第27話 不意打ちとは突然であればあるほど、ダメージが大きい

「二人とも、ほんっとうにありがと!!」


 放課後の部室にて。

 今日は、小鳥遊家で色々あった日から初めて奏さんと顔を合わせた月曜日。俺と舞は、冒頭のように奏さんからお礼の言葉を告げられているところだった。

 俺も舞も教室内でこそっとお礼は言われていたのだが、改めてということなのだろう。まあ、事情を知らないクラスメイトの前で大っぴらに今回のお礼をいうわけにもいかないからな。

 余計な詮索をされて話がこじれても困るし、放課後に改めてということになったと思われる。


「二人のお蔭で咲ちゃんも前向きになれたし、アタシたちも本音でぶつかり合うことができた。ほんと、感謝してもしきれないくらい」

「ううん、良いのよ奏ちゃん。私たちとしては、奏ちゃんと咲ちゃんの心のわだかまりが取れただけで嬉しかったんだから」

「ほんとにな。逆に、もっと酷くなる可能性もあったからむしろうまくいってホッとしてるくらいだよ」


 ほっと胸をなでおろす俺たち。場合によってはこれまで以上に関係が悪くなる可能性もあったからな。諸刃の剣の作戦と言われても否定はできない。

 ちなみに、既に咲さんは部屋に引き籠ることはなくなり、昔と同じく家族と一緒に過ごしているらしい。

 その変化にお母さんは俺たちと同じく安堵し、お父さんは号泣したとか。まあ、年頃の娘が引き籠るって、家族にとっても相当に辛い出来事だっただろうからな。それに、奏さん以外には引き籠った原因を話してなかったわけだから余計に。

 その辺の理由も全て打ち明けているようなので、家族間でのわだかまりも完全になくなったことだろう。これからは引き籠った時間以上に家族仲良く過ごしてほしいものである。


「お母さんもお父さんもすっごく喜んでて、またお礼をしたいからいつでもきてねって!」

「そうね。夏休みも近いからまた相談しましょうか」


 三度小鳥遊家へ行くことが決まったところで、話は咲さんの復学についてへ。


「それにしても、無事学校に通える許可が出て良かったな」

「そうそう! 1年生とはいえもう1学期も終わっちゃうからぶっちゃけ心配だったんだけど、生徒会長とかが色々と便宜を図ってくれたみたいで」

羽瀬川はせがわ生徒会長よね? あの黒髪ロングヘアクールビューティスタイル抜群の」

「特徴を繋げて言うと呪文みたいだな。全部、間違っちゃいないんだけど」


 よくもそれだけの特徴を噛まずにスラスラと言えるものだ。そして、順番が滅茶苦茶な気がするのは俺だけだろうか?


「でも、ほんとの事でしょ? まさに漫画やラノベでしか見たことないような、完璧な生徒会長。私はあの人を一目見た瞬間、この高校に入学してよかったって思ったもの」

「確かに、まいまいの言う通り美人さんだもんね~。ほんと、高校生離れしてるというか何というか。大人っぽいから高校生に見えないよね。それに男子からの人気だけじゃなくて、女子人気もすごいって話し! 裏ではファンクラブが存在してるとかいないとかって聞いた事あるくらい」

「あっ、私もファンクラブの存在は聞いたことがあるわ! 誰も見たことないから、奏ちゃんの言う通りあくまで噂どまりだけど」

「そこまで人気だったのか、うちの生徒会長は……」


 いやはや、ファンクラブの存在までまことしやかに囁かれてるなんて。ただ、そのうわさ話が漏れるほどに、羽瀬川生徒会長が魅力的なのもまた確かである。恐らく、顔面偏差値だけなら舞や奏さんにも引けを取らないだろう。

 確かに先ほど奏さんが話した通り、高校生離れした美貌の持ち主。更に、舞や奏さん以上のスタイルの良さ。プラス成績も抜群。

 1年生から生徒会の会計を務め、2年生の後半から今の生徒会長職に。普段の生活態度も全生徒の手本となるような生徒なので教師受けは抜群。加えて、クールな性格でありながら生徒想いの生徒会長で、困っている生徒は見過ごさずに親身に相談に乗るなど、非の打ちどころのない人である。

 多分、生徒会長の事を悪く言う生徒や先生なんて、この学校にはいないだろう。それ程までの生徒会長だった。


「生徒会長って、生徒だけじゃなくて教師からの信頼も厚いからね。……ほんと、亮ちんの提案通り生徒会長に相談してみて良かったよ。多分、私とか咲ちゃんが直接交渉してたら話がこじれてたかもしれないから」

「ある意味、亮のファインプレーよね。まさか、生徒会長を経由して先生へ相談なんて中々思いつかないもの」


 二人からのお褒めの言葉に俺は首をすくめる。

 そう、咲さんがスムーズに復学できるようになったのは、二人の言う通り生徒会長を経由して学校に相談を持ち掛けたからだった。そして、生徒会長に相談したらと提案したのは俺。

 実を言うと、咲さんの相談に乗った後すぐに俺達4人のライングループで、再び学校に通うという話が持ち上がったのだ。もちろん、学校に通い直したいという咲さんの気持ちは尊重すべきだったし、舞や奏さんも咲さんの言葉を聞いて大喜びだった。

 しかし、そこで俺は一つ疑問に思ったことがある。

 果たして、1学期をまるまる休学した形になる咲さんが今更普通に学校へ通うことができるのかと。しかも、この1学期も終わるというこの時期から。


「亮ちんに、『学校側が何事もなかったかのように通わせてくれるのかな?』って言われた時、ほんと焦っちゃったもん。確かにって」

「ほんとよね。言われてみれば亮の言う通り。復学の時期としても微妙なタイミングだったし~」


 咲さんのことを考えれば一刻も早く復学させてあげたいし、学校側から考えればできれば2学期からという対応になっても何らおかしくはなかった。


「だけど、そこは流石生徒会長って感じだったよ。アタシがお昼休みに恐る恐る相談したら『はい、事情は分かりました。私も一緒に担当の先生方に掛け合ってみますので、小鳥遊さんも一緒に来てくれますか?』って、カッコ良すぎるでしょ。その時、生徒会長がどんなイケメン俳優よりイケメンに見えたもん」

「生徒会長は女子高生だけどな」

「細かいことはいいの! それで先生たちに相談に行ったら、もうそこからはあれよあれよと……アタシの出番、ほとんどなかったくらいだし」


 相談しに行った時の事を思い出したのか、思わず苦笑いを浮かべる奏さん。確かに仕事ができる生徒会長の事なのでサクサクと話を進めていったのだろう。その光景が容易に想像できる。

 というか、相談しに行ったらいきなり職員室に連れて行かれるだなんて、流石の奏さんでも予想してなかっただろう。先生方もいきなりの相談で面食らった事だろうし。

 それを生徒会長パワーともいうべき力で最大限、咲さんの希望を受け入れてくれるように持っていったのだ。ほんと、感謝してもしきれない。どんな話術を使ったのやら。


「だけど、びっくりするくらい話がトントン拍子に進んだわよね。話を聞いてる限り先生への交渉は生徒会長パワーだとしても、その相談を持ち掛けた生徒会長が冷静すぎるっていうか」

「あっ、それはアタシも思った! いくら冷静沈着な生徒会長でも、流石にあの手際の良さは、まるでアタシから相談されるのが分かってたみたいだったし」


 あまりに手際のよかった生徒会長の手腕に、舞と奏さんは改めて首を傾げている。確かに、相談を受けてから行動に移すまでの時間がとんでもなく速かったからな。いくら仕事の出来る生徒会長とはいえ、その日のうちに先生の元へ相談に行くなんて中々できっこないことである。

 それこそ、奏さんの言う通り事前に相談されることを知っていたかのようで……。


「……まあ、それくらい生徒会長の能力が高かったって事だろうよ。それに、咲さんが無事に登校できるようになったわけだから、それでいいんじゃね?」

「確かにそれもそっか! 亮ちんの言う通りだね。まずは咲ちゃんが無事に通えるようになったことを喜ばないと! 取り敢えず、羽瀬川生徒会長は超絶エリートだったってことで! 変なところで悩んでもしょうがないもんね」

「もしくは、生徒会長だから不登校の生徒を把握していたから話も早かったのかもね」

「あっ、確かに! あの生徒会長だもん。それくらい把握しててもおかしくないよね!」


 どうやら、生徒会長が有能すぎるってことで二人は納得したらしい。まあ、どんな理由があっても、咲さんが無事に復学できることに変わりはないんだ。二人にとって、これ以上の詮索は必要ないだろう。


「それで、復学する日は何時になるんだ?」

「来週の月曜日からだって~。先生たちに許可が取れたとはいえ、色々事務処理なんかがあるみたい。咲ちゃんの方にも準備があるからね」


 言われてみればどっちの側にも準備はあるしな。むしろ、一週間後でも早すぎるくらいである。


「まあ、そりゃそうだよな。いきなり来たいって言われても、受け入れ側の準備がで来てなきゃしょうがないし」

「それに、期末テストの時期とも被ってるからね。先生も色々忙しいんだよ」

「うぅ……き、期末テスト」

「舞、顔色を悪くするのはまだ早いぞ」


 期末テスト、という単語を聞いた瞬間に顔色が悪くなる舞。奏さんの言う通り、俺たちの学校はもう直ぐ期末テストの時期だった。

 夏休みも近づいてはいるが、この期末テストで赤点でも取ろうもんなら夏休みに地獄の補修が待っている。

 お盆の期間以外毎日学校に通い、勉強漬け。もちろん、その期間は部活をすることも遊ぶことも許されない。そんな夏休みは誰だって全力で回避したいだろう。

 という理由もあり生徒たちは夏休みを死守するべく、期末テストだけは目の色を変えて取り組むと言われている(中間テストはその辺が若干緩い)。

 ただ、生徒が必要以上に心配しているだけで、普通に勉強すれば赤点なんてとることはない。うちの学校は別に超進学校というわけでもないからな。

 だから心配する必要はないんだけど……目の前に滅茶苦茶心配な奴がいるんだよな。

 流石に前回の中間よりはましだと思うけど、それでも心配である。1年生の授業は2年生より簡単とはいえ、あれでよく補修にならずに期末テストを突破してたもんだ。多分、赤点ギリギリだったんだろうな。


「まいまいって、頭悪いんだっけ?」

「ちょ、直球!? ……ま、まあ、人並程度よ」

「嘘つけ。人並以下だろ」

「酷い!!」

「確かに言われてみると、まいまいって授業中結構うとうとしてるもんね。たまに完璧に死んでるときもあるけど」

「ば、バレてた……さ、最近はちゃんと受けてるわよ!」

「学生が授業をきちんと受けることは当たり前のことだ」


 恐らく、前回の中間テストで懲りたのだろう。確かに、後ろの席から見ている限りは真剣に授業を受けているように見える(中間テスト以前以後と比較してではあるのだが)。

 内容が頭に入っているかどうかは別として。


「あれ? だけど、咲さんはテスト期間前にくるわけだろ? テスト期間はどうするんだ?」

「特別教室で補講だって。あと、夏休みも基本的には補講漬け。普通に授業時間が足りてないわけだからね。それで1学期の遅れを取り戻すだけ取り戻して、2学期は普通に通う。補講が足りなかったら、2学期に入ってからも多少は補講を行うみたいだけど」

「なるほどね。それなら夏休みに全力で補講を行えば補えないこともないって事か。だけど、結構な量になるだろうな」


 想像しただけで吐き気がしてくる。しかし、1学期まるまる休んでいたので仕方がないと言えば仕方がない。


「体育とか、どうしようもない教科は補講の態度や、最後に行うテストの点数で授業を受けたってことにしてくれるみたい。もちろん評価点は最低点だけどね」

「まあ、そりゃどうしようもないよな」

「でも、咲ちゃんが真面目に補講に取り組みさえすれば問題ないって事よね?」

「うん。途中で投げ出したり、テストの点数が極端に悪くなければ大丈夫だって」


 咲さんの事なので、補講態度については問題ないだろう。元々は優等生で通っていたからな。

 むしろ、心配なのは初めて登校した日にクラスメイト達がどんな反応をするのか。

 1学期まるまる休んでたクラスメイトがいきなり登校してくるわけだからな。そりゃ、ある程度先生から話は聞かされるだろうが……。


「だけど、大丈夫かしら。この時期に登校って、かなり勇気がいることだと思うけど」


 俺と同じ不安を感じたのか、舞が心配そうにつぶやく。舞の言葉を聞いた奏さんは、


「アタシも姉としてはとっても心配なんだけど、その辺りは咲ちゃんも覚悟はしてたよ。『どんな反応されてもしょうがない』って。事情があったとはいえ、休んでたのは自分が原因なんだからって割り切ってるみたい」


 心配はしつつも、なるようにしかならないというスタンスのようだ。それに、咲さんも中々に胆が据わっている。俺だったら日寄ってしまうかもしれない。

 完全に吹っ切れているわけではないだろうが、それでも何とかして前に進もうという気概を感じることができる。


「咲ちゃんは意外とあっけらかんとしてるのね。まあ、確かに咲ちゃんの言う通りだけど……」

「うーん、だけど俺たちが出来ることがあるかって言えば限られてる……こればっかりは咲さんに頑張ってもらうしかないな。流石の俺たちも、クラス内まではカバーできないし」

「その分、放課後はこの部室でたくさん甘やかしてあげないと! せっかくできた後輩なんだから」

「それはそれでよくないような……。これまで通り接してあげればいいだろ。というか、咲さんもこの部活に入るのは決定してるのか?」

「うん。咲ちゃんに聞いてみたら『入る!!』って食い気味に反応してたから間違いないと思うよ」


 どうやら夏休みを前にして、この部活に追加の部員が入ってくることが決定したらしい。別にうちの学校は部活加入は強制じゃないけど、本人が乗り気なのだから別に気にすることはないだろう。

 そもそも、咲さんが入部してくれるのはこちらとしても大歓迎だ。部活としても人数が増えたほうが、部活としての体裁を保ちやすいし。

 まあ、部員が追加されたからといってやることは変わらないんだろうけど。俺たちは運動部じゃないからな。


「じゃあ、今部室にある机や椅子を一人分、増やしてあげないといけないな。どっかに余ってたっけ?」

「それなら安心して! 既に先生からは許可を貰って、机と椅子は抑えてあるわ」

「いつの間にそんな交渉を……仕事早すぎだろ」


 咲さんが学校に復学するって決めたの日曜日だぞ……舞は特定の分野において、生徒会長並みの行動力があるな。


「流石、まいまい! 頼りになる~」

「ふふっ、もっと褒めてくれていいのよ?」

「……どうしてこれで勉強ができないんだろう」

「確かに。これだけ手際が良かったら勉強だってお手の物だと思うのに……」

「べ、勉強の話は今関係ないでしょ! というか、褒めてから落とすのはやめて!」

『ぷっ!』


 舞からのツッコミを受けた俺と奏さんは同時に噴き出した。いじられてる舞の反応が可愛くてつい……という感じである。

 一方舞は、俺たちが噴き出したのを不服と感じたのかぷくっと頬を膨らませる。その仕草はあざとく、それでいてめちゃくちゃ可愛い。まさに、舞が可愛いからこそ許される仕草である。

 反応の良さを見ていると、もっとからかいたくなるが、これ以上は舞が拗ねてしまうのでやめておこう。舞って拗ねると結構めんどくさくなるし。


「二人とも、絶対からかってるでしょ?」

「いや、別にからかってないよ。ちょっと反応が面白かったから」

「それって絶対にからかってるよね!?」

「まあまあ、落ち着いてまいまい。これっきりにしてあげるから」

「……ほんと?」

「たぶん☆」

「絶対またからかってくるじゃん!」


 冗談はさておき、話は期末テストからその後に行われる球技大会へ移る。


「だけど、期末テストが終わったら後はもう球技大会くらいしか残ってないわけだし、頑張ろ!」

「……がんばる」

「そう言えば、球技大会もあったな~。暑いからあんまりやりたくないんだけど」

「亮ちんはどの種目に出るんだっけ?」

「ソフトボール」

「えっ、意外! てっきり卓球だとばかり」


 驚きの声を上げる奏さんに、俺はソフトボールに参加することになったわけを話す。


「俺だって、できることなら卓球が良かったよ。だけど、輝の強引な誘いに断り切れなかったんだ。それに、一応小学生の頃、ソフトボールチームに入団してた経験者だし」

「あっ、そうだったんだ! 確かに輝君の誘いと、経験者って事なら断れないよね~」

「亮がソフトボールをやってるイメージが全くつかないわ」

「よく言われる。……畜生、安易に輝の奴にソフトボールやってたなんて話すんじゃなかった」 


 ちなみに、1年生の頃も問答無用でソフトボールに出場させられた。こちとら、卓球に参加する気満々だったのに……。2年生こそ逃げ切ろうと思っていたのだが、いつの間にか黒板のソフトボール参会者の中に自分の名前があり、絶望したのは記憶に新しい。

 輝が良い笑顔でグッと親指をたてていたので、俺も負けじと〇指をたててやった。


「ちなみに、二人は何に出るんだ?」

「アタシはバスケ! これでも経験者なんだ!」

「へぇ~。確かに奏さんて運動神経よかったけど、バスケ経験者だったのか」

「その通りなのです!」


 ドヤ顔でピースを浮かべる奏さん。勉強も普通にできるし、運動神経もいい。この人も割と弱点ないよな。

 それにしても奏さんがバスケか……どことは言わないがすっごく揺れそう。


「舞は?」

「卓球よ。私、運動神経よくないし」

「俺としてはそっちの方が意外だな。むしろ、できそうな感じを醸し出してるのに」

「顔だけはね。だけど、よく考えてみなさい。基本的に用事がなければ部屋に引き籠ってアニメや漫画を見てる様なオタクなのよ? そんな奴がまともに運動ができるとでも?」

「……説得力のある説明ありがとう」


 うん、そりゃ運動できないわ。最近は運動もできるオタクも増えてきたけど、基本的にオタクって舞のようなインドア派が多いからな。運動が苦手でも全くおかしくない。

 だけど、舞が運動神経悪いって話し、聞いたことないんだけどな~。これも、普段オタクを隠していることと同様に、うまく隠しているのだろうか?


「アタシはまいまいをバスケに誘ったのに、頑なに断るからさ~」

「いやよ、あんな疲れそうなスポーツに参加するのは! バスケはス〇ムダンクとか黒〇のバスケを読んでるだけで十分よ!」

「えぇ~、やれば絶対に楽しいのに。あっ、じゃあさ夏休みにスポッチャ行こうよ! それなら人に見られることはないし。亮ちんは良いでしょ?」

「ま、まあ、俺もバスケはやったことないけど……知ってる人だけだし、別にいいかな」

「よしっ! まいまいもいいよね?」

「…………はい」

「めちゃくちゃ嫌そうだな」


 もの凄い苦渋の表情を浮かべながら、何とか肯定したって感じ。気心の知れた仲間といくのも躊躇するくらい嫌なのか……。

 それだと、逆にプレーしてる姿を見たくなるまであるけどな。


「だって、本当に運動神経悪いんだもん! 行くけど、絶対に笑わないでよね!?」

「大丈夫、笑わないって! それに、当日はちゃんとコーチしてあげるから安心して」

「それなら……行く」


 一応、渋々ではあるが舞も納得したところで、下校を告げるチャイムが流れ出す。

 この話や咲さんの話も含めて、続きはまた明日ってところだな。


「さて、チャイムも鳴ったしそろそろ帰ろうか」

「うん。……あっ、そうだ。亮ちん、ちょっとちょっと!」

「ん? どうかした――」


 帰り支度をしていた俺は、奏さんの声に振り返ると、


ちゅっ


「……へっ?」


 なぜか奏さんの顔がものすごく近くにあり、そして俺の右頬に柔らかく少しだけ湿った感触が。

 あまりに一瞬の出来事に頭の理解が追いつかず、ポカンと間抜けな表情を浮かべてしまう俺。

 一方、奏さんは少しだけ頬を赤らめ悪戯っぽく微笑んでいる。


(えっ、今俺何された……)


 右頬に手を当て、俺は徐々に先ほどの出来事を思い返す。

 触れるほどに近づいた奏さんの顔。そして、右頬に触れた柔らかく湿った感触。奏さんの艶っぽくも、どこか満足げな表情。

 一連の出来事を振り返った俺は、1つの結論に至った。


「ちょっ……、か、かか、奏さん!? い、今、俺の頬に!?」

「うん、これまでのお礼。散々、咲ちゃんの事で助けてもらっちゃったから。普段だったらアタシのお礼は高いけど、今回だけはタダって事にしといてあげるね?」


 いやいや、タダとかそういう問題ではない。

 だって、奏さんは今俺の頬にをしたのだから。キスがお礼とか、タダとか言われても脳みその処理が追いつくわけがない。

 確かに、咲さんの事で色々協力はしてきたけど、お礼が、その……キスだなんて想像できるわけないだろ!!

 というか、キスされたことを自覚した時点でまともな判断なんてできるわけがなかった。


「か、奏ちゃん、今……亮に、き、キスを!?」


 そして、一部始終を見ていた舞も唖然とした表情を浮かべている。両手で口元を覆い、まさに驚愕といった感じだ。

 舞の言葉を受けた奏さんは、特に動揺することなく頭をかく。


「いやー、ちょっと気分が高まっちゃって。やり過ぎちゃったって反省はしてるよ。普段だったら絶対にしないから」

「……じゃ、じゃあ今、キスした意味って?」

「言葉の通りお礼だよ。今回は亮ちんに色々助けてもらったから。……だけどね、まいまい」


 そこで奏さんは舞の耳元に顔を近づけ、


「まいまいがボーっとしてるようなら、アタシが貰っちゃうからね?」

「っ!?」


 俺に聞こえないように舞へ何かを囁いたようだ。

 何を言われたのか分からないが奏さんの言葉を聞いた瞬間に、舞の顔が赤く染まる。


「ちょ、ちょっと奏ちゃん! 今のって!?」

「そのまんまの意味だよ~。じゃ、アタシはこの辺で」


 いつの間に片付けを済ませていたのか、鞄を肩にかけ一足先に部室から出ていく奏さん。一方、残った俺と舞はその後姿を呆然と見つめるしかなかった。

 まるで嵐のような出来事で、今されたキスは幻だったのかと勘違いしてしまうほど。

 そして、俺よりも先に金縛りから解けた舞はゆっくり俺と視線を合わせ、


「……今の件について。帰り道で色々聞かせね?」


 それはそれは怖いくらいの笑顔を浮かべたのだった。

 多分、今まで見た笑顔の中で一番怖かったです。

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