第5話 そうだ、部活を作ろう

「やっぱり、部室が欲しいわよね」

「どしたの、急に?」


 一ノ瀬とメッセージアプリを交換してから3日ほど経過したある日。唐突に口を開いた彼女に俺は疑問の声を上げる。

 今日も今日とて、例の視聴覚室でだべっていたところであった。ちなみに、一ノ瀬がクラスメイトなどと遊びに行くときは、事前にアプリで連絡を受けている。ほんと、メッセージアプリって便利。……残念ながら一ノ瀬からの連絡は休むときにしか来ないんだけど。

 もしかすると連絡が来るかもしれないと、毎日ソワソワ待っている俺は気持ち悪いですか? ……「自分から連絡しろ」という言葉は聞こえないことにします。



「いや、この部屋って一応誰も来ないだろうって前提で使ってるけど、やっぱり不慮の事故とかもあり得るじゃない? それこそ忘れ物しましたとか、色々!」

「まぁ、言われてみれば。それに、先生とかの許可も撮ってないわけだから見つかると問題になりかねないよな~」

「そうなのよ! 問題になるのは私としても避けたいし……だからこその部室なのよ!」


 高らかに宣言する一ノ瀬。しかし、俺はそもそもの疑問を彼女にぶつける。


「部室が欲しいのは分かるけど、部室のあてなんてあるの?」

「実は一つあるのよ! 元々、資料室だったみたいなんだけど、今は何も置いてなくて、整備すれば十分使えそう!」

「そんな部屋、あったっけ?」

「ふふんっ! 先生からの評価を上げるために掃除を手伝ったんだけど、その時に見つけたのよ!」


 先生からの評価云々が余計だったけど、部室のあてが見つかったのならそれでよかったのかもしれない。それにしても、優等生を演じ続けるのはやっぱり大変だな。

 一ノ瀬と話しているうちに、何となく優等生を演じてるんだろうなとは思ってたけど、案の定である。まぁ、いうこと聞かないよりはよっぽどましだけど。

 そういう意味では彼女の素を知っているのは俺だけになる。俺だけ、俺だけが知っている……いい響きだ。

 おっと、話が脇道に逸れてしまった。


「部室のあてはいいとして、肝心の部活ってそんな簡単に作れるものなの? それこそ、人数制限とか顧問の先生とか、色々基準があると思うんだけど」


 ラノベとか漫画での部活動設立は色々と苦労している描写が多いからな。まさか、ラノベとかの知識がこんなところで役立つとは。


「まぁ、その辺は……何とかなるわよ!」

「つまり、何も考えてないと」

「う、うるさいわね!」


 少し顔を赤くした一ノ瀬が俺にツッコミを入れる。やっぱり彼女は何も考えてなかったみたいです。

 無策で突っ込んでいってもいいことは一つもない。まずは、部活動として認められるにはどうしたらよいのかという点の確認からだ。部室についてはそれが通らなければ話にならない。


「取り敢えず、生徒会にでも聞きにいこうか。確か、部活関連を仕切ってるのはあそこだったはずだし」

「そうしましょう! 戸賀崎君にしてはよく考えてるじゃない!」

「しては、が余計だよ。それじゃあ、俺は生徒会室に行くけど、一ノ瀬さんはどうする?」

「……あっ、確かに二人で行動したら変な邪推をされちゃうわね。それなら私は部室候補の部屋をもう一度確認しにいくわ。誰かに取られちゃってたら意味ないし」


 俺はともかく、一ノ瀬はただでさえ可愛いので色々と目を引くのだ。何度も言うが、そんな彼女と一緒に歩いていればいやでも目立ってしまう。だからこそ、普段はなるべくかかわらない様にしているのだ。

 ということで、一旦別行動に。


(生徒会室は一度も入ったことがないし、なんだか緊張するな……)


 生徒会室までの道すがら、俺はぼんやりとそんな事を思う。ある場所はもちろん知ってるんだけど、用事がなきゃ絶対に入らないところだしな。

 しかし、ここまできてビビっていてもしょうがない。どのみち入らなければ目的は達成できないのだから。

 

 そして生徒会室の前についた俺は一つ深呼吸を挟んだのち、勢いよく扉を開ける。


「失礼します」

「はい、何か御用でしょうか?」


 生徒会室にいたのは一人だった。眼鏡姿の男子生徒。確か、副会長だった気がする。全校集会の時に見かけるくらいだから記憶があいまいだ。

 しかし、柔和な雰囲気から察するに、特別厳しい人というわけではなさそうだ。要件を伝えやすそうで何よりである。


「いや、実はかくかくしかじかで……」


 俺は副会長に部活動を作りたい旨を伝える。それを聞いた副会長はうんうんと頷くと、引き出しから一枚の用紙を取り出す。

 それは紛れもない、部活動の申請用紙だった。


「それなら簡単ですよ。この申請用紙にクラスと名前を記入するだけですから」

「えっ? それだけなんですか?」


 素っ頓狂な声を上げる俺に、副会長は笑顔を浮かべる。


「はい。今の校長先生が基本的に生徒の自由にやらせたい意向の持ち主なので。まぁ、予算がほしいという話になってくると色々基準がありますが。基本的に、部の設立に特別な条件はないですよ。まぁ、増えすぎちゃって管理は大変なんですけど」


 今度は笑顔は笑顔でも苦笑いになっていた。

 なるほど。確かに自由な校風とは謡っていたが、これほどまでに自由だったとは。放任主義と捉えられてもおかしくないけど、今の俺たちにとっては好都合だ。管理する側からしてみると大変だろうけど。


「ちなみに、部室とかはどうしてるんですか?」

「もし空いている部屋があれば、その申請用紙に記入してもらえれば基本的に使えますよ。流石に、普段利用している教室を指定することはできませんけどね」

「つまり、その教室が基本的に誰も使っていなければ利用できるって事ですか?」

「そうなります。ただ、校長先生の方針から部活動の数もかなり多いですし、空き教室はほとんど残ってなかった気がしますけど」

「実は、候補はあって……そこを書いて大丈夫ですか?」

「一応、確認はしますけど大丈夫だと思います。ダメならまた連絡しますから」


 ちなみに、部室を持っていない部活動は放課後、教室に残って活動していることが多いらしい。そこら辺は結構ガバガバで笑った。

 まぁ、それでも問題を起こすことなく、うまく回っているのだから、この学校の生徒の自主性と規律の高さは褒めていいのかもしれない。一応、一年に一回非稼働となっている部活動は一斉に無くす手続きを取ってるらしいからな。

 それにしても、副会長が話しやすい人で助かった。人見知りの俺でもなんとかなるレベルだったし。


「それではここで書いていきますか?」

「いえ、もう一人入部する人がいるので一度持ちかえります」

「分かりました。今日は6時頃までいると思いますので、ギリギリでも遠慮なく持ってきてください」

「ありがとうございます!」


 俺は副会長から用紙を受け取ると、視聴覚室へ。既に一ノ瀬は部屋の下見を終えたのか、スマホをいじって待っているところだった。


「あっ! おかえり! どうだった!?」

「説明を受けた感じだと、多分大丈夫だと思うよ。特別な条件もないってさ。教室の方は?」

「教室も大丈夫よ! 誰も使ってなかったし、新しい道具とかもなかったから」


 それなら教室の申請も問題なく通りそうだな。

 さて、ここまで順調に来たけど、最後に一つ大きな問題が残っている。


「部活名はどうする? というか、内容もだけど」


 そう、部活名が全く決まっていなかった。

 今の現状だと『オタク部』って、あからさまな名前になりそうである。しかし、オタク部なんてあからさまな名前を付けてしまったら、変な情報が流れかねない。そもそも、いくら申請が緩いからといって適当に内容を書いたら、流石の生徒会でも看過できないだろう。

 不安げな俺を見た一ノ瀬は、なぜか得意げな笑みを浮かべると、


「ふっふっふ~、実は戸賀崎君が帰ってくるまでの間に考えてたのよ」


 自身に満ち溢れたその表情。よっぽど自信があるのだろう。……大丈夫かな? 一ノ瀬って意外と抜けてるところがあるから。

 心配そうな俺を他所に一ノ瀬は温めていた案を披露する。


「オタクっぽさを無くす部活動名。それは……『文化調査部』よ!!」

「……文化調査部?」

「そう、文化調査部!」


 部活動名を聞いてもピンとこない俺。いやまぁ、言葉だけの意味なら分かるんだけど、感じたままの意味で受け取ってしまってもいいのだろうか?

 率直に思った疑問を彼女にぶつける。


「文化って一口に言っても、色々あると思うんだけど?」

「だからいいのよ! 普通の人なら日本や海外の文化とか、地方独特の文化とかを調べると思うじゃない? でも、言い方によっては漫画とかアニメって言ってみればジャパニーズ文化じゃない? 漫画やアニメも文化。ならそれを調べてもきっと、何の問題もないわ!」

「こじつけが凄いような……いや、でも理由としては外れていないのか」

「そうよ! 何もお堅い文化だけが日本の文化じゃない。むしろ、これからは漫画やアニメ、ラノベが主流になっていく時代なのよ」

「それは流石に暴論が過ぎるのでは?」


 最後の暴論は放っておいて、内容はうまく工夫をすればそれっぽいことが書けそうな内容であった。仮に成果発表を求められた際には、適当な文化を探してまとめればいいだけの話だし。


「さて、うまく話もまとまったわね!」

「まとまった……のか?」

「まとまったわよ! それじゃあ早速、用紙に名前と内容を記入していきましょう。内容は戸賀崎君、頼んだわよ!」

「一ノ瀬さんが考えるじゃないの!? だって、この話は一ノ瀬さんが――」

「戸賀崎君……おねがい♡」


 甘えるような猫なで声+上目遣いでの「おねがい♡」。一般の男子高校生が耐えられる代物ではない。俺も泪に漏れず、「んぐっ!?」と声にならない声をもらしていた。


「分かりました! 頑張って考えます」

「ありがと! ……ちょろい」

「何かいいました?」

「ううん、なにも♡ 戸賀崎君、よろしくね!」


 というわけで、いい感じにアドレナリンが放出された俺は、いい感じの部活内容を書くことに成功したのだった。


 そして、用紙提出から2日後。無事に部活動と部室、両方の申請が通ったと副会長から連絡が入ったのだった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――





「あら? その用紙……」


 亮が部活申請書を持ち込んでから数分後の生徒会室にて。


「あっ、会長お帰りなさい。実は会長がいない間に、部活動の申請がありまして」

「そうだったの。へー、文化調査部ね。また変わった部活を……っ!?」

「? どうかしましたか会長」

「……いえ、何でもないわ。これ、承認押しておくから、そのまま校長室へもっていってくれる?」

「分かりました」


 副会長が出て行った事を確認した会長、羽瀬川皐はせがわさつきは、「ふぅ」と息を吐く。


「……彼が部活、ね」


 その言葉は誰にも聞かれることなく霧散していった。



 


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 後日、無事に部活動・部室、両方の承諾が下りたため、俺たちは早速例の空き教室でだべっているところだった。

 ちなみに、何か連絡事項があった際には自分に連絡してほしいと副会長には念押ししている。前も話したけど、一ノ瀬に連絡が行くと面倒になりかねないからな。


「いやー、無事に許可が下りて良かったわね」

「ほんと。絶対にケチが付くと思ってたけど……」


 机の上に広がったお菓子を摘みながら話す俺達。あまりにあっさり許可が下りて俺は少し拍子抜けだったけどね。

 ちなみに、今座っている椅子や机は余っていたものを持ってきたと一ノ瀬が言っていた。何でも先生に頼んだら一発でオッケーだったとか。流石、優等生。教師陣からの信頼が段違いである。


 そしていつの間にか本棚まで設置されていた。これも学校の備品を先生に頼んで持ってきたとのこと。もはや先生は一ノ瀬の言いなりなのでは?

 そんな話はさておき、本棚にはもちろんラノベとか漫画を置くらしい。わざわざ学校にまで持ち込まなくてもいいのではと思ったけど、本人が楽しそうだからいいや。

 今もウキウキしながら本棚にラノベと漫画を並べていた。


「そうそう、これも忘れちゃいけないわよね!」


 そう言って彼女は鞄の中から透明な文庫カバーに包まれた本を取り出す。


「これ! 私が一番好きなラノベなの!」


 笑顔を浮かべた彼女が見せてきたのは『双剣使いは魔法使いに夢を見る』というタイトルのライトノベルだった。

 現在、13巻まで刊行されており、アニメ化も果たした有名作だ。今度、2期が放送されるということで再び話題となっている。

 累計発行部数は先日500万部を超え、今ノリに乗っているラノベといっても過言ではなかった。


「……それなら俺も読んでるよ。めっちゃ面白いよな」

「そうなのよ!! 王道魔法バトルファンタジーなんだけど、王道の良さを再確認させてくれた作品よね! 今よくある異世界転生ものとはまた違う感じだし、主人公がすごくカッコいいし、それを固めるヒロインたちも可愛い子たちばかりだし!! 魔法があまり使えない代わりに剣術の腕が最高クラスの主人公。でも、この世界では魔法に勝るものはなくて……そんなハンデを知恵と仲間たちとの協力で乗り越えていく。しかも、バトルだけじゃなくてちゃんとお色気要素もあって、特にヒロインのおっぱいが大きいことも――」

「うんうん。分かったから少し落ち着け。声がでかい」


 興奮気味で話し始めた彼女を俺はどうどうと窘める。一ノ瀬みたいな可愛い女の子が軽率にとか言っちゃいけません!

 しかし、ここまで興奮した姿は初めて見た。よっぽど好きなんだと思われる。


「ちなみに、私は布教用とかも含めて毎回5冊は買ってるわ」

「絶対に買いすぎだよ」

「先生を応援するためには当然のことよ」


 好きを通り越して愛してるといっても過言ではないレベルだった。

 こうやって人間という生き物はお金を浪費していくのだろうな。先生にとっちゃ、ありがたい話だけど。


「だけど、中々最新刊が出ないのが玉に瑕なのよね~。まぁ、10巻以上続いてるし構想を練るだけでも大変なんだろうけど」

「……サボってるだけなんじゃね?」

「ちょっと! Aoi先生の事を悪く言うのは許さないわよ! 先生はこれだけ壮大になってきた作品をいかにまとめていくかを考えてるだけなんだから!!」


 しまった。オタクは自分の好きなものを否定されると烈火のごとく怒るんだった。まぁ、冗談でも相手の好きなものを悪く言っちゃいけないよな。反省反省。


「ごめん、ごめん。今のはこっちが悪かったです」

「全くもう! これからは気を付けてよね?」


 ぷりぷりと怒る一ノ瀬に俺は思わず笑みがこぼれる。


「ほんと、一ノ瀬さんはこの作品が好きなんだね」

「あっ、そうそう! それ、ちょっと気になってたんだけど」

「へっ?」

「今更だけど、付け。しなくていいわよ。一緒の部活動に入ってるのにさん付けもおかしいじゃない? だからこれからはで大丈夫」


 思わぬところを指摘されてしまった。まぁ、確かにいつまでたってもさん付けだと、何となく距離感も感じるしな。


「じゃ、じゃあ、一ノ瀬」

「うん、よろしい! これからはそれで頼むわね、戸賀崎君! それでさっきの話の続きなんだけど、面白いところはまだまだあって……」


 ということで、部活と部室を確保しただけでなく、呼び捨てで彼女の名前を呼べることになりました。

 ちなみに彼女の話は下校時刻になるまで続いたので、滅茶苦茶疲れた。安易にオタクの話に付き合ってはいけない。

 反対に、語りきった彼女の顔はツヤツヤしていました。

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