第7話 女の子と一緒に出掛けるのはデートと呼べるのだろうか? 前編

「ねぇねぇ、戸賀崎君ってGW何か予定はある?」

「いや、バイト以外に特段予定は入ってないけど」

「花の高校生がバイト以外で予定なし……こっちから聞いてなんだけど、かなり可哀想ね」

「じゃあなんで聞いたんだよ!?」


 4月も最終週に突入し、世間がGWの話題一色になりつつあったある日。今日も今日とて部室でアニメ談議に花を咲かせていた俺たちだったが、一ノ瀬からそんな提案が出たのだ。

 というか、本当に可哀想な目で見るのはやめてほしい。もっとみじめな気分になってくるから。


「そんな可哀想な戸賀崎君に朗報よ!」

「可哀想って言わないで貰えませんか?」

「今度、この作品のイベントがあるんだけどね」


 俺の渾身のツッコミは無視された。悲しい。しかし、話を聞いていないともっと可哀想な目に合いそうなので、仕方なく涙目で一ノ瀬のスマホを覗き込む。


「えっと、『5等分の花婿、ポップアップショップ及びコラボカフェ期間限定オープン!』。あーこれか。確かツイッターでも流れてきてたから知ってるよ。というか、一ノ瀬の好きなアニメじゃなたっけ?」


 彼女が見せてきたのは、人気アニメである『5等分の花婿』というアニメのHPだった。確かに、そのページ内に『GW限定ポップアップショップオープン!!』と表示されている。

 場所は電車に乗って30分ほどで、滅茶苦茶遠いというわけではない。


 ちなみに『5等分の花婿』は週刊マゴジンで連載されていた恋愛漫画なのだが、既に連載自体は終了している。しかし、連載終了後も根強い人気が続いており、アニメも2期まで放送されたことから、今でもこうしてイベントが行われているほどだ。

 一ノ瀬はもちろん、俺もアニメは履修済みである。推しは三男の三影みかげ。一ノ瀬は四男の四月よつきと前に言っていた気がする。


「そうなのよ。アニメから見てハマったんだけど、イベントは中々当たらないし、限定カフェもなぜか都内じゃないしで、行く機会がなかったのよね。それがたまたまGW中の期間限定で都内にもオープンすることになったから、これはもう神様のお告げだと思ったわね」

「そこまでは言い過ぎだと思うけど、確かにいいタイミングかも」

「でしょでしょ?」


 くりくりとした瞳を輝かせる一ノ瀬。可愛いが過ぎるのでやめてほしい。あと、興奮しているせいか、滅茶苦茶距離が近くなっている。勘弁してほしい。


「だけど、予約制って書いてあるじゃん。しかも抽選だし、予約期間過ぎてるし」


 俺は熱を持った頬を隠すかのように、文章の一部分を指差す。そこには注意書きとして『予約制なのでご注意を! また抽選となりますのでその点もご注意ください』という文章が。

 人気作品ならではの配慮だと思われる。先着順にすると、人が殺到して色々な人に迷惑をかけるかもしれないからな。


「ふっふっふ。戸賀崎君、百戦錬磨の私がその文章を見落としているとでも?」

「なっ……ま、まさか」

「じゃーん! しっかり当選しています!」


 嬉しそうに一ノ瀬が当選結果のメールを見せてくる。そこには確かに『当選おめでとうございます』の文字が。そして日付と時間も書いてある。


「凄い。よく抽選当たったな。当たった報告はよく聞くけど、実際に当たった人なんて見たことなかったから」

「ほんとよね~。抽選って書いてあった時は絶望したけど……やっぱり日頃の行いかしらね?」


 ふふんっと胸をはる一ノ瀬。ドヤ顔まで様になるとはやはり美人は恐ろしい。

 

「これなら問題なさそうだな」

「どうかしら? バイトがなければ一緒にって思って」

「その日はバイトもないし、大丈夫だよ」

「そうなの! じゃあ約束ね!」


 ニッコリと微笑む一ノ瀬につられて俺も笑顔になる。まさかこんな形でGWの一日を一ノ瀬と過ごせるなんて。夢みたいだ。

 ……確か、その日はバイトだった気がするけど八重洲さんや編集長に説明して何とかしてもらおう。一ノ瀬の期待を裏切ってはいけない。

 最悪、八重洲さんに仕事をぶん投げればいいだけの話だからな。


「滅茶苦茶楽しみ! 限定グッズもあるみたいだから、何買おうかしら? それにしても、戸賀崎君が暇でよかったわ!」

「暇は余計だよ」


 相変わらず一言多い一ノ瀬にツッコミを入れるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「……というわけで、GWのこの日だけは出れないのでよろしくお願いします」

「分かりました。編集長にも伝えておきますね」


 その日のバイト先にて。今日も今日とて仕事が終わっていなかった母親を八重洲さんを二人で連れ出し、仕事が一息ついた俺は八重洲さんと休憩室で話をしているところだった。

 ちなみに母はアニメ2期の仕事も控えているため、しばらく家に帰れないとのこと。もちろん、GWに休みはありません。一見ブラックかもしれないが、仕事が終われば帰れるのでブラックじゃないとは八重洲さんの言葉。

 確かに仕事さえ順調に進んでいれば自分の好きなタイミングで休める職業だしな。……順調に進んでいればの話だけど。現在も例にもれず部屋牢獄の中に閉じ込められて作業をしている。


「ところで、一緒にお出掛けされるのは男性のお友達の方ですか?」

「……一応、女の子です」


 隠すか迷ったけど、その必要もないと感じたため素直に話す。


「なるほど、女の子ですか。……チッ」

「今、舌打ちしましたよね!?」

「えぇ、しましたとも」

「あっさり認めた!?」


 嘘偽りのない言葉に俺の方が驚いてしまう。そこは嘘でも隠すところだと思う気がするんだけど……。


「はぁーあ。良いですね、男女でお出掛け。デートってわけですか。いいですね、青春で。私なんて、男の影一つないのに。あーあ、遂に亮君にも春が来たってわけですか~」


 頬杖をつきながら毒を吐く八重洲さん。そのままタバコを加えて一服しだしそうである。彼女はタバコを吸わないけど。

 ちなみにこれは、たまに見せる八重洲さん、やさぐれの姿だ。前にも少し話したが、八重洲さんは美人過ぎるあまり、周りから一歩距離を置かれた存在でもあるため、男が寄り付かない。

 絶対にそんな事ないと思うんだけど、本人のやさぐれ具合からして嘘をついているとも考えずらい。つまり、本当の事なのだろう。美人=モテるという法則は、実は成立しないのかもしれない。

 ……というか、今の姿を男性の前でも見せればギャップ萌えですぐに男性とお付き合いできるのでは?


「いや、デートってわけでも。ただの連れ添いですよ。たまたま俺しか誘える人がいなくて――」

「それがデートだって言ってるじゃないですか!!」

「だから、本当ですって。それに相手は俺の事、ただのオタク友達としか思ってませんし」

「そこから発展させるんですよ、男女の仲に!! 男の甲斐性を見せるときですよ」


 ダンッと、力強く机を叩く八重洲さん。机が壊れるのではないかというほどの力強さだ。彼女の細い腕のどこにそんな力が?


「というか、誘われたってことは少なくとも気があるって証拠ですよ! 絶対、大丈夫ですよ」

「いやいや、それはあまりにも極論過ぎでは?」

「私の読んでいる少女漫画ではそうでした!」

「少女漫画を参考にしないで下さい」


 確かに一時期少女漫画にハマった時は、女子のとる行動一つ一つが気になって勝手にどぎまぎしてたけど。うーん、黒歴史。

 というか、八重洲さんって少女マンガ読むんだ。なんか可愛い。


「ともかく、これはデートじゃありませんから。普通に遊びに行くだけですから」

「そう言ってて、後で『実は恋仲になりました』とかぬかしたら、末代まで呪いますからね?」

「いくらなんでも怖すぎる!」

「私なんて、私なんて……」

「おーい八重洲君、そろそろ仕事に戻ろうね~」


 恐らく、声が漏れていたのだろう。編集長が八重洲さんを呼びにきた。ごめんなさい、うるさくして。


「うぅ~、仕事に戻ります。私には仕事があるからいいんです。仕事が彼氏なんです」

「そうそう。仕事は男と違って絶対に逃げないからね。亮君も、休みの件は何となく聞こえてきたから。休むのは全然大丈夫。ただし、その日までの仕事をきっちり頼んだよ」

「はい、わかりました」


 というわけで、俺は無事GW一ノ瀬と出かけられることになったのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 お出掛け当日。俺はそわそわしながら、集合場所である駅の改札前に佇んでいた。

 GWの真っ只中ということでいつもに比べかなり人手が多い。


(昨日は緊張して、あまり眠れなかった)


 そして、俺は若干寝不足だった。それもそのはずで、デートでないとはいえ好きな人と出かけるのだ。しかも、学年でも一番可愛いと言われている一ノ瀬と。こんな経験、この先できる保証はない。

 というか、他の男子たちに見られたら確実に刺される事案だろう。俺がオタクで、一ノ瀬がオタクで本当によかった。あの時、落とした本を見つけたのが俺で本当に、本当によかった。


(しかし、若干早く着き過ぎたな……)


 スマホで時間を確認すると、まだ集合時間まで30分程度ある。集合時間は午前10時。コラボカフェの入店時間は11時であり、電車の時間を勘案してこの時間となった。

 まぁ、結局時間より早く来てしまった為手持ち無沙汰となっているのだが。


(うーん、こんな格好で大丈夫だろうか?)


 ガラス越しの反射で写る自分の姿を再度確認する。今日の格好は、無難に白シャツとジーンズである。良くも悪くも普通の格好。

 こんなことになるのならもうお洒落な服を数着、持っておくべきだった。


「あれ? 戸賀崎君、もう来てたんだ」


 少し驚いた様子の声に俺は振り返り……言葉を失った。

 普段は制服しか見ていない分、私服の破壊力は凄まじい。


 今日の彼女は腰の位置くらいまであるハイウエストのデニムに、白シャツ。その上に薄手のジャケットを羽織るという、シンプルなコーディネートだった。

 しかし、シンプルな分素材の良さが際立つというか、何というか……語彙力がなさ過ぎて言葉に言い表せない。

 とにかく言いたいことは、滅茶苦茶可愛いということだけだ。もちろん、スタイルの良さも際立っている。


「ん? どうかした?」

「はっ!?」


 しまった、見惚れすぎてボーっとしてしまっていた。不思議そうな顔で一ノ瀬が覗き込んでくる。その上目遣いもまずいです。


 先ほどから通りかかる男性陣の視線がチラチラと一ノ瀬の方を向いている。中には隣を歩く彼女に小突かれている男性もいた。

 そして俺には恨みがましい視線も……やめてほしい。俺はそんな視線を振り払うかように、改めて一ノ瀬の方に向き直る。


「い、いや、ごめん。何でもないよ」

「そう? というか、まだ15分前なのに早いね。あっ、もしかしてそんなにコラボカフェに行くのが楽しみだった?」

「ま、まぁ、そんなとこ」


 一ノ瀬と出かけるのが楽しみ……とは、とても言えなかった。

 一方、俺の気持ちなど露知らずな一ノ瀬は、カフェに行くのが楽しみという言葉を聞いて明らかに上機嫌となる。


「そうなのね! うんうん、やっぱり戸賀崎君を誘ったかいがあったわ。それでこそ文化調査部の部員兼雑用係よ!」

「雑用係は初耳なんですが!?」

「もちろん、冗談よ」


 からかわれただけらしい。しかしいつもよりも語尾が弾んでいる。それだけ彼女の機嫌がいいということだ。


「じゃ、ちょっと早いけど早速出発しましょ!」

「お、おい、ちょっと待てって!」


 改札にかけていく一ノ瀬を俺は慌てて追いかけるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「本当は今日、お姉ちゃんと行く予定だったのよね~」

「あっ、そうだったの?」


 無事電車に乗り込んだ俺達。最寄り駅まで30分ほど、電車に揺られる。

 そして、初めて実はお姉さんと行く予定であったと告げられる。驚きはしたが、誘われた際のタイミング的に何となく合点がいった。

 それにしても一ノ瀬のお姉さんか。一ノ瀬と同じく美人なんだろうな~。一目だけでも見てみたいものである。


「そうだったんだけど、急遽大学の用事が入っちゃって。泣く泣く中止になったのよ。すごく悲しんでたんだけど、どうしようもなくてね」

「なるほど。じゃあ、お姉さんも滅茶苦茶この作品が好きなんだ」

「ううん、別に好きじゃないわよ。そもそもお姉ちゃん、私と違ってオタクじゃないし」

「えっ? じゃあ何をそんなに悲しんでたの?」

「私と出かけられなくなったこと」


 どうやら一ノ瀬姉妹は相当仲がいいらしい。兄妹で出かけることってあんまりないことだし、一緒に出掛けられなくなったくらいで悲しむお姉さんは恐らくシスコンと呼ばれる部類に入るのだろう。まぁ、仲が悪いよりはよっぽどましである。

 ……あれ? 今日一緒に出掛けている俺はもしかするとお姉さんに刺されるのでは?

 

「お姉ちゃんも最後まで抵抗してたんだけどね。ゼミの予定だったみたいだからどうしても都合がつかなかったみたいなのよ」

「それは確かに仕方ないのかも……ちなみに、俺と一緒に行くってことは?」

「言ってあるわよ。なんかもの凄く苦い表情をしてたけど、なんだったのかしらね?」

「あ、あはは……」


 何も気づいていない一ノ瀬に俺は乾いた笑いを浮かべる。

 まずい、お姉さんと会う機会があったら確実に刺される。今のうちに腹の中にジャンプを仕込んでおかなければ。


「だけど本当に楽しみ~。一人で行くより絶対に誰かと行ったほうが楽しいから!」

「……そうだな」


 そういって笑顔を浮かべる一ノ瀬。うん、この笑顔を見れるのであれば俺は喜んでお姉さんに刺されよう(達観)。仮にジャンプが貫かれてもその時はその時だ。


 そんなバカなことを考えているうちに俺たちを乗せた電車は最寄り駅へと到着したのだった。

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