今は何もせず静かに過ごして――。
「よっ、おはよう亮」
いつもの感じで俺の席に振り返り、手を上げて挨拶をしてきた輝。正直、あまりにいつも通りだったため、俺の方が動揺してしまう。というか、変な声が出かけた。
「お、おう。おはよう」
「何だ、その変な顔は? 熊でも見たみたいじゃねぇか。せっかく、唯一の親友が朝の挨拶をしてあげたっていうのに」
何食わぬ顔で、いつも通りの軽口をたたく輝に驚きを隠せない。昨日のことなど、まるでなかったかのような口ぶりだ。
「いや、悪い。それにしたって、あまりに普通だったから」
「普通って、もっと頭のおかしい挨拶の方がよかったか?」
「そういう意味じゃ……まぁいいや」
いつも通りのやり取りに、俺の緊張が少しだけ和らいできた。視界の端では、事の次第を見守っていたであろう一ノ瀬もホッと胸をなでおろしている。
もしかすると、輝は輝なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
「おい、戸賀崎」
「っ!!」
声をかけられ顔を上げると、そこには昨日、一ノ瀬のラノベを持っていた男子生徒、山口君の姿が。その隣には、神妙な表情を浮かべる佐々木君の姿も。
山口君(+友人の佐々木君)と俺の対峙に、クラスが再びピリッとした緊張感に包まれる。
改めて、山口君はクラスのムードメーカー的な役割であり、天然気味な性格も相まって彼を慕うクラスメイトも多い。そんな彼の元には男女問わず、いつも人が集まっている。
いわゆる、クラスカーストの最上位君臨している男子生徒だ(本人は何も気にしてないみたいだけど)。立ち位置を考えると、一ノ瀬と同格の生徒とも言うことができる。
そして、彼に好かれるか、嫌われるかでこのクラスの立ち位置が決まると言っても過言ではない。現に、彼と交流のある生徒が今のクラスの中心的存在であり、交流があまりない生徒はそれ以外といった感じになっている。
まぁ、彼自身があんな感じの性格なので、誰かをいじめると言ったことはないとのこと(一ノ瀬より)。
(しかし、本当の所はわからないしな……)
綺麗な花には棘があるとはよく言ったものである。人間、誰しも裏がある生き物である以上、本当の事は本人にしか分からないのだ。
それに、俺と山口君の間には昨日の出来事によって、溝ができてしまったと言っても過言ではない。結局、彼は最後まで納得できていなかった様子だったしな。
それを裏付けるように、今話しかけてきている彼の表情からは気持ちを推し量ることはできそうにない。……なぜ隣の佐々木君の表情が微妙に歪んでいるのか、それは分からないけど。
「えっと、なんでしょうか?」
努めてやわらかい対応を心掛ける俺。相手の出方が分からない以上、攻撃的にいくのは絶対によくない。冷静に、冷静にいけ。
「なんでしょうかって、もちろん昨日の事なんだけどさ」
やはりきた。俺の緊張感が一気に高まる。これはやはり納得できていないから、昨日の本を返せと言ってくるのかもしれない。もしくは、もっと詳しい説明を求めてくるか。
チラッと一ノ瀬に視線を向けると、椅子から立ち上がりいつでも間に割って入ることができる態勢となっている。意気込みは十分だけど、もっと落ち着かないと。周りの女子がびっくりしてるから。
「昨日の事……」
「うん。昨日の事。それで、改めて戸賀崎ってさ……」
「お、おう……」
「めっちゃラノベが好きで、めっちゃオタクだったんだな!! それならもっと、早く言ってくれよ!」
「……へっ?」
全く予想だにしていなかった言葉が返ってきて、思わずポカンとした表情を浮かべてしまった。しかし、そんな俺の様子など見ていないのか、山口君が更に続ける。
「いやー、おれ昨日の戸賀崎の言葉に感動しちゃってさ! クラスで目立たない戸賀崎が、ラノベに対してあんな並々ならぬ思いを抱えてたなんて知らなかったよ」
「いや、まあ、確かに言う機会はなかったけどさ……」
普通、自分からいうやつはいない。しかも、オタクだってことを。
「俺って、あんまりオタク文化に詳しくなくてさ。何で戸賀崎があんなに熱くなってるのかってよく分かんなかったんだよ。でも、家に帰って冷静に考えてさ。好きなモノに対してあれだけ本気になれるって逆にすげぇことだなって!」
「は、はぁ、逆に」
「そう、逆に! あの時の、熱弁を振るう戸賀崎をスマホで動画、撮っとけばよかったよ」
絶対にやめてくれ。あんなのを撮られた日にはお嫁に行けなくなる。
「まぁ、でも流石に2次元に恋してるってときは、ちょっと大丈夫かな? って思ったけど」
「あ、あはは……あれは忘れてほしいというか」
「いやいや、あれもオタク文化を愛してるが故だって理解してるから!! やっぱり、熱意のあるオタクは違うな」
バンバンと嬉しそうな様子で肩を叩いてくる山口君。うん、完全に勘違いしていて、尚且つ斜め上の方向に理解をされてしまった。まぁ、今更否定なんてできないんだけど……。
取り敢えず、よく分からないが俺の昨日の言動は山口君にとっていい方向に転がってくれたらしい。
「結局、何が言いたかったかっていうと、俺は昨日の戸賀崎の言葉にすごく感動したってこと。それで、そんなオタク文化に命を懸けている戸賀崎に何かできないかなって考えたんだよ」
「うんうん……ん?」
何かできないか? いや、そんな(余計な)ことしてくれなくても……。
「色々考えて、閃いたんだ! 戸賀崎にラノベをプレゼントしようって!」
……話が益々おかしくなってきた。えっ? ラノベをプレゼント?
「ほら、俺ってオタク文化は全然わかんないけど、戸賀崎が昨日の出来事でラノベが大好きで、普段からも読んでるだろうなって思ってさ。昨日のうちに、クラスの男子の中でラノベを持ってる男子いるかって聞いてみたのよ」
「は、はぁ……」
「そしたら、意外と持ってるやつが多くて。なんか、中学生とかで一時的にハマることが多いみたいなんだ。その時に買ったものが家の押し入れなんかにあったみたい! それを今日、みんなに持ってきてもらったんだよ」
まぁ確かに中学生で一時的にハマるってことはあることだけど……。多分もうオタクじゃないんだけど、売るにしても恥ずかしさが勝って、中々売れなかったんだろうな……って、そうじゃなくて! えっ、みんなに持ってきてもらった!?
驚く暇もなく、山口君が誰かに手招きをする。すると、一人のクラスメイトが段ボールを抱えて出てきたではないか(驚愕)。
そのまま、ドンッと段ボールが俺の足元に置かれる。
「こ、これは?」
分かってはいるが一応、聞いてみる。
「さっき言った通り、クラスの男子の中でラノベを持ってこれるだけ持ってきて段ボールに詰めたもの」
「……どうしてこれを俺に?」
「どうしてって、嬉しいでしょ? 戸賀崎、ラノベが大好きみたいだから!!」
曇一つない、純粋すぎる笑顔に俺も苦笑いを浮かべる。多分、滅茶苦茶顔引き攣ってると思うけど。
見ると、クラスの男子も優しい瞳で俺たちのやり取りを見守っている。中にはグッと親指を立てる者も……もう、何も言うまい。
もしかすると、山口君だけでなくクラスの男子はいい意味でバカなのかもしれない。いや、純粋とでもいうべきか。
しかし、取り敢えず言えるのは、今回ばかりはこの純粋さ(悪ノリ)に救われたということだ。
「……悪い戸賀崎。俺は止めたんだけど、こいつが聞かなくて。気付いたら、あれよあれよという間にクラスの男子に広がったんだ。そして、朝来てみたらもうこうなってた」
「な、なるほど……」
申し訳ない、と言った感じで隣の佐々木君が謝ってくる。……なるほど、彼が微妙な表情を浮かべていたのはこういう理由だったのか。
うん、彼だけがクラスメイトの男子に残された、唯一の良心なのかもしれない。今度、お歳暮か何か持っていかなくちゃ。
……そして、一ノ瀬さん。あんまり瞳をキラキラさせながらこちらを覗き込んでいると、オタクだってバレちゃうよ。どうせ、部室で見ることになるんだから今は大人しくしてなさい。せっかくオタクだってこと、バレなかったんだから。
「というわけで、これは俺たちからのプレゼント。もちろん、お代もいらないよ!」
「あ、ありがとう……大切に読ませてもらうよ」
何とか笑顔を浮かべて段ボールを受け取る。結構重かったので、かなりの冊数が入っていることだろう。……全部、読んだことあるかもしれないけど。
「今日はこんな感じだけど、また持ってこれそうなものがあれば持ってきてあげるから!」
「ほ、ほどほどで大丈夫なんで……」
「遠慮しなくても大丈夫! 他の男子も戸賀崎の事を思って渡してるだけだから」
面白がられているの間違いでは? とは口に出さなかった。
「……まぁ、こいつらが飽きるまでは付き合ってやってくれ」
「佐々木君……分かりました」
やっぱり、佐々木君しか味方がいないようだ。
というわけで、オタクバレした俺はクラスメイトから酷いイジメにあう……ことなく、逆にクラスに馴染めたのでした。ちゃんちゃん(白目)。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんだかんだ、山口君がいい人で助かったわね」
「あれは助かったと言えるのか?」
「ラノベをくれるなんていい人以外の何者でもないわ!」
「確かに、そうかもしれないけど、なんだかやりすぎのような……」
その日の部室にて。俺と一ノ瀬は貰ったラノベを棚の中にしまっているところだった。
ちなみに、数えてみると50冊程度が段ボール箱の中に納められていた。うん、意外とたくさん持ってたんだな男子たち。こりゃ、ラノベ以外にも沢山持ってきそうだ(白目)。
隣の一ノ瀬さんはウキウキでラノベを棚にしまっている。本の中身としては、ほとんど読んだことあるタイトルばかりだったのだが、一ノ瀬は特に気にしていないようだ。
「往年のラノベをこうやって眺めるのも、とってもいいものね!」
「否定はできないけど。だけど、やっぱり時代が若干古いよな」
「そんなことは大して気にならないわ! 古き良きって言葉もあるくらいだし、名作には変わりないもの」
それに関しては一ノ瀬の言う通りかもしれない。この『生徒会の一任』とか『ハイスクールB×B』とか、中学時代によく読んだからな。
「だけど、一ノ瀬が言ってたような感じにならなくて本当によかったよ。ぶっちゃけいじめられるかと」
「ほんとよね。山口君が声をかけた時には、思わず飛び込みそうになっちゃったけど」
「それは視線の端でも見えたよ。近くの女子、めっちゃ驚いてたし」
「ま、まぁ、それはうまく誤魔化したから」
一応、うまく? 誤魔化したらしい。ちょっと心配だけど、一ノ瀬のことだ。きっと、うまくやったのだろう。
さて、貰ったラノベも棚の中に全てしまい終え、俺と一ノ瀬はようやく一息つく。
「っと、悪い。ちょっと教室に忘れ物したからとってくるわ」
「そう? 今日の宿題のノート?」
「そうそう。宿題忘れたらうるさい先生だからな」
「あー、確かにあの先生滅茶苦茶うるさいわね……」
一ノ瀬も思い出したのか、げんなりした表情を浮かべている。というわけなので、俺は教室へ向かう。
すると、
(ん? 教室の前に誰かいるぞ……)
自分の教室が見えてきたところで、誰かが扉の影に隠れるようにしている姿が見える。
(あれは……小鳥遊さんか?)
本名は
ひときわ目を引く金色の髪。その髪をポニーテールにまとめた彼女はいわゆるギャルという人種であり、明るい性格も相まってかなり人気の高い女子生徒だった。
多分、うちのクラスだと一ノ瀬の次にモテている気がする。
そんな彼女が一体どうしてあんなところに? 確か、部活にも入ってなかったはずだけど?
「小鳥遊さん? 一体、なにして――」
「しっ!」
「うおっ!?」
なぜか俺まで扉の影に引きずり込まれる。結構力が強くて驚いた。
(ちょ、一体何!?)
(静かに! 聞こえちゃうから)
(聞こえちゃう?)
彼女の言葉に俺も教室の中をそっと覗き見ると、中にはクラスメイトの女子が3名。名前は憶えていないが、確か山口君と話しているグループにいつもいた気がする。
(あの人たちがどうかしたの?)
(……あんまりよくないこと話してるんだよね)
(よくないこと?)
彼女の言葉に俺は耳を傍立て、教室内の会話に意識を向ける。
「……つか、マジあり得なくない。あの戸賀崎ってやつ」
「ほんとだよね。いきなり出てきて……わけわかんない!」
「それで
これは……昨日の出来事の事を話している? しかも、会話の中身、彼女たちの口調から小鳥遊さんの言う通り、あまりよくないことを話しているのも確かだ。
ちなみに、陽介とは山口君の本名である(今日、ちゃんと知った)。
(よくないことって、俺の悪口? それなら別に、覚悟してたから大丈夫だけど)
(……いや、それもあるんだけど、そっちじゃないんだよね)
小鳥遊さんの目が厳しいものになる。俺は彼女の言っている意味が分からず首を傾げるばかりだ。
しかし、言われてみればよく分からない点がある。彼女たちの会話を遡ると、俺の悪口を言っているのだが、その悪口に違和感があるというか……。
昨日の今日なので、『あのオタク、まじ気持ち悪い』とかなら理解できるのだが、俺が否定されているのはそこではない。
なんだか、昨日のやり取りに突然現れたことに対して怒っているような……。
「せっかく、うまくいくと思ったのに。ほんっと、戸賀崎が割り込んできさえしなければ!!」
「ね~。あのまま行けば、舞がオタクだってことをクラス中にバラせたのに」
「机の中に忍び込ませるところまではうまく言ったんだけど……ほんと、とんだ邪魔が入ったって感じ」
「っ!!」
今の会話を聞いた瞬間に、俺の中でこれまでの出来事の全てが繋がった。
つまり、山口の机に一ノ瀬のラノベが紛れ込んだのは偶然ではない。あいつらの故意によるものだ。
「せっかく、舞の評判落とすチャンスだったのにね~」
「そうそう。まさか、舞のやつがあんな本を読んでたなんて」
「あんなね、キモい小説をね~。というか、作戦考え付いた時は結構天才だと思ったんだけど」
「それな! あのまま行けば、自然な流れで舞のとんでもない秘密を暴露できたはずなのに」
「私たちは何も疑われることもなくね!」
「舞って、普通にやっても絶対に尻尾出さないし~。クラスでの立ち位置も高いから、下手を打つと私たちの評判が下がっちゃうし~」
心底悔しそうな声。……反吐が出そうになる。
「というか舞の奴、クラスではいい顔してるけど、絶対性格悪いよね」
「そうそう。性格悪くなかったら先輩の事、あんな風にふったりしないって」
「それもそっか。『興味ないです』って流石に酷すぎるよね」
今の話から察するに、今回の出来事はあいつらの逆恨みだ。恐らく、あいつらの打ちの誰かが好きだった先輩が一ノ瀬に告白。その告白を一ノ瀬が断って、あいつらが勝手に逆上。こんな所だろう。
多分、一ノ瀬の事だから本当に興味がなくて断っただけなのに。
俺はあいつらの身勝手さに思わず奥歯を噛みしめる。今回の事もそうだし、自分たちが気に入らないからって、一ノ瀬のことを言いたい放題言いやがって……。
一ノ瀬の本当に姿も知らないくせに……。
「あいつら……」
「ね? よくないことだったでしょ」
「……確かにな」
「私も少し前から聞いてたんだけど……流石にもう我慢の限界かな。私、こういうこと、大っ嫌いだから」
「へっ? ……って、ちょっと!」
俺の制止も空しく、小鳥遊さんはガラガラと扉を開いて教室の中へ。話していた三人は、まさかの来客にぎょっとした表情を浮かべる。
ちなみに俺も滅茶苦茶驚いていた。というか、頭を抱えていた。だって、まさか突入するとは思わないじゃん。小鳥遊さんがこんなに正義感が強いとは思ってもみなかった。
流石ギャル。侮れない。
「か、奏……」
「ねぇ、そうやってコソコソするのってダサくない? アタシ、そういうの一番嫌い」
開口一番に三人に向かってそう告げる小鳥遊さん。あまりの啖呵の良さにカッコよさすら覚えてしまう。
クラスだとキャピキャピしているイメージがあったから、あそこまではっきりものをいう姿は想像できなかった。
「だ、ダサいって、そんな事あんたには関係ないじゃん!」
「関係ある! クラスメイトで友達の事を悪く言われてるんだよ? 関係ないわけない!! しかも、結構酷いこと、まいまいにやったみたいだし」
「なんであんたがそんなに……」
一向に怯む様子のない小鳥遊さんに、悪口を言っていたクラスメイトの勢いが少しだけ弱まる。……入るならここだな。
(完全に貧乏くじだよ……)
しかし、そんなことも言ってられない。
俺は両頬をパチンと叩いて気合を入れ直す。教室に入って行った小鳥遊さんを放っておくわけにいかないため、俺も一息置いて教室の中へ。
「ちょ、小鳥遊さん。いきなり出て行かないで下さい」
「げっ、戸賀崎まで」
「……どーも」
さて、もう一回男を見せるときかもしれないな。
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