第1話 こんなラノベみたいな展開、俺は知らない

「はぁ……」

「ため息なんてついてどうしたんだ? 亮のくせに気持ち悪いぞ」

「酷い。人がため息ついてるだけで、流石にそこまでは言いすぎだろ?」


 2年生に進級し、早いもので既に一か月を経過しようかというところだった。

 新しいクラスにも慣れたのか、あちらこちらでグループが形成されている。グループの雰囲気にこそ違いはあるが、各自楽しそうに会話を楽しんでいた。


 そして今、俺の横で軽口を叩いたのは数少ない友人である笹ヶ瀬輝ささがせてる。一年生から同じクラス。高校からの友人であり、仲良くなった理由は単純に席が隣だったからという理由。

 多分、輝が隣じゃなかったら今頃俺は独りぼっちだっただろう。人見知りが災いして、友達作りには毎回苦労してきたからな。

 裏表のないやつであり、さっぱりとした性格。彼の性格はよく知っているのでもちろん、さっきの言葉も冗談だと理解できている。というか、めっちゃニヤニヤしてたしな。


 ちなみに、今のように俺を楽しそうにからかってくるのも一年生の頃からだった。何でも、反応が面白くてやめられないとのこと。こんな人間をからかって何が面白いと思うのだが……そして、そのからかいを平然と受け入れている俺もどうかしているのかもしれない。


 後、付け加えるとすれば、彼は野球部所属(ちなみに俺は帰宅部)。ポジションはライト。最近レギュラーをつかみ取り、試合でも獅子奮迅の活躍。ノリに乗っているとは本人の談。俺からしてみれば、調子にのっているだけだと思っている。本人には言わないけど。

 野球部というだけあって、運動神経は抜群。短髪で、いわゆる爽やか系のイケメンなので割と……いや、結構モテる。

 後輩からラブレターを貰っている瞬間を見た時は、ドロップキックをお見舞いしようかと思った。まじで爆発してほしい。結局、その告白は断っていたのだが……爆発四散してほしい。


「ものすごい怨嗟の視線を感じるのだが?」

「まさか。多分、気のせいだと思うぞ」


 欠点といったら勉強くらいだろうか? テストの成績は、常にギリギリ赤点にならない程度である。常に赤点ギリギリというのも逆にすごいと思うのは俺だけだろうか

? 宿題はジュース一本と交換で、俺が毎日見せてあげています。


「絶対、気のせいじゃねぇって……それはさておき」

「何だよ?」


 俺は訝しむ様な視線を輝に向ける。すると輝は先ほどと同様、ニマニマとした笑みを浮かべ……俺の耳元でぼそっと囁く。


「また、一ノ瀬のことでも見てたのか?」

「は、はぁっ!? み、見てねぇし!」

「驚き過ぎだぞ。後、声でかい」

 

 輝の指摘に、俺は慌てて手で口を塞ぐ。しかし、一部の人には聞こえてしまったようで、クスクスと笑われてしまった。普段は目立たないタイプなだけに、滅茶苦茶恥ずかしい。

 俺は赤くなった頬を隠すように視線を下に向けつつ、隣の友人バカの脇腹に重たい一発をお見舞いする。「うぐっ!?」と呻き声が聞こえたが、自業自得だ。


「い、いてて……お前のパンチ滅茶苦茶重たいんだけど?」

「お前のせいで恥かいたんだそ? これくらいの罰は当然だ」

「にしたって重すぎるような……亮って本当に帰宅部なんだよな?」

「正真正銘の帰宅部だよ」

「まぁ、そんなことはどうでもよくて、実際の所見てたんだろ?」

 

 そう言って輝が話を元の方向に戻してくる。俺はそんな彼から視線を逸らし、


「だ、だから、みてねぇし」

「頑なだなぁ~。というか、さっきの反応が全てを物語ってるようなもんだぞ」


 図星を指されますます旗色が悪くなる。実際に見ていたのは本当なので、否定のしようもないのだ。

 輝は俺の好きな人が一ノ瀬であることを知っている。というか、言ってもないのにバレた。彼曰く、


『亮が分かりやすすぎ。今まで話題にも出さなかったのに、急にクラスを聞いてきたりとか、あと一ノ瀬の事を聞くとき妙にそわそわしてたし……とにかく、あれでバレてないと思っていたほうが凄い』


 とのこと。散々な言われようである。気色悪かったとも言われた。冗談だってわかってるけど、結構傷ついた。


「まぁ一ノ瀬は誰から見ても本当に可愛いからな~。好きになっちゃう気持ちもよく分かる。まぁ、亮の場合はちょろ過ぎない? とも思ったけど」

「オイコラ」

「だけど、それ故にライバルも多すぎなんだよな」


 輝の視線を追うと、クラスの友達と楽しそうに会話をする一ノ瀬の姿が目に入る。

 彼女の周りには休み時間になると、男女を問わず人の輪ができる。そして、その中には当然、彼女を狙う男子も混ざっているわけで、


「告白は全部、断っているってのが唯一の救いかもな」

「どこまで本当か分からんけど。この前も他行の男子に告白されたって聞こえてきたし」

「おっ、流石。好きな人の会話はよく聞いてるんだな!」

「たまたまだ、たまたま! あのグループは声が大きいのが多いから聞こえてくるんだよ」

「まぁ、今日のところは亮の言葉を信じることにするよ」


 絶対に嘘だ。その証拠に今にも笑みが零れ落ちそうな顔をしてやがる。


「取り敢えず、本当に告白することになったらまた教えてくれ。骨は拾ってやるから」

「玉砕前提かよ」

「お前が玉砕しない未来を思い浮かべる方が難しいよ」


 それもそうだ。こればっかりは輝の言うことが正しいだろう。いかんせん、俺だって全く思い浮かばない。そもそも告白なんてしないだろうけど。


「ところで、今日はいつものラノベは読んでないのか?」

「あー、今日は家に置いてきちゃってな。だから今日はなしだ」

「ほんと、亮はラノベ……というかオタクだもんな。一年生の頃も暇さえあれば読んでたし……だから友達が少ないんじゃないのか?」

「うるせぇ、ほっとけ」


 彼の言う通り、俺は立派なオタクである。そして、学校にいるときにも暇さえあればラノベを読んでる様な人間だった。

 本当は漫画とかアニメとかも見たいのだが、流石に世間学校は許してくれなかった(当たり前である)。

 その点、ラノベは一応、本の体裁をなしているので許されているというわけだ。正直なところ、教員側に区別がついていないだけだと思ってるけど。


「しかし、よく飽きもせず呼んでいられるよな。俺も一回貸してもらったけど、全く読み進められなかったから」

「ラノベを読み進められないのはある意味才能だよ」


 一度だけ貸したことがあるのだが、全く読み進められなかったことを聞いた時は絶句してしまった。

 あの読みやすい文章ですら難しいとなると、現代文とかはもっと酷いだろうな。事実、こいつは現代文の授業、起きていることのほうが珍しいし。


「でも、やっぱり文章ってなるだけでアレルギー反応が出るんだよな。あと、滅茶苦茶眠くなる」

「それは絶対におかしい――」

「おーい、席に着け。授業始めるぞー」

「あっ、やばい。それじゃ」

「おう。……今日は寝るなよ?」

「努力する!」

「努力じゃ駄目だろ……」


 俺たちの会話は次の授業の先生の声によって終わりを告げたのだった。

 もちろん、輝はすやすやでした。




―――――――――――――――――――――――――――――――




「じゃ、俺はこれから部活だから」

「おう。また明日」


 部室に向かう彼を見送った後、俺も帰る支度を始める。

 俺たちの学校は部活動の加入は自由だが、クラスのほとんどは何かしらの部活動に加入していた。多分、入っていないのはクラスで俺くらいだろう。

 入っていない理由は、集団行動が非常に苦手だから。これに尽きる。だけど、ボッチは寂しい。人間とは複雑な生き物なのである。


 そんな話はさておき、帰り支度を終えた俺は昇降口へ。グラウンドからは運動部の元気な掛け声が既に聞こえ始めていた。

 運動部の掛け声を背に俺は帰り道を歩いていく。ちなみに、俺は電車通学である。学校から最寄りの駅までは歩いて10分程度だ。

 そして駅に到着した俺は、鞄の中から定期を取り出し――。 


(あっ! そういえば明日、英語の課題があるんだっけ)


 授業の終わり際に言っていたのですっかり忘れていた。そして、今の今まで忘れていたということは……。


(多分持ってきてないと思うけど一応……うわぁ、やっぱりない)


 嫌な予感が的中してしまった。鞄を漁るも、目当ての問題集は出てこない。俺は基本、教科書類は学校に置いているので、家にあることもないだろう。


「戻るか……」

 

 思わず口から「はぁ……」とため息が漏れた。

 明日の朝、早く登校して宿題を片付ける手もある。しかし、自慢じゃないが俺は朝が結構弱い。結局、起きられずに学校で怒られている姿がありありと浮かんでくる。

 引き返して問題集を回収するのが最善手だろう。


 ため息をつきながら、今しがた歩いてきた道をトボトボと引き返す。

 別にそんな遠いわけじゃないけど、何となくテンションが落ちる。しかし、明日悪魔のような金切り声で怒られるよりはよっぽどましだ。

 

 トボトボ歩いたせいで少し遅くなってしまったが、再び昇降口まで戻ってきた。そして、昇降口で上履きに履き替え、俺は教室までの道を歩く。

 外からは先ほどと変わらず、運動部の声や吹奏楽部の音が聞こえてくる。


 放課後特有の雰囲気は嫌いじゃない。何となく、青春の一ページという感じがする。この状況で彼女でもいれば完璧なんだけど……悲しくなってきた。

 どうでもいいことを考えているうちに教室に到着し、そのまま中へ。もちろん中には誰もおらず、俺は気兼ねなく自分の机を漁る。


(えっと、確かこの辺に……あったあった。これでミッションコンプリートっと)


 目的の問題集を手に俺はホッと一息をつく。これでなかったらどうしようかと思ったが、杞憂に終わったようだ。


(さて、用事も済んだことだし、これで気兼ねなく帰れる――)


ドサッ


 教室を出ようとした俺の耳に届く、何かが落ちたような音。音から察するに、誰かの教科書でも落ちたのかもしれない。

 音のした方に視線を向けると、机から落ちたと思われる文庫本が目に入ってきた。


(あー、あれが落ちた音だったのか)


 いつもなら見て見ぬふりをしていたところだった。しかし俺は、「そういえば」と、あることを思い出す。


(あそこの席って……一ノ瀬の席だよな)


 窓際の一番後ろの席。そこが一ノ瀬の席だった。文庫本は彼女の机の下に落ちていた。恐らく、一ノ瀬の席でなければそのままにして帰っていただろう。


 俺は彼女の席に向かい、落ちていた文庫本を手に取る。

 なんてことのない、普通の文庫本だった。特別厚くもなければ薄くもない。本当に普通の文庫本。


(どんな本を読んでるんだろう……)

 

 この時は本当に興味本位だった。


 もちろん、人の本の中身を勝手に読むなんて普通に考えればやってはいけないことである。

 しかし、この時ばかりは好きな人が、どんな本を読んでいるのかという興味が勝ってしまった。それに中身を言いふらすつもりもなかったし、すぐに机の中に戻すつもりだった。


 そして、この行動が俺の運命を変えることになるだなんて思いもしなかった。


 俺はゆっくりと文庫本をめくる。そして……驚愕した。


(えっ……これって)


 俺の目に飛び込んできたのは、カラーのイラスト。別にカラーのイラストが問題というわけではないし、そもそも俺が驚いたのはそこではない。


(……ラノベだ)


 彼女が読んでいたのは、所謂ライトノベルだった。まさしく、俺が普段読んでいるものと全く同じ。

 ちなみに、ラノベとは明確に定義されてはいない。無理やり定義づけをするとすれば、『会話調であり、主に若者向けに執筆された作品』とでもいうべきなのだろうか? 

 事実、一般向けの作品とは違い、登場人物同士の会話がメインであり、一定の間隔でイラストも挟まれている。非常に読みやすい小説って感じだ。

 それを俺の友人は1ページも読めなかったのだが……

 

 ラノベ自体は別に俺も読むし、よく知っているから特別驚きはしない。

 驚愕だったのは、これをあの一ノ瀬が読んでいるということだった。あの、陽キャの代表みたいな一ノ瀬が。

 一瞬、誰かの悪戯かとも考えたが、こんな悪戯を誰がするんだよって話である。誰も得しないぞこんな悪戯。

 そして、もう一つ驚いたことがあって、


(この作品って結構な内容の奴なんだよな)


 パラパラとめくって挿絵などを確認していく。うん、俺の記憶に間違いはなかった。

 なかなかに素晴らしい……いや、けしからんイラストが描かれていた。


 普段からラノベを読んでいる俺はもちろん、この作品もよく知っている。このラノベの内容はいわゆる、が多い内容となっていた。しかも、昔のような「いやーん♡」みたいなやつではなく、結構踏み込んだやつ。

 もちろん、敵陣営との熱い戦闘シーンも多い名作なのだが、その熱い戦闘シーンを行うためにはその……、エッチなことをしないといけない(こんな説明でいいのかわからないが……)作品なのである。

 アニメ化もされた作品でもあり、放送当時は色んな意味で話題になっていた。作画が微妙だったのだけが、少し残念だったかな。まぁ、あの内容をよくぞアニメ化してくれたって感じもあったけど。

 そんな作品をあの一ノ瀬が……? 

 作品自体を否定するわけじゃないけど、考えられないというか考えたくもない。というか、ラノベを読んでるってことは一ノ瀬って実はオタクかのか?。


(……って、やばいやばい!)


 あまりに衝撃的だったので色々と思考を巡らせすぎてしまったが、今俺のやっていることはよろしくないことだ。人のプライベートな部分を勝手に覗いてしまっているわけだし。


(早く机の中に戻してなかったことにしないと。誰かに見られでもしたら――)


ドサッ


 再び何かが落ちるような音が俺の耳に届く。しかし、今回は教科書のような本が落ちたような音ではなく、それは鞄のようなものを下に落としたような音であり……。


(……この状況、ラノベだと大体本人に見られて大変なことになるんだよな。いわゆる、お決まりの展開ってやつ)


 音のした方に視線を向けたくない。しかし、まだ一ノ瀬がいると決まったわけではない。俺が簡単にフラグを回収すると思うなよ。歴戦の主人公たちは幾千もの窮地を潜り抜けてきたんだ。

 だから、俺だって大丈夫。それにこういう時こそ冷静になって、一度深呼吸だ。心を落ち着かせてから振り返るんだ。

 大きく深呼吸をした後、俺はゆっくりと振り返る。するとそこには、


「…………っ!?」


 俺と、俺が手に持っている文庫本を見て、絶句する一ノ瀬の姿があった。

 こんなラノベみたいな展開、俺は知らない。

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