第35話 同級生を学外で見ると別人に見えるのはあるある

 小鳥遊家の別荘で遊びつくした日から約一週間後。

 まだまだ夏休みが継続中という今日この頃。


「……ちょっと早く来すぎたか」


 手に持っているスマホで時間を確認した俺は、誰に聞かれるでもなくそんな言葉を呟く。

 俺が今いる場所は、神奈川県某所の駅。その改札口から少し離れた場所に俺は経っていた。


 夏休み真っ只中ということもあり、改札口はもちろん改札から少し離れた今の場所もかなりの人でごった返している。

 さらに言えば、この某所は神奈川県内でも屈指の観光スポットであり、夏休みともなれば人で溢れかえることはある意味明白でもあった。

 直近だと某アニメキャラたちが訪れていた場所でもあり、オタクっぽい人たちもちらほら。


 人ごみの嫌いな人からしてみると、夏の暑さも相まって地獄のような場所だと思う。

 俺も多分に漏れず人ごみは嫌いだ。というか、こんな暑い日は外に出ることなく家の中でのんびりゲームをしているのが正解だと思う。


 そんな引き籠り癖のある俺がなぜこんな場所にいるのかというと、もちろん一人で遊びに来たわけではない。


(……なんだかソワソワするな)


 先ほどから何度もスマホを取り出しては時間を確認している。頻繁に取り出しても時間はそれほど進むことはないのに、何度も取り出してしまう。

 恐らく、俺が今日の約束に対してある種の期待と緊張をしているということの表れに他ならない。


(今のところ、舞から特に連絡はないけど……まあ大丈夫か)


 そう、今日は夏休み前に約束していた、舞と二人きりで出かける日。

 世間一般的には男女二人で出かけることを広い意味でデートと呼ぶそうなのだが、まさにデートの当日だった。


『行先はこっちである程度決めておくから任せて!』


 という連絡が着ていたため、基本行動は舞に従うだけだ。集合場所と時間だけ指定され、俺はその定刻通りにこの駅に降り立ったというわけである。


 もちろんコースを決めた貰った分、昼飯などは奢ろうと思ってる。流石にそれくらいはな。

 

 そもそも、俺はこの場所に来たことすらなかったので、まともに案内すらできないだろう。

 事前に調べたところで、べたべたな観光地を周るだけになることは明白だからな。それだと少しつまらないだろう。

 なので、正直舞が行先を考えてくれているのはありがたかった。


「あっ、亮!」


 今日にいたるまでを振り返っていると、俺の耳に聞きなじみのある声が届く。

 どうやら彼女も到着したみたいだ。


「おっ、ま……」


 聞き慣れた声に振り向くと、視線の先にはものすっごい美人な女性がいた。そして俺はあまりの美しさに絶命していた。


 …………ふぅ。無事に蘇生できた。三途の川が見えかけたぜ。

 生き返った俺は改めて声をかけてきた女性に視線を移す。


 ぱっちり二重の瞳に、ぷっくりとした唇。セミロングの髪はさらさらと風に靡き、夏の暑さを吹き飛ばすような、そんな清涼感すら感じられた。


 彼女の格好は膝よりも短いミニスカート。そこから伸びる健康的で肉付きのよい太腿。

 そして、肩を惜しげもなく披露したキャミストール。更にそのキャミストールを押し上げている形のよい胸からも視線を逸らすことができない。


 100人が見れば100人が必ず振り返ると言っても過言ではないだろう。その証拠に、近くを歩いていた男性全員が振り返ったほど。

 何人かは隣を歩く彼女らしき女性に、横腹を小突かれていた。


 そんな誰が見たって明らかな美人さんは、ぱたぱたとサンダルから乾いた音を奏でつつ、こちらまで走ってきた。

 えっ? なんで俺の方にやってくるんだ?


「ごめんね、待たせちゃったみたいで」


 どうやら俺はこの美女と知り合いらしい。

 うーん、俺の知り合いの中にこんな美人なんてしらな……あれ? だけどこの顔、どこかで見た事あるような。


「ちょっと! 同じ学校の友達、しかも部活まで一緒の顔を忘れちゃったわけ?」


 状況を受け入れられずにポカンとしている俺に、相変わらず美人さんから話しかけてくる。

 しかし、見れば見るほど美人なんだけど……やっぱり誰かに似てるよな。


 少し不機嫌そうに頬を膨らませる目の前の美人は、明らかに俺と知り合いな反応をしていて――。


 そこでようやく俺は思い出す。


「……もしかして舞?」

「私じゃなかったら、一体誰だと思ってたのよ?」


 呆れたようにため息をつく舞に、ようやく疑念が確信に変わった。今、目の前にいる美人は俺と同じ学校で、部活仲間でもあって、好きな人でもある一ノ瀬舞で間違いない。


 部活仲間の顔を思い出せなかったので、目の前の彼女が呆れるのも無理はない。

 しかし、それも許してほしいと思うほど、プライベート姿の舞は破壊力がすさまじかった。

 普段は制服を見る機会が一番多いため、余計にそう感じたのかもしれない。


 それに、この前のBBQの時はもう少しボーイッシュな格好をしていたことも、余計に俺の脳みそを混乱させている要因になっている。

 化粧だって、海に入るということもあって薄かったからな。


 こんなバッチリ決めていると、否応にも美人過ぎてどぎまぎしてしまう。

 惚れているということを差し引いても可愛いが過ぎる。


「いや、まあ、ちょっと……な」

「何よ歯切れが悪いわね。……今日の格好そんなにおかしい?」


 俺が微妙な返事をしたことで、舞があらぬ不安を抱いてしまったようだ。

 表情を曇らせ、自身が身に付けている洋服に視線を向ける。どうやら自分が今日着てきた服に原因があるのかと邪推してしまっている。


 おかしいのは見惚れすぎていたこっち側なので、舞に原因があるはずがない。これは早急に誤解を解かなければ……。


「違う違う! 別に舞の格好がおかしいとかそんなわけじゃなくて」

「……じゃあ何なのよ?」


 不安と疑問を瞳に宿して俺の上目遣いで見つめてくる舞。

 ほんのりを化粧を施している表情は、いつもより大人っぽく見える。


 その表情で見つめられると余計に恥ずかしさが込み上げてくるが、ここで引いたらいつまで経っても堂々巡りなので俺も覚悟を決める。


 ……というか、マジで可愛いな。化粧をしなくても十分可愛いのに、化粧をしたら破滅的に可愛さが増している。多分、その辺のアイドルより可愛いぞ。


「……可愛いなって、今日の格好」

「……えっ?」

「だ、だから! 今日の格好が可愛くて、見惚れてたんだよ!」


 夏の暑さと恥ずかしさで変な汗が出てきた。後でちゃんと制汗剤をつけておかないと。

 まさか、デートの一発目からこんなキザなセリフを言う羽目になるなんて……。


 スコップがあれば恥ずかしさのあまり、地面を掘っているところだ。


「……そ、そう。ほんとに?」

「嘘ついてこんなこと言う性格じゃないの、舞が一番よく分かってるだろ……」


 俺の言葉に対して半信半疑といった反応の舞。やっぱり舞って世間の評価と比べて、自己評価が低すぎる気がするんだよな。

 今言ったけど、嘘ついてまでいう言葉ではない。というか、こんなセリフをポンポン言えるやるはホストにでもなったほうがいい。


「ま、まあ確かに。亮がこんなセリフ、ポンポン言ってきたら気持ち悪いもの」

「うん、少し傷ついたけど、分かってくれたみたいで何よりだよ」


 俺の性格をよくご存じで。……少しだけ出てきた涙を拭い、改めて舞に向き合う。


「だから、まあ、そう言うことだから。……ごめん」

「何で謝るのよ?」

「ボーっとしてて、気付かなかったから」

「……もう。別にいいわよ。理由さえわかればよかったから。それに――」


 言葉を切った舞は、ニコッと微笑みを浮かべ、


「ちゃんと可愛いって思ってもらえてよかったなって」


 再び俺にとってオーバーキル並みの言葉と表情を向けてくるのだった。

 ……今日、俺の命日じゃないよな?





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「ところで今日はどこに行くんだ?」


 舞から受けた傷がある程度癒えたところで、俺は彼女に尋ねる。


「今日はね、あの某ロックアニメの聖地を周ろうと思って!」

「えっ? あの某有名ロックアニメ?」

「そう!」


 オタクなら流石にこのアニメは履修済みだ。

 当初は注目度の高いアニメではなかったのだが、主人公やその仲間のキャラ付け、完成度の高い劇中歌などで人気が爆発。

 原作や劇中歌のCDも飛ぶように売れ、社会現象になったと言っても過言ではないほどだった。


 個人的に、この年の覇権はリコ〇コで決まったと思ってたんだけどな。

 ほんと、アニメって何が流行るか想像つかないから困る。まあ、それがアニメのいいところでもあるんだけどさ。


 ちなみに、俺も見終わった後は、ギターを買おうと血迷ったことを考えたほど。

 お小遣いが足りなさ過ぎて正気に戻りました。


「あのアニメ、私もハマってギターを買ったほどなんだけど」

「えっ、マジで?」


 どうやら舞は血迷ったまま、ギターを購入したらしい。学生なのに、よくお金が出てきたな。

 モデルで収入もあるはずだから、問題ないのかもしれない。じゃないとギターは学生にとって高い買い物すぎる。


「一回、その聖地を周ってみたくてね! そこまで場所が多いわけじゃないから、体力の少ない私たちでも十分に周れるかなと思ったの!」

「……確かに、あまりに聖地が多すぎるとオタクの俺たちでは体力が先に尽きてしまう。特に体力の少ない舞にとっては」

「そうそう! 私は本当に体力がなくて……って、体力がないのは亮も一緒でしょ!?」

「バレたか」


 華麗なるノリツッコミを披露する舞。こんなに美人でも、ノリツッコミとかちゃんとしてくれるから親近感がわくんだよな。

 と、舞が持ってきていたバックの中をごそごそと漁り、自撮り棒を取り出す。


「ほら、亮。写真撮るからもっとこっちによって!」

「えっ!?」


 急に始まった撮影会に戸惑いを隠せない俺。

 しかも、もっと近くに寄れって……今でも十分近いんですが。


「えっ、じゃなくて! アニメでもこの駅で写真を撮ってたじゃない!」

「い、言われてみれば……」


 そういや、作中きっての陽キャラが自分のスマホで主人公と写真を撮っていたような。

 ここの駅は初見の人からすると一種の観光名所にもなっているので、写真を撮るのも分からなくはない。

 現に、俺たち以外の人たちも友達、カップル問わず写真を撮ってるからな。


「というわけで、はいチーズ!」

「っ!?」


 俺の動揺を知ってか知らずか、舞は俺の右腕に自身の左腕を絡ませると、慣れた手つきでパシャっと一枚。

 急に香ってきた女の子の甘い香りと、あまりに柔らかすぎる右腕の感触に、俺はかなり引き攣った顔をしていたことだろう。

 その証拠に、


「ねえ、亮ってば滅茶苦茶変な顔してるんだけど!」


 写真を確認した舞が俺の顔を見て大爆笑している。

 確かに彼女の言う通り、俺の顔は見事なまでに硬直し、引き攣っていた。隣で無邪気な笑顔を浮かべる舞とは対照的である。


 しかし、いきなりやってきた嗅覚と触覚へのとんでもない衝撃に、間抜けな表情を浮かべるのは許してほしい。

 男として、当然の反応をしたまでである。


「……流石に撮り直さないか?」

「え~、私的にはばっちりなんだけど」

「いやいや、どの辺がばっちりなんだよ!?」

「面白さが! あと、原作と構図も似てるし!」

「面白さはいらないから!」


 原作と構図が若干似ているのは否定しないけどさ。

 しかし、俺の要求通りに撮り直されることはなく、一旦自撮り棒は彼女の鞄の中へ。


「ふふっ、良い写真が取れたから満足だわ」

「俺は、あの写真が半永久的に残ると思うと憂鬱でしょうがないよ」

「後で奏ちゃんたちに送ってあげないと!」

「ブサイクな俺の写真をこれ以上広げないでくれ……」


 多分、次に会った時に死ぬほどいじられるんだろうな~。

 いじられるだけましだと思っておこう。


「さて、第一目標も達成した事だし、次の目的地へ向かいましょうか!」

「了解……っと?」


 俺は周りから聞こえてきたひそひそ声に耳を欹てる。


『あの子、めっちゃ可愛いよな』

『だな。男と一緒に居る見たいだけど、流石に彼氏ってわけじゃないよな?』

『声かけてみるか……』


「…………」

「ん? どうしたの亮?」

「ちょっと、な」


 首を傾げる舞を改めて見つめる。

 周りが言う通り、俺と彼女じゃ釣り合ってないかもしれない。

 だけど、これがもし世間一般で言うデートというのならば、少しくらい勇気を出してみてもいいんじゃないだろうか。

 

 それに、周りが思っているより俺と舞の関係値は低くない……はず。

 俺の勘違いと言われたって、エゴだと言われたってどうでもいい。周りに見せつけるくらいで行かないと、彼女はきっとつかめないから。


 俺は一つ息を吐くと、彼女の左手に自身の右手を絡ませた。

 急に手を繋がれた舞はビクッと身体を震わせる。


「えっ!?」

「……嫌なら言ってくれ。今日、暑いし」


 最後に逃げ道を用意してしまっている以上、俺もまだまだ自信がないんだろうな。

 

 一方、急に手を繋がれた舞はしばらく俺の顔と繋がれた左手に視線を行き来させていたが、


「……べ、別に嫌じゃないから」

「そっか。じゃあ行こうか。取り敢えずこの道をまっすぐでいい?」

「……うん」


 ギュッと握り返してきた左手の柔らかさに頬が思わず緩む。


「ちょ、ちょっと! 何笑ってるのよ!?」

「いや、全然笑ってないから」

「うそ! 絶対笑ってた!」


 真っ赤な顔で文句を伝える舞に、ニヤニヤとした笑みが止まらない俺だった。

 これでさっきの写真の件はチャラにしてあげよう。

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クラスで一番可愛い女の子が、オタクだった件について。 @renzowait

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