待てるはずだ、私の夫なら


 彼らは……彼らもまたドラゴニアンだった。

 ただ、ファーヴガンたちとは幾分様子が違っていた。


 大きさはみな、15メートルくらいだろうか。ずいぶんと小型だ。

 そして地面に降りるとすぐに人型になった。

 そして、頭を下げてきた。


「お初にお目にかかります。

 我々は……ドラゴニアン、ロート氏族の者です」


 一番年をとった老人が前に出て言った。


「ロート氏族……?」

「はい。宇宙テレビの再現ドラマ番組で見まして、あなた方が……赤いドラゴニアンの少女を保護したというのを」


 ……。

 ちょっと待て。

 ちょっと待って?

 それはつまり、あのドラゴニアンたちがやってきたのも、全部あのバカ皇子のせいということなのかな?

 今回もまた俺の邪魔すんのかあのクソが。


「ど、どうなされました」


 俺の怒りが顔に出てたのだろうか、ドラゴニアンの老人がちょっと引いていた。

 オーケー、続けてくれ。俺は大丈夫だから。


「あの娘は、我が氏族の……私の孫なのです、間違いありません。

 再現ドラマだけでなく、ウーチューブの動画配信のアーカイブを見て……確信いたしました」

「孫……?」


 そして老人は語り始めた。


 彼の名はニーズフォング・ロート。

 ドラゴニアンのロート氏族の長老だという。

 ドラゴニアンとは、そもそも龍星群と呼ばれる小惑星帯に住んでいた少数民族だと言う。

 彼らは幾つもの氏族に別れていて、それは主に体色で大別されていた。

 赤のロート氏族、青のシーア氏族、黄のゲルー氏族……そして黒のスヴァル氏族というように。


 氏族により性質も様々であり、戦闘的な者もいれば、穏やかで平和を好む者もいる。

 そして最も邪悪で強力なドラゴニアン……混沌色のケイオー氏族が、他のドラゴニアンたちと戦いを起こした。

 戦いは長く続き、やがてケイオー氏族は滅びたが、他のドラゴニアンたちも大きく数を減らした。


「あの子……ファムレはとある連中に狙われているのです」


 そうニーズフォングは言う。ファムレというのがユリシアの本名だという。

 ユリシアを狙っている連中は……黒のスヴァル氏族のドラゴニアン。


「彼奴らは、もう女子供がおらず、種族存続のために……ファムレを自分たちの嫁にすると行ってきたのですじゃ。

 わしの息子たち……ファムレの両親はそれに反対し、殺された」

「な……!?」


「息子たちはすんでの所でファムレを逃がしたのですが、わしらともはぐれ、行方がわからなくなって……」


 そんな時に邪神の瞳に寄生され、そしてフェリスと、俺と出会ったということか。


「我らはファムレを探していましたが、なかなか手がかりもなく……」


 そんな時に例の動画を見た、と。


 だが……。


「ユリシア……そのファムレは、黒いドラゴニアンに……」


 一歩遅かった。遅かったんだ。


「……そんな……」


 ニーズフォングが落胆する。それはそうだろう。やっと探し出した孫娘がすでに連れ去られているなんて。

 だが……。


「もう一度、聞かせてくれ、爺さん。

 奴らは、ユリシアを、どうするって?」


 同族だと聞いた。


 同胞だと言った。だから迎えに来たと。


 寿命の違う人間と共にいるより、同族と共に過ごすべきだと、正論を吐いた。

 そうだったよな?


「もう女子供がおらぬスヴァル氏族が、種族存続のために、ファムレを自分たちの嫁に……する……と……」


 ニーズフォングが、その他のドラゴニアンたちが、俺を見て一斉に後ずさった。 


 ああ、安心して下さい。あなたたちに対して怒っているわけではありませんから。


 ふーん。


「な、る、ほ、ど。

 なるほどなるほど、そうかそうか、そういうことかー。

 俺の娘を? あんな幼くてかわいらしい子を? 手籠めにして? 種族存続とやらのため、子供を産ませるために?

 し、か、も。

 本当の両親を殺して? 手に入れようとしたって?

 ふーん。

 ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん。」


 愉快な話だ。

 愉快すぎて思わず殺したくなる。


「あ、あの……」

「いやいいんです、ごめんなさいねドラゴニアンのみなさん。わかってます、ええわかってますともあっはっは。

 悪いのは全部あのロリコンクソトカゲだってわかってるから」


 ぶち切れた。


 いい度胸じゃねぇか。何が同胞だ、ユリシアのためだ。全部自分の都合、自分の欲望を美辞麗句で飾ってただけじゃねえか。


 よーしわかった戦争だな?

 条約? 戦力差? 知るか。


「……親父。兄貴。止めるなよ」


 俺は後ろにいた親父たちに言う。だが……。


「誰が止めるって?」


 親父たちも笑顔だった。完全にトサカに来ていた。


「晩飯はトカゲの丸焼きだな?」


 ケルナーの兄貴も笑っていた。


 よし、やるか。やろう。やっちまうか。


「お、お待ちください」


 そんな時、ニーズフォングが声を上げた。


「お気持ちはとてもありがたく思いますが……そのような事をすれば、貴方たちは全銀河を敵に回すことに……」


 確かにそうだ。

 この星の領民まで巻き込んでしまう事に……。

 だが親父が言う。


「今からちょっと辺境伯のジジイんとこに話つけてくるわ、爵位まるっと帝国に返すんでよろしくって」


 おいおいおい。


「さすが親父だな、賛成だぜ。身軽になってちょうどいいぜ」


 ケルナーの兄貴も言う。いや、さすがにそれは……。


「なに、ユルグだって俺らが何も言わなかったら俺らと縁切って一人で突っ込んで潰す気だっただろーが」


 親父が言う。

 ……流石俺の親父、お見通しでしたか。


「待て、まてまてまてまてユルグ、落ち着け」

「そうですよ旦那様方」


 そんな俺たちに水を差したのはフェリスとクォーレだった。


「……止めるのか」

「そうじゃない」

「止めないんですか!?」


 クォーレがフェリスに驚く。クォーレは止めるつもりだったのか。まあクォーレからしたらそうだろうが。


「落ち着け、と言っているんだ。ああ、落ち着け。

 私たちの愛しい娘を汚そうと攫って行ったあのトカゲを絶対に許さないぶっ殺すというのは私も全く同じだ。

 だが、敵を仕留めるにはな、ユルグ。頭に血が上ったまま殴りかかっても駄目だ。

 冷静に、クールに、静かに、計画的に仕留めるべきなんだ」

「……奥様が言うと説得力すごいですね」

「褒めるなクォーレ。ともかく……。

 ご老人。奴らを完全に完膚なきまでに叩き潰すには情報が必要だが、何かないか」

「そ、そう言われましても……」


 ニーズフォングは引いていた。


 その時、シュミット兄さんが手を挙げた。


「ドラゴニアンには、生物として繁殖に適した時期……いわゆる発情期と、氏族としてのしきたり……儀式としての婚期があるという。

 あの黒いドラゴニアンが、氏族のしきたりをどれだけ守るかわからないが……恐らくその時期は近いのではないか?

 だから動いたのだろう。その明確な時期がわかれば……」


 ……?

 兄さんの言っていることがちょっとよくわからないが……。


「ユルグよ。つまり簡単に言うと、ユリシアが子供を作れる身体になるのはいつか、と義兄上は聞いているのだ」


 フェリスが説明してくれる。いや、ちょっと待って。


「ユリシアはまだ子供だぞ、兄さん」

「彼女はドラゴニアンだ。あのような姿だが、実年齢はお前より上だろう。種族によって成長は様々だし、子を成せる時期にも違いがある。

 長老。わかりますか?」

「……あの子が子を成せるようになる時期……ですか。 

 確かに、今の星の位置からすると……銀河標準時で、あと一週間ほど……でしょうか」

 

 ニーズフォングが答える。


「一週間……か。

 ユルグよ……待てるな? 待てるはずだ、私の夫なら」


 そうフェリスが言ってくる。


 ……ずるいな。そう言われたら、そうするしかないだろう。

 頭のいいフェリスと兄さんが何かえげつないことを企ん……もとい。何か大切なことを計画し進めるなら、俺たちは従うのみだ。


 ああ、待つさ。

 だから……待っていてくれ。無事でいてくれ、ユリシア……!

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