第6話 どんな業界でもお仕事というのは大変なものである
「一ノ瀬。明日なんだけど、俺バイトがあって部活にはいけないから」
「そうなの。というか、戸賀崎君ってバイトやってたんだ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「うん、初耳」
部室確保から土日を挟んだ次の週。俺は次の日の予定を一ノ瀬に伝えたところだった。
俺からの報告を受けた一ノ瀬は意外そうな表情を浮かべる。そういえば、彼女にバイトをしていることは話していなかったな。
ちなみに、無事に部室を確保したことは知っての通りだと思うけど、これといって部活っぽいことは何もしていなかった。
用事がない限り集まってオタク談議に花を咲かせる(主に話してるのは一ノ瀬だけど)だけである。
「漫画とかゲームを買うのに、やっぱバイトしてないとしんどいからな。お小遣いだけじゃ限界があるし」
「まぁ、それもそうね。オタク活動はどうしてもお金がかかるから。ところでどんなバイトなの?」
「うーん、なんて説明したら……まぁ、書籍関連のバイトって感じかな?」
「書店のバイトとは違うの?」
「やってることは全然違うからな~。間違いなく書籍関連ではあるんだけど」
説明をすると、微妙に長くなりそうなので俺は何となくで誤魔化しておく。いずれ分かる時が来ると思うしな。
「……まぁいいわ。人のプライベートなところに首を突っ込み過ぎてもよくないしね」
「ありがと。ちなみに、一ノ瀬はバイトとかしてるのか?」
「ううん、特には。あっ、たまに読モの撮影があるくらいかしら?」
「も、モデルですか……」
「うん。あのバイト、拘束時間は長いけど割がいいから助かるのよね~。あのお蔭で今のオタク活動ができていると言っても過言ではないわ!」
なるほど。結構な数のグッズや漫画などの書籍、果てにはアニメのBDを持っているとは聞いてたけど、そんな収入減があったとは。
それにしても、読モか。俺には想像もつかない世界だぜ。まぁ、一ノ瀬の可愛さとスタイルの良さがあれば何を着ても似合うんだろうけど。
「まぁ、というわけだから。明日はよろしくな」
「任されたわ! ……といっても、一人じゃつまらないから明日の部活はどのみちお休みね」
「ですよね」
そうしたやり取りがあった次の日。
俺は当初の予定通り部活には顔を出さず、家までの帰り道を歩いているところだった。ここ最近は部室でだべっていることが多かったので、この時間に帰るのは新鮮な気分になる。
そんな事を思いながら帰り道を歩いていく。そして見慣れた自宅を視界にとらえたところで玄関の前に1台のタクシーと、見慣れた銀髪の女性が佇んでいることに気付く。
「あれ? 八重洲さんじゃないですか」
自宅前にいたのは
年齢は25歳。女性にしては背が高く、名前の通り凛とした女性だ。ボブカットにした銀色の髪が特徴的。多分オタク的に言えば、ウ〇娘のエ〇グルーヴに似ていると言ったほうが分かりやすいかもしれない(例えがいいかどうかはさておき)。
銀髪の髪を靡かせるその姿に見惚れる人のなんと多いことか。まぁ、それだけ美人だし出るとこが出るスタイルだからな。多分、スタイルだけで言ったらあの一ノ瀬よりもいいはずだ。
それに加えて仕事も滅茶苦茶できる。うーん、完璧超人。
唯一の欠点? としては、完璧すぎるがゆえに男が全く寄ってこないこと……とは本人の談。また八重洲さん曰く「男は少し隙があったほうがよりついてくるのよ」とのことだった。俺は乾いた笑いしか浮かべられませんでした。俺を見つめる瞳と声のトーンがガチだった分、余計に。
俺の声に気付いた八重洲さんがこちらに振り返る。
「……あぁ、亮君でしたか。今、お帰りですか?」
「そうです。今日はバイトの日なので、そのまま帰ってきました」
「そういえばそうでしたね。いつも、ありがとうございます。私もこの後戻るので一緒に行きましょうか。タクシーもあることですし」
「……戻れますかね?」
「戻ります。いえ、無理やりにでも連れて行きます」
「あ、あはは……いつもすみません」
「いいえ、亮君のせいではないですよ。全て、先生が悪いことですから」
ゴゴゴッ、という効果音が聞こえてきそうな表情で玄関を睨みつける八重洲さん。クールビューティである分、余計にすごみがある。普通にゾクゾクする。
「ちなみに、インターホンは押したんですか?」
「押しましたよ。10回くらい。だけど、出てきませんでした。絶対に中にいるはずなんですけど」
「……それは何分前くらいの話ですか?」
「ざっくり30分前くらいでしょうか」
「完全に居留守を決め込んでいる……」
中々狡い手を使っている。まぁ、鍵を開けない限り入ってこられることはないからな。……唯一、開けられる存在である俺が帰ってきちゃったんだけど。
「ちなみに、原稿は間に合いそうなんですか?」
「……無理を言って締め切りを伸ばしてもらっています」
「いつもすみません」
「いいんですよ。どうせこうなると思って、締め切りは大分早く設定していますから」
思ったより八重洲さんは策士だった。しかし、家まで来るということは相当締め切りがまずいのだろう。いつも余計な苦労を掛けてしまっている分、今回はしっかり協力してあげないと。
「じゃあ早いとこ連れ出しちゃいましょう。今、鍵を開けるので」
「お願いします」
そう言って俺は玄関のカギをガチャッと開ける。
「ただいま~」
「あっ、亮! おかえり!! 今外に……っ!?」
「外が、どうかしましたか?」
玄関で扉の向こうから出てきた人物の顔は恐怖で青ざめ、反対に八重洲さんはにっこりと微笑む。
こうなることは予想できていた(多分、誰でも予想できたけど)。最も、扉を開けずに居留守を決め込んだほうが悪い。
「やっと、会えましたね。それじゃあ行きましょうか」
「い、嫌よ! 絶対に行かないから!! 簡単に屈すると思ったら大間違いよ!」
「観念しなよ……母さん」
いかにもすぐ屈しそうなセリフと共に扉から出てきたのは何を隠そう、俺の母親である、
母さんはその場から脱出を図ろうとするも、八重洲さんにあっさりと右腕を掴まれる。先ほどのフラグをあっという間に回収し、俺はため息をつく。
どうせこうなるのなら反抗しなきゃいいのに。この光景を見るのは今日が初めてじゃない分余計に。しかし、往生際の悪い母さんは涙目で最後の抵抗を図る。
「離しなさいよ。私には積み残したゲーム、積み上げた漫画・ラノベ達が待ってるのよ!!」
「そんなのは積んでおけばいつでもできます。ですが、締め切りは待ってくれません」
「じゃ、じゃあ、愛する息子の為に手料理を作ってあげなきゃいけなくて」
「息子の手料理を、ついでみたいに言われても説得力皆無です」
「せめて、ゲームより立場が上であってほしかった」
というか、息子のための手料理をついで扱いするな。そもそも、家にいたって料理作ってるのほとんど俺なんだが!? あんたが作るのはせいぜいカップ麺か冷食くらいでしょうが!!
「そもそも、亮は何で凛を家に入れたのよ!?」
「だって鍵開けないと家に入れないし。それに八重洲さん、滅茶苦茶困ってたから」
「うぅ……どうして亮はいつも、いつでも凛の味方なのよ!? 普通は肉親である私の味方でしょ!? やっぱり可愛いから!? おっぱいが大きいから!?」
「人聞きの悪いこと言わないで。八重洲さんが綺麗なことは認めるけど――」
「そんな、綺麗だなんて。亮君は顔に似合わず大胆ですね」
「八重洲さん、からかわないで下さい」
クールな顔して意外とお茶目な人なんだよな、この人。
「今回……というか、毎回母さんに原因があるから八重洲さんの味方をするんだよ。取り敢えず着替えてくるからちょっと待ってて」
「うわーん、息子が母親をいじめるぅ~」
「バカなこと言ってる暇があったら早く原稿を書いてください」
「編集者も厳しぃ~」
子供のように駄々をこねる母親をしり目に、俺は部屋に戻り制服から普段着へ着替える。制服で言ってもいいけど、普段着の方が動きやすくて楽なんだよね。
「じゃあ行きますか」
「はい。碧さんは書き終わるまで家に帰しませんからね?」
「欠片もドキッとしない帰しません、頂きました!」
「バカなこと言ってないで、早く行くよ母さん」
「うわーん、やっぱり息子が厳しいぃ~」
駄々をこね続ける母親を無理やりタクシーへと乗せ、俺たち三人は仕事場へ。
車だと自宅から15分ほどだろうか? 普段は電車のため、30分くらいかかっている。タクシー最高。
「ちなみに、どこまでかけているんですか?」
「…………3割くらい?」
「はぁ……どうせそんなもんだとは思ってましたけど」
中々辛辣である。最初はもう少し優しかったんだけどな。慣れていくにつれてどんどんとあたりが厳しくなっている。なんもかんも母さんが悪いんだけど。
「ゲームやってる時間の3割でもいいから、原稿書く時間にまわしたらいいのに」
「じゃあ、亮が書いてよ!!」
「俺は読む専門だから無理です。というか、早く読みたいのは俺も同じだし。あー、早くAoi先生の最新刊、読みたいな~」
「ほら、最愛の一人息子もこういってるわけですから、いつもみたいにサクッと書いちゃってください」
「うぐぐ……二人は生みの苦しみを知らないから好き放題言えるのよ」
なんて話をしているうちに、タクシーはとあるビルの前で停車する。そして、その7階にはファンタジー文庫という会社名が。
ファンタジー文庫こそ、俺たちが働いている会社だった。
タクシーの料金を払い、俺と八重洲さんで母さんを引きずるようにしてビルの中へ。エレベーターで7Fを目指す。そのフロア一帯がファンタジー文庫の職場となっていた。
チンッという音共に、目的の階に到着する。エレベーターから降りた俺たちは、扉を開け部屋の中へ。
「戻りました」
凛とした凜さん(ダジャレではない)の声が部屋の中に響く。
すると、一番奥の席に座っていた男性が「おっ!」と小さく声を上げ、俺達に視線を向ける。まるで母さんの事を待っていたかのように。
そんな彼に俺は軽く頭を下げ、凛さんが声をかける。
「編集長、先生を連れてきました」
「ありがとう、これで色々と作業が先に進みそうだね」
その人こそ、このファンタジー文庫の編集長であった。
年齢は50歳。ファンタジー文庫を黎明期から支えてきた功労者かつ、敏腕編集者としても業界でその名を知られている人だった。
今でこそ、人がいい風のおじさんであるが、作品を見る目は全く衰えてはいない。というか、この人以上の編集者なんてこの職場には居ない。たまに笑顔でえげつないダメ出しをすることもあるし……そんな人だった。
「今回は、書き終わるまで部屋から出しませんので。これで最新刊の目途がたつと思います」
「おー、そりゃ助かるよ八重洲君。Aoi先生の紡ぐ、双剣使いは魔法使いに夢を見るの最新刊を全国の読者が今か今かと待ち構えてるからね」
「そういうわけなのでしっかり頼みますね、Aoi先生♡」
「うぐぐぐぐぐ……」
「あと、アニメ2期の仕事も溜まってますので、それも忘れずに」
「仕事が増えた!?」
ここでいちばんいい笑顔を浮かべる八重洲さん。そして、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる我が母親。そんな母親の姿、我はみとおなかった。……いや、見慣れてたわ。
さて、ここまで来た人なら何となく予想はついてるだろうけど、俺の母親はライトノベル作家であった。
代表作はさっき編集長がいっていた『双剣使いは魔法使いに夢を見る』。ペンネームは名前をローマ字にかえたAoi。安直な名前の付け方だけど、本人は結構気に入っているらしい。
そして、息子である俺はとある縁で、このファンタジー文庫でバイトをしているのだった。
引きずられていく母親を見送った後、俺は自分の机で一息つく。
「じゃあ亮君も、いつも通り頼んだよ」
「分かりました。といっても、最終的にオッケーを出すのは編集長なんですけどね」
「確かにそうだけど、私は君の実力は本物だと思ってるから」
「こんな高校生の実力を本物だなんて。買いかぶり過ぎですよ」
「そうかな? 私はそうとも思えないんだけど。なんなら、今すぐにでも高校をやめさせて正社員として雇い入れたいくらいだよ」
「せめて、義務教育は終えさせてください」
「もちろん、冗談だけどね」
ニッコリと笑顔を浮かべる編集長。この人は本当に腹の底が読めない。それこそ、ラノベとかに出てくるどうしようもない強キャラのようだ。
「あっ、亮君! 待ってたよ。これ、早速お願いできるかな?」
「はい、わかりました。……結構な量ですね。時間かかっちゃうかもですけど、いいですか?」
「大丈夫! その間に俺は○○先生を仕事場に引きずり出してくるから!」
「あ、あはは……」
この編集社は本当に大丈夫なのだろうか? グッと親指を立てた20代の編集者を見送り、俺は乾いた笑いを浮かべる。
しかし、こんなこと日常茶飯事なので気にしすぎてもしょうがない。
肩をすくめた俺は仕事モードに頭を切り替えると、いつも通り仕事に取り組んでいくのだった。
「うぅぅぅ、だしてぇ~。ここからだしてぇぇぇぇぇ……」
断末魔みたいな声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。
ちなみに、俺はいつも通りの時間にバイトを終えたのだが、母親が解放されたのは、日付が回った午前5時頃だったらしい。次の日、編集長が教えてくれた。
……なんだかんだ言って書き終えられるのなら、最初から計画立てて仕事をすればいいのに。そう思わざるを得ない俺であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます