第16話 オタクに優しいギャルは存在する?

 俺がオタクだということをクラス全員が周知することとなった日から季節は移ろい、学校生活は6月へと突入していた。

 俺たちの住む地域でも既に梅雨入りが発表され、毎日曇りや雨ばかりで嫌になる。そして、6月は祝日が一日もないという月でも有名で、より気分の憂鬱さに拍車をかけていた。今の総理大臣には、そろそろ6月の祝日追加を真剣に検討してほしいものである。


 ちなみに、俺はあの一件で熱いオタクという立場が完全に定着していた。あまり嬉しくない立場ではあるのだが、それでもオタクだの、陰キャなどといじめられるよりはよっぽどましである。

 むしろ、今の立場がクラスメイトとの打ち解けやすさを助長していると言っても過言ではなかった。


 一ノ瀬も一ノ瀬で、あれから特に変わったことはないとのこと。女子からいじめられることもなければ、ラノベを盗られることもない。至って平和な学生生活を送っていた。

 ただ、本人曰く教室内でのラノベの取り扱いには気を付けるようになったらしい。まぁ、あんなこともあったからな。仕方のないことである。


 そんな紆余曲折はあったのものの、俺と一ノ瀬の学校生活は取り敢えずの平穏は保たれていた。

 だけど、いらなくなったラノベやマンガを俺に持ってくるのは、そろそろやめてほしい。気持ちはありがたいんだけど、ほとんど読んだことのあるものばかりだし、何よりかさばって大変なのだ。

 このペースで持ってこられると、いずれ部室が漫画とラノベで埋まることになる。しかし、山口君の無邪気な笑顔や、悪気のないクラスメイトの顔を見ると断るに断れず……。

 貰ったラノベや漫画のほとんどは、部室の本棚の中に詰め込まれているのだが、そろそろ2つ目の搬入も検討しなくてはいけないだろう。

 一ノ瀬は『往年のラノベや漫画が、揃っていく感じがなんかいいわね!』と、呑気に笑っていた。最終的に持ちかえるのは俺たちなので、後々困るんと思うだけどな。

 だけど、本人が満足そうなので気にしないことにした。


「よーし、そろそろ席替えするかー」

『おぉー!!』


 そんなある日の6時間目。HRの時間。担任の一言にクラスメイトから歓声ともとれる声が上がり、クラスがにわかに盛り上がる。進級以降、初めての席替えだ。

 6月の席替えは、少し遅く感じるかもしれない。しかし、これまでも席替えの話が生徒から上がっていなかったわけではなかった。


 しかし、そんな声をうちの担任が「まだ名前を覚えていないから」という理由で突っぱねていたのである。クラスの全員が「単純に名前を覚えるのが面倒なだけじゃ?」と思っていたが、頑なに席替えが行われることはなかった。

 今回、席替えをするということは、ようやく顔と名前が一致してきたのだろう。まぁ、今でも名簿を見ながら生徒の名前を呼んでいるのはここだけの話である。


 兎にも角にも、クラスがこれだけの盛りあがりを見せるのは、こうした背景があったからだ。中には嬉しさのあまり、ガッツポーズをしている者までいる。ちょっと、大げさすぎやしないだろうか?


「じゃあ順番にくじを引きにこーい」


 今一つやる気を感じられない先生の号令の元、各自くじを引きに行く。


(できれば窓際、一番後ろの席がいいな……)


 今俺の座る席は、丁度クラスのど真ん中。ここは何かと目立つので、早いところ退散したいと思っていたところだ。親友である輝と離れる可能性があるのは残念だが、席が変わったところで友情まで変わることはないので、大丈夫だろう。

 祈る気持ちをくじを引き、俺は自分の席に戻る。既に黒板には先生が適当に席番号の割り振りをしているところだった。

 割り振り表を見て、クラスのあちらこちらから悲鳴と歓声が上がっている。


(さて、俺の番号は……17番か)


 黒板に視線を移し、該当の番号を探す。


(17番、17番……っと、あった!)


 俺の番号は窓際から2列目の一番後ろだった。希望していた窓際とはならなかったが、それでもかなり良い席を引くことができたと思う。一番後ろってだけで正直、当たりだからな。

 別に寝たり内職などをするわけではないが、やっぱり緊張感という意味で。


「亮はどこの席になったんだ?」

「窓際2列目の一番後ろ」

「マジかよ! めっちゃいい席じゃん。俺なんて廊下側の前から2番目だぜ?」

「滅茶苦茶微妙だな。まぁ、一番前よりはいいじゃん。気配を消してれば、先生の目も掻い潜れそうだし」

「そうはいってもだな……」


 不満げな友人はさておき、俺は一つ気になっていることがあった。


(問題は隣の席の人だけど……)


 できれば輝が良かったが、今の話でその線は完全になし。そう都合よくはいかないのだろう。となると、一ノ瀬とかを期待してしまうが――。


「うわー! 私、一番前の席だ! しかも真ん中の!!」

「あははっ! 舞ってば、ご愁傷様」

「うぅ……○○ってば変わってよ!」

「私は廊下側の一番後ろの席だから、絶対変わらない」

「うぅ~、これじゃあ授業中にのんびりできない」

「いや、授業中はのんびり過ごすタイミングじゃないから」


 どうやら一ノ瀬は一番前の席だったらしい。これは後程、部室で延々と彼女の愚痴を聞くことになりそうだ。

 これで一ノ瀬が隣になるという世界線もなくなった。うーん、残念。


「よーし、全員自分の席は分かったな。それじゃあ移動開始~」


 全員がくじを引き終わり席を確認したため、各自自分の机を持って席の移動を始める。はてさて、俺の隣は一体誰になることやら。

 俺が自分の席となった場所に机を合わせていると、


「おっ、アタシの隣は何かと噂の戸賀崎君じゃん! よろよろ~」


 跳ねるような明るい声に俺は顔を上げる。軽い感じで声をかけてきたのは俺の隣になった、小鳥遊奏たかなしかなさんだった。距離も近く、いたって普通に肩をポンポンと叩いてくる。

 あの一件以降、俺とは特に絡みはなかったのだが、まさか隣の席になるとは……。これも運命と言えば運命なのかもしれない。


 改めて彼女の説明をすると、小鳥遊という比較的珍しい苗字(オタクは基本的によく知ってる苗字)にかなでと書いてかなと読む名前。一般人からすると、初見で読むのは中々難しいかもしれない。俺だって小鳥遊たかなしは分かったけど、名前についてはかなでだと思ってたし。


 そんな名前だけで個性的な彼女なのだが、もう一つ個性と呼べるものがある。


 以前、軽く触れたから知っている人もいるだろう。彼女はいわゆる、ギャルという生き物だった。

 日本人離れした煌めく金色の髪(どうやらクオーターらしい)をポニーテールにまとめ、化粧やネイルも毎日バッチリに決めている。

 化粧を施している女性の中にはけばけばしくなってしまう人もいるのだが、彼女からは一切そのようなことを感じない。

 元の素材がいいってのもあるのだろう。恐らく、化粧をしなくても綺麗だろうし。しかし、その化粧を施すことによって、大人っぽさが増している印象だった。


 彼女の特徴である金色の髪は、ダメージを受けている感じはなく、風にその金色の髪がなびくと、キラキラとエフェクトがかかっているかのようにも感じる。これも、普段からケアを怠っていない証拠だろう。

 そして、学校指定の制服を華麗に着崩している点も、ギャルポイントが高い。メイクなども含めて何度か先生に注意されているようだが、彼女はどこ吹く風。流石ギャル。

 ……着崩した制服の間から覗く、男子を誘惑する双丘をあまり見つめすぎないようにしないと。


 と、以上が隣の席になった小鳥遊奏の説明であった。


「よ、よろしくお願いします。小鳥遊さん」


 そして、一方の俺はガチガチに緊張していた。

 『あの時は話せてたじゃん!』、そんなツッコミが聞こえてくる気がする。実際、あの時はノリと勢いもあったので、普通に会話ができていたが、今は違う。


 改めて、一ノ瀬と引けを取らないくらいのビジュアル。そして、ギャル特有の距離の近さ。めっちゃ甘い香りが漂ってくる……。

 オタクはギャルが好き。一般的によく説かれている説ではあるのだが、現実世界のギャルは2次元のギャルとはまたわけが違う。だって、触れられる距離にモノホンのギャルがいるってヤバくね?


 そんな彼女と向き合うと、どうしても緊張し、萎縮してしまうのはこれもまたオタクの性ともいうべきか。

 さっきから心臓がいろんな意味で、ドクンドクンと五月蠅い。これは興奮によるものか、それとも一種の恐怖から感じるものなのか……。


「かったいな~。かなでいいって。あの時、一緒にした仲でしょ?」


 そんな俺の葛藤など知る由もない小鳥遊さんが、とんでもなく誤解を招きそうな発言をする。小鳥遊さんと共同作業は色々とまずい。

 共同作業とはもちろん、先日の一件であるのだが、それを知らないクラスメイトからしてみれば、二人でよろしくやったんじゃないかと、誤解されかねない。

 誰かに聞かれてたらまずいと思ってあたりを見回すも、まだクラス内は席替えの余韻が残っており、誰かに聞かれているということはなかった。

 俺はホッと胸をなでおろすと、小鳥遊さんに小声で抗議する。


「ちょ、ちょっと小鳥遊さん言い方! 確かに、そうかもしれないですけど、言い方に気を付けてくださいよ!」

「えぇ~? でも、共同作業したって事には変わりないから、別によくない?」

「よくないです!」

「あははっ! 亮ちんってば、めっちゃ必死!! ウケる~」

「亮ちん!?」


 いきなりあだ名だった。しかも、相変わらず距離も近い。しかし、この距離のつめ方もまた、彼女のスタンダードであった。

 マンガのギャルよろしく、彼女は距離感がバグっていた。相手が誰であれ、一瞬で距離感をつめられるのは、彼女の持つ特殊能力とでもいうべきだろう。

 おかげで一ノ瀬ほどではないけど、男子生徒からの人気がかなり高い生徒であった。さっき言い忘れてたけど、スタイルも抜群だし。


 まぁ、アタックした男子は総じて撃沈だったらしいが。


 『えっ? 私は友達としか見てないよ?』と、何の悪気もなく言われたらしい。小鳥遊さんに悪気がないとはいえ、告白した男子は一生のトラウマものだぞ……。

 しかし、悪評が広まっているというわけでもないため、彼女が持つ人柄の良さが勝っているということなのだろう。告白してからも普通にその男子とは、普通に話しているみたいだし。

 というわけで、俺も距離が近いからといって勘違いしないようにしないといけないな。ただでさえ、先日の一件で増えてほしくない黒歴史が一つ増えたんだから。


「そう、亮ちん! 可愛いでしょ?」

「可愛い……のか?」

「可愛い可愛い! それよりも、亮ちんもちゃんとあたしの名前を呼んでよ!」

「え、えっと、その……かなさん」

「もぉ~、が余計だってば!」

「い、今はこれで勘弁してください」

「しょうがないなぁ~。今日は勘弁してあげる! 敬語も、これからはなしだかんね!」

「しょ、承知しました」

「あははっ! なにそれ? サラリーマンみたい。まぁいいや。とりま、これから よろしくね!」


 笑顔で会話を切り上げる小鳥遊……もとい奏さん。いきなりの距離の近さにドギマギしてしまったが、彼女は常にあんな感じなので慣れていくしかないだろう。

 事実、最初に話した時よりも幾分か緊張は解れていた。


「……ん?」


 視線を感じた俺は顔を上げる。すると、一番前の席に座っていた一ノ瀬と目が合った。しかし、それも一瞬ですぐにフイッと視線を逸らす一ノ瀬。


(一体、なんだったんだ?)


 意図が分からず首を傾げてしまう。普段、部室以外では関わらないようにしてるからよく分からないけど。

 単に、俺が後ろの席で羨ましかっただけかもしれない。隣も、一ノ瀬の友達である奏さんだしな。


 そのまま、たまに奏さんにいじられつつ、6時間目のHRは終了していくのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「……随分、奏ちゃんと仲が良くなったみたいね」

「仲良くって……いや、あれは半分俺が遊ばれてただけだろ。緊張してそれどころじゃなかったし」


 その日の部室にて。開口一番に、奏さんとのことを聞かれた俺は少し驚く。てっきり、一番前の席になった愚痴を吐くと思っていたからだ。


「緊張ね~。私からはあんまりそんな風に感じられなかったけど」

「それは、奏さんの持つコミュ力のお陰だと。俺も帰り際までには何とか普通に話せるようになってきたし」


 話すことも好きな奏さんは、俺にも普通に話しかけてくることが多かった。まぁ、一度あれだけ悪目立ちしているので、その影響も多少なりあるだろう。

 一ノ瀬の事を助けた関係でもあるしな。


『あの時の亮ちん、本当にびっくりしちゃってさ~。普段は大人し目の男の子があんな大きな声を出すんだって!』

『あはは……あれはほんと、忘れてほしいというか何というか。俺にとっては黒歴史だから』

『えぇー、黒歴史なんてもったいない! アタシなんて、思わず動画もとっちゃったもん』

『消してくれ!!』

『うそうそ。取ってないから安心して。というか、亮ちんってば必死過ぎ。ウケる♪』

『俺はなにもウケない!』

『あははっ! 亮ちんのリアクション面白過ぎる!』


 ってな感じで半分いじられも入っているが、大分打ち解けられたと個人的には思っている。


「というか、俺たちのやり取り見てたの?」

「別に。ぜんっぜん、二人の事なんて見てないけど! 楽しそうだなって、思ってないけど!」


 彼女曰く、別に、全然見てないらしい。それにしたって、6時間目に感じた一ノ瀬からの視線は、俺の気のせいではないだろう。


「そもそも、奏さんは誰にでもあんな感じだろ?」

「まぁ、確かにそうだけど……私も初めて話しかけられた時から『まいまい』って呼ばれてるし」


 一ノ瀬も同じくあだ名で呼ばれているようだった。それにしてもまいまいとは……某ゾンビアイドルアニメの2期を思い出すな。

 今度、こっそり呼んでみてもいいかもしれない。めっちゃ気持ち悪いって言われそう(小並感)。


「だけど、コミュ障の亮にしては楽しそうだったなって」

「コミュ障は余計だ。まぁ、奏さんは話も面白いし、楽しくないわけじゃなかったけど」

「やっぱり楽しんでるじゃない!」

「……やっぱり、なんか怒ってる?」

「怒ってないわよ!」


 プイッとそっぽを向く一ノ瀬。うん、さっきから一ノ瀬の様子がおかしい。やけに声に棘があるし、顔もどこか不満げだ。

 ……いや、何となく理由は察している。多分、一ノ瀬の事を名前で呼んでいないのにも関わらず、小鳥遊さんの事を『奏さん』と名前で呼んだことだ。


 恥ずかしい話なのだが、俺は未だに一ノ瀬の事を名前で呼んでいない。にもかかわらず、今日初めて話したと言っても過言ではない奏さんの事を、さん付けとはいえ名前で呼んでしまった。

 彼女はそれが不満なのだ。なし崩し的とはいえ、一ノ瀬との約束も破っちゃったことになるし。


「……悪かったよ」

「私は何も言ってないけど?」

「名前。その事で怒ってるんだろ?」

「…………」


 不満げな表情のまま、そっぽを向き続ける一ノ瀬。その沈黙が答えのようなものである。ある意味、一番分かりやすい。

 しかし、こうなってしまったのはそもそも、俺がヘタレていたせいであって……俺は、頭をがりがりと搔く。


「……舞」

「っ!」


 俺が覚悟を決めて名前を呼ぶと、舞の瞳が大きく見開かれる。恐らく、またいつもの流れでヘタレると思っていたのだろう。


「悪い、散々恥ずかしがって名前呼べなくて。だけど、俺の中で舞と奏さんは明確に違うというか、特別というか……とにかく、ごめん!」


 話がまとまりきらないまま、俺は舞に向かって頭を下げる。


「奏さんと話してて楽しいのは本当だけど、舞と話すのも楽しいってちゃんと思ってるから。むしろ、舞と話してるときの方が落ち着くというか……今だって、やっぱりいいなぁって思ってるし!!」

「…………」


 熱い思いをぶつけるも、舞からの反応が全くない。気になって顔を上げると、舞は相変わらずそっぽを向いたままだった。……それまでと違うのは、その顔が真っ赤に染まっていたこと。

 俺からの視線に気づいたのか、舞は右手で顔を隠しつつ、


「わ、私はそこまで言えとは言ってないわよ……」


 彼女の反応に、俺は一連のやり取りを振り返る。

 『特別というか』、『舞と話している時の方が落ち着く』……何気なく発した言葉の数々。話している時は感じなかったけど、今、冷静に振り返ってみると俺ってば、滅茶苦茶恥ずかしいことを口走ったのでは!?


「っ!?」

「ちょ、ちょっと! 亮まで照れないでよ!!」


 顔に全身の熱が集まってくるような感覚。俺は思わず両手で顔を覆ってしまった。舞からのツッコミが入るものの、照れるなというほうが無理難題である。

 またしても俺は勢いに任せてとんでもないことを……。


『…………』


 しばらく、お互いに顔を赤くしたまま無言の時間が続く。お見合いってこんな感じなのかな?(白目)。


「……ま、まぁ、でも、亮ってば、私の事が特別で、しかも話してると落ち着いちゃうんだぁ~」


 一足先に立ち直った舞が、ニヤニヤと先ほどの発言をいじってくる。顔はまだ少し赤いが、先ほどまで見せていた不満げな表情はどこかへ行ってしまったようだ。


「い、いや、さっきのは言葉の綾というか、奏さんとの違いを表現したかったというか……」


 一方の俺は立ち直れているわけもなく、弱々しい声で舞に反論を入れる。しかし、立ち直った舞には全く効果はなかったようで、


「違いを表現するだけなら、他にも言い方があったような気がするんだけどな?」

「うぐっ!?」


 確かに、彼女の言う通り他にも言い方はあっただろうし、そもそも名前を呼ぶだけで舞の機嫌は直ったはずだ。もしかすると、少しでも彼女の好感度を上げたいというエゴが、俺の中で生まれていたのかもしれない。

 やはり、今回の事は俺の暴走というほかないだろう。本当に、勢いに任せて色々とぶっちゃける癖を何とか直さないと……。

 俺が心の中で悶えていると、舞が「でも……」と呟く。


「……嬉しくなかったわけじゃないからね?」


 上目遣いで俺の瞳を覗き込む舞。少しだけ潤んだ彼女の瞳の美しさに、俺は思わず息をのむ。


「だから、今の言葉に免じて、奏ちゃんの事を先に名前で呼んだことは許してあげる。今回は特別だから」


 パチッと様になるウインクを決めると、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 彼女の笑顔に、先ほどとは違う意味で顔に熱が籠ってきた。


「ふふっ、なんだかさっきよりも顔が赤いような気がするけど?」

「い、いや、そんなことは……多分、さっきの恥ずかしさがまだ残ってるんだよ」

「ふぅ~ん。まぁ、今回は亮の事を信じてあげる。それよりも、素直になった亮には特別に、私が最近ハマってるアニメBDを一緒に見る権利を上げるわ!」


 すっかり機嫌のよくなった一ノ瀬はどこから取り出したのか、アニメのBDを掲げる。

 彼女が持っているアニメは1年くらい前に一大ブームになった、とある組織に入っている女の子たちの戦いを描いたアニメ、『レコリス・レコイル』。愛称は、『レコレコ』。

 最初は原作なしのオリジナルアニメということで、クオリティを疑問視されていたが、ふたを開けてみればそのクールの覇権どころかその年の覇権となりそうな勢いの作品に成り代わっていた。

 レコレコの好きなシーンは、やっぱり『心臓が逃げる』の部分だろうか? ネタにされがちなシーンではあるのだが、迫真の叫び声や、呻き声は流石声優さんといったところで感動した。


 ちなみに、その年の覇権はそれで決まりかと思ったら冬クールに、同じくらいの化け物アニメが生まれた模様。僕はどっちも好きです。危うく、ギターを買いそうになったほど。


「あ、ありがとう。だけど、俺はこのアニメ、全部見てるんだけど?」

「もう一度見直すからこそ、本当の価値が分かるってものなのよ! それに、亮だって内容を忘れてる部分もあるでしょ?」

「まぁ、確かに1年くらい前の作品だし、記憶は多少薄れてるけど」

「それじゃあ、尚更見直す意味があるわね!」


 あっという間にテレビとブルーレイレコーダーが目の前に準備される。

 ……これは一体どこから持ってきたのか。理由は聞くまい。多分、学校のいらなくなったテレビを美少女パワーで仕入れてきたか、家から持ってきたかのどちらかだろう。


「じゃあ、早速見ていきましょうか」


 ウキウキでBDをレコーダーの中にいれる舞。そして、テレビに流れ始めるアニメレコレコ。

 俺も俺で、久々にこの神作品を見れるということで、少しだけテンションが上がっていた。


 そう、この時までは。


「あっ、やっぱりこの部屋だ!」


 突然、開かれる扉。まさかの侵入者に、俺と舞がバッと後ろを振り返る。

 そこにいたのは……俺の隣の席となった奏さんだった。


 えっ!? ど、どうして奏さんがこの部室に!? 隣の舞も、衝撃のあまり完全にフリーズしている。

 そんな動揺する俺たちを他所に、奏さんは「いやぁ~」と頭を掻く。


「まいまいと亮ちんがこの部屋に入って行くのが見えて、すぐに入ろうとしたけど、ちょっと躊躇しちゃったんだよね。この部屋、部活名のプレートとか書かれてないし、すみっちょにあるし入りにくくてさ~。……っていうか、何見てるの?」


 テレビ越しに流れるアニメを覗き込む奏さん。テレビでは、先ほど始まったばかりのレコレコ1話が流れている。奏さんが入ってきた時点ですぐに消せばよかったのだが、あまりにイレギュラー過ぎて完全にその事を失念していた。


 一方、突然の訪問者に固まったまま何もできないオタク二人組。お互いに、ダラダラと冷や汗を流すことしかできない。

 そんな俺たちをしり目に、奏さんはゆっくりと部室内を見渡す。そして、


「えっと……まいまいと亮ちんってどんな関係?」


 俺たちに人生最大の危機が訪れようとしていた(適当)。

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