第8話 女の子と一緒に出掛けるのはデートと呼べるのだろうか? 後編
さて、電車に揺られること約30分。俺たちはコラボカフェが行われている店舗の最寄り駅に到着していた。
ここの駅も例にもれず人が多い。流石はGWとでもいうべきか。そして、『5等分の花婿』関連のグッズを身に付けている人もちらほら見える。恐らく、目的は俺たちと同じなのだろう。
そして、隣を歩く一ノ瀬も既に臨戦態勢(?)といった様相だった。
「いつ着けたんだよ、そのキーホルダー?」
「元々ついてたのよ。それをバックの中に忍び込ませていただけ」
あっけらかんと言い放つ一ノ瀬。どうやら最初から準備万端だったらしい。鞄にはジャラジャラと『花婿』関連のキーホルダーが5つはついている。きっちり花婿5分だ。
ちなみに、今回の店舗はカフェの他にグッズ販売の店舗も併設している。こちらの入場は誰でも可能。ただし、人が多いと整理券が配布されるらしく、行ったからといって必ず入れるというわけではないらしい。
ただし、カフェの入場券を持っている人は特別で人の多さに関係なく優先的に入場できるとのこと。
「やっぱりコラボカフェに行くにしても形からよね。ほら、戸賀崎君もこれ着けて」
そして、またしてもどこから取り出したのか。缶バッチを手渡してくる一ノ瀬。俺はいらないからと、とても断れる雰囲気ではなかったので俺は素直に缶バッチを鞄につける。
どうでもいいけど、なぜ俺への缶バッチは主人公の弟ちゃんなのだろうか? 可愛いからいいけど、俺も5人のうちの誰かが良かった。まぁ、人から託されたものなので文句は言わないでおこう。
……コラボカフェでは俺も何かしらのグッズを購入しよう。
そんなことはさておき、駅から歩くこと約10分。俺たちは目的のコラボカフェに到着していた。
「おぉ、これは何というか……すごいな」
「すごいなって、戸賀崎君感想下手すぎ!」
俺の下手くそすぎる感想に隣の一ノ瀬は爆笑している。しかし、それ以外にまともな感想が出てこないのだから仕方ない。
この手のコラボカフェって完成度に相当なばらつきがあるってイメージなんだけど、ここはかなり気合が入っている方だった。
「下手すぎって、じゃあ一ノ瀬はどんな感想なんだよ?」
「じゃあ、早いうちに中に入りましょうか」
「酷い!」
自身の感想はそっちのけで店内へと入って行く一ノ瀬。多分、感想は俺と遜色なかったんだろうな。
ちなみに、入り口には各花婿の等身大ボードが設置されているほか、メニューを紹介しているボードも原作者書下ろしのイラストが使われているなどかなり華やかである。
一ノ瀬も店内へ入る前にスマホでパシャパシャと写真を撮っていた。……撮るのはいいけど、写真を見てにやけるのはせめて自宅に戻ってからにしてくれ。可愛い顔とのギャップで吹き出しそうになった。
店員さんに抽選結果のメールを見せた後、いくつかある席の一つに案内される。
店内は大体8割ほどが埋まっている状況。所々に原作の雰囲気を残しつつ、カフェのお洒落さも失っていない。多分、普段からカフェのようなお店として利用されていたのだろう。
ちなみに、客層としては俺たちのように男女で来ている人たちもいれば、男性同士女性同士といった組み合わせの人も見受けられる。年齢層はかなり若く、俺たちのような学生だと思しき人たちも多かった。
さて、席に案内された俺たちはタブレットでの注文方法を教えてもらった後、ようやく一息つく。
「ふぅ、ようやく落ち着けた。それにしても、もっと混んでるかと思ったけど意外に空いてるな」
「一応、抽選で当たった人だけしか来れないしね。そんなことよりも、何を注文しようかしら?」
ウキウキとした表情でタブレットを覗き込む一ノ瀬。このカフェのメニューはかなりレベルが高そうだ。それぞれの花婿のイメージをモチーフにして作られているとのことで、それぞれに個性があって面白い。
価格についてはコラボカフェ特有の値段設定ではあるのだが、このクオリティであれば十分に納得できる。なにより、美味しそうだ。
どうやら、メニューの監修に有名なシェフの方が入っているらしい。それならば味も全く問題ないだろう。
たっぷり10分程度悩んだ後、一ノ瀬はオムライスとサイダーを。俺はカレーとレモンスカッシュにした。ちなみにオムライスは次男、サイダーは三男をモチーフに。カレーは長男。レモンスカッシュは四男のイメージだ。
五男のメニューもあったのだが、大食いのイメージからかなり量が多かったのでパスした。美味しそうであったが、あれは誰もが食べられる量ではない。飲み物の量も一人だけ桁違いだったし。
「注文完了! 料理も美味しそうだし楽しみね!」
「この前のコラボカフェでは飲み物しか注文しなかったしな」
「そうそう! これで本当にコラボカフェに来たって言えるようになったわね。戸賀崎君、無事にコラボカフェ童○卒業よ!」
「下品な言葉を口走るな!」
あまりに自然な言い回しで童○とか言い放つもんだから、近くのお客さんがぎょっとしてたぞ。しかも、顔と性別を確認して2度驚いてた。気持ちはものすごくわかる。こんな可愛い女の子が言っていい言葉じゃないもんな。
「そうだ! 待っている間にさっき貰ったグッズを開けましょうよ!」
童○というセリフに関してはさほど気にした様子もなく(もっと気にしてくれ)、一ノ瀬はさっき貰ったグッズを鞄の中から取り出す。さっき貰ったグッズとは、先ほど来店特典とした貰ったものであった。
中身はよく見る缶バッチなのだが、非売品であるためファンにとってはかなりの価値がある。しかし、ファンの民度が高いのか、フリマアプリでも見かけることはなかった。
俺ももちろんフリマアプリに出すつもりはない。グッズは積極的に買わないだけで、集めたいという気持ちはあるからな。
「いったい誰が出る……やった! 三影君のバッチ!」
目の前でガッツポーズを繰り出す一ノ瀬。どうやら推しのキャラクターだったらしい。さてさて、俺は……弟ちゃんだった。さっきからあまりにも弟ちゃん率が高すぎる。いや、いいんだけどね! 弟ちゃん、可愛いし。
「戸賀崎君は誰が……って、弟ちゃんじゃない。さっきつけてあげた缶バッチといい、縁があるわね! 隣のグッズショップでは弟ちゃんのグッズを中心に買ったらどう?」
「……確かに、それもいいかもな」
ここまできたら振り切ったほうが色々と面白そうだ。ただし、弟ちゃんはメインキャラではないため、どこまでグッズが充実しているか……。
そして待つこと15分ほど。
「大変、お待たせいたしました」
『おぉ~!』
運ばれてきた料理を見た俺たちは思わず感嘆の声を上げる。メニュー表に載っていた写真と遜色のないクオリティ。
一ノ瀬は早速、パシャパシャとスマホで写真を撮っていた。気持ち、入り口の写真を撮っていた時よりも熱心に。気持ちはよく分かる。俺だって珍しく写真を撮ろうかなと思ったくらいだし。
冷めない程度に撮影会をした後、俺たちは満を持して料理に手を付ける。
「うん、うまい」
「ほんと? じゃあ私も……っ!!」
一ノ瀬が声にならない叫び声をあげていた。……いや、あれは大声を出すと他のお客さんに迷惑が掛かるから、ギリギリ踏みとどまっただけか。
だけど、味は本当に美味しい。インスタント感は全くなく、むしろその辺のチェーン店より美味しいんじゃないだろうか?
一口目を飲み込んだ一ノ瀬は相変わらず興奮を抑えきれない様子で、自分の太腿辺りをバンバンと叩いている。
「気持ちは分かるけど、少し落ち着けって」
「無理。推しの料理を食べてるって思ったら、興奮が抑えきれないもの」
その言い方は間違ってないが、間違っている。だけど、そこまで飲める込めるのならある意味幸せなのかもしれない。
「この美味しさなら毎日来れるわね! 明日から通おうかしら?」
「毎回ここまで来るの滅茶苦茶大変じゃね?」
「推しのためならなんだってできるわよ!」
「あ、あはは……ほどほどにな」
そんなこんなで、俺と一ノ瀬はコラボカフェを満喫したのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「うーん、グッズも買えたし料理も美味しかったしで大満足ね」
ほくほく顔で隣を歩く一ノ瀬の手にはグッズの入った紙袋が。料理を食べ終えた後はもちろん、グッズショップに立ち寄った。
そこでキーホルダーやらアクリルスタンドやらを一ノ瀬は大人買いをしていた。どうやら今日の為に、読モのバイト代をしっかりと溜めていたらしい。そういう所は意外としっかりしている。
俺はそこまでのお金はなかったので、キーホルダー1つで妥協していた。残念ながら弟ちゃんのキーホルダーはいい感じの物がなかったので、4男のものを購入した。
「で、この後どうする?」
「えっ? この後?」
思わぬ言葉に俺は思わず聞き返してしまう。完全に今日はこれで終わりだと思っていた分、少し驚いてしまった。
「もしかして帰るつもりだった? それとも何か用事でもあるの?」
「いや、ないんだけど……てっきり今日はコラボカフェに行くだけかと」
「だって、帰るにはまだまだ早すぎる時間じゃない? せっかくここまで来たのにもったいないなって」
スマホを見ながら話す一ノ瀬の言葉に俺の心は少しだけ舞い上がる。
もったいないというのはむしろ俺の言葉であった。誰だって好きな人とはずっと一緒に居たいって思うのが普通だし、心の片隅では『もうちょっと遊べたらな』って思っていたことも事実である。
だからこそ、彼女の提案はめちゃくちゃに嬉しい。……本来なら俺から誘ったほうが良かったのかもしれないけど。
「そうだ! 映画でも見に行きましょうよ! 確か近くにショッピングモールがあったと思うんだけど……」
「確かにこっから近いとこにあるな。ちゃんと、映画館も入ってる」
「じゃあ、決まりね!」
あっという間に話がまとまり、一ノ瀬とのGWは延長戦に突入。
ショッピングモールは歩いて10分程度の所にあったため、すぐに到着した。しかし、ここも休日ということでかなり混み合っている。先ほどとは一転、家族連れがかなり多い。
人の波をうまく搔い潜り俺たちは目的の映画館へ。
「ところで何を見るんだ?」
「最近公開された、『つばめの戸締まり』を見たいなって!」
「おー、それなら俺もちょうど見たいなって思ってたところだ」
「それなら良かったわ。この監督の作品、すごく好きなのよね。前作の『天候の子』も何回も見に行っちゃったし」
「俺は『あなたの名』をリピートしたっけな」
映画の話に花を咲かせつつ、上映時間を確認する。すると、ちょうど1時間後に放送されることが分かった。席も人は多いが隣通しで座れる場所を確保することができた。
「さて、チケットは確保できて……ちょっとだけ時間があるけど、フードコートで時間を潰そうか?」
「それなら本屋に行ってもいい? 丁度、今日発売のラノベがあるのよ」
「それって、『双剣使いは魔法使いに夢を見る』?」
「そうそう! 待ち望んだ新刊が遂に発売されるから、確保しなきゃって。というか、よく知ってるじゃない。もしかして、戸賀崎君も買う予定だった?」
「……まぁね」
実を言うと既に製本版は家にあるし、発売日は母さんがひぃひぃ言いながら書いてたので、嫌でも覚えてしまっていたのだ。
まぁ、俺もファンであることは変わりないので一冊購入しますか。
「発売日をしっかりと確認してるなんて、実は戸賀崎君も相当『剣魔法』が好きなの?」
「そりゃ、1巻が発売された時から読んでるしな」
「ふふっ、甘いわね戸賀崎君。私なんて、1巻発売当時から読んでるだけじゃなく、Aoi先生のサインだって持ってるんだから!」
「へっ? さ、サイン?」
「そう、サイン! もちろん、直筆よ!」
どやぁとドヤ顔を浮かべる一ノ瀬に対し、俺は別の意味で驚いていた。
(母さんって確か、あんまりサインがうまくなかったような……)
最近でこそ、多少はましになった……とは担当編集である八重洲さんの談。人気が出てきて色々な場面でサインを求められるようになったため、練習したのだとか。
それこそ、作家になって間もないころは酷かったらしい。
「サインっていつ貰ったんだ?」
「えっと、私が中学生の頃だから2年か3年前ね。3巻の発売を記念してのサイン会だったわ」
「へ、へぇ~」
多分、今よりもはるかに下手くそな頃だ。作品自体はかなりの人気を博していたが、それとは比例せずに母さんのサインの質は上がらなかったと記憶している。
母さんって、文才以外のセンスは壊滅的だからな。
「そうだ! 今度、本物を持ってきてあげるわね!」
「……楽しみにしておくよ」
色々な意味で。
さて、Aoi先生のサインの話をしているうちに、目的の本屋に到着した。
ショッピングモール内にあるだけあって、かなり大きい本屋である。最近は本屋の数自体が減ってきているが、俺は紙の本が好きなのでずっと残っていってほしいものである。
「えっと、ラノベコーナーは……あっ、あそこね!」
俺が若干、感傷的になっているうちに一ノ瀬がラノベコーナーに向かって歩いていく。そして、今日発売となっていた『剣魔法』の最新刊を見つけて目を輝かせていた。
その中の一つを手に取り、感慨深げに表紙を見つめる。
「表紙はあらかじめネットとかで見てたけど、やっぱりいいものね! Aoi先生の紡ぐ文章もいいけど、
寝坊助さんとは、『剣魔法』の作画を担当しているイラストレーターだった。俺は本人にあったことはないが、母さん曰く『王子様』とのこと。多分、相当なイケメンなのだろう。
ちなみに八重洲さんは『王子様(笑)』と評している。どっちが本当の寝坊助さんなのだろうか? ちなみに、仕事に対するムラは母さん以上のものがあり、しばしば「イラストが上がってこない……」と嘆く八重洲さんの姿を目撃している。
……八重洲さんがストレスで体調を崩さないか心配になってくる。
「ほんとだよな。カラーになるとより、寝坊助さんの良さが際立つというか、なんというか」
「そうなのよ! やっぱり剣魔法はこの二人のタッグでこそね!」
俺の言葉にうんうんと頷く一ノ瀬。先ほどはムラがあると評したのだが、一度スイッチが入るとものすごいイラストを描いてくるもんだから侮れない。
色の使い方とか風景の描き込み具合とか、主人公たちの喜怒哀楽溢れる表情とか……。母さんの作品のイラストがこの人で良かったと何度も思った。
これで仕事に対するムラさえなければ完璧なんだけどな。ある意味、母さんとはいいコンビなのかもしれないけど。
『剣魔法』の最新刊をゲットした一ノ瀬はレジで会計を済ませる。
「よしっ! これで最新刊も確保っと」
「3冊は買わないんだな」
「残りはネットで注文してるわよ。欲しい特典に応じてお店をわけてる感じね。普段も一冊は絶対に本屋で買ってるわ」
「そ、そうなんですか……」
「やっぱり本屋で買うのもその場の雰囲気が味わえるから好きなのよね~」
さも当然とばかりに言い放つ一ノ瀬。冗談のつもりで三冊って言ったんだけどな……俺は乾いた笑いも出てこなかった。
そのまま本屋を後にする俺達。
「あっ、ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」
「分かったわ。あの、柱の傍で待ってるから」
本屋を出てすぐに尿意を催した俺は、一ノ瀬に断りを入れて近くのトイレへ。
「ふぅ~、スッキリすっき……り!?」
出すものを出してスッキリした俺の目に飛び込んできたのは、一ノ瀬が金髪の男二人に絡まれている場面だった。
一瞬、頭が真っ白になりかけたが何とかして正気を保つ。
(まずいまずい!)
気付いた時には既に身体が動いていた。
「お、おいっ!」
俺の登場に一ノ瀬と男二人がビビる……ビビった気がする。足は震えていたが、ここで引くわけにはいかない。ラノベや漫画の主人公はここでかっこよく敵を撃退していたんだ。俺にだってできる……かもしれない。
「その子に何してるんだ!」
一ノ瀬とその二人の間に割り込むようにして身体を押し込む。相変わらず足の震えは収まっていないが、一ノ瀬に何かされるくらいなら大したことではない
一方で、一ノ瀬に絡んでいた二人組はびっくりした表情のまま固まっていた。もしかすると、自分が思っていた以上にこの二人組は大したことがないのかもしれない。これなら俺でもなんとかなる――。
「……あの~、戸賀崎君?」
すると、俺の後ろにいた一ノ瀬が非常に気まずそうに声を上げた。
「何か勘違いしてるかもしれないけど。この人たち……ただ、お店の場所を聞いてきただけで、私に絡んできたわけじゃないのよ?」
「…………へっ?」
俺の聞き間違いか? 今、絡んできたわけじゃないっていった様な……。
間抜けな声を上げる俺に金髪の二人組が申し訳なさそうに頭を下げる。
この二人から敵意は感じず、むしろ申し訳なさが伝わってくる。というか、めちゃめちゃいい人そう。
確かに冷静になって思い返してみると、一ノ瀬が絡まれているというよりは、3人で何かを覗き込んでいたような……。
「いやー申し訳ない。他の人に声をかけられない中、お姉さんが親切そうなので、つい頼っちゃって。どうしてもこのお店の場所が分からなかったんですよ」
頭をかきながらスマホを見せてくる。画面には確かに探していると思われるお店の写真が。
ということは、俺はただただ勘違いをしていただけってこと? 勘違いをして、カッコつけただけってこと?
「っ!?」
事実を理解した瞬間、身体が沸騰したかのように熱くなる。
お、俺は勘違いでなんと数かしいことを……。この場から消え去りたい衝動に駆られるも、やってしまったことが消えるわけではない。
そんな俺を放置するかの如く、一ノ瀬は再びその二人と話し始める。
「確かに、案内板だけだと分かりずらかったかもですしね」
「ごめんなさいね、彼氏さん。俺たちの見てくれが悪いばっかりに、勘違いさせちゃったみたいで。でも彼女さんのお蔭で助かりました。本当に感謝です」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ。それに間違えたほうも悪いですから」
「そう言ってもらえるとありがたいです。それではお店の場所も分かりましたので、僕たちはこれで失礼します」
「ほんと、ご迷惑をおかけして、色々助けてもらって、ありがとうございました」
「いえいえ、お構いなく~」
笑顔で手を振りながら二人を見送る一ノ瀬。その隣で相変わらず顔を真っ赤にして固まる俺。
なんだ、風貌は完全に危ない人だったけど、中身はめちゃくちゃ礼儀正しくていい人だった。俺はなんて勘違いを……。
放心状態になっている俺の肩を一ノ瀬がぽんっと叩き、
「戸賀崎君……どんまい」
フォローは俺の恥ずかしさを余計の助長させるだけだった。もちろん、この後見た映画の内容は全く記憶に残りませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ふふっ」
「おい、さっきから笑い過ぎだろ?」
「だ、だって……あ、あまりに面白かったから」
帰りの電車内にて。一ノ瀬は先ほどの出来事がよっぽどツボに入ったらしく、思い出しては肩を震わせていた。一方の俺はもちろん顔を赤くして仏頂面。
「映画中にも思い出しちゃって大変だったのよ?」
「俺だって好き好んで間違えたわけじゃないんだ」
「分かってる、冗談よ。まぁ、でも――」
そこで一ノ瀬はニッコリと微笑む。
「私が絡まれてると思って助けに来てくれたことは、嬉しかったわよ」
「…………そりゃどーも」
「ふふっ♪ 戸賀崎君、照れてる?」
「照れてない」
「それにしても、まさか漫画のような展開を実際に自分が体験することになるなんて。貴重な経験だったわ」
「一ノ瀬、お前からかってるだろ?」
「うんっ!」
「元気よく肯定するな!」
恥ずかしい思い出を残したGWはこうして終わっていったのだった。
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