第22話 可愛いギャルの妹もやっぱり可愛い
「は、初めまして……小鳥遊、咲です」
若干俯きつつ、自分の名前を話す咲さん。俺たちと視線が合わないのは、恐らく長いこと続き引きこもりの弊害だろう。まあこれまで画面越しでしか話したことがなかった人といきなり打ち解けろというのが土台無理な話である(奏さんのような例外は覗いて)。
しかし、その事を抜きにしても目の前にいる咲さんは、
(……綺麗な女の子だな)
綺麗というその一言に、俺の第一印象の全てが詰め込まれていた。
月並みな言葉で表すとすれば、それこそお人形さんみたいといった様な感じである。
身長は奏さんや舞よりも高い。大体、165センチ前後あるのではないだろうか? 女子としてはかなり高い部類に入る。
その分、スタイル的には奏さんと比較して若干スレンダーに感じなくもないのだが、そんなのは全く問題にならないだろう。
咲さんはTシャツにパンツというラフな格好だったのだが、パンツを履くことによってより彼女のスタイルの良さが際立つような感じがする。足も、モデルなんじゃ? って間違えられるくらいに長いしな。
そして奏さんの特徴でもあるプラチナブロンドの髪は咲さんにも引き継がれており、無造作に伸ばされてはいるが、それはそれで彼女の魅力を引き立てるには十分すぎていた。
「もう、咲ちゃんってばまだ緊張してるの? 昨日からずっとじゃん」
「だ、だって、画面越しで会うのとリアルで会うのとじゃ、やっぱり全然違うし……」
「そんなこと言ってたら、二人と仲良くなれないよ! ほら、ちゃんと目を見て!」
奏さんに半ば強引に促され、咲さんがおずおずと顔を上げる。その瞳も奏さんとよく似ており、緊張で少し潤んだ瞳が俺と舞を捉える。
その瞬間、俺と舞の間にまるで電撃を浴びたかのような衝撃が走った。もちろん、咲さんの可愛さに対してである。
どこか小動物をほうふつとさせるその上目遣いに、俺と舞は思わずごくッと生唾を飲み込む。
「……やばいわね、この破壊力。思わずお持ち帰りしたくなるわ」
「おい、本音が漏れてるぞ」
自己紹介もまだなのに、やばい本音を漏らす舞。しかし、彼女の気持ちはわからんでもない。俺も思わず、舞と似たような台詞を呟きそうになったし。
まあ俺が同じセリフを吐いたら刑務所行きなので、何とかして我慢していた。
「お持ち帰り!? 駄目だよ! 咲ちゃんは私のモノなんだから!」
「ご、ごめん、今の言葉はいわゆる言葉の綾ってやつだから。オタクにしか分からない言葉だから。ねっ、亮?」
「俺に振るな。答えようによっては世間的に俺が終わる」
「だ、大丈夫ですよ。私はちゃんと意味、分かってますから」
奏さんに抱き締められながら苦笑いを浮かべる咲さん。多分、オタクというだけあってその辺の知識も十分に持ち合わせているらしい。
ネットスラングって、一般の人から見ると分かりずらいものも多いからな。
「ちょっと変な感じになっちゃったけど、改めて。私が一ノ瀬舞よ。今まで声だけだったけど、本物はこんな感じ。今日はよろしくね」
咲さんの瞳をしっかりと見つめながらはにかむ舞。その表情を見て、咲さんの瞳が少しだけ見開かれる。
「よ、よろしくお願いします。えっと、舞先輩ってすごく美人さんなんですね。お姉ちゃんから聞いていましたけど、想像以上というか……思わず驚いちゃいました」
「美人だなんて言いすぎよ。でも、ありがと。嬉しいわ」
美人と言われ、口では謙遜しているものの満更でもなさそうな様子の舞。にやけ具合を隠そうとしているようだが、隠しきれていない。
誰だって美人とかイケメンとか言われれば嬉しいしな。
「というか、咲ちゃんだってすごく可愛いじゃない。最初見た時、お人形参加と思ったわよ」
「そ、そんなお人形だなんて……私なんて、全然可愛くないですから。お姉ちゃんの方がよっぽど綺麗ですし」
「そんなことないよ。咲ちゃんも可愛いよ。ねっ? まいまい」
「もちろん。奏ちゃんと同じくらい可愛いわ!」
「……ふ、二人とも、あまり褒めないで下さい」
耳まで真っ赤に染まった咲さんが抗議の声を上げるも、それはむしろ逆効果だった。可愛さが倍増しただけであり、二人からの視線はより一層可愛いものを見る視線に変わっている。
やっぱり美人って何やっても美人だから本当に得だよな。羨ましい限りだ。ただ、このままだと二人が可愛い可愛いばっかり言って話が進まないので、軌道修正を試みる。
「二人ともその辺にしとけ。咲さんも困ってるみたいだから。というか、俺も自己紹介もまだ済んでないし」
「うーん、私としてはまだまだ
「安心して。まだまだ愛でるタイミングはいくらでもあるから!」
「ちょっと、変なこと言わないでよお姉ちゃん!」
「ごめんごめん、冗談だからそんなに怒らないで」
「もうっ!」
ぷくっと頬を膨らませる咲さん。この辺は妹っぽくて大変可愛い。
「……何あのあざとい妹ムーブ。こんな妹が二次元に存在しただなんて。これこそまさに、事実は小説より奇なりよ。これはどれだけ愛でても足りないくらいだわ」
……舞がおかしくなる前にちゃっちゃと俺の自己紹介を済ませよう。いや、あの感じはもう手遅れかもしれないけど。
「えっと、俺も改めて。戸賀崎亮だ。奏さんと舞とは同じクラス。取り敢えず、今日はよろしくな」
「はい、よろしくお願いします。……戸賀崎先輩は何だか安心しますね」
ホッとしたような笑顔を浮かべる咲さん。悪かったな、目を見張るようなイケメンじゃなくて。
だけど、警戒されるよりはよっぽどましか。それに、イケメンて2次元の世界では結構チャラかったり、地雷だったりするから安心感を与えるには普通の顔の方がいいのかもしれない(俺の顔が普通かどうかは各々の判断に任せるとして)。
「まあ亮は自他ともに認める普通人間だしね。安心感は抜群で、危険性もない。草食動物みたいなもんだと思ってちょうだい!」
「いいだろ、普通人間で。ちゃらんぽらんなイケメンよりは全然まともだと思ってる。というか、人を草食動物って言うな」
「まぁまぁ。アタシは良いと思うよ、草食動物系男子! それに、安心感があるところは亮ちんの特性でもあり、いいところでもあるからね。あと、意外と男らしい一面もあるし~」
どこの場面を思い浮かべてるか、奏さんのにやつきで想像できる。恐らく、この前の教室の出来事を思い浮かべているのだろう。あれは、本当に恥ずかしいので定期的に思い出させるのはやめてほしい。
「普段は大人しいけど、いざとなったら男を見せる。いわゆる、ギャップ萌えってやつですね」
「ギャップというほど大層なモノじゃないから、その辺をいじられないで貰えると助かる」
俺は咲さんに頭を下げる。とにかく、あの時は無我夢中だったし、後先考えないでやった行動なので……。
「まいまいも、そう思ってるよね?」
「…………ま、まあそうね」
「あれ~? まいまい、顔がなんか赤いけど?」
「っ!? き、気のせいよ、気のせい!! それより、時間も限られてるし早速ゲームを始めましょうか!」
舞の一言で、俺たちは今日の本題へと戻ってくる。もちろん、咲さんとの顔合わせがメインではあるけど、実際は仲良く4人でゲームをやることが目的でもあるからな。
舞はさっきアニメのBDを持ってきていたと言っていたので、疲れたらBDを見るのもありだろう。
……ところで、どうして舞の顔は赤く染まっていたのだろうか? 理由を聞いたら怒られそうなので聞かないけど。
「ゲームはいいけど、やっぱり今日もえふぴーえす?」
「ううん、今日はせっかく集まってるんだから別のゲームをしようと思って」
そういって舞は鞄の中からとあるゲームソフトを取り出す。
「初めにやるゲームはこれよ!」
「おぉ~。マリ〇カートか」
「あっ、それならアタシも知ってるよ!」
オタク知識に疎い奏さんでも今回ばかりは流石に分かったようだ。
マリ〇カート。全世界で知らない人はいないほど、有名なゲームタイトルであり、長年にわたって愛されてきたゲームソフトでもあった。
最近はあまりやることもなくなってきたが、昔は友達の家に集まったら必ずと言っていいほど遊んだものである。
ただ、友情破壊ゲームとしても有名で、青甲羅によって1位から追い落とされた日にはリアルファイト不可避だった。
まあそんなゲームではあるのだが、初心者も含めて遊ぶ分には良いチョイスのゲームだろう。初心者にとっても直感的に操作しやすいし、キラーや雷などの逆転要素もあるからな。
それに、こうして集まってやるゲームとしては間違いなく向いている。別にネット上でも出来るけど、こうしてわいわい集まって楽しむ方がマリ〇カートの魅力を最大限に発揮できると思うしな。
「今回はまず、このゲームから遊んでいくわよ。データは私のを使えば大丈夫よ。しっかり、ダウンロードコンテンツにも課金してあるから」
「それなら安心だな。というか、しっかり課金してるんだ」
「ダウンロードコンテンツであのクオリティの過去作コースを遊べるなら、むしろ喜んで課金するわ!」
「確かに、追加のコースは本当にワクワクするコースが多いですからね。あのコースを遊ばないで、何がマリ〇カートって感じですから」
うんうんと頷く咲さん。どうやら咲さんもマリ〇カートの課金者のようだ。ということは、舞と咲さんはかなりの実力者とみて間違いないだろう。
「この前、咲ちゃんと新しいコース遊んだよね! 全然勝てなかったけど!」
「あれはお姉ちゃんが後先考えずに運転するから……」
「そうなんだ。俺も結構久しぶりにやるからちょっと心配だな。操作って、過去のまま?」
「亮の指す過去がいつの事なのかは分からないけど、概ね変わってないわよ」
舞の言葉通りなら一安心だ。取り合えず、操作はやっているうちに思い出すだろう。
「じゃあ早速始めましょうか。咲ちゃん、準備を手伝ってもらってもいい?」
「はい。こっちに一式は揃ってますので」
既に準備をしてあったのか、手際よくゲームの準備を進める二人。そして、電源を入れてしばらくすると、マリ〇カートというゲームタイトルが画面に表示された。
「おぉ~、グラフィックが滅茶苦茶進化してる」
「ほんと、昔と比べると雲泥の差よね。その上、過去作をこのグラフィックで遊べるんだから、いい時代になったわよ」
おじさんくさいセリフ。とても女子高生の口から出ていい言葉とは思えない。しかし、過去粗いグラフィックでのゲームもよく知っているので、理由はよく分かる。
昔は昔で面白かったんだけどね。想いで補正もあるかもしれないが。
「そんな変わってるんだね! アタシは昔、ほとんどゲームはやらなかったから、よく分かんないけど」
「なんか、奏さんらしいな」
多分、明るい性格だから外で遊ぶことの方が多かったんだろうな。俺も外で遊ぶことがなかったわけじゃないけど、頻繁に遊んだというほどでもなかったし。
それに、ゲームにほとんど触れないで成長する子供も一定数存在するからな。こればっかりは人それぞれである。
「さて、取り敢えずグランプリモードでいいかしら? 一番オーソドックスなモードだし」
「うん、それで大丈夫だよ!」
「じゃあ、初心者向けのキノコカップにして……」
舞がサクサクとモードなどを設定し、各々キャラ選択とカート選択を終えたところで、1レース目となった。
「亮、久しぶりにやるのにバイクで大丈夫?」
「いや、使ったことないマシンって、使いたくならない?」
「それは確かに一理あるわね」
「だろ? それに、ゲームなんだから使いたいマシンを使わなきゃ損かなって」
1レース目を前に各々のマシンを確認すると、俺がバイク。舞と奏さんがカート。咲さんがバギーとなっていた。
今の時代って、バイクだけじゃなくてバギーもあるのね。バギーも使ったことがないから、あとで使ってみよ。
ちなみに、キャラや各パーツの性能は何も考えず好きなモノでカスタマイズしている。そんな事を考えるのはレート戦だけで十分だ。……まあ、舞と咲さんはかなりこだわってカスタマイズしていたが。流石、ゲームガチ勢は違う。
「咲ちゃんはバギーなんだ。なんか、意外かも」
「癖はありますけど、慣れると楽しんですよね」
「咲ちゃんのバギーはほんと、すごいんだから!」
「どうしてお姉ちゃんが得意げなの?」
「アタシが運転したときは、落ちまくったから!」
「それは理由になっていないような?」
奏さんの言葉に首を傾げているうちに、いつもスタートを教えてくれるキャラクターが画面に現れ、慌ててコントローラーを握る俺達。
「ふふっ、初心者だからって私は容赦しないからね?」
「私もです」
「二人とも、臨むところだよ!」
「お手柔らかにお願いな」
さて、スタートしたマリ〇カートキノコカップの結果は――――。
「――何とか、年上としてのメンツは保てたわね」
「……あと少しだったんですが、最後お姉ちゃんの雷攻撃が余計でしたね」
『…………』
上級者二人に、初心者二人がボコボコにされる構図が出来上がっていた。
いや、俺と奏さんもまともに運転はできていたから、そこまで下手くそだったわけじゃないんだけど……この二人が異次元過ぎた。
なんか、よく分かんないドリフトとかショートカットとか決めて独走するもんだから、俺達二人が追いつけるはずもなく……。
せめてもの抵抗として、赤甲羅などを投げるも完璧防がれた時は流石に絶望した。バナナとか緑甲羅を護身用に身に付けるのは反則にしてくれませんかね、任〇堂さん?
「ちょっと、二人とも! 臨むところとは言ったけど、流石に本気出し過ぎでしょ!? アタシと亮ちん、完全に空気だったよ!? 全く勝負に絡めないまま終わったんですけど!?」
「……流石、マリ〇カート一つとっても奥が深いんだな」
「ほらっ、亮ちんなんて変に達観しちゃってるし!」
むしろ、完膚なきまでにボコボコにされて、清々しい気分ですらあるんだけどな。これこそ、一片の悔いなしという感情である。
そして、流石に本気を出し過ぎたと後悔しているのか、気まずい表情で視線を逸らす舞と咲さん。
「い、いやぁ、咲ちゃんがかなり強くて思わず本気になっちゃったというか、何というか……」
「わ、私も、つい熱中し過ぎちゃって……」
「全くもう! 熱中するのもいいけど、置いてきぼりにされるこっちの気持ちも考えてよね」
『ご、ごめんなさい……』
ぷりぷりと可愛く不満を露わにする奏さんに、二人は申し訳ないと頭を下げる。
まあ、こればっかりは二人が悪いので仕方がない。次からはいい具合に手を抜いてほしいものだ(これを業界用語で接待と言ったり言わなかったり)。
奏さんに怒られた二人は次のレースからいい感じに手を抜いて(接待して)くれたため、俺たちでも楽しめる状態になった。
ゲームのうまい人って、手の抜き方もうまいんだよな。俺たちでも勝てるか勝てないか、絶妙なラインまで実力を落とすその力を一体どこで身に付けるんだろう?
そんな感じで何戦か行っていたのだが、
「……さて、結構コースもやりつくしちゃったから次のゲームに移りたいと思うんだけど、どうかしら?」
舞の言葉に特に他3名から異論もなかったので、俺たちは次のゲームへ。
その後は、マリ〇パーティ(これは全員、初心者)で、パーティモードの逆転につぐ逆転で盛り上がったり(勝者は豪運を発揮した奏さん)、モンスターを狩り行くゲームでは、初心者の奏さんを他3名が全力でサポートしてクエストをクリアしたり、昼食を挟んだ午後(奏さんと咲さんが作ってくれた。普通に美味くてビビった)には初心に戻ってFPSをプレイするなど、とても充実した1日を送ることができた。
結局、舞が持ってきたアニメBDは見る機会なく終わったので、そこだけが心残りだな。それを見ることによって、咲さんがオタクかどうかを判断するって話もしていたので。
まあ、今日の感じを見てオタクじゃないほうがおかしいので、アニメを見なかったからと言って問題はなかっただろう。
そして、そろそろ二人のご両親が帰ってくるとのことで、今日はお開きとなった。
「じゃあね、二人とも! また学校で!!」
「舞先輩、戸賀崎先輩、今日は本当にありがとうございました」
手を振る二人に見送られながら俺と舞は帰り道を歩く。その間、しばらく当たり障りのない世間話をしていたのだが、
「……咲ちゃん、相談したいことがあるって、もしかしなくても今の状況についてよね」
「それ以外、考えられないだろうな。あんなに改まって伝えてくるぐらいだし」
舞の口から出た『咲ちゃんからの相談』という言葉。これは、まさしく先ほど遊んでいる最中に、咲さんから俺達二人に伝えられた言葉だった。
言われた時の状況を思い返す。あれは昼食後1時間位したときだろうか?
しばらくは午前中と同様、4人でゲームをしていたのだが、
「あっ、飲み物なくなっちゃった!」
「あっ、もうそんなに飲んじゃったんだ」
「安心して! コンビニが近くにあるから、アタシひとっ走り買ってくるね!」
飲み物がなくなったと言って、コンビニに一人買い出しに出掛けた奏さん。誰かが付いて行くという相談をする暇もなかった。
「ごめんなさい。お姉ちゃん、思い立ったらすぐに動いちゃう性格なので」
「いやいや、全然大丈夫だよ。むしろ、買いに行かせちゃって申し訳ないくらいだし。まあ普段からよく行動の方が先に出る性格だけど、今回は本当に早かったな」
「ほんとね。話を挟む隙すら無かったわ」
残された俺たちは一旦ゲームを中断し、一旦別の話に花を咲かせる。
咲さんも最初は緊張していたようだったが、流石に半日も一緒に居ると慣れてしまったようだ。最初は浮かべていなかった笑顔も、浮かべてくれるようになったし。
今回の目的である、咲さんと仲良くなることも無事達成できたようなのでよかった良かった。
その相談話はまさに俺と舞が安心していた、まさにそのタイミングで言われたのだった。
「……あの、すみません」
先ほどまでとは違う、どこか硬い声。微妙な変化を感じ取った俺たちは咲さんへ視線を向ける。
「ん? どうかしたの?」
「その……実は、お二人にご相談したいことがあるんです」
その時の咲さんは不安げな表情を浮かべ、先ほどまで楽しくゲームをしていたのが嘘のようだった。
これはただ事じゃないと感じた俺たちは居住まいを正し、舞が咲さんの次の言葉を促す。
「相談って、どういうこと?」
「……ごめんなさい。相談したいことがあるのは本当なんですけど、まだ二人に話す心の準備ができていなくて」
苦悶の表情を浮かべる咲さん。
「それで、その、非常に勝手なお願いなんですけど……私の決心がついた時にその相談を聞いてもらいたいんです」
そう言い切った咲さんの瞳は、表情以上に不安げに揺らめいている。
咲さんの相談事が何なのか。それは、彼女の置かれた現状の相談に他ならないと思われる。でなければ、話すことに対して心の準備はいらないと思うからな。
相談したいけど、相談できない。彼女の持つ苦悩を表すのには十分すぎる言葉だな。
それに、画面越しで話していたとはいえ、俺たちと会うのは今日が実質初対面のようなものだったので、その点も咲さんが相談を躊躇している理由でもあるだろう。
俺だって、画面越しでしか知らない相手に大切な内容を相談することなんて絶対にないだろうからな。
「……私はそれでも大丈夫だけど、いいの? 奏ちゃんには言わないで」
舞からでた最もな疑問。奏さんは咲さんにとって、一番の理解者でもあるはずだ。しかし、咲さんは「はい」と声を震わせながら答える。
「お姉ちゃんにはこれ以上、迷惑をかけたくないので。これまでも散々迷惑をかけてきて、本当に申し訳なくて……。ただ、代わりにお二人にはこれでご迷惑をかけてしまうかもしれませんが……」
「ううん、それは全然いいの。これまでの中で、咲ちゃんが良い子だってことは十分に伝わってきてるから。だから、全然いいんだけど……」
舞は困ったような視線をこちらに向ける。恐らく、本当に奏さんを抜きにして話しをしていいか、迷っているのだろう。
俺も少しだけ思案した後、
「分かった。それなら咲さんの希望通り、奏さん抜きで話そうか。俺と舞なら大丈夫だし、全然気を遣わなくて大丈夫だよ」
「……ありがとうございます」
震える声のまま、俺たちに頭を下げる咲さん。そのあまりに痛々しい姿は思わず視線を逸らしたくなるほどだった。
これが、奏さんが知らない咲さんとのやり取りである。
「だけど、本当によかったのかしら? 奏ちゃん抜きで」
「咲さんの希望だから、その希望に従うべきだと思うよ。それに奏さんが一緒だと、本音で話せなくなるかもしれないし」
家族であれば何でも話せるというわけではない。家族だからこそ、聞かれたくない本音もあるだろう。
ちなみに奏さんが戻ってきたら、それまで浮かべていた表情をスッと引っ込めていつも通り接していた姿からも、奏さんにはよっぽど聞かれたくないのかもしれないしな。
まあ、その理由は咲さんが話す決心がついた時に教えてくれることだろう。
「取り敢えず、俺たちが出来ることは咲さんが話す決心がつくまで待つこと。そんで、相談事に対して真摯に答えること。これだけだと思うけどな」
「……うん、そうね。亮の言う通り。私、咲ちゃんのこと今日でもっと好きになったから、力になってあげたい!」
「俺も同じだよ」
「ふふっ、それなら咲ちゃんへのいい答え、期待してるからね?」
「それはこっちのセリフだよ。舞先輩のお手並み拝見ってところだな」
そう言って笑い合い、改めて気合を入れ直す俺達。
赤の他人である俺たちにどこまで出来るか正直不安だけど、隣に舞がいると何でもできる……そんな気がしてきた。
そして、実際に咲さんから相談を受けるのは約2週間が経過した日の事だった。
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