第30話 誰かが好きだということを認めることは意外と難しい
「ねぇ、まいまい~」
「ん~? どうかした?」
夏休みに突入した最初の土曜日。その夜の事。
私たちは、いつもと変わらずインターネットを介して、ゲームを行っているところだった。
ただし、私たちと言っても亮はバイトのため不在。何でも、お盆に休みを取る関係で、入れるうちはバイトにはいってほしいと言われたらしい。
もちろん、今日のようにバイトにずっと入りっぱなしというわけではないのだが、それでも忙しいのは確かなようである(今日は早くバイトが終わればログインすると言っていた)。
そのため、今日は私と小鳥遊姉妹の三人でゲームをプレイしていた。
そして、会話は冒頭へと戻る。何やら訪ねてきた奏ちゃんに、私は相手に銃を構えつつ適当な返事で応える。
これで相手を打ち取れば、私たちのチームは勝利できる。既に奏ちゃんと咲ちゃんはダウンしているが、それは相手も同じ。つまり今は一対一の状況で、かなり緊迫した場面であった。
最初、私たちのチームは亮がいないこともあって今一つ調子が上がらなかったが、この勝利である程度持ち直すことができるだろう。
だからこそ、こちらに気付いていない相手へ慎重に照準を合わせて――
「まいまいってさ、亮ちんのこと好きだよね?」
「っ!?」
思いっきり照準がずれた。ゲーム内で空しい銃声が響きわたり、見当違いの方向へ銃弾が飛んでいく。それによって相手に気付かれたばかりか、相手の反撃を受ける私のアバター。
普段の私であれば、反撃をいなすことなど造作もないことだ。しかし、今は奏ちゃんの言葉をうけて絶賛動揺中。
右に動いたつもりが何故か左に動いてしまい、隠れていた岩陰から飛び出すような格好になってしまう私のアバター。それを逃してくれるようなランク帯の相手ではない。
相手の銃弾が幾重にも直撃し、あっという間に体力がなくなった私のアバターはなすすべなくその場に崩れ落ちたのだった。
「あ~、やられちゃったね」
部隊全滅の文字がモニター上に悲し気に表示され、奏ちゃんのどこか人ごとのような声がヘッドフォン越しに響く。
強制的に戦闘前画面に戻された私たちのアバター。そのタイミングで私は二重の意味で奏ちゃんに抗議するように口を開く。
二重の意味とは戦闘の最中に関係のないことを聞いてきた事。それと、亮の事を好きだと言ってきた事についてだ。
「ちょ、ちょっと、奏ちゃん!! あのタイミングで変なコト聞いてこないでよ!」
「そうだよ、お姉ちゃん。流石にあのタイミングは私もないと思うよ」
「いやー、ごめんごめん。百戦錬磨のまいまいが、まさかあんなに動揺するとは思わなくて」
「確かに百戦錬磨かもしれないけど、あんなこと言われれば動揺もするわ。そもそも、あんなこと言われて動揺しないメンタルの方がおかしいと思うんだけど」
「というか、お姉ちゃんは何ゆえあんなタイミングで、あんなことを?」
「うーんと……何となく?」
「何となくで聞いていいような内容じゃないと思うんだけど……」
妹である咲ちゃんも姉のまさかの言動に呆れている。私は私で頭を抱えているんだけど……。
奏ちゃんの思い付きによる行動には困ったものだ。基本的に常識人だけど、突拍子もないタイミングで、突拍子のないことを言うのはやめてほしい。
さっきの戦闘は別にランク昇格とかがかかってなかったからいいものの、ランク昇格間近であんなことを言われればリアルファイト待ったなしだ。
「だって、今は亮ちんもいないから丁度いいタイミングかなって」
「確かに亮はいないけど……それにしたって、いきなりどうして私が亮の事を好きだって話になるのよ?」
「どうしてって……だって、まいまい。あの時、最後まで見てたよね?」
「? 最後までって、一体何の――」
「アタシと亮ちんが、まいまいの悪口を言われてた時の事だよ」
「っ!?」
まさかの指摘に私は思わず息をのむ。
それもそのはずで、確かに私は奏ちゃんの言う通り、実は二人が教室から出てくる最後まで扉の陰に隠れ、話を聞いていたからだ。
ただし、この事は亮はもちろん、奏ちゃんにだって話してはいない。あれ以降、自分の心の中にだけとどめておいたのである。
理由はもちろん、亮が私の事をす、好きだと言っていたため。仮に、別の話題だったとしても、最後まで話を聞いていたことは隠していただろうけど……。
それよりも今は、この場をどう切り抜けるか。奏ちゃんはあの場にいたから、もちろん亮の私に対する気持ちは聞いている。
しかし、そこから何故質問が『あの時、最後まで聞いてたよね?』ではなく、『亮の事が好きだよね?』になったのか。私としてはそっちの結論に至ってしまった方が大問題である。
これは何とかして奏ちゃんを誤魔化さないと……。
「……い、いやいや、あの時見てたって、どうしてそんな話になるのよ? 第一、私があの場所にとどまった証拠だってないわけだし」
「まあ、確かに証拠はないんだけど、ちょうど目の端に映っちゃったんだよね。まいまいが顔を真っ赤にして、扉の影から走り出す姿が」
「ま、真っ赤じゃなかったわよ!! あれは亮が私の事を一生懸命庇ってくれたからであって、好きって言われてからじゃ……あっ!」
「……まいまいってさ、結構単純だよね? まさかこんな簡単な誘導尋問に引っかかるなんて。実際に、その姿を見てたのは間違いないから、どうやって誘導していくかを考えてたんだけど」
ヘッドフォン越しに口を塞ぐも、時すでに遅し。誤魔化すことを決めてからの時間にして、僅か30秒ほど。間抜けにもほどがある。
うっかり口を滑らせた私に奏ちゃんが少し呆れたような声をもらす。多分、もう少し泳がせたうえで、私の口を割らせる予定だったのだろう。
それがまさかこんなにも早く口を滑らせたので、喜びを通り越して呆れていたのだろう(聞いてきたのは奏ちゃんなのに……)。
「舞先輩って、ほんとに可愛いですよね。今の一連の流れを通して、更に可愛さが増しました。萌えです」
「や、やめて咲ちゃん。今、可愛いって言葉は余計に効いちゃうから……」
後輩の女の子に萌え~と言われ、私は思わず机に突っ伏す。もちろん、嬉しいからとかではなく、単純に恥ずかしいからである。
「咲ちゃん、あんまりまいまいをいじめないであげて。まいまいが意外と抜けてるのは今に始まったことじゃないから」
「そうなの? それならますますギャップ萌え~って感じなんだけど」
「まあ、まいまいがギャップ萌え~って感じは否定しないけどね」
「ちょっと、二人していじらないでよ!」
ひとしきりいじられたところで、私は改めて奏ちゃんに尋ねる。
「……それで、どうして奏ちゃんはあんなことを聞いてきたのよ? 聞くなら普通、実はあの時、亮の話を聞いてた?って事じゃないの?」
「それはアタシの目で見てたから、あえて聞く必要はなかったんだ。んで、好きかどうかを聞こうと思ったのは、亮ちんとあの時の話したからなんだよね」
「亮と?」
「そう、亮ちんと。まいまいがいないときに亮ちんと、何気なくあの時の話になったんだ。そしたら、『いやー、舞には最後の方聞かれてなくて助かったよ』って言ってて、あれ?って思ったの。亮ちん、まさかまいまいがいたことに気付いてない?って」
気付いていないも何も、私が騒動後の部室で亮に対して、いなかったって言ったから、彼としてはその言葉を信じただけなのだろう。
まあ、あの時の様子から亮自身、本当に私がいたことには気づいてなさそうだったけど。どのみち、気付いていようがいまいが、聞かれてたら亮にとってはまずい内容だったからね。
私が見ていないと言った言葉をある意味、受け入れざるを得ない状況だったのは想像に難くない。だからこそ亮は私の言葉をすんなりと信じたのだろう。
「確かに、亮は気付いてなかったけど、結局それがどうして私が亮の事を好きだって話に繋がるのよ?」
私は改めて話の核心に迫る。どうしても今の話と、奏ちゃんの言う私が亮の事を好きだという話がイマイチつながらないからだ。
……まあ、今思い返してみればただ単に『亮の事を好き』だということを、誰かに知られたくなかっただけだと思うけど。
そんな私を他所に、奏ちゃんが答える。
「だって、亮ちんが自分の事を好きって知ったら、何らかのアクションを起こさない? 間接的ではあるけど少なくとも、好きって言われてるんだからさ」
「……ま、まぁ、確かにそうかもしれないけど」
奏ちゃんの言葉に私は思わず言葉に詰まる。
確かに、彼女の言うことは最もで、間接的ではあれ告白されていると同義であり、何らかのアクションをとったほうがいいはずなのは確かだ。
ダメならダメであの時すぐに断ればいい話だし、保留であれば別にそのように告げれば、亮も納得したはずだ。
それを私はどういうわけか、聞いてないふりをして話を先延ばしにした。つまり、嘘をついたということになる。
どうして、あの時嘘をついてしまったのか。……理由はもちろん分かっている。認めたくないだけで。
「だ、だけど、アクションを取らない人だっていないわけじゃないでしょ? それこそ、友達越しに好きって伝えられても動かないみたいに」
「それはまた話が違うんじゃ? だって、まいまいは人づてじゃなくて、直接本人の口からきいたわけだし」
「うぐっ!?」
奏ちゃんから飛び出す正論のパンチに、私はまたしても言葉に詰まる。奏ちゃんに誤魔化しや逃げの言葉は通用しないようだ。
しかし、それもそのはずで、人づてで聞くか直接本人から聞くかでは0と100以上に違う。人づてほど信用できないものはなく、本人からほど信用できることもない(時と場合によるが)。
私の場合は亮本人からその言葉を聞いているわけであって……。しかも、亮が嘘をつかない性格だと分かってもいて……。あっ、ヤバい。思考が滅茶苦茶になってきた……。
思考のまとまらない私に奏ちゃんはとどめ問わんばかりに畳みかける。
「それで思ったの。何もアクションを起こさないのは、まいまいが亮ちんの事を見極めている最中か、単純に恥ずかしがって告白できないのか。この、どっちかだって! そこからというものアタシは、まいまいの深層心理を確かめるべく、観察に観察して……」
「観察に観察して?」
「これはまいまいが、恥ずかしがって告白できないという結論に至りました!」
「何でそうなるのよ!」
オンライン越しでもドヤ顔を浮かべているだろう奏ちゃんに向かって私は渾身のツッコミを入れる。
要するに色々話してきたけど、私が亮の事を好きかどうかという結論は結局のところ、奏ちゃんの勘にすぎなかったというわけだ。何というか、色々と詮索して損した気分である。
「……いや、それって、実質お姉ちゃんの勘って事じゃん。しかも、大分主観の入ってる」
「確かに主観は入ってるかもだけど、これは間違いのない事実。こればっかりは信じてもらうしかないよ!」
「さっき自分で人づては信用できないって、暗に否定したばっかじゃん」
咲ちゃんも私と似たようなことを想っていたようで、奏ちゃんにツッコんでいた。しかし、奏ちゃんはそれすら意に介していない模様。
むしろ、更に自信が増している気がする。
「……さて、まいまい。これだけ証拠が出揃ったらもう認めるしかないよね? 亮ちんの事が大大大好きだってことを!」
「大が多すぎる!」
「その反応……好きってことは認めるんだね?」
「それとこれとは話が違う!」
いつの間にか奏ちゃんのペースになってしまい、私はぜぇぜぇと息を切らす。
推理そのものは穴だらけだが、それを凌駕してしまうほどのパッションは流石奏ちゃんというべきか。
「お姉ちゃん、犯人を追い込む探偵にしては余りに証拠が薄すぎると思うだけど?」
「いやいや、証拠は濃すぎるほどだって思ってるよ。それにアタシが観察した限りではまいまいは亮ちんの事を目で追ってることが多いし、ボディタッチも他の男子と比較できないくらいに多い。なにより、他の女子と亮ちんが話してるときの視線が、嫉妬する彼女そのものだったんだから!」
「そんな視線なんて送ってないわよ!!」
「あ~、何となくわかるかも……」
「咲ちゃんも分からないでよ!?」
咲ちゃんまでもが奏ちゃんのパッション推理に取り込まれてしまった。うぅ……私の唯一の味方だったのに。
見方を失った悲しみに涙を流していると、奏ちゃんが「だけど……」と口を開く
「アタシは羨ましいな~って思ったけどね」
「えっ? 何で?」
「何でって、そりゃ一人の女の子の為にあれだけ啖呵切ってくれたんだよ? 後先も考えずに、ただただ好きな女の子を守るために。アタシだったらすっごい嬉しいし、まいまいも同じなんじゃないの?」
思わぬ切り返しに私は三度言葉に詰まる。これまでパッションで押し通してたのに、ここにきて名探偵コ〇ン並みの切り替えし。温度差で風邪をひきそうである。
というか、滅茶苦茶図星だったから困っただけと言ったほうが、正しいのかもしれない。
「そ、それは、まあ……確かに、そうかもだけど」
「も~、ここまで言ってもまだ認めないか。まいまいの意地っ張りには困ったもんだよ」
「別に、意地なんて張ってない――」
「じゃあ、アタシが亮ちんに告白しちゃっても問題ないって事かな?」
「……えっ? こ、告白!?」
「そう、告白!」
奏ちゃんの口から飛び出した言葉に、私の頭が真っ白になる。
コクハク……告白? 奏ちゃんが亮に告白?
「…………で、でも、亮は私の事を好きだって言ってたわけで」
何とかして言葉を絞り出す私に、奏ちゃんあっけらかんと言い放つ。
「わかんないよ。今はまいまいの事を好きだって言ってるけど、アタシにだってチャンスがないわけじゃないと思うんだよね~。ほら、この前だってキスしたときに顔赤くして動揺してたし」
確かに、不意打ちとは言え奏ちゃんにキス(頬)された時は、亮も動揺していた気がする。というか、奏ちゃんにあんなことをされて動揺しない男子はいないと思う。
だからこそ、わかんないよと言った奏ちゃんの言葉は妙に説得力をもって私の心に響いてきた。
「よしっ! そうと決まれば早速、亮ちんに連絡しないと。最初はダメかもだけど、続けてけばいずれ亮ちんも――」
「……だめ」
気付いたら口に出ていた。自分でも思いのほか、はっきりとした声だった。
私の言葉は奏ちゃんにも聞こえていたようで、「ん?」と先を促すような声を発する。それはまるで「何がダメなの?」と、私に問い掛けているようだった。
正直、これもまた奏ちゃんによる誘導だと薄々気づいてはいた。奏ちゃんが仕掛けた、私の気持ちを引き出すための演技だってことに。
「だめなの」
しかし、それでも私は止まらなかった。
その
本人的には勢いと言っていたけど、実際の所はどうか正直分からない。妹である咲ちゃんの事もそうだし、普段の日常でもそう。
奏ちゃんが亮に(私も含めてだけど)咲ちゃんの事で助けてもらったのは事実なので、好意を持っていてもおかしくないのだ。
「ダメって、何がダメなのかなまいまい?」
改めて奏ちゃんが私に問い掛ける。
「……い、いや、だって亮は私の事を好きって言ってるわけで、それなのに奏ちゃんが告白しちゃったら、フラれる可能性が高いわけで」
「アタシは別に気にしないよ。さっきも言ったけど、亮ちんの心の変わるかもしれないし」
「……で、でも、変わらないかもしれないし」
「やってみなきゃわかんないよ。ほら、亮ちんって結構押しに弱いからさ!」
確かに……そう思ってしまい、今いない亮に対して少しだけイラッとする。
亮からしたら知っちゃこっちゃないことなのだが。
「うぅ……で、でも、奏ちゃんが亮に告白って信じられないっていうか」
「本気も本気! それに亮ちんって一緒に居たら楽しいと思うんだよね。普段もからかったらいい反応してくれるし!」
「そ、それは、その、えっと……」
「ふふっ、まいまい。反撃はそれくらいかな?」
画面越しでも奏ちゃんがニヤニヤしているのが分かる。
言わされれているのは分かっているけど、ここで適当な反応を返すと本当に奏ちゃんが亮に告白するかもしれないという恐怖もある。好きがラブかライクかどうかはともかく、奏ちゃんが亮の事を気に入っていることは普段の言動から分かるから。
というか、ここで恐怖を感じていること自体、亮の事を誰かに取られるのが怖いと言っているようなもので……。
奏ちゃんに良いように言いくるめられた私は「うぅ……」と、呻き声を出すしかなくなってしまう。
私が弱すぎるだけかもしれないし、亮の事(しかも好きとかの話)となって思考がうまくまとまらないのも原因かもしれない。
「さて、もう一度聞くけど、まいまいは何に対してダメって言ってるのかな?」
ぐぬぬ……奏ちゃんが強敵キャラにしか見えない。
そして私も思考がまとまらないまま、我慢の限界となり自身の気持ちを半ば投げやり気味に叫んでいた。
「だから! 亮に告白するのがダメって言ってるのよ!!」
自分でも滅茶苦茶な事を叫んでいるのは分かっていた。だけど、それ以上に亮の事を取られるほうが嫌だった。
「亮は私の事が好きで、私も……私も、亮の事が好きだから。だから、奏ちゃんにだって渡したくないの!」
「ふぅ~ん、そうなんだ。だけど、誰かに告白するのってある意味平等な権利だよね? それでも、駄目なの?」
「ダメなの!」
子供の我が儘かと、今になって頭が痛くなる。まあ、この時の私にはそんな事を考える余裕は全くと言っていいほどなかったんだけどね。
「そんなに駄目なら、納得のいく理由をアタシに教えてほしいなぁ。それこそ、まいまいがどれだけ亮ちんの事好きなのかってことを」
「っ! ……いいわよ。それくらいなら全く問題ないわ」
問題しかないやり取りなのだが、良いように奏ちゃんの口車に乗ってしまう私。ほんと、頭に血が上り過ぎだよ。
しかし、一度壊れたブレーキが元に戻らない様に、私も冷静な思考をどこかへ捨て去ってしまってみたいだ。
「じゃあ改めて、まいまいは亮ちんのどんなところに惚れたのかな?」
「一目惚れよ」
言い切った私に、ヘッドフォン越しに奏ちゃん(あと咲ちゃんも)が息をのんだことが分かる。
「一目惚れって言っても、最初は違ったの。それこそ、良いオタク仲間くらいにしか思ってなかった。だけど、それが覆ったのはもちろんあの時の事。亮が私の事を庇って、好きだって言ってくれた時」
あの時、絶望に打ちひしがれる私を救い出してくれたのは誰でもない、亮の言葉。
そして、絶望から救い出した私を恋に落としたのも、また亮の言葉。
真っ直ぐな彼の言葉に、私の心がかつてないほどにときめいた。心臓が信じられないくらいに早鐘を打ち、顔が沸騰しそうなくらい熱くなった。
「その時、自然と思ったの。『亮の事が好き』って。理由はうまく言葉にできないけど、とにかく好きなの。優しい亮もからかってくる亮も、やれやれって呆れてる亮も、全部」
亮と話している時は凄く楽しいし、逆に奏ちゃんや咲ちゃんの話している姿を見ると少しだけモヤモヤもする。
それはもちろん、私が嫉妬してしまっているから。亮が私以上に楽しく女の子と話している姿を視たくないから。
「だから私は、亮を誰かに取られたくないの。それが例え、奏ちゃんであっても」
「……うん。まいまいの気持ちはよく分かったよ。だけど、それならまいまいも亮ちんに告白すればいいんじゃないの? だって、両思いは確定しているわけだし」
最もなことを奏ちゃんに指摘される。それはもちろん、私も考えていたことだ。
今の時点でお互いの気持ちが分かっているのだから、私の方から告白すればいいだけの話。
だけどそれをしないのには私なりの
「もちろん、奏ちゃんの言う通りだよ。だけど、私の中でそれは少し違うなって。確かに、意図せず亮の気持ちは聞けたわけだけど、それはあくまで事故みたいなもの。それなのに、亮に対して告白しちゃったら少しずるいかなって」
これだけは本当に私の問題。いわば、我が儘のようなものだ。
「だからね、その時決めたの。今はまだ亮に告白されてないけど、告白されるくらい亮と仲良くなろうって。それで、正々堂々告白されて付き合おうって」
これが奏ちゃんに対する私の答えだった。答えになっているかどうかは怪しいところだけど……。だって、ある意味私が勝手に状況をややこしくしているだけだから。
そんな私の答えを聞いた奏ちゃんは少しだけ呆れたように、しかしどこか納得したように息を「ふ~」と吐いた。
「……なるほどね。それがまいまいの答えってわけなのね。というか、告白されることが前提って言うのが笑えるんだけど」
「だ、だって、ここで私から告白したら、私が一方的に亮の事好き好きみたいでちょっと恥ずかしいし……」
「えっ? 今更?」
「い、今更とか言わないでよ!」
自覚はある分、恥ずかしさが増すのでやめてほしい。だって、あんな衝撃的な一目惚れをしたら隠せるものも隠せなくなる。
それこそ、先ほど奏ちゃんが指摘していたボディタッチとか嫉妬とか……。というか、バレていたという事実の方が私としてはよっぽど恥ずかしい。同じ女子高生同士、通じ合うものがあるのかも。
「まっ、アタシとしてはまいまいの気持ちが聞けただけ大満足だけどね! ほら、まいまいって恥ずかしがって、亮ちんへの気持ち認めたがらないから」
「だ、だって、恥ずかしいものは恥ずかしいし……」
「…………」
「わぁ! 咲ちゃんから鼻血が!!」
「ごめんお姉ちゃん。舞先輩があまりに尊すぎてつい」
「尊すぎると鼻血が出る方が問題だよ!!」
「ありがとうございます、舞先輩」
「手を合わせてる暇があったらティッシュつめて!」
ヘッドフォンの裏でバタバタと床を蹴る音が響く。
一方私は今になってようやく先ほど亮に対して告白した気持ちの恥ずかしさが込み上げてきて、真っ赤になった顔を両手で覆っていた
私ってば、勢いに任せて余計なことを……。
「全く、咲ちゃんは普通に戻ったと思ったら、たまにおかしくなるんだから!」
「ご、ごべんなさい……」
「まあいいや。あっ、まいまいもありがとね! アタシのちょっとだけ無茶な要求に付き合ってくれて」
「ちょっとだけじゃないような……だけど、分かってくれたみたいで何よりよ」
正直、あんな風に誘導されるのはこれ以降勘弁してほしいものだが……。
「だけど、亮ちんへの告白がダメってのは、アタシ的にはNGだからそこの所よろしくね!」
「へっ!? ど、どうしてそうなるのよ!?」
「だって、アタシが本当に亮ちんの事を好きになったら我慢できないと思うし~。それこそ、告白する権利は平等だからね!」
それなら、先ほどの私は完全なる話し損ではないか。まあ、奏ちゃんの言う通り告白する権利は誰にでもあるものなので、私の理屈が通らないのも仕方のないことなのだけど。
救いは、奏ちゃんが亮の事を好きではないということくらい。ただ、一定の好意は抱いているだろうし、油断は禁物だろう。
「……とはいえ、多分告白はしないだろうけどね」
「えっ!? ど、どうして?」
「どうしてって……いくらアタシでも、完全に脈のない男の子へ告白するのは辛いものがあるんですよ。亮ちん、恐ろしいくらいにまいまいしか見てないからね~」
「っ!?」
とんでもないことを言われた私は、一瞬にして顔が真っ赤に染まる。しかし、そんなところで許してくれる奏ちゃんではない。
「そもそも、亮ちんがまいまいにぞっこんな時点で、勝ち目はほぼないんだけどね。まいまいが話しかけると明らかにアタシ達より嬉しそうだし~。こんなに態度に出るのも珍しいような……まあ、まいまいも似たようなもんだから最近は慣れたんだけど」
「……そ、そんなに私たちって分かりやすい?」
「うん。咲ちゃんもそう思うでしょ?」
「……まあ。舞先輩も戸賀崎先輩も態度に出やすいみたいですし。それこそ、まだ知り合って日の浅い私が分かる程度には」
「そ、そうなんだ……」
咲ちゃんにとどめを刺され、またしても机に突っ伏す私。
亮に対する気持ち、全部筒抜けだったんだ……。つまり二人には私と亮が話しているところは単純にイチャイチャしているようにしか見えていない――。
ピコンッ
「っ!?」
そこで、誰かが私たちのグループに入ってきたという通知音が響く。
私たちのグループはパスワードをかけているので、知り合い以外絶対に入ってこれないようになっている。つまり、入ってきたのは私たちと繋がりのある人物以外ありえないわけで、
「……あー、あー。みんなお疲れ~。ちょっとバイトが早く終わったから入ってみたんだけど、今どんな感じ?」
図ったかのようなタイミングで亮が入室してきた。今日はバイトで遅くなるとは言っていたが、このタイミングはないでしょ!? と頭を引っ叩きたくなる(亮にとっては濡れ衣である)。
「おー、亮ちんお疲れ~」
「お疲れ様です、戸賀崎先輩」
「二人ともお疲れ~。ちょうど、マッチング前?」
「ううん、マッチングってよりはだらだら喋ってて、ある意味女子会して感じかな」
「そっか、それなら今日は入らないほうが良かったかな?」
「いやいや、むしろナイスタイミングというか……ねっ? まいまい」
動揺する私に奏ちゃんがキラーパスを飛ばしてくる。というか、完全に私をからかって遊ぶ時のトーンになっていた。
奏ちゃんめ……今度会った時は覚えておきなさい。
「ん? 女子会がそんなに盛り上がってたのか?」
一方、私の気持ちなど露知らない亮が呑気な口調で尋ねてくる。今のメンタル状況では正直スルーしたいところなのだが、無視するのもおかしいので何とか亮に対して返答する。
「べ、別に、大したことは話してないわよ。本当に!!」
「お、おう。それなら別にいいんだけどさ」
「またまた~。実は大盛り上がりだったんですよ、亮ちん」
「えっ? やっぱり盛り上がってたの?」
「盛り上がってない!」
「いや、どっちなんだよ……」
「あははっ!」
「もう、お姉ちゃんってば……あんまり舞先輩をからかっちゃ駄目だよ?」
私の反応に困惑する亮と、笑いが抑えられない奏ちゃん。そして、そんな姉を呆れたように窘める咲ちゃん。
正直、亮に対してあたるのも筋違いなのだが、今回ばかりは許してほしい。まだ、先ほどまでの告白を思い出して、身体中が熱くなるのだから。
「なんだかよく分からんけど、今日はもうやらない感じ?」
「そんなわけないでしょ! 今から再開するわよ。もちろん、プラチナ帯に行くまでやめないから!」
「えっ? い、今からプラチナ帯までいくの? めっちゃ時間かかると思うんだけど」
「今は夏休みだし、問題ないわ。奏ちゃんと咲ちゃんもいいわよね?」
「うん。もちろん。さっきまで散々まいまいのこといじっちゃったから、その罪滅ぼしも兼ねてね」
「私も問題ないです」
「ま、マジかよ……てか、罪滅ぼしって――」
「さっ、マッチングスタートしたわよ!」
余計な詮索をされる前に、マッチングをスタートさせる私。これ以上、あの話題を掘り返されるとボロが出かねないので仕方がない。うん、これは仕方のないことだ。
「……まあいいや」
亮も納得(無理やり)したようなので、これで心置きなくゲームに集中できることだろう。
そして、私たちは気持ちを新たにゲームを再開させたのだった。
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