第4話 その日、初めて家族やバイト先以外の女の子とラインを交換しました。
「…………はぁ」
「どした? 顔に似合わないため息なんかついて」
「はっ!!」
不思議そうな親友の声に俺は記憶の彼方から現世に戻ってくる。
今は丁度、3時間目が終わったところの休み時間。後、1時間耐え切れば昼休みということで、クラス内にも若干弛緩した空気が流れている。
そして、肝心の俺はというと、友人の言葉の通り全く授業に身が入っていなかった。理由は言わなくても分かるだろう。
聞いているだけでよい授業が多かったのが唯一の救いか? いや、板書はめちゃくちゃなんだけどさ……後で輝に見せてもらわないと。
「な、何でもないよ!」
「ため息つくなんて、なんか悩み事か? 悩み事にしてはやけに顔がにやけてる気がするけど」
「に、にやけてないから!」
「いや、絶対ににやけてたよ。その時のだらしない顔、写真に収めたけど見るか?」
「なに勝手に撮ってるんだよ!?」
「いや、気付かないほうが問題だろ」
「うぐっ……」
こればっかりは輝の言う通りだ。スマホで撮られてることに気が付かないなんて、相当重症である。いや、恋愛ボケとでもいうべきか。
ちなみに写真を見せてもらったところ、確かににやけてました。それも気持ち悪いくらい。
「それで~、実際のところ何があったんだ?」
「すまん。こればっかりは輝にもいうわけにはいかないんだ」
「えぇ~、つまらんなぁ」
「悪いな。言ったら多分、俺は殺されるんだ」
「そんな重大なことだったのか!?」
殺されると言っても、物理的ではなく世間的にだけどな。びっくりする輝を他所に、俺は改めて昨日の出来事を思い出す。
(ほんと、夢みたいな時間だったな~)
言葉の通り、昨日は本当に夢みたいな時間だった。俺には勿体なさすぎるほどに。
結局、あの後は二人でコラボカフェに行ったのだが、終始一ノ瀬は興奮しっぱなしだった。普段はどちらかといえば落ち着いている印象があっただけに、少しだけ困惑してしまったのは内緒である。
しかし、楽し気にグッズやメニューを眺める彼女の姿は目の保養になった。やっぱり可愛いというのは正義だ。あの時の空間は、某夢の国より夢の国だったに違いない。
(だけど……)
俺は視線を教室の入り口付近へ。そこには友人と話す一ノ瀬の姿が。
友人と楽しそうに談笑する彼女ともちろん、目が合うことはない。そして現在に至るまで、声をかけられるということもなかった。
まるで昨日の事が嘘だったかというような感覚。……いや、これでよかったのだ。彼女とはあくまで住む世界が違う。昨日の出来事は、神様が気まぐれでくれたご褒美なのだ。
ご褒美はたまにあるから希少性が高くなる。そんな何回もあるわけがない。そもそも、俺と一ノ瀬は接点があったわけではないのだからこれが普通なのだ。だから大丈夫。おかしいところなんて何にも――――。
(……それでも悲しいぃいいいい)
心の中だけで涙を流す俺。人間とはつくづく複雑な生き物である。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「じゃあ、また明日!」
「おう。部活頑張れよ~」
「ありがとな!」
今日も元気に部活動へ向かう友人を見送った俺は、いそいそと帰り支度を始める。
既にクラスメイトの半分以上は所属している部活動へ向かい、残っている者は僅かという状況だった。
そして、一ノ瀬の姿もいつの間にか無くなっていた。分かってはいたけど、やっぱり悲しい。
気分が落ち込んだまま支度をしていたら、いつの間にか俺以外のクラスメイトの姿はなくなっていた。
「やばいやばい、早く帰らないと」
残っていた教科書を雑に鞄へ詰め込み、俺は昇降口へ。そして、ローファーを取り出すために下駄箱を覗き込み……。
「ん? なんか入って……なんだこれ?」
下駄箱から出てきたのは一通の手紙。一瞬、頭の中が真っ白になる。
(ま、まま、ままままさか、らら、ラブレター!?)
理解が追いついた瞬間に、心拍数がバクバクと上昇し始めるのが分かる。身体の血流が一気に回り始める感覚。誰もいないにも関わらず、無駄にきょろきょろとあたりを見回す。
(い、一体誰が、俺なんかに!?)
女子と話すことが極端に少ない俺に、心当たりなんてあるわけがない。……いや、もしかすると、隠れて俺に好意を寄せてくれていた人がいるということか!?
(落ち着け、一度深呼吸だ)
たっぷりと息を吸って、吐き出す。2、3回繰り返したところでようやく落ち着いてきた。
取り乱していてもしょうがない。ここでしなければならないのはただ一つ。中身を確認することだけだ。
(よ、よし、開けるぞ……)
俺は震える手で慎重に封を外し、中身を取り出す。手汗が酷いが気にしている場合ではない。
そして、開いた手紙の内容が――――。
【今日の放課後、視聴覚室にて待つ。絶対に来い】
色々と期待していたことがきれいさっぱり霧散した。俺の抱いていたわくわく感と緊張感を返してほしい。
なんだよこの内容。ガッカリするとともに、訳が分からなすぎる内容に思わず首を傾げる。
決闘でも申し込まれているような、そんな文章。直球にもほどがあるその文章に、益々謎が深くなる。
というか、絶対って……誰の仕業か知らないけど、こんな強めの言葉を使う意味は果たしてあるのだろうか。
「悪戯……ってわけでもないよな」
普通の悪戯であれば、もう少し文章の内容が変わってくると思われるし……。
一瞬、輝の仕業かと思ったが、あいつはそんな事するような奴じゃない。そもそも、彼は今は絶賛部活動中だ。
じゃあ、他のクラスメイト……その線も薄いだろうな。俺はクラスで目立ってはいないけど、敵を作っているわけでもない。
悪戯をするにしても、一番面白みのない人間なのだ。
「……別に行く必要はないと思うんだけど、絶対って書いてあるしな~」
無視して帰ろうかとも思ったが、この後特段用事があるわけでもない。そして、買いたい漫画やラノベの新刊が出ているわけでもない。
帰ったところでアニメを見るか、ラノベを読むか。それしかやることがないのである。今日はアルバイトも休みだしな。
「まぁ、騙されたと思っていってみますか」
ラブレターじゃない(多分)と分かっているだけダメージは少ないしな。こっそり教室の外から覗いてみて、誰もいなければ帰ろう。そうしよう。
結論を出した俺は、今歩いてきた道を引き返し、手紙の内容通り視聴覚室を目指す。
ちなみに視聴覚室は校舎の外れにある、正直何のためにあるのかよく分からない教室だ。たまに、英語のコミュニケーションなんかの授業で使ったりするけど、未だにちゃんとした使い方は分からずじまいである。
そして、外れというだけあって放課後は特に人気が少ない。学校によっては部活動で使っているところもあるみたいだけど、うちは使っている部活もなかったはずだ。
なぜそんな教室を指定したのか? そもそも、結局誰が書いたのか、見当もつかないままだ。交友関係が狭い俺に悪戯をしてくる人とは一体?
視聴覚室の前に到着した俺は、外からこっそり中を覗き込んで――。
「あっ! 遅かったわね戸賀崎君」
ガッツリ目が合ってしまった。というか、一ノ瀬!? なぜ、帰宅部である彼女が放課後の教室に!? しかも、今『遅かったわね』って言った気が……。
びっくり、というか状況が呑み込めないまま俺は視聴覚室の中へ入る。
「全く、遅いから手紙を見ないで帰っちゃったかと思ったわよ!」
「は、はぁ……」
ぷりぷりと怒っている一ノ瀬さんとは対照的に、俺は曖昧な表情で曖昧な返事をしてしまう。だって、意味がわからないもの。
「どうしたのよ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」
「いや、状況が呑み込めてなくて」
「状況が読み込めてないって戸賀崎君、靴箱に入ってた手紙を見てここに来たんじゃないの?」
不思議そうに首を傾げる一ノ瀬。というか、やっぱりあの手紙の犯人は一ノ瀬だったのか。彼女の言葉を聞いて、あの手紙の送り主が一ノ瀬であることを再確認する。
「ま、まぁ、確かに見たけどさ……あの手紙を書いたのが一ノ瀬さんってのが意外だったから」
「私もさんざん悩んだんだけど、やっぱりあれしか方法がないかなって思ったのよ!」
「普通に教室で声をかけてくれればいいんじゃ……?」
「嫌よ! あんなところで声をかければ変な詮索をされるかもだし、もしかしたらオタクだってバレるかもしれないじゃない!」
それは確かに一理ある。彼女は目立つので、一挙手一投足が常に注目の的なのだ。そんな彼女が今まで接点のなかった影の薄い男子に声をかける。
よく恋愛漫画などで見る光景であり、噂にしかならない状況だな。人によっては変な誤解をしてもおかしくない。
俺は俺で、キョドってまともな反応ができなさそうだし。うーん、コミュ障過ぎて泣けてくる。
だとしても、もっとまともな誘い方があったと思うのは俺だけでしょうか?
「というか、なんで俺を呼びだしたの?」
「何でもなにも、昨日、コラボカフェに行った仲じゃない!」
「仲って……まともに話したのは昨日が初めてなんだけど」
そもそも、その回答では答えになっていない。俺が知りたいのは呼びだした理由、それだけである。
「まぁ、大した理由じゃないんだけどね。単純に、話し相手が欲しくて」
「話し相手?」
彼女の言葉に俺は首を傾げる。話し相手って、一体何のことだろう?
「ほら、私ってオタクであること隠してるでしょ? だけど、読んでる漫画の事とか、見てるアニメとか。色々と語り合いたいわけよ」
なるほど、その話し相手って事なのか。分からなくはないけど、
「別に話し相手なんて、俺以外にもたくさんいるんじゃ?」
「普段はオタクである事を隠してるから、話し相手なんていないわよ」
「それはそうかもしれないけどさ。でも、今はインターネットとかSNSとか、それこそ繋がれる機会はいくらでもあるわけだし、誰かと話すなんて苦労しないんじゃ?」
「確かにそれも考えたし、SNSもやってるんだけど……インターネットってなんか怖いじゃない? それこそ、変な人と繋がったら大変なことになりそうだし」
「ま、まぁ、確かに一ノ瀬さんの言う通りかもしれないけど……」
一ノ瀬の言う通り、万が一ということがある。男ならいいかもしれないが、女性は何かの拍子に事故に巻き込まれでもしたら大変だからな。ストーカーとかされても、警察はなかなか動かないし。
「それに、戸賀崎君なら昨日の感じでどんな人かは大体分かったし。秘密も守ってくれて、ちょろ……誠実な人だと思ったから!」
「今、ちょろいって言いかけた?」
「気のせいよ」
絶対、言いかけたと思うんだよな。……あれ? もしかして俺って都合よくつかわれそうになってる?
「というわけで、うまく話がまとまったわね」
「絶対まとまってないでしょ」
「うるさいわね。細かい男はモテないわよ!」
「理不尽がすぎる!」
「あははっ!」
俺の返事に笑い声を上げる一ノ瀬。意外とからかわれていただけかもしれない。
しかし……からかわれるだけでも嬉しいものだな。あれ? 俺ってMなのかも。
一ノ瀬は一通り笑いつくした後、「そういえば」と手を叩く。
「そもそも、昨日連絡先を交換してなかったからこんなことになったのよ。交換さえしていれば、こんなまどろっこしいことをする必要なかったのに」
「あー、言われてみれば……でも、昨日は一ノ瀬さんが興奮しすぎてそれどころじゃなかった気がするんだけど?」
「……覚えてないわね」
「絶対覚えてるでしょ」
あの興奮具合を忘れられるのは至難の業だと思うんだけどな。推しに興奮するオタクを言葉にしたら多分、あんな感じになるんだろう。
というか、今の間は完全に覚えている人の間だったぞ。
「ま、まぁ、そんなことはどうでもいいのよ! それより早くスマホ出して!!」
「分かった、分かった」
彼女に言われるがまま、鞄の中からスマホを取り出す。そして、普段から使っているメッセージアプリを起動させ、QRコードを一ノ瀬側へと差し出す。
「ありがと。じゃあ、読み込んで……よしっ! これで完了ね。適当なスタンプを送っておくから、友達追加してちょうだい!」
そう言ってすぐに俺のアプリがピコンッと音を立てる。
『一ノ瀬舞がスタンプを送信しました』
アプリを確認すると、確かに一ノ瀬からスタンプが送られてきていた。そして、トーク画面を開き、彼女を友達追加する。
『一ノ瀬舞と友達になりました』
友達になりました、か。……なんて良い響きだろうか。願わくば友達という言葉が彼女とかになればもっと良い――。
「どうしたのよ、ニヤニヤして。気持ち悪いわよ」
「し、してないから!」
俺はどうも表情に出やすいらしい。ほんと、気を付けないと。好きな人にドン引きとか洒落にならないからな。
……それはいいとして1つ、どうしても聞いておかなきゃいけないことがある
「ところでさ」
「なに?」
「このスタンプは一体?」
彼女が送ってきたスタンプは、なぜか服がボロボロになったキャラクターが悔し気にこちらを見上げている……そんなスタンプだった。
俺の疑問に、一ノ瀬は待ってましたとばかりに目を輝かせる。
「いいでしょこれ! くっころスタンプよ! 今、めちゃくちゃ流行ってるやつ!」
とんでもないスタンプ名だった。それに初めて聞いたぞ、そんな流行。というか、こんなのが流行っちゃまずいでしょ。
「この絶妙にデフォルメされてる感がいいのよね。それでいて、エロさを失っていない。作成した人はこの作品の良さがよーくわかってるわね!」
求めていない説明をぺらぺらと喋る一ノ瀬。その表情は清々しいほどまでに輝いている。いやまぁ、確かにそうかもしれないけどさ……。
「気に入ったら戸賀崎君もぜひ、買ってみて!」
「買わないから!」
「じゃあ、プレゼントしてあげる!」
「間に合ってます!!」
しかし、俺の制止をきく一ノ瀬ではない。次の瞬間には『一ノ瀬舞からプレゼントが送られました』とメッセージが飛んできていた。
思わず俺は頭を抱える。
(まさか、好きな人から初めてもらうプレゼントが『くっころスタンプ』とは……)
嬉しいやら、悲しいやら……複雑な表情を浮かべる俺とは対照的に一ノ瀬は満足げだ。
まぁ、一ノ瀬が満足そうだからいいや(思考放棄)。
そんなこんなで色々あったけど……その日、初めて家族やバイト先以外の女の子とラインを交換しました。
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