第29話 夏休みに入る前のわくわく感は異常
「え~、学生の本業は勉学であり、え~、夏休みだからといって、え~、自堕落な生活を、え~、送ることなく、え~……」
球技大会も無事に終了し(うちのクラスは奏さん率いるバスケットボール組がベスト4に入っていた)、現在は終業式の真っ最中であった。そして、冒頭の会話はうちの校長先生のありがたいお話。
ちなみに、うちの校長は話が長いことと、途中で「え~」がよくはいることで有名(なお、うちの高校だけ)。別に悪い人じゃないし、結構自由な校風になっているのもこの人のお蔭なので、一概に否定はできないのだが……ほんと、話はめちゃくちゃ長いのでそれだけは勘弁してほしい。
「ふわぁ……」
思わず出てしまったあくびを何とか噛み殺す。いやだって、今の話3回目のループだから飽きちゃって……。
というか、あくびをしてるのは俺だけでなく多分、他の人も一緒。特に先頭付近で話を聞いている舞の頭がカックンカックンなっているので、あいつは今頃夢の中にいることだろう。
そもそも、現状、全校生徒の過半数以上が心ここにあらずという状態で校長の話を聞いていた。それもそのはずで、明日から高校生の中では特に長い夏休みが始まるのだ。楽しみで仕方のない生徒の頭に、校長のありがたい話は全く響いてないことだろう。
既に生徒の頭の中や休みの予定で埋め尽くされているはずだから、集中できないのも無理はない。かく言う俺も、夏休みが楽しみなので早く話が終わってくれないかなと思っている。
「亮ちん、めっちゃ眠そうだね?」
「いや、あの話を聞いて眠くならないやつの方がおかしいだろ?」
「確かに、めっちゃ言えてる。アタシも、『え~』の回数を数えるのに飽きてきたとこ」
小声で話しかけてきたのは、俺の隣で同じく話を聞いていた奏さん。比較的真面目に話を聞いていた奏さんも、あまりの話の長さに飽きてきてしまったようだ。
ちなみに、俺と奏さんは名字の関係上、出席番号順で並ぶと隣通しや前後になることが多い。終業式のような、出席番号順で並ばされるときは特に。
以前ならそこまで話すこともなかったのだが、今は隣の席だし、咲さんの一件もあったので、暇な時はこんな感じで話しかけてくれることも増えていた。
……そのたびに、一部の男子から睨まれるのは本当に勘弁してほしい。お前らが考えるような甘いことは全く……ないよ?
こうしてひそひそ声で話している俺たちだが、大声で話しているわけではなかったので、特に先生から注意されることはなかった。そもそも、校長の話を聞いている先生たちの顔も、明らかに早く終われよって顔になってるし。
俺たちは座って話を聞けるからいいけど、ずっと立ちっぱなしの先生にとってこの校長の話は特に気疲れするだろう。可哀想に。
「うちの校長せんせの話って、ほんと長いよね」
「そうそう。逆にあそこまで話しを長くできるのも一種の才能なのかもしれないけど」
「それって、何度も同じ話をループしてるからじゃない?」
「間違いない。多分、ループしてるのにも気づいてなさそうだし。俺、良いこと言ってるぜ感じに、悦に浸ってるのかもな」
「ふふっ、亮ちんってば意外と毒舌だよね」
「俺は客観的事実を述べただけだよ」
校長の長い話について、俺たちはひそひそと話し続ける。
不思議だけど、黙って聞いてるときより、誰かと話しながら聞いてる方が校長の話を聞くのも苦じゃないんだよな。まあ、当たり前っちゃ当たり前の話か。
「というか、まいまい。めっちゃカクンカクンってなってない? めっちゃ、面白いんだけど」
「なってるよな。半永久的に動く、水飲み鳥みたい。というか、俺はあんなに前の方で堂々と眠れる舞の胆の座り方が凄いと思うけどな」
「まいまいって変なところで自分を貫いてるよね。それこそ、アニメとか漫画もそうだけど」
「オタクはいい意味でも、悪い意味でもマイペースだからな。まあ、そのマイペースぶりが世間とずれることも多いんだけど」
「それって、世間的に大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。大丈夫じゃないやつは、この世界から弾かれてくだけだから」
「それは大丈夫って言わないんだよ、亮ちん」
奏さんに呆れられたところで、「それではみなさん、よい夏休みを」と長かった校長の話が遂に終了した。時間にして、30分くらいは話してたぞ。
今後は少なくとも10分程度にまで、話の時間を短縮してほしい。いや、マジで。
その後は、生徒会長から夏休みの注意事項や大会で活躍した生徒の表彰式などを挟み、終業式は無事終了した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「これでようやく夏休みね!」
そして、いつもの部室にて。
夏休み前のHRも終わり、俺たちはいつも通り部室に集まっていた。そして、今日は咲さんもいる。なんでも、終業式の日は補講がないらしい。その為、今日は部室に集まれたということだ。
まあ、明日からはこれまで通り補講があるらしいんだけど……。
「ほんとだね~。ちなみに、まいまいは成績どうだった?」
「……じゃあ、今日は夏休みの予定を再確認しましょうか!」
「露骨に話を逸らしやがった」
奏さんから振られた成績についてという話題を華麗にスルーする舞。夏休みを前に、これ以上勉強や成績の話をしたくないという意思表示かもしれない。
ちなみに、俺の成績は特に可もなく不可もなくという感じ。奏さんの成績は隣通しなので見せてもらったけど、流石というべきか。めちゃくちゃ優秀だった。
見た目が派手なので勘違いしがちだけど、テストの成績も普通によかったから成績が良くなるもの普通の流れである。
一方、舞はテストの成績がイマイチなので、総合した成績も微妙なのだろう。だけど、先生受けは抜群なので、滅茶苦茶に悪いということもないはずだ。俺からしてみれば、それだけでも羨ましい限りである。
まあ、テストや成績表を見せたい見せたくないは人によるので、奏さんもそれ以上追及することはなかった。
「改めて、予定の確認だけど……まあ、奏ちゃんの別荘に行く以外は、基本的にゲームをやってるだけなんだけどね」
「予定の確認とは? まあ、確かに舞の言う通りか。別荘に行く予定も日が近づいていたら、改めて確認すれば問題ないだろうし」
「だけど、夏休みにゲームをみんなで楽しむのは基本的、夜になるわね。咲ちゃんの補講に合わせてやらないといけないから」
「す、すみません。私の予定に合わせてもらっちゃって」
咲さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「ううん、いいのよ。むしろ、夜だけにしないと、一日中ゲームをやることになってたかもしれないから」
「確かに、舞ならやりかねないな。というか、夜しかやらないって言ったけど、夜遅くまでゲームをしたんじゃ、大して変わらないだろ」
「そこは流石に善処するわよ。というか、そういう亮だって一日中ゲームを楽しむこともあるでしょ?」
「いや、俺は一日中、ゲームはしないぞ。だってゲーム以外にもマンガ読んだり、アニメをみたりしないといけないからな」
「それって、まいまいと何ら変わらないんじゃ?」
オタクではない奏さんからツッコミが入るも、オタクにも色々なタイプがいるから一緒にしないでほしい。
特に、俺は一日中ゲームをできるタイプのオタクじゃないわけだから。そもそも、一日中テレビの画面とか見てると気持ち悪くなってきちゃうんだよね。だからそういう時は、紙媒体である漫画とかに逃げている。
「というか、もう少し二人は外に出て遊ばないと! 部屋にこもってばかりじゃ、身体にカビが生えちゃうよ?」
「大丈夫。コンビニにジュースとか、お菓子とかを買いに外に出るから」
「それは、外に出てるとは言えないよ! ねっ、まいまい?」
「…………そうね」
「えっ? もしかしてまいまいもそっち側!?」
「そっち側って、まるで俺たちが変な奴みたいじゃん」
失礼な話だ。外に出て何かをするだけで、散歩と一緒。陽の光を浴びているのだから、何も問題ないはず。
しかし、奏さんから見たら俺たちは異端者らしい。
「アタシからみたら十分、変な奴だよ! もちろん、ゲームやアニメを見るのは全然問題ないんだけど、それを一日中ってのがアタシにはできないって話」
「うーん、正直、普段の休みでもどこかに出掛ける用事がなければ引き籠ってるから、今回ばかりは奏ちゃんに賛同できないわね」
「俺も同じく」
「……わ、私も舞先輩たちの気持ち、少し分かるかも」
「さ、咲ちゃんまで……うえーん、味方がいないよう」
最大の理解者であるはずの咲さんまでこちら側に回り、奏さんの味方が一人もいない状況になっていた。しかし、それも仕方のないことだ。
一致団結したときのオタクは強い。それは古の時代から言われてきた事。覆しようがない事実なのだ。
しかし、そんな俺たちに向かって涙目の奏さんはビシッと指を突き付けてくる。なんだなんだと思ったら、勢い任せに咲さんが口を開く。
「そんな怠け者の3人には、アタシから罰を与えようと思います!!」
罰。それは悪いことをした時に対して懲らしめることを指す。しかし、外に出ていないことが罰と捉えられるほど、悪いことなのだろうか?
これが許されるのなら、世界にはもっと罰を受けたほうがいい人が多くいるはずだ。しかし、そんな理屈を許してくれる奏さんではない。
「罰って、別に私たちは悪いことしてないわよ。というか、怠け者と私たちを一緒にしないで頂戴!」
「そうだそうだ。横暴だ~。俺たちは怠け者なんかじゃないぞ」
「問答無用! 三人とも、この後ってなにも用事はないよね?」
俺と舞の抗議は、何の意味もなさなかった。奏さんにこの後の予定を確認され、俺達3人は顔を見合わせる。
確かに、今日は奏さんの言う通り特に予定は入っていない。舞と咲さんも表情から察するに、俺と同じく予定は入っていないとみられる。
「その反応なら、3人とも大丈夫そうだね。というわけで、お昼ご飯を食べ終えたらある場所に行こうと思います!」
「ある場所って、どこにいくんだ?」
「その場所とは……ラウンドワンです!」
奏さんの口から出てきたのは『ラウンドワン』という言葉。
ラウンドワンとは、様々なスポーツやカラオケなどが楽しめる屋内型レジャー施設総称である。
ボウリングや卓球、はたまた大きいところになるとテニスやバスケなども楽しめるため、身体を動かすにはうってつけの施設だった。
また、高校生や大学生の暇をつぶすにはもってこいの施設でもあり、とにかく暇があればラウンドワンに行く学生も多い。お金を払っていく、学生の憩いの場所。こう言い切っても過言ではないだろう。
といった感じの施設であるため、奏さんは俺たちをラウンドワンに誘ったと思われる。そう言えば、奏さんはいつの日か、俺たちと一緒にラウンドワンに行きたいとか言っていたような……。まさか、ここで伏線が回収されることになるとは。
「ラウンドワンね。そう言えば駅の近くに新しく新設されてた記憶が……」
「そう、まさに今、亮ちんが言った通り。駅前に新設されたラウンドワンに行きたいと思います! あそこなら一通りのスポーツが楽しめるからね。やっぱり、引き籠ってないで身体を動かさないと!」
「え~……」
「まいまい、あからさまに嫌そうな顔をしない!」
運動神経のあまりよくない舞は、ラウンドワンという言葉を聞いて嫌そうな顔で反応している。
一方、咲さんは特に嫌がっている様子は見られない。むしろ、若干目が輝いているので、舞と違っていきたい側の人間と見受けられる。まあ、長いこと引き籠ってたし、そう言った学生御用達の施設に行きたいって気持ちも分からなくもないけどな。
俺も俺で行った事はないので、ちょっとだけ楽しみな気持ちが勝っていた。……友達が少ないねとか、野暮なツッコミはしない様に。
「俺は別にこの後予定もないし、ラウンドワンでいいけどな」
「うそ……亮はこっちの味方だと思ってたのに」
「別に、やるにしても遊び程度だろ? それなら俺でも大丈夫かなって」
部活動のように本気でやるならまだしも、俺たちがやるのはお遊びのようなものだ。勝っても負けても誰かに責められることはないし、このメンバーなら確実に楽しんで終われるだろう。
それに、運動神経抜群の奏さんだってある程度、手を抜いてくれるだろうから、問題なく楽しめるはずだ。
「そうそう! アタシもスポーツが出来るからまいまい達に見せつけたいわけじゃなくて、単純に外で身体を動かす楽しさを再確認してほしいから誘ったの!」
「うぐぐ……だけど私、あの施設行った事ないし」
「俺だって言ったことないから安心しろ。というか、そんなに身構えなくても大丈夫だろ。体力がないって言っても、あそこにはスポーツ施設以外にもビリヤードとかゲームセンターとかも併設されてるから、疲れたらそっちで遊べば問題ないと思うし」
「他にもボウリング場だってありますから、舞先輩も十分楽しめますよ!」
一人乗り気でない舞に、俺と咲さんから助け舟を出す。俺たちの言う通り、あそこはスポーツ施設だけではなく、他にも楽しめる場所が多い。
飽きたり疲れたら別の施設で遊べるってのも、ラウンドワンのいいところだよな。まあ、俺は今回初めていくんだけど。
「それに引き籠ってばかりだと心配じゃない。……お腹のお肉とか?」
「っ!?」
そこで咲さんが何やら舞へコソコソと囁く。その囁きを聞いた瞬間、舞の顔が一瞬青ざめ……何かを確認する仕草をした後、「ごほんっ」と咳払いをする。
「……ま、まあ、奏ちゃんの言うことはよく分かったわ。皆がそこまで言うのなら。だけど奏ちゃん。ほんとに手加減してね? 私の運動音痴は筋金入りだから」
「分かってるって! これでも相手に合わせて力加減を調節するのは得意だから!」
結局、俺たちの説得に折れた舞は奏さんの提案通り、ラウンドワンに行くことを了承してくれた。これで一安心である。
奏さんの囁きが功を奏した形になったと思われるが、一体奏さんは何を囁いたのだろうか?
しかし、筋金入りの運動音痴って言うのが未だに納得できないんだよな。卓球だって、ストレート負けだと舞は言ってたけど、実際の場面を見たわけではないので、にわかに信じられないし。
「よしっ! そうと決まれば、ちゃっちゃとお昼ご飯を食べて、ラウンドワンへレッツゴーだよ!」
俺の疑問を他所に、奏さんがやる気満々といった感じで右手を上げる。これは相当楽しみにしてる感じだな。若干、微笑ましい。
というわけで、俺たちはお昼ご飯もそこそこにラウンドワンへ向かうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よーし、着いたね!」
「おぉ~、めっちゃ広わね」
「確かに。想像してたよりもよっぽどの広いな……」
そして、お昼ご飯を食べ終えた俺たちは目的地であるラウンドワンへ。到着してみて思ったことは、想像していたよりも広い施設だったということ。
隣の舞も驚いた様子で目の前の建物を見上げている。
「ネットで新設されたってのは知ってましたけど、こんなに大きかったんですね」
「ふふっ、三人して同じ反応してる。ほら、ボーっと立ってないで早く受付済ませちゃお!」
三人して、目の前の建物を見上げていると奏さんから最速がかかり、俺たちも彼女に続けて施設の中へ。
遊ぶ内容とかは完全に奏さんにお任せだ。というか、奏さん以外来たことがないので、どんな内容を選べた良いのか、そもそも分からないしな。
パック内容を選んでいた奏さんが戻ってくる。
「取り敢えず3時間パックにしといたよ。これでも十分だと思うから」
「よく分かんないけど、奏ちゃんが言うのなら間違いないわね」
俺も舞に同じで取り敢えず頷いておいた。隣にいる咲さんもそう。
あれ? 俺たちって奏さんがいなくなると何もできない?
「じゃあまずは何からやる?」
「うーん、無難にテニスとか?」
「いいね! じゃあ、テニスにしよっか」
パック内容を見て、目についたテニスを答えると、特に三人から異論もなかったので、俺たちは手初めにテニスからプレイすることに。
丁度いい具合にテニスコートも空いていたので、俺たちはコート内へ。ラケットを確認しつつ、俺は三人にテニス経験の有無を尋ねる。
「ちなみに、三人はテニスの経験ってあったりするの?」
「ないわ」「ないよ~」「ないですね」
三人とも未経験のようだ。まあ、そういう俺も未経験なんだけど。あるとしたら、中学の体育の授業でちょっとかじったくらいだ。
軽くストレッチを繰り返し、ラケットの素振りを各自行う。
「よしっ、それじゃあはじめよっか。チームは……ちょうど4人だし、ダブルスでいい?」
「了解」
奏さんの発案でダブルスをすることに。チームは取り敢えず俺と舞、奏さんと咲さんと言ったチーム分けになった。
「……亮。足を引っ張ったらごめんなさい」
「いや、俺も初心者だからお互い様だって。というか、そんな気を遣わなくても大丈夫だと思うけど」
始まる前から自信なさげな舞。いつもの舞と違うので調子が狂うな。
テニス1つで、そこまで自信なさげにすることはないと思うんだけど……ラケットも大きいから適当に振っても問題なくあたるだろうし。
「じゃあ行くよ!」
なんて考えているうちに試合が始まった。
掛け声とともに奏さんがポーンとラケットでボールを弾く。そのままフワフワと山なりで飛んできたボールは舞の元へ。
あの感じは、大分手加減してくれたな。
「舞、頼んだぞ」
「は、はいっ!」
何故敬語? と思ったけど、多分緊張してんだろうな。そんな舞を視線にとらえると、案の定ガチガチに緊張している様子が見て取れた。部活動の公式戦初試合でも、あんなに緊張しないぞ。
あれではまともに当たらないんじゃ? というか、当たったとしてもどこへ飛んでいくか分からない――。
「ふんっ!」
俺の心配をよそに舞は、渾身の力を込めてラケットをふる。しかし、
「……あ、あれっ?」
おかしいと言わんばかりに、首をかしげる舞。それもそのはず。前に飛んでいったはずのボールが、舞の後ろを転々と転がっていたからだ。
(ラケットをふる時、めっちゃ目を瞑ってたな)
打つ時の舞を見ていたのだが、それはもうしっかりと目を瞑っていた。あれでは、捉えられるボールも捉えられなくなってしまう。現に、バウンドしたボールのめっちゃ上をふってたし。
しかも、ガチガチに緊張している身体でラケットをふれば、どこかを痛めてしまう恐れも……。
「ご、ごめん、亮……」
「いや、全然気にしてないけど、打つ時目を瞑ってたぞ?」
「えっ、嘘?」
「無意識かい」
まさかの気付いていないパターンだった。そんな彼女の様子を見て、反対コートの奏さんからも声がかかる。
「まいまい、大丈夫?」
「だ、大丈夫よ。それよりも、目を瞑ってたってほんとなの?」
「おう、それはもうバッチリ。あと、身体に力が入り過ぎてたから、なんかロボットみたいになってた」
「ろ、ロボット……」
やべ、ロボットという言葉に舞が若干傷ついたような表情を浮かべる。俺はありのままを述べたつもりだったが、言葉には気を付けないと。
「い、いや、それくらい力が入り過ぎてたって意味で……取り敢えず、今度はこっちから打ち返すから、まずは身体の力を抜いて、ボールをしっかり見て売ったらどうだ?」
「そ、そうね。確かに、ガチガチだった気がするし……」
そう言って舞は身体をほぐすように深呼吸を繰り返す。まあ、今のは1球目ってのもあったし、これで幾分か緊張もほぐれたことだろう。
「ボールを見て、とにかくボールを見て、ラケットをふる」
「一生懸命ボールを見るのはいいけど、今度はまた身体に力が入り過ぎてるぞ」
「はっ! 深呼吸深呼吸……」
「……ふふっ」
再び、すーはーすーはーと深呼吸を始めた舞に、俺は思わず吹き出してしまった。いや、だってここまで素直に言うことを実践する舞が面白くて……。
「ちょ、ちょっと! あまりに下手だからって、笑わなくても……」
「い、いや、違うよ。その、俺の言うことを素直に実践する舞が何だかおかしくて」
「だ、だって、しょうがないじゃない! ほんとに下手くそなんだから」
「そ、それは分かってるけど……ふふっ」
「また笑った!?」
顔を赤くして抗議の声を上げる舞に、再び噴き出してしまう。いや、だって……可愛すぎるだろ。
「……あの~、イチャイチャするのはテニスの後にしてくれませんか?」
「い、イチャイチャなんてしてないから!!」
そして反対コートから抗議の声が上がる。いや、あれは完全に呆れてる様子の声だ。咲さんは咲さんで、そんな俺たちを尊い表情で見つめている。
いや、何でそんな表情なんだよ? あと、俺たちに向かって手を合わせないで。俺たちを養分にしていいとは、一言も許可してないから。
「も、もうっ! 亮が笑うから変な感じになったじゃない!」
「ご、ごめんって」
「まったく……じゃあ、改めて」
どうやら今のやり取りでいい感じに力が抜けたらしい舞は、今度はしっかり目を開けてラケットをふりぬく。
ぽーんとこれまた山なりの軌道でボールが相手コートへ。うん、どこかへ飛んでいくこともなく、無事に相手コートへ打てたみたいで一安心だ。
ボールは咲さんの目の前に飛んでいき、
「えいっ!」
これまた可愛い掛け声とともに、咲さんは難なくボールを俺たちのコートへ打ち返す。初心者にしては奏さんと同様に、綺麗なスイングだ。むしろ、奏さんよりうまい気が……そして、綺麗な回転のかかったボールは俺の目の前に。
「ほいっ!」
中学時代にかじった知識を活かし、俺も何とかボールを相手コートへ返す。うん、取り敢えずへんてこなところへ打ち返さなくて安心した。これで空振りなんてしてたら、後で舞になんていじられるか分かったもんじゃない。
「よっと!」
そんな俺のボールを特段、苦戦する様子もなく打ち返す奏さん。ほんと、運動神経の塊みたいな人だな。
奏さんも咲さん同様、スイングも自然で、見る人が見たら経験者と見間違えるほど。そして、ボールは再び舞の元へ戻ってくる。
「舞、頼んだぞ!」
「わ、分かってるわよ」
今度は目を瞑らない様にラケットを構える舞。
「うりゃ!」
しっかりとラケットを振り切る舞。しかし、振り切ったラケットは芯ではない部分にあたったらしく、「べこっ」っと鈍い音が響く。
それでも何とか相手コートにボールは返っていき、舞は「やったぁ!」と歓声を上げている。恐らく、しっかりラケットを振り切ったことが功を奏したのだろう。
それに、どんな形でも相手コートに返せばテニスのルール上、何の問題もないのだ。
だからこそ、今度は俺の番だ。今ボールはまさに咲さんが打とうとしているところ。返ってきたボールをしっかりと打ち返して、何とかポイントを獲得して――。
「やあっ!!」
「っ!?」
威勢の良い掛け声とともに、ドライブのかかったものすごく速い打球が俺たちのコートに返ってきた。あまりの球速に俺は慌ててラケットをふるも、時すでに遅し。
気付いた時にはラケットをボールがすり抜け(ただ空振っただけ)、後ろのネットにボールがガシャンと当たっていた。
あまりのボールの勢いに、呆然とする俺と舞。そして、反対コートで「ナイス咲ちゃん!」と喜びの声を上げる奏さん。そして、照れたように頭を掻く咲さんの姿があった。
俺はぎこちない様子でボールを拾い、咲さんに改めて確認する。
「えっと……咲さんって経験者?」
「いえ、ほんとに未経験ですけど……昔、試合で見た選手の打ち方を頭にイメージしたらできました」
本人は謙遜しているが、普通の人にそんなことはできるわけがない。この姉妹、ほんと天才だな。改めて、そう思わざるを得ない俺だった。
ちなみに、その後はチームを変えながら普通にテニスを楽しみました(尚、小鳥遊姉妹のチームに俺たちはボコボコにされた模様)。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「いやー、久しぶりにめっちゃ遊んだね~」
ラウンドワンからの帰り道。先頭を歩く奏さんが大きく伸びをする。
テニスの後はバスケをしたり、ボウリングを楽しんだりしていた。正直、時間的にはあっという間だったので、これなら時間フリーにした方が良かったかもとは、もちろん奏さんの談。
一方、最初は散々渋っていた舞も、なんだかんだ楽しめたらしい。テニスも慣れないながら終始、笑顔でプレーしてたし、ボウリングも然り。何なら、ボウリングは普通にうまかったからな。
ただし、最後まで苦戦してたのがバスケットボールである。どうにも最後まで慣れなかったようで、シュートはおろかドリブルでさえも苦戦していた。
……舞には悪いが、ドリブルに苦戦する姿は個人的に今日一番面白かった。テニスでもロボットっぽい動きをしていたのだが、バスケはそれを上回る程の、ロボット感だったのである。それこそ、今思い返しても笑いが止まらなくなるほど――。
奏さんも同じく、バスケをする舞の姿を思い出したのか、笑いながら舞に話しかける。
「それにしても、まいまいのバスケ姿。めっちゃ面白かったよね?」
「うぅ……あの恥ずかしい姿は本当に忘れて」
「いや、あんな面白い姿無理だよ。というか、動画で保存済みだから、あとでグループラインに送信しとくな」
「おっ、亮ちんってば気が利くね~」
「ちょっと、絶対に送らないで!! というか、今すぐ消去して!!」
動画を消去すべく、手を伸ばしてくる舞から逃れるようにして、俺はグループラインへ件の動画を送信する。
「あっ、動画送られてきましたね。……笑っちゃいけないのは分かるんですけど、やっぱり面白いですよね。ふふっ」
「咲ちゃんまで……亮、いつか仕返しするからね?」
「その時はお手柔らかに。というか、俺だけかい」
涙目で睨まれても、全く迫力はなかった。むしろ、必死に威嚇する子猫のような可愛さを感じてしまったほど。この可愛さが見れたのなら、別にお仕置きされても問題ないや。
ちなみに、動画の一部始終をお伝えすると、
『ちょっ!? まいまいってば、ドリブルするだけなのにどうしてそんなガチガチなの!?』
『ちょっと待ってね。イメージトレーニングは完璧なのよ。そう、左手は添えるだけ』
『それはシュートのイメージトレーニングでは?』
『舞先輩。ス〇ムダンクの宮〇さんのドリブルを思い浮かべてください! あれができれば怖いものはありません!』
『いやいや、あれも大概難しいぞ。というか、常人ではできないぞ』
『……見えたわ!』
『見えるんかい』
そして、そのイメージトレーニング通り舞は勢いよくボールをバウンド(この時点で大分怪しかった)させ、
『へぶっ!?』
思いっきりバウンドしたボールを顔面で受け止めていた。
……とまあ、これが動画の一部始終である。これ以外にもシュートの時も結構面白かったのだが、本人のメンツのためにもこれくらいにしておこう。
「い、イメージは完璧だったのよ! イメージは!」
「そうだな。イメージは完璧だったんだよな。身体が付いてこなかっただけで」
「ちょっと、バカにしてるでしょ!?」
「大丈夫だよ、まいまい。初心者は皆あんな感じだから」
「うぅ、奏ちゃんの優しさが逆に辛い……」
純粋な優しさに舞が複雑な表情を浮かべながら涙を流していた。そうだよな。自分がみじめな時ほど、同情されると辛いよな。
しかしそこで舞は、「まあ、だけど」と呟き、
「こうして身体を動かすのも、たまにはいいものね」
と笑顔を浮かべるのだった。運動の苦手な舞が、それだけ楽しめたのなら十分じゃないだろうか? そういう俺も、時間を忘れて楽しめたし。
気分転換にはうってつけの施設だったのかもな。
「そうでしょそうでしょ? 身体を動かすのは良いことなんだから、めんどくさがらずにたまには外に出るんだよ?」
「奏ちゃんってば、なんだかお母さんみたい。まあ、出来るだけ善処するわ」
「いや、そこは『任せなさい』とかだろ」
「だって、無責任に毎日頑張るとか言えないじゃない? だから、ほどほどで十分なのよ」
「まあ、確かにそうかもしれないけどさ」
「……あとは、お腹にお肉が増えない程度にね」
「ん? なんか言った?」
「ううん、何でもないわよ。こっちの話」
何はともあれ、少しは外に出て運動する気になったらしい。俺も舞を見習って、今後は引き籠る時間を少なくしてウォーキングでもしようかな?
「さて、適度に運動もできたことだから、今日の夜のゲームもはかどりそうね!」
「えっ? 今日の夜も、ゲームすんの?」
「当たり前じゃない! ゲームは一日でも休むと腕が鈍るって言うから。それに夏休みはもう始ってるのよ? それこそ、有意義に時間を使わないと!」
「まいまいって、ほんと変な方向で変わらないよね」
終業式の時に話していた通りの姿に、奏さんがやれやれと言った感じに呆れている。しかし、そんな奏さんの姿を見ても舞は特に気にする様子はない。
「あっ、だけど奏ちゃんと咲ちゃんは疲れてたら無理しなくて大丈夫。強制参加は亮だけだから」
「えっ? ど、どうして俺だけ?」
「言ったでしょ、仕返しをするって。だから、亮だけは強制参加!」
マジかよ。仕返しがまさか、こんな早いタイミングで仕掛けられるなんて。正直、今日は疲れてるから早く寝たかったんだけど……。
「もちろん、途中休憩はなしでぶっ続けよ! それくらいの体力、亮ならあるわよね?」
「い、いやいや、流石に途中休憩くらいは……」
「ダメよ。私を辱めた罰なんだから!」
どうやら俺は舞の可愛い姿と引き換えに、今日の睡眠時間を犠牲にしないといけないらしい。くそ、今日は流石に早く寝たかったのに。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん? どしたの咲ちゃん?」
「舞先輩は仕返しって言ってるけど、あれって仕返しになってるのかな? むしろ、舞先輩が亮先輩と一緒に遊びたいっていうようにしか聞こえないんだけど?」
「しっ! 世の中には気付いてもスルーしたほうがいいこともたくさんあるんだよ。……目の前の二人のようにね」
「なるほど。流石お姉ちゃん」
なんか、小鳥遊姉妹が俺たちを見つめてコソコソ話してるけど……よからぬことを言われている気がしてならない。
というか、視線も生温かい感じがしないでもないような……。
「よしっ! そうと決まれば、今日はこの辺にしましょうか! 亮、後でメッセージ送るから、遅れないでよね?」
「しょ、承知した……」
しかし、小鳥遊姉妹に事の真偽を確かめる暇はなく、俺たちは解散となったのだった。舞の奴、得意分野になった途端、気合入り過ぎだろ。
ちなみに、ほんとにちゃんとゲームはやりました。それも夜中の2時くらいまで(自由参加だった小鳥遊姉妹も一緒に)。
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