第18話 ギャルの妹は思ったよりギャルじゃなかった
さて、家電量販店でヘッドセットを購入した俺は家に帰ると、さっさと夕食やら風呂やらを済ませて自分の部屋に引き籠っていた。
件のゲームは現在絶賛インストール中で、そのゲームで登場するであろうキャラクターが画面越しに映っている。モニターは流石に購入しなかったので、部屋に使っていなかったテレビを持ち込んでいた。
母さんは相も変わらず、編集社に缶詰め状態なのでリビングでやってもよかったのだが、ゲームって自分の部屋の方が捗るんだよね。
「……あー、あー、亮? 聞こえてる?」
ヘッドセットから聞こえてきたのは、舞の声。時間は8時なので集合時間には早いのだが、俺がゲームのインストールからキャラ選択までちゃんとできるか心配だったので、先に色々見てもらおうと、彼女を読んでいるというわけだった。
「おう、聞こえてるよ。悪いな、俺の我が儘に付き合ってもらっちゃって」
「いいわよ気にしなくて。それに私も最近、ログインしてなかったから丁度良かったわ。ヘッドセットも問題なさそうね」
舞の言う通り、ヘッドセットの音質などは特に問題なかった。まぁ、1万円や2万円するものと比較すればもちろん劣るだろうが、普通に聞く分ならこれで十分である。
ちなみに、奏さんは『せっかくやるんだから』と張り切って高めのヘッドセットをチョイスしていた。そのおかげで、今月のお小遣いは吹き飛んだらしい。今月は後半分くらい残っているのだが、果たして残りの期間は大丈夫なのだろうか?
「うん、ちゃんと聞こえてるから大丈夫だよ……っと、インストール終わったみたいだ」
テレビを見ると既にインストール画面から、スタート画面に切り替わっていた。よし、これで俺のFPSゲーマーとしての第一歩が開かれるというわけか。
そのまま、画面の表示の通りAボタンを押し、セレクト画面へと映る。
「えっと、ここからどうすればいいんだ?」
「取り敢えず、私があらかじめ部屋を作ってあるから、フレンドと共闘ってところを選択して。その後にパスワードを求められるから、今から送るパスワードを入力すれば私のいる部屋に入れるわよ」
「フレンドと共闘ね。了解」
舞に言われるがままフレンドと共闘を選択し、送られてきたパスワードを入力する。
「……おっ、部屋に入れた」
「よしっ、ここまでは順調ね。次はキャラ選択の画面だけど、まあまずは無難に使いやすいキャラでいいんじゃないかしら? それか、見た目で選んでもいいけど」
「じゃあ、せっかくだし見た目で選ぼうかな。……うーん、じゃあこのキャラで」
「……うん、良いと思うわよ」
「今の間はなんだよ?」
「いや、亮らしい素晴らしいキャラを選ぶなって」
舞の声色から察するに、恐らくあまりよくないキャラを選んだっぽい。それか、強いけど初心者に向いてないキャラか。はたまたその両方なのか。
まあどうせ今回は肩慣らし兼、ゲーム内の空気を把握することが目的なので、さほど問題ないはずだ。それに、どのみち初心者なのでどんなキャラを使っても大差ないだろう。
「ちなみに、舞はこのゲームってどのくらいやってるんだ?」
「うーん、やり始めたのは本当にここ半年くらいよ。それこそ、ブームに乗じて始めたって感じ。後は、よく見てるYou〇ubeの実況者がハマってて、それも影響してるわね」
「へー、そうなんだ。というか、よくそんな時間あるよな。俺なんて、どれか一つでも持て余すくらいなのに」
「オタクってものは常にマルチタスクなのよ。それこそ、常にどの時間を削って、いかに動画とかゲームをやる時間を捻出するかって感じ。まぁ、大体睡眠時間と勉強時間が削られるんだけど」
「一瞬、カッコイイと思った俺の気持ちを返して」
多分、学生として一番削っちゃいけない時間を削っている気がする。一応、学生の本業は勉強なんだぞ!
それに、最近は教室でうとうとしてることも多いなと思ってたけど、原因は意外と身近なところにあったんだな。
「まぁまぁ、その話はここまでにして、早速一戦初めてみましょうか。操作方法の説明もした方がいいかもしれないけど、正直習うより慣れよ」
「それもそうだな。基本的な動きさえ教えてもらえれば、後は何とかなりそうだし」
なんて話しているうちに舞が対戦スタートボタンを押したらしく、待機画面へと切り替わる。そして、次の画面に切り替わると俺のアバターは既に戦場に放り込まれていた。
「うおっと、結構いきなり始まるんだな」
「ふふっ、なんだか新鮮な反応ね。ほら、ボーっとしてるとおいてっちゃうわよ?」
「お、おいっ、こんな戦場に初心者を独りぼっちにしないでくれ」
そんな感じでバタバタッと始まった俺の記念すべきFPS初戦だったのだが――、
「……うん、わかってはいたけど派手に負けたわね」
「…………ぼっこぼこだ」
まさしく、文字通り瞬殺だった。俺は開始早々すぐに敵に見つかり、集中砲火を浴び、無事に撃沈。あのやられ具合では舞の助けがあったとしても、絶対に助からなかったことだろう。
一方、残された舞は流石やり込んでいるだけあって、何とか中盤まで残っていたのだが、やはり初心者である俺と組んでいたことが響いたらしく、終盤を迎えることなく相手に撃ち抜かれていた。
「悪い……俺が下手くそなばっかりに」
「ま、まあ、誰だって最初はそんなものよ! 私だって最初はぼっこぼこにされて、一緒に戦ってた味方の人に慰められたくらいだから」
必死のフォローが逆に俺の悲しさを助長させるも、確かに舞の言う通り落ち込んでいる場合ではない。というか、そもそも今日の目的はあくまで奏さんの妹である咲さんと仲良くなることである。
そりゃ、多少はうまくなっておく必要もあるが、現状そこまでのゲームスキルは求められていないだろう。奏さんも恐らく実力はおれとどっこいどっこいなはずだし。
その後、まだ時間があるということでもう一戦行い(結果は言うまでもないだろう……)、俺たちは一息つく。
「いやー、正直FPS舐めてたな。実況を軽く見た感じでは皆サクサクプレイしてたし、もっと簡単に勝てるもんだと」
「実況者の人は、見えないところでちゃんと練習してるからね。見よう見まねで勝てるほど、この世界は甘くないのよ」
「肝に銘じておきます」
「……ねぇねぇ。ところで亮って今、通話の画面で自分の顔を映すことってできる?」
「別に出来るけど、急にどうしたんだ?」
「いいから、ちょっと切り替えてみてよ」
理由はよく分からないが、俺は舞に言われた通り、通話だけにしていたアプリの設定を自分の顔が映るように設定を切り替える。
何気なくいじっている通話アプリだけど、相手の顔を見ながら、通話をしながら、チャットも打てる。ほんと、便利な時代になったもんだよ。
そして、設定をいじったことにより、今までは何も映っていなかった画面の右端に自分の顔が映る。逆に、通話相手の舞の画面には俺の顔がでかでかと映っていることだろう。
こう言っちゃなんだが、画面越しに見る自分の顔って思いのほかブサイクだな。自分の顔だから余計にそう感じるのかもしれないけど。
「……ふーん、そんな感じなんだ」
一方、俺の顔を画面越しに確認したであろう舞は、何とも言えない反応を返してくる。
「そんな感じって、どんな感じだよ?」
「ううん、なんか新鮮だなって。ほら、普段は画面越しで亮の顔を見ることなんてないから」
「それなら、舞の顔も見せてくれよ。俺だけじゃ不公平だろ」
「えぇ~、どうしよっかな?」
「そこは素直に頷くところだろ!」
「ごめんごめん、冗談だから。ちょっと待ってね」
そういって、カチャカチャとマウスを押す音が聞こえ、
「よしっ! どう? ちゃんと見えてる?」
画面越しに見る舞は、確かに新鮮だった。気のせいかもしれないが、いつもより距離感が近く感じる。
そして、俺と同じく風呂上りなのか、僅かに頬が赤く上気し、少しだけ髪の毛がしっとりしているように見える。また、肩まで伸びているセミロングの髪はゴムでまとめられ、その姿もまた新鮮だった。
しかしそんな中で、俺が一番心惹かれたのは、ゲームをしている舞の服装だった。少しだけ画面から離れていたため、彼女の服装を見ることができたのだが、それがまた破壊力抜群で……。
普段見慣れている制服とは違い、完全なる部屋着。そして若干、胸元が緩いらしくチラッと見える胸の谷間。上半身しか見えなかったけど、純粋たる男子高校生にはその上半身だけで十分だった。
普段は見せないであろう無防備な姿に、思わず胸が高鳴ってしまう。好きな人の無防備な姿は、いい意味で身体に悪い。
こうしてみると、舞ってかなり着痩せするタイプなんだな。もちろん、制服姿でのスタイルもいいんだけど、こうしてラフな格好になるとそれがより一層際立つって感じだ。
……どこがとは、言わなくても分かるだろ?
「……ん? おーい、亮? 見えてる?」
「……はっ! お、おう。ちゃんと見えてるから安心してくれ」
胸元ばかりに視線が向かっていたせいか、舞への反応が遅れてしまった。俺は慌てて胸元から視線を逸らす。
「そう? よかった。それで、どう? 画面越しに見る私の姿は?」
「……まぁ、特には。いつも通りって感じだよ」
「えぇっ? なにその反応。つまらないわね~」
そういって唇を尖らせる舞。しかし、素直に先ほどの感想を言ってしまえば否が応でもスケベ認定をされてしまうので、絶対に本当の事をいうわけにはいかなかった。というか、可愛いっていうのも気恥ずかしいし。
「まあいいわ。今の反応は、亮の照れ隠しってことにしておいてあげるから」
「いや、別に照れ隠しでは……」
「っと、こんなこと話しているうちに、そろそろ集合時間になるわね。奏ちゃんにこのトークルームのIDは教えてるから、入ってこれると思うけど」
舞の言う通り、時刻は間もなく約束の9時になろうとしていた。既に奏さんへトークルームに集合ということは舞から伝えてもらっている。
いきなりゲーム画面で合流するよりは、一度トークルームで自己紹介をしてからゲームに入ったほうがお互いに良いだろうという判断からだ。
「それにしても、咲さんってどんな感じの女の子なんだろうな?」
「うーん、昔は明るかったって言ってたから、本質的には奏ちゃんに近いと思うんだけどね。まぁ、会ってみないと分からないけど」
「奏さんみたいな感じだったら話しやすいんだけど、あの人はあの人でイレギュラーだからな~」
あんなコミュ力が高く、オタクにも優しいギャルは他に存在しないと思う。というか、ギャルじゃなくても少ないだろう。
「確かに、奏ちゃんほどグイグイ来る女の子も少ないからね。あっ、あと奏ちゃんの妹だからって変な色目を使わないでよね?」
「初対面の女の子相手に色目を使えるほど、俺はコミュ力高くないよ」
「……それもそうね」
「おいっ! そこは嘘でも否定してくれよ!」
悲しくなっちゃうから。
「だけど、普通に話す分には大丈夫じゃない? それこそ、亮って雰囲気はやわらかいから、初対面でも多分話しやすいわよ」
「そ、そうなのか?」
「うん。だって、私も実際にそうだったし」
思わぬ高評価に、今度は逆にどぎまぎしてしまう。オタクは総じて褒められ慣れてないから、急に来られると困るんだよな。
「というか、そんな風に思ってたんだな。ちょっと意外」
「その反応も私からしてみればどうかと思うけど……まぁ、雰囲気がやわらかいってことは、逆に恋愛でいう所のいい人どまりって事にもなるんだけどね。だから、逆に安心感をもって接することができるってやつ。モテそうでモテない、そんな男子の典型例」
「ぐはっ!?」
思わぬところから攻撃が飛んできて、俺はがっくりと肩を落とす。他の人から言われるだけならまだしも、舞から言われるのはかなり効くな……。つまり、俺はまだ舞にとっていい人どまりの男ってことだし。
しかし、舞の意見が的を得ているのもまた確か……。くそ、早いところいい人どまりから脱出しないと。優しいだけでモテるほど、恋愛の世界は甘くないって事か。
「……モテたら私が困るし」
「ん? なんか言った?」
「ううん、何でもないわ。それよりも、そろそろ入ってくるから準備して」
ぽそっと舞が何かつぶやいた気がするが、俺の気のせいだったらしい。そして、舞が準備してと言ったすぐ後に、ピコンッという音がヘッドフォンに響く。
画面を見ると、『奏』と『咲(saki)』がトークルームに入りましたというメッセージが。
よかった。ひとまず、トークルームには入ってきてくれたようだ。これでトークルームにすら入ってこなかったら、今日集まった意味がなくなってしまう所だったし。
いったん、通話をする前にチャットルームでメッセージを飛ばす。
Mai@推ししか勝たん『やっほー、奏ちゃん。それと、初めまして咲ちゃん。奏ちゃんの友達で、一ノ瀬舞って言います! 今日は急に誘っちゃってごめんね? だけど、楽しんでもらえたら嬉しいな!』
亮『初めまして、咲さん。同じく、戸賀崎亮です。今日はよろしく』
ほぼ同時に、俺と舞がチャットでメッセージを飛ばす。さて、咲さんの反応はいかに。
咲(saki)『はい。
思った以上にドライな反応だった。いや、礼儀正しいというべきか。
まぁ、初対面だし最初の反応としてはこんなものだろう。というか、俺のメッセージも大概だな。舞のメッセージとは大違いである。チャットでも人見知りを発揮するのか俺は……。
若干ドライな反応を返した咲さんに、姉である奏さんが即座に反応する。
奏☆『もー、咲ちゃんってば固すぎ! もっとフランクにって言ったでしょ? まいまいも、亮ちんも、アタシのマブダチなんだから!』
咲(saki)『いや、流石に初対面ですし、先輩ですし』
Mai@推ししか勝たん『ううん、私は気にしてないから大丈夫だよ! それよりも勝手に咲ちゃんって呼んじゃったけど大丈夫?』
咲(saki)『あっ、はい。大丈夫です。えっと、一ノ瀬さん』
Mai@推ししか勝たん『名字じゃなくて、名前で全然オッケーだよ。それこそ舞先輩って呼んでくれても』
奏☆『おっ、いいじゃん良いじゃん。ほらほら、呼んでみなよっ! 舞先輩って』
咲(saki)『お姉ちゃん、茶化さないで。……えっと、じゃあ舞先輩で』
Mai@推ししか勝たん『せ、先輩……なんていい響き!!』
先輩と呼ばれ、恍惚の表情を浮かべる舞の姿が思い浮かぶ。別に感動するのは勝手だし構わないけど、あんまり心の気持ち悪い声をもらすなよ?
奏☆『じゃあ次は、さっきから微妙に存在感がない亮ちん!』
亮『存在感がないって……』
奏☆『も~、冗談だって。そんな露骨に落ち込まないでよ~』
存在感がないというよりは、女子三人の会話のテンポが速すぎて入っていけなかっただけである。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものだ。
Mai@推ししか勝たん『まぁ、亮の存在感のなさは今に始まったことじゃないから』
亮『ひどい、さっきから一人も味方がいない』
奏☆『まぁまぁ、それよりも咲ちゃんは亮ちんのことなんて呼ぶ? 亮ちん先輩?』
咲(saki)『それはヤダ』
亮『俺も嫌です』
奏☆『えぇ? そんなに言うほどかな? 可愛いと思うのに』
咲(saki)『可愛いって思ってるのはお姉ちゃんだけだから。……えっと、じゃあ戸賀崎先輩でいいですか?』
亮『うん。俺もそっちの方が百倍ましだから、そっちにしてくれると助かるよ』
奏☆『二人ともヒドイ!!』
亮『ちなみに、呼び方は咲さんで大丈夫?』
咲(saki)『はい。その呼び方で大丈夫です』
奏☆『二人とも、無視すんな!!』
取り敢えず、俺と舞の呼び名も無事に決まって一安心だ。それに、咲さんは言葉こそ若干ドライな感じがあるものの、コミュニケーションに難があるわけでもなさそうである。
あくまで一般論なのだが、引き籠ったりしたことがあると、人とのコミュニケーションに支障をきたしてしまうことが多いからな。その辺りは、普段奏さんと会話をしていることがいきてきているのだろう。姉に対する容赦のなさは、仲の良い姉妹そのものだ。
そもそも、奏さんと似て明るい性格だったって言ってたし、元のコミュニケーション能力は高い方だったと推測できる。
だからこそ、なぜ引き籠ってしまったのかと疑問に感じてしまうけど……。まぁ、今はその辺の事情は置いといて、純粋に彼女との時間を楽しむことにしよう。
舞@推ししか勝たん『じゃあ、お互いの自己紹介も済んだことだし、早速始めましょうか』
奏☆『よしきた! 練習の成果を見せるときだね』
咲(saki)『空回りしないようにね?』
奏☆『大丈夫だって。お姉ちゃんに、任せなさーい!!』
舞@推ししか勝たん『ごち〇さ!! モ〇お姉ちゃん!!』
奏☆『???』
亮『あ、あはは。舞のチャットは気にしなくて大丈夫だから』
俺も少しだけ脳裏をよぎったけどさ。だけど、一般人にオタク知識を披露したところで大体の確立で困惑されるだけだから、その辺でやめときなさい。
舞は、モ〇お姉ちゃんが思い浮かんだんだな。俺はコ〇ア。
そんな話をしつつ、俺たちはいよいよ一緒にゲームを始めることに。
舞@推ししか勝たん『それじゃあ、ゲーム中はチャットができないから、通話に切り替えましょうか』
奏☆『うん、そうだね。咲ちゃん、どうやってやるの?』
咲(saki)『前教えたでしょ……まぁ教えてあげるけど』
奏☆『やったー! 咲ちゃん、大好き』
咲(saki)『ちょ、おねえちゃん、だkっかn』
どうやら、小鳥遊姉妹は一緒の部屋でゲームをやっているらしい。そして、抱き付かれたらしい。咲さんの文字が途中で変な感じになっていて、思わず吹き出してしまった。
仲睦まじい姉妹をしり目に、俺は再び通話モードへを設定を切り替える。
「……あー、あー。聞こえてるか?」
「うん、ばっちり聞こえてるわよ」
「おー、まいまいに亮ちんの声だ! こんな感じで聞くのって、めっちゃ新鮮!!」
ヘッドフォンから元気な奏さんの声が聞こえてくる。うん、元気なのはなり寄りだけど、もうちょっとボリュームを落としてくれると尚良かったな。危うく、俺の鼓膜が粉々に砕け散るところだったぜ。
いつでもフルスロットルなのもまた、奏さんの魅力だけど。
「ちょっと、お姉ちゃんうるさい。もう少し、声のボリューム落として」
そして聞こえてきたのは、妹である咲さんの声。こちらはボリュームMAXの姉と違い、俺たちの鼓膜に優しい声量だ。
声質自体は奏さんに似ているけど、咲さんの声色の方が少しだけクールに感じる。いずれにせよ、姉妹揃って綺麗な声色だ。
「すみません、舞先輩に戸賀崎先輩。うちのお姉ちゃんが」
「ううん、気にしないで! むしろ、奏ちゃんの元気にはいつも力を貰ってるから!」
「そうですか。それなら良かったです」
舞のフォローに咲さんは少しだけ安心した様子だった。その後は、一戦目に向けて各自キャラを選んでいく。
俺は先ほどの反省を踏まえ、舞からおすすめされた初心者御用達のキャラを選択。舞は先ほどと変わらず。
小鳥遊姉妹も持ちキャラがいるのか、特に迷うことなくキャラ選択を終えていた。
「じゃあ、早速一戦始めていきましょうか。皆、準備はいい?」
「うん!」「おう」「はい」
舞の掛け声に、三者三葉の返事をする俺たち。取り敢えず、俺の目標は何とか終盤まで生き残ること。
そして、咲さんの実力がいかほどのモノなのか。それを確認することだった。
そして、20分程度で1戦目が終了したのだが、
「……えっ? 咲ちゃん強すぎじゃない?」
舞の言葉が全てだった。俺も、正直想像以上の実力で言葉を失っている。
「いえ、そんなことは……舞先輩のフォローが適切なお蔭で、私が自由に動けたっていう所も大きかったですよ?」
「いやいや、それにしたって……ねぇ?」
「うん。それにしたってだよ。状況判断とか、俺たちに対する指示とか、滅茶苦茶的確だったし」
「そうそう。咲ちゃんの指示がなければ私だってやられてたかもしれないし」
俺と舞の言う通り試合は、ほとんど咲さんの活躍で勝ったと言っても過言ではなかった。
プレイスキルはさることながら、ほぼ初心者である俺と奏さんをキャリーし、舞には的確な指示を出つつ、自身は正確なエイムで相手を蹂躙していく。
何というか、一人だけ次元の違う動きをしていた。ちなみに最後まで生き残ったのは舞と咲さんだけで、俺と奏さんは試合中盤くらいで撃沈。しかし、試合序盤でぼこぼこにされていた先ほどとは雲泥の差だ。
「そ、そんな……舞さんだってすごく上手でしたし、私もすごくやりやすかったです」
「それでもよ! 私も何回か潜ってるけど、こんなにうまい人、ゲームのプロとかでしか見たことなかったもん」
「ほ、褒めすぎです舞先輩……」
恐らく、顔を赤くして俯いているであろう咲さんの姿が想像できる。すごくほっこりした気分になるな。
「ふっふっふ、そうだよまいまい。うちの咲ちゃんは凄いんだよ? もっと褒めてもいいんだよ?」
「なんで奏さんが得意げなんだよ?」「どうしてお姉ちゃんが得意げなの?」
なぜか妹よりも得意げな姉に、俺と咲さんからツッコミが入る。
「いやー、これだけ咲ちゃんの事を褒められると、姉としても嬉しいってもんなんだよ! だから、もっと褒めてあげてほしくて」
「なるほど、確かに一理ある……」
「と、戸賀崎先輩も悪ノリしないで下さい」
「照れてる咲ちゃん、可愛い!!」
「でしょ? なんなら、今の照れてる咲ちゃんの姿を写真にとって送ろうか?」
「ぜひ!!」
「お姉ちゃん!!」
更に顔を赤くして奏さんのツッコミを入れている姿が想像できる。奏さんが可愛い可愛いというのもうなずける可愛さだ。ほっこりする。
「ごめんね、咲ちゃん。あまりに咲ちゃんの反応が可愛くてつい」
「い、いえ、悪いのはうちの姉ですから」
「うぅ~、咲ちゃん。スマホ返してよぉ~」
どうやら、スマホを強奪する手段をとったらしい。可哀想だけど、当然の対応っちゃ対応だな。
「ところで、戸賀崎先輩はFPSをやったことがあったんですか?」
「いや、ほとんどないかな」
「そうなんですね。いえ、初心者の方にしては動きがしっかりしてるなって」
「えっ? そうなの?」
「はい。それこそ、お姉ちゃんよりは才能を感じました」
「咲ちゃん。それは流石にお姉ちゃん、怒っちゃうぞ?」
ほとんど、咲さんや舞にキャリーされていたようなものだったのだが、俺には光るものがあったようだ。そして、ナチュラルに貶される奏さん。
どうやら初心者同士の戦いは、俺に軍配が上がったようだな。
「良かったじゃない亮。咲ちゃんに褒められて。これは、さっきまでぼこぼこにされてたかいがあったわね!」
「あの時間も必要だったってことか」
「戸賀崎先輩、舞先輩とやってたんですか?」
「二人が来る前にちょっとだけな。それこそ一戦だけだし」
「だけど、その一戦でコーチをしてたのは私なわけだし、亮の動きの基礎を作ったのは私って言っても過言じゃないかもね?」
「いや、過言だと思うぞ」
確かに、あの一戦で基本的なキャラの動かし方くらいは学んだかもしれないけど、立ち回りとかは何も学んじゃいないからな。戦場を駆け巡るので精一杯だったし。
「ふふっ、お二人は仲がいいんですね」
「仲がいいってもんじゃないよ! 少し目を離すと、部室でイチャイチャしだすくらい――」
『イチャイチャしてない(わよ)!!』
「ほらね?」
「そ、そうだね……」
余計な誤解を植え付けそうな奏さんの言葉を遮り、ツッコミを入れる俺達。ほんと、油断も隙もあったもんじゃない。
「ま、まったく、奏ちゃんが変なこと言う前に2戦目を始めましょうか?」
「変なコト? だけど、まいまいにとっては――」
「奏ちゃん?」
「ひっ! ご、ごめんなさい」
舞から物凄く低い声が聞こえ、流石の奏さんもすぐに謝罪の言葉を口にする。うん、改めてだけど舞を怒らせるのは絶対にやめておこう。
「……なるほど。戸賀崎先輩と舞先輩は……なるほど」
「咲さん? どうかしたの?」
「いえ、何でもないです。それよりも、もうすぐ2戦目が始まりますよ?」
画面を見ると、確かに開始まで残り数秒となっていた。俺は慌てて、臨戦態勢を整え直す。今回は終盤まで残りたいな。
「よしっ、それじゃあ今回も勝利を目指すわよ!」
「おー!!」
そんなやり取りをしつつ、2戦目が始まり……最終的に、俺たちは日付が変わるまでFPSに勤しんだのであった。
ちなみに戦績はまさかの10戦全勝。いくらランク帯ではなくカジュアル帯とはいえ、咲さんヤバすぎだな。
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