第28話 予定を考えている時が実は一番楽しかったりする
「よ、ようやく、期末テストを乗り越えたわ……」
奏さんから衝撃的なお礼をされてから約一週間後。
今日も今日とて放課後、部室に集まった俺たちだったのだが、目の前にいる舞はまさに満身創痍といった感じで机に突っ伏していた。
それもそのはずで、今日は期末テストの最終日。そして、部室に集まっているということは、全てのテスト科目が終了したということを意味していた。舞がテストのプレッシャーから解放され、机に突っ伏しているのも理解できる。
テスト期間が終わった後の解放感って、ほんとすごいよね。
「お疲れさん。どうだ、手ごたえの方は?」
「ま、まあまあってところかしら? 少なくとも前回の期末テストよりはましだと思うわよ」
舞の言葉を聞いて俺は心の中だけでホッと息を吐く。前回の中間テストは結構赤点ギリギリの科目もあったので、心配していたのだが……恐らく、赤点の科目はなさそうで安心した。まぁ、テストが返却されるまで油断はできないんだけど。
「それだけの手ごたえがあるのなら、赤点の心配はなさそうで安心したよ。まっ、今回は俺だけじゃなく奏さんも手伝ってくれたから当然っちゃ当然だけど」
「ほんと、亮も奏ちゃんもありがとね」
「いえいえ~。アタシとしてはまいまいに教えつつ、自分の復習も合わせてできたから一石二鳥って感じだったから、逆によかったかも!」
「な、なんという言葉。これが勉強強者……」
「大袈裟すぎるだろ」
奏さんの言葉を聞いて、舞が驚愕の表情を浮かべている。確かに、勉強が苦手な人からしてみれば誰かに教えつつ復習なんて、考えられないだろうからな。
しかし、人に教えられるということは、それだけその問題を理解する必要があるので、復習が出来るって言うのはあながち間違いではないだろう。俺も同じようなことは感じてたし。
ちなみに、奏さんも舞のテスト勉強に付き合ってくれたので、教える側としては非常に助かった。単純に負担を分担出来たし、俺と奏さんは得意な教科もばらけていたので、その点もよかったと思っている。
何より、一人で勉強を教えるって結構無理があるからな。これからは奏さんにも手伝ってもらうとしよう。……まあ、一番必要なのは根本的に舞の勉強嫌いを直すことだけど。多分無理なので、今後は今まで以上に真面目に授業を受けてもらうことにしよう。
「それはそうと、咲ちゃん。今の所、大丈夫そう?」
「うん。少なくともアタシが聞いてる限りはね。幸い、すぐに友達もできたみたいだから」
「結構話題になってたよな。夏休みを前に、突然1年生に美少女が現れたって」
「そうそう。私もまさかそっちの方で話題になるなんて思いもしなかったし」
「しかも、どこからかアタシの妹だってことも伝わって……男子どもをあしらうのが大変だったよ」
はぁ……と呆れたようにため息を漏らす奏さん。そう、今週は期末テストもあったのだが、それ以上に俺たちの中では咲さんが復学したということのほうが大きな出来事だった。
生徒会長の力添えもあり、無事に今週の頭から学校へ登校することになった咲さんだったのだが、予想以上の反響があったのである。まあ、反響があったというよりは、男子生徒が盛り上がったと言ったほうが正しいかもしれないが……。
まず、初めて登校したクラス内での自己紹介時では、クラスの男子が咲さんの可愛さに色めき立ち、その噂はあっという間に1年生中に広まった。
そして、ほどなく咲さんの噂が2年、3年生へと伝わり、その姿を一目見ようと野次馬がうじゃうじゃとクラス前に集まるようになったというわけだ。
復学したタイミングも、盛り上がりに拍車をかけていたように感じる。
これだけ聞くとかなり心配な出来事なのだが、ここでクラス内の女子たちが咲さんを守るように立ち上がってくれたのである。
どうやらクラスの男子たちが色めき立った瞬間から、その反応に嫌悪感を示していたようなのだが、野次馬が集まってきた辺りから女子たちは咲さんの為に一致団結したらしい。
あの可愛くて可憐な女子高生を、男子たちの魔の手から守るぞって。
いや、君たちも可憐な女子高生じゃん、というツッコミは流石に野暮なのでしなかった。
しかし、この時点でクラスの女子たちが咲さんに対して、よい印象を抱いているのだけはよく分かる。まあ、あの咲さんに対して嫌な印象を持つ人はほとんどいないだろう。中学での出来事だって、ほとんど事故みたいなもんだったしな。
兎にも角にも、クラスの女子たちが色めき立つ男子高校生から咲さんを守るように立ち上がってくれたのは、こちらとしてもありがたかった。
好奇の視線に晒され続ければ、何かと変なトラウマを植え付けられるかもしれないし、咲さん自身にも被害が及ぶかもしれないからな。
それに一番心配だった、クラスに馴染めず孤立してしまうことも防ぐことができたようで一安心だった。これも偏に、咲さんを守るべく立ち上がってくれた女子たちのお陰である。
咲さんも変に目立つタイプでもなく、もてはやされて調子にのるタイプでもないので、その性格も相まってクラスメイトの女子たちの心をつかんだのかもしれない。これで逆に調子にのるようなことがあれば、咲さんはクラスの女子から総スカンをくらっていたことだろう。
事実咲さん本人は、周りの盛り上がりにかなり困惑してたからな。
「咲ちゃんに変な虫がつかない様に、アタシが守ってあげなくちゃ!」
「確かにな。まあ、だけどこれですぐ夏休みに入るわけだし、取り敢えずは盛り上がりも沈静化するんじゃないか?」
「そうだといいんだけどね~。まあ、奏ちゃんもいるから大丈夫でしょ!」
舞の言う通り、奏さんの目の黒いうちはきっと大丈夫だろう。今も、咲さんといる時は眼光鋭く男子生徒ににらみを利かせているし。
その姿が若干、可愛く見えているのは内緒。
「ところで今日は咲ちゃん、部活には来ないの?」
「今日は午後から補講だから厳しいって。ほんとは、入り浸りたいって言ってたけど」
「取り敢えず、この部活を気に入ってくれたみたいで良かったよ」
今の会話の通り、咲さんは既に俺たちの部室へも顔を出していた。
入った瞬間、咲さんは『落ち着く……』と呟いていたので、気に入ったという先ほどの言葉は俺たちに気を遣ったというわけではないだろう。それに、散々好奇の視線に晒されてきた後だったしな。
ちなみに、「ここは何をする部活なんですか?」という質問は適当に誤魔化しておいた。だって、ちゃんとした活動なんて何一つ行ってないんだから、答えようがない。部長である舞も、視線を逸らしつつ適当な部活内容を話してたくらいだから。
ま、いずれ咲さんもこの部活の実態に気付くことだろう。特に何をするでもなく、ただただ遊んでいるだけという実態に。
「ここなら変な人たちの視線も入らないから、咲ちゃんも気軽に休めるしね。家と同じくらい落ち着くって言ってたよ!」
「家と同じは流石に言い過ぎかもしれないけど、ここには私と奏ちゃん、それに亮しかいないからね。それこそ気心の知れた人間しかいないわけだし」
「ただ、しばらくの間は部室に入る時は気を付けたほうがいいかもな。誰かに見られて噂になってもあれだし」
「確かに! これから部室に入る時はめちゃくちゃ周りを見るようにしないと!」
「亮はこの状況が見られたら、男子たちにボコボコにされそうね」
「怖いからやめて……」
だから、最近はこの部室に入る時、めっちゃ気をつけてるんだから。俺にその気がなくても、周りから見れば学校でも指折りの美少女たちと一緒に部活動をしているわけだからな。
私怨で後ろから刺されてもおかしくない状況である。
「ところで、咲ちゃんは部活もだけど、明日の球技大会はどうする予定なの?」
「球技大会の時間も補講だって~。『参加したかった!』って言ってたよ」
「残念だけど、咲さんの活躍は2学期に期待だな。ちなみに、咲さんの運動神経は?」
「アタシと同じくらいだよ! 咲ちゃんもあたしと同じで、バスケ経験者だしね!」
「姉妹揃って可愛くて勉強もできて、運動神経もいい……ハイスペックすぎるでしょ」
運動も勉強もできない(だけどめっちゃ可愛い)舞が驚愕のあまり、慄いている。確かに、何でもできるってハイスペックにもほどがあるな。器用貧乏な俺に、1つくらい才能を分けてほしいものである。
「バスケはアタシ含めて経験者も多いし、優勝目指しちゃうよ!」
「おぉ~。かなり本気だな」
「ソフトボールはどんな感じ?」
「一回勝てれば御の字ってところ」
「なによ、結構弱気ね~」
「そういう舞の卓球はどうなんだよ?」
「ストレート負けしないことが目標よ! 1点でも取る!」
「なんて低い目標!!」
低すぎる目標に愕然とするしかなかった。卓球でストレート負けって中々見ないぞ……。しかも、1点も取れないとか逆にあり得ないんじゃ?
「ソフトボールは輝君がいても、結構苦しいんだ」
「全員が全員、経験者じゃないからな。輝におんぶにだっこでも、限界はあるだろうし」
「それは、致し方なしだね。まあ、アタシとしては亮ちんの活躍が見れれば十分かな?」
「プレッシャーをかけないでくれ……去年参加したとはいえ、実質は小学生以来なんだから」
「そうは言っても、きっと亮は本番に強いから、ホームランの1本や2本、簡単に打ってくれるわよ!」
「そっか! それなら楽しみだね!」
「お前ら……覚えてろよ」
あははっと笑う二人に恨み節を飛ばしたところで、帰宅時間を告げるチャイムが部室に響いたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日。
今日は以前から話していた球技大会の日だった。各々がそれぞれの競技に参加する中俺もその例外に漏れず、現在、ソフトボールの試合中。
「亮~、チャンスだからタイムリー頼むよ!」
「戸賀崎、今こそオタクの本気を見せる時だ!!」
「今こそ相手に見せてやれ、ラノベ大好き打法を!」
そして、俺は今、バッターボックスに立っていた。背中にチームメイトから応援とも野次ともとれる声援を受けながら。というか、完全にいじられている。
(うるせぇよ! 気が散るから集中させてくれ。というか、ラノベ大好き打法とは!?)
ふざけた声援を飛ばしてるクラスメイトは後で問い詰めるとして、現在のスコアは3-3の同点。そして、チャンスという輝の言葉の通り、ツーアウトながらランナー満塁という絶好機だった。
一点でも取れればこちらが勢いに乗れるだろうし、逆に凡退なら相手に勢いが行ってしまう。まさにターニングポイントとなる打席だった。
ちなみに、俺は7番ライトで出場しているのだが、今日のここまでの打席は3タコ。全てが内野ゴロという惨憺たる内容に終わっていた。流石にここでタイムリーを打たないと戦犯となってしまう。
それに、昨日二人にいじられた分、俺だってやれるんだという姿を見せないと。いじられただけで終わる、情けない男になってしまう。
まぁ、肝心の舞も奏さんも今はグラウンドにいないんだけどな。あの後分かったのだが、俺達3人の1試合目がもろ被りしていたので見に来れないということだった。
……俺としてはプレッシャーが減って助かったんだけど。
(だとしても、流石にこのチャンスで打てないのはまずい。一応、ソフトボール経験者で通ってるから、その面目も丸つぶれになっちまう……)
かなり気が散っているが何とか際どいコースを見逃しつつ、カウントは2-2。相手も満塁で3ボールになるのは嫌だろうから、次はストライクを取りに来る……はず。
一度バッターボックスから離れて間を入れる。深呼吸を繰り返したのち、俺は再びピッチャーに向かってバットを構え直す。
相手ピッチャーがキャッチャーのサインに頷き、投球モーションへ。腕を一回転させ、勢いよく放たれたボールは、俺が最も得意としている外角高めに。
(きたっ!!)
俺は迷いなくバットを振り切ると、カキンッという乾いた打球音がグラウンドに響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……ふぅ」
「お疲れ、亮」
「っと……誰かと思ったら舞か」
ソフトボールの全試合終了後、俺はグラウンド外の水道で顔を洗っているところだった。そんな俺の背後から声をかけてきたのは舞。
「見てたわよ、1試合目。大活躍だったじゃない」
「……大活躍って、バカにしてるだろ?」
「してないわよ。だって、亮が打ったおかげで1試合目は勝てたわけでしょ?」
「そりゃ、確かに打ったけどさ……あんなぼてぼての当たり、嬉しくねぇよ」
そう、先ほどの試合。俺は決勝点となるタイムリーを放ち、1試合目をものにしていた。
ただし、ぼてぼてと言っている通り、タイムリーを放ったには放ったのだが、それは内野安打としてだった。しかも、サード手前にぼてぼてと転がったラッキーもラッキーなヒット。
転がった場所が良かったとしか言いようがない、そんなカッコ悪い一打だった。
「というか、いつから見てたんだよ? 少なくとも、俺からはどこにいたか分からなかったけど」
「ちょっとだけ離れた位置で見てたからね。見始めたのは卓球の試合が終わってからあだから、3回の途中からかしら?」
「3回の途中って結構早いけど、卓球の試合ってそんなに早く終わるもんなの?」
「接戦になれば結構時間もかかるけど、私はストレートで負けたからあっという間だったわよ!」
「それは誇れることじゃないだろ……」
ストレート負けなら、すぐに俺たちの試合を観戦しに来れるのも納得だな。しかし、卓球でストレート負けってあんまり聞いたことないけど……。
「それなら余計に、ちゃんとしたヒットを打ちたかったな」
「まあまあ、ヒットはヒットなんだからもっと喜んでもいいと思うわよ。それに、守ってるときも普通にできてたし、私からしてみればそれだけでも拍手喝采だわ!」
「拍手喝采って……まあ、やったことない人からしてみればそうなのかもな」
「そうなのよ! だからこそ、2試合目あっという間に負けてたのは、ちょっと笑っちゃったけど」
「ありゃ仕方ない。相手のクラスに経験者が多すぎる」
「バスケの試合を終えて駆け付けた奏ちゃんも、『これで終わり?』って言ってたしね」
「面目ねぇ。せめて1試合目ならもっと楽しめただろうに」
奏さんに見せるなら舞と同じく、1試合目の方が間違いなく良かったな。戦力バランスもお互いに丁度良かったし、試合も接戦で手に汗握る試合内容だったし。
ちなみに、俺たちは既に2試合目も行い、そっちの試合は初戦の接戦が嘘のようにボロ負けした。
さっきも言ったけど、相手にソフトボール経験者と野球部が揃っていたのが運の尽きだった。俺のような文化部も普通に入ってる俺たちのクラスで勝てるわけがない。それはもう、完膚なきまでにボコボコにされました。コールド負けだったから、試合自体もめっちゃ短かったし。
俺たちのチームは野球部でもある輝がピッチャーをやっていたのだが、本業は野球。逆によく、平然とソフトボールを放ることができるなって驚いたほど。その輝のボールを普通にヒットにされるもんだから、相手チームの実力は相当なものだった。更に、相手ピッチャーはソフトボールの経験者で、あまりの球速に俺たちのバットはほとんど空気を切るはめに……。
俺も一応ソフトボール経験者と話していたが、ピッチャー経験はなかったのでピッチャーを任されることはありませんでした。
まあ、チームとしては1勝できただけで大健闘と言ったところだったので、爽やかに試合を終えられたことが唯一の救いだろう。
「ところで、その奏さんは?」
「バスケは2試合目も勝って、今は3試合目を体育館でやってる頃だと思うわよ。2試合目は私も見てたけど、奏ちゃんがうますぎて……それこそ、谷沢を超えるくらいの逸材かと見間違えるくらい」
「お前は安〇先生かよ」
そんなに無双していたのなら俺も見たかったな。まあ、今は2試合もやって疲れてるからどこかで休みたい気分だけど。
「ところで、亮はこの後何する予定?」
「昼も近いし、昼めしを食べながらどこかで休憩しようかなって。球技大会は午後もあるけど、試合もないから実質午後は休みみたいなものだし」
「それならさ、私休憩するのにいいところ知ってるから、そこで一緒に休憩しない?」
「別にいいけど、そんないいところなんてうちの学校にあったっけ?」
少なくとも俺の知ってる限りでは記憶にないんだけど……。しかし、舞は自信満々の様子だ。
「それは着いてからのお楽しみ。じゃあ、行きましょうか」
特に断る理由もないし、静かに休めるのならどこでもいいや。俺たちは一度お弁当と取りに一度教室へ。
ほとんどの生徒がグラウンドや体育館などにいるせいか、普段なら騒がしいはずの廊下や教室も、今はしんっと静まり返っている。普段ならばあり得ない、少し珍しい光景だった。
誰もいない教室内からお弁当の入ったランチバックを手に持ち、同じくランチバックを持った舞の後を再び付いて行く。
しばらく付いて行くと、舞が行こうとしている場所の検討が何となくついてきた。今俺たちのいる校舎は5階建てで、現在はその5階に向かって上がっていく階段を歩いている最中だ。
しかし、5階には特別、休憩に適している空き教室などはない。そもそも、5階は1年生の教室のみがある階だからな。舞もまさか、こんなところで休憩したりはしないだろう。というか、俺たちは完全に部外者に夏から落ち着いて休憩もできないし。
ただし、先ほどのこの校舎は5階建てと話したが、実を言うと5階から更に上階に上がる階段も存在する。その階段は普段使われることもなく、生徒たちにとっては完全に忘れ去られた存在。多分、先生たちも忘れていることだろう。
その階段を上りきった先にある場所というのが――。
「ここよ!」
「何となく見当は付いてたけど……ここって、屋上の入り口だよな?」
「そう! ここなら誰にも邪魔されずに休憩できるでしょ? 昔から入ってみたいと思ってたけど、今日なら丁度いいかなって!」
「いや、確かに邪魔はされないだろうけど……屋上って生徒が勝手に入っていいんだっけ?」
「学校側からは特に何も言われてないし、多分大丈夫でしょ!」
「えぇ……」
それは本当に大丈夫と言えるのだろうか? しかし、学校から何も言及がないのなら、確かに何とでも言い訳できるかも……。
「ま、まあ、先生たちもこの屋上の存在忘れてるみたいだから、モーマンタイよ。それに今は球技大会中だから、余計にこんな所にまで目を光らせないわ」
「そりゃそうだけど……まあいいや」
反論するのも面倒になったので、俺は舞に従うまま屋上へつながるドアの扉を開ける。というか、普通にここの扉の鍵開いてんだな。何ともガバガバなセキュリティ。
なんて思いながら扉の外に出ると、結構な陽射しの量を感じて思わず目を細める。流石、5階建て校舎の屋上なだけあるな。
「んん~、日差しは強いけど風が気持ちいいわね」
「日陰に行けば結構涼しそうだな。あの辺とか、ちょうど影になってるからそこに行こうぜ」
俺が指差した先には丁度いい感じに建物の影になっている場所。あそこであれば、少なくともここよりは快適に過ごせるだろう。
流石に、ここでずっと夏の日差しを浴び続ければ、熱中症になってしまう。
建物の影まで移動し、二人並んでその場に座る。丁度肩が触れるか、触れないか。そんな距離。
しかも、隣にいる舞は普段の制服ではなく体操服姿。体育は男女で別れているため、普段はこんな至近距離で舞の体操服姿を視ることはない。制服以上に、身体の凹凸がはっきりとするその姿に、俺は思わずごくっと生唾を飲み込む。
それだけでも十分刺激的なのに、短パンの下から伸びる健康的な生足がこれまた俺の理性を溶かすように誘惑してくる。特にチラッと見える肉付きのよい太腿はこれまた魅力的で……。
「ん? どうかした?」
「い、いや、何でもないよ」
首を傾げる舞に、俺は慌てて太腿から視線を逸らす。あ、危ない危ない。視線がバレていたら危うく変態認定されるところだった。
変に緊張しているのが伝わる前に、俺は急いでランチバックに手を伸ばす。
「さて、じゃあ食べますか」
「うん……って、亮のお弁当。コンビニのおにぎりだけ?」
「ん? そうだけど」
俺がランチバックの中から取り出したお弁当(おにぎり三つ)を見て、舞が若干怪訝そうな表情を浮かべる。
俺から見ると特に気になるところはなかったのだが、舞は一体何に引っかかったのだろう?
「なんか、おかしい?」
「いや、高校生のお弁当がそれってなんだか味気ないかなって」
「母さんが忙しくてお弁当が作れないときは、基本的にこんな感じなんだよな~」
一つ目のおにぎり(チャーハン握り)を口にしながら答える。ラノベ作家としての仕事が落ち着いている時はお弁当を作ってくれるけど、今は丁度アニメ化もあって忙しすぎる時期だからな。毎日、お弁当を作る時間もないくらいに。
まあ、俺としても本業を頑張ってほしいから、お弁当を用意できないことに対する不満は特にない。母さんは、母親として子供にお弁当を作ってやれないことを若干気にしてるみたいだけど。
「忙しいのはしょうがないかもしれないけど、おにぎりだけじゃなくておかずも買ったらいいのに」
「あんまり気にしたことなかったな。俺としては食べられれば十分って感じだったし。それに、最近のコンビニおにぎりは美味しんだぞ?」
「美味しいのは分かるけど、それだけじゃ栄養も偏っちゃうわよ? ……あっ、そうだ! 私のお弁当のおかず、良かったらあげようか?」
「そりゃ、貰えるのならありがたいけど、舞の食べる量が減っちゃうんじゃ?」
「別におかずの一つや二つ、食べなかったところで特に関係ないわよ」
そう言いつつ、舞は自身のお弁当箱の蓋を取る。お弁当の内容は唐揚げや卵焼き、彩にミニトマトといった、お弁当を表すならこれ! という中身だった。
しかし、揚げ加減や焼き加減も完璧でものすごく食欲をそそるおかずたちだ。これだけ見ても、舞のお母さんは料理が上手なんだなと分かる。
うちの母さんも別に下手じゃないけど、ここまではうまくないし。
そんなお弁当箱の中から舞はお箸で唐揚げを摘む。恐らく、この唐揚げを俺に暮れうのだろう。正直、一番おいしそうだなと感じていたのでとてもありがたい。
しかし、舞が箸で摘まんでいるということは、これっていわゆるアレをされるということだよな? マンガとかラノベとかでしか見たことのない、アレを。
そして舞は箸で摘まんだ唐揚げを俺の前に差し出すと、
「はい。あーん」
「……別に自分で食べられるから」
「いいからいいから。ほら、欲しくないの? とってもジューシーで、美味しい唐揚げ」
「ぐっ……」
目の前で挑発するような笑みを、唐揚げ越しに浮かべる舞。くそっ、あーんされるのは恥ずかしいが、この唐揚げを見逃すのはもっと惜しい。
心の中で葛藤を繰り返した結果、
「……あ、あーん」
「はい、あーん。ふふっ、どう? お母さん特性の唐揚げのお味は?」
「……うまい」
「それなら良かったわ」
ニッコリと笑顔を浮かべる舞に、更に恥ずかしさが増してくる。しかし、唐揚げが美味しいのは紛れもない事実なので、恥を忍んであーんをされたかいがあったというもんだ。
「……もう一個欲しい?」
「いや、もう大丈夫」
「そ。ならいいけど」
くそ、舞の奴絶対からかってやがる。彼女の口元がニヨニヨを抑えきれていない。
その後は特にからかわれることもなく、お互いに持ってきたお弁当を食べ進める。そして、あらかた食べ終えたところで
「……ところで亮って、夏休みの予定はどんな感じなの?」
「どんな感じと言われても……基本的にはバイトしてるか家でのんびりしてるかだと思う」
「バイトか家にいるだけって……亮って本当に花の男子高校生なのよね?」
「そりゃ、もっと遊んだほうがいいかもしれないけど、仲いい輝はほとんど部活なんだよな~」
仲のいい友達が輝くらいしかいないので、彼が部活だとマジで遊ぶ人がいない。……何だろう、目から汗が。
「……亮。夏休みは私たちが沢山ゲームで遊んであげるからね」
「……ありがとう」
そして、涙目で舞に同情される始末。しかし、それを否定できるだけの友達がいないのも事実なのでしょうがない。彼女の言う通り、ゲームで沢山遊んでもらおう。
「あっ、だけど、ゲーム以外でも俺達遊びに行くじゃん」
「奏ちゃんの別荘のことよね? 最初聞いた時は、私の聞き間違いだと思ったけど」
「俺も。まさか、こんな身近に別荘を持っている友人がいただなんて、驚きを通り越してもはや驚けなかったな」
奏さんの別荘とは、名前通り奏さんのご両親が保有している別荘の事だった。何でも奏さんのお母さんのお父さん、つまり祖父母にあたる人が別荘を持っていて、現在はその管理を奏さんのご両親がしているとのこと。
管理をしている間は自由に別荘が使えるらしく、小鳥遊家では長期休暇中よくこの別荘を利用して疲れを癒していたらしい。
ただし、咲さんが引き籠ってしまってからは使う機会がなく、管理だけをしている状態になっていたようだ。
しかし、咲さんは無事に引き籠りから脱却し、学校に通えるようにまでなった。そしてその手助けをした俺たちへのお礼も兼ねて、奏さんのご両親は俺と舞を別荘に招待してくれたというのがここまでの流れである。しかも、その話を聞いたのは昨日のゲーム中。
あまりに突然のお誘いに、俺と舞はしばらく言葉を失って相手チームにボコボコにされたのは記憶に新しい。だって、いきなり過ぎて別荘って言葉が全然入ってこなかったんだもん。
「お礼をしたいとは聞いてたけど……お礼の規模が違ったわね」
「うんうん。俺もてっきり家に招待されてご飯でも振る舞ってくれるのかな、程度に思ってたし」
しかも、別荘がある場所は海の近くらしく、海水浴をすることももちろん可能。更に、あまり人が来ない穴場のスポットらしく、人目にさらされることなくゆっくりできるというおまけつき。
小鳥遊家では夏にこの別荘を利用するときは、海水浴もセットで楽しんでいるらしい。まあ、これだけの条件が揃っていて海に入らないという選択肢はないよな。
きっと今回も海に入るだろうから、新しい水着を新調しておかないと。まさか、学校指定の水着で入るわけにもいかないしな。
「BBQもしてくれるみたいだし、ほんと至れり尽くせりって言うか……逆に、こっちが気を遣っちゃうわよね」
「ほんとにな。まあ、今回は素直に奏さんの両親のご厚意に甘えるようにしようぜ。気を遣ったら、逆によくないかもしれないからな」
「……確かに亮の言う通りかも。楽しめる時に楽しまなきゃ損だもんね!」
謙虚なのは日本人の美徳でもあるのだが、謙虚すぎるのもよくないだろう。舞の言う通り、楽しめる時は存分に楽しめばいい。
「そうと決まれば、色々遊ぶものを揃えないと! トランプとかUNOとか、人生ゲームとか! 後はゲーム機とかアニメのBDとかかしらね?」
「いや、最後のは絶対にいらないだろ」
アニメのBDなんて持っていってどうする気なのやら。というか、外で遊ぶものが一つもラインナップにないのが舞らしい。ほんと、インドア派なんだな。
「……それで、亮は奏ちゃんたちと遊ぶ以外の予定ってないのよね?」
「何度も言わせないでくれ。悲しくなってくるから……」
いいんだ俺は。舞や奏さん、それに咲さんとゲームを出来るだけで十分幸せなんだから。特に、今回は一緒に別荘で遊べるというおまけつき。これ以上、何かを望んだら逆に罰が当たってしまうだろう。
「……じゃあさ、私と二人で遊ぶ予定を入れても大丈夫よね?」
「うん、それは全然大丈夫。バイトも言ってくれれば調整はできる……えっ? 今なんて?」
「だ、だから、私と二人で遊んでも問題ないわよねって聞いたの!」
聞き間違いかもしれないと思って聞き返したのだが、全然聞き間違いじゃなかった。
少しだけ頬を赤らめる舞に、俺は改めて確認の為に問い掛ける。
「ふ、二人って、俺と二人ってこと?」
「それ以外、誰がいるのよ!」
「い、いや、ちょっとびっくりして……だけど、いいのか? 奏さんたちも誘ったほうがより楽しめるんじゃ?」
「奏ちゃんたちとは別に遊ぶ約束はしてるでしょ。だから、良いの。それに、私が亮と二人きりで遊びたいって思っちゃ変?」
「べ、別に変ではないと思うけど……」
「それとも、亮は私と二人きりで遊びたくないとか?」
「っ! そんなことない! 俺も、舞と二人で遊びたいから。というか、これまでだってずっと二人で遊びたいなって思ってて……あっ!?」
やばい。勢いに任せて余計なことまで口走ってしまった。というか、醜い俺の願望が溢れ出てしまった。
舞と二人で遊びに行った事は一度だけある。しかし、それ以降特に二人で出かけるということはなく、ずっと頭の片隅で思っていたのだ。
もう一度、舞と二人きりで遊びに行きたいなと。舞は俺の好きな人だから一緒に過ごしたいのは当然だし、あの時よりも今の方が舞と仲良くなれたと確信している。
しかし中々誘うタイミングがなくて……いや、俺がヘタレなだけで誘えなかったのだ。だからこそ、今回まさかのお誘いに思わず口が滑ってしまったというわけだ。
聞き直したとはいえ、このタイミングを逃すわけにはいかないと。
口を滑らせた俺を見て舞は少しだけ驚いたような表情を浮かべる。しかし、それもすぐに引っ込めると、
「ずっと、二人で遊びに行きたいって思ってくれてたんだ」
そう言って少しだけ「ふふっ」と微笑む。その頬笑みは正直、見惚れてしまうほど綺麗だった。
「うぐっ……」
「ねぇねぇ、いつからそう思ってくれてたの? 前にコラボカフェに行ったあとから? それとも、また別のタイミングで?」
「べ、別にいつでもいいだろ。というか、今のは口が滑っただけだから」
「だけど、ずっと思ってくれてたからこそ、口が滑ったんだよね~?」
俺の失言を楽しそうにいじってくる舞。しかも、本質までついてくるもんだから、言い訳も簡単にできない。
「とにかく! さっきのは口が滑ったんだ! それ以上でもそれ以下でもない!」
「ふぅ~ん。まっ、今回はその言い訳で納得してあげる」
「言い訳じゃないから!」
完全に手玉にとられ、俺は顔を赤くしながら言い訳のような言葉を並び立てるしかない。というか、舞には言い訳だってバレてるし。
くそ、まさかあんな風に口を滑らせるだなんて思いもしなかった。舞と一緒に二人で遊びに行けることに比べれば、大したことはないのかもしれないけど。
「だけど、良かった。私と一緒で」
「ん? 一緒?」
「ううん、何でもないわよ。それよりも、いつにしようかしら? 亮はダメな日とかある?」
「言ってくれればバイトは調整するから、舞の空いてる日で大丈夫だよ」
「分かったわ。ちなみに、行きたい場所はこっちで決めて大丈夫?」
「むしろ、そっちの方が助かるよ」
「了解! もう、行きたい場所の候補はあるから、日付だけ決まったらまた連絡するわね」
というわけで、俺の夏休みの予定が一つ増えたのだった。罰が当たらないか、少しだけ心配だな。
ちなみに、この後は普通に屋上でだべって球技大会終了時間まで休憩してました。何気に、この時間が一番幸せだったかもしれない。
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