さあ。パーティの始まりだぜ
「新婚旅行は、ない?」
フェリスが言う。
はい、すみません。
シュミット兄さんの時もなかったし。貧乏貴族なんです。
権利は少なく、義務だけはやたら大きく重いノブレスオブリージュ。それが辺境の田舎貴族です。
「……ええ、想定内です。むしろこの私が新婚旅行を楽しむなど、許されるはずもない」
フェリスはそう言う。まあ、罰ゲーム結婚だからな。
「すみません、フェリシアーデ様」
親父が謝罪する。それに対しフェリスが言う。
「お義父様が謝られることはありません。それと、私のことは様をつけないでください。あなたの娘なのですから、フェリシアーデで結構です。敬語も必要ありません」
フェリスと呼べ、とは言わないのか。
そのフェリスの言動に、親父はこっそり俺に言う。
「どうなってんだ。噂に聞いてた超銀河極悪令嬢って感じじゃないぞ」
「俺に聞くなよ。噂のほうが間違ってたっぽいけどな。
最初は俺も、鬱ってるか、反省してるかのどれかなんだろって思ってたが……」
「違うのか」
「ユクが言ってたぞ。学園では厳しくも優しく真面目な理想の御嬢様だったとか」
「……マジか。いやそれともお前が昨晩ガッツリと調教したとか」
「殴り飛ばすぞセクハラクソ親父」
指一本触れてねぇよ。いや、結婚式の時にキスはしたけど。
控えめに言って最高にやわらかくて、ヤバかった。
もしこれでそのまま初夜を迎えたらどうなるかわからないというか、確実にフェリスを傷つけ、嫌われる自信はあるね。童貞なめんなよ。
「と、ともあれ。ユルグよ、結婚したからって浮かれてはいかんぞ。
結婚したからには妻を養う責任が生まれるのだ。
ただでさえ貴族の家に生まれた男、しっかりと責任と義務を果たして誇りをもって生きていかねばいかん」
「母ちゃんに捨てられた男のせりふかよ」
次兄のケルナーが言う。それは禁句だぞ。
ほら、わかりやすく凹んだ。
「うるせー! お前だってまだ結婚出来てねーじゃねーか!」
「は? ちゃんと婚約してっしラブラブだっつーの。ただちょっと学園卒業するまで待ってるだけだし」
「そして学園で新しい男見つけちゃうわけだ、そして捨てられるってありがちだからなー、待ってるだけの相手より側にいて守ってくれる男の方を選ぶのが女」
「ふっざけんなよクソ親父、てめーが貧乏だから学園行けなかったんだろーが!」
「男ならてめーの学費ぐらいてめーで稼げよ甲斐性なしー」
「よーし表ぇ出ろやクソ親父!!」
喧嘩が始まった。
ケルナーの兄貴は喧嘩っ早いからな。よく俺も親父ともやりあってた。
ちなみにシュミット兄さんにだけは逆らわなかった。
あの人怒らせたら怖いし。一番。
親父は兄さんと時々喧嘩してるけど、親父は流石に大人というか、喧嘩の仕方を心得ていて決定的な対立にはならない。要するにプロレスみたいなものだろう。
一度兄さんを怒らせた連中がいたけど、そいつらの末路は……まあ、魔口にしたくない。
閑話休題。
要するにケルナー兄貴はこの星のガキ大将だ。喧嘩っ早いが面倒見はいいので人望は厚いタイプだ。
「お義姉様、あのバカたちは無視してくださいね」
ユクリーンが言う。こいつが一番幸せそうなツラしてるよな。
「でもまさかフェリシアーデ様が私の義姉になるなんて思いませんでした!
学園に戻っても内心で周囲にマウント取れます!」
「私は嫉妬と暴走で身を滅ぼした女だ。周囲に誇れるようなものでもない。
というか、内心とは」
「お兄様が、周囲に言いふらしては妻の迷惑になるから許さん、我が妻を貶めるな……って」
そこまで言ってねぇぞ。いや意図は伝わってるようだが。そこまでわかってんならフェリスにも黙ってろよ。
「ユルグ……」
「あー、うんいや。それよりもユク、兄貴たち止めろよ」
「なんでよ」
「兄貴止められるのお前ぐらいだからだ」
「そんな、鍬より重い物持ったことない御令嬢にいう台詞?」
「そもそも鍬より重い物ってナチュラルに出てくる時点で世間一般の令嬢とはほと遠いわ」
「石臼より、といった方がよかったかしら」
「もっと重いわ」
ちなみに倉庫には、囚人や奴隷が回すような巨大な石臼がある。
よく創作で、「意味がわからないただ回すだけの拷問器具」と呼ばれるやつだ。
「仲がいいのだな」
フェリスが俺と妹のかけあいや、バカ親父と兄貴の喧嘩を見て言う。
「食卓が温かい。私の家では、こんなことはなかった。
学園でもそうだ。
みんな距離を取り、心をさらけ出さない。
私が家を追われる最後まで、父も母も兄も姉も、私を見ようとしなかった。ついぞ、本音で話し合ったことはなかった」
「フェリス……」
それが帝都の宇宙貴族か。
俺たちも、一度そういった貴族のパーティに参加したことはある。
ここら一体の星系を取り仕切る辺境伯様が出席するということで、寄子である俺たちも出席したんだった。
なんというか、うすら寒いというか、どうにも性に合わなかったのは覚えている。
その時もケルナー兄貴が暴れてたっけ。確か子爵の家の奴相手に。
それで兄貴の尻拭いがクソ大変だったのは覚えている。
目立ちたくないのに、そのゴタゴタで宇宙モンスター討伐騒動までなったっけ。二度とごめんだよ。
「貧乏だから学園に……というが、ユクリーンは通っていたのだろう」
「まあ、俺たちに回す金をかき集めたら、妹一人くらいなら行かせられるし。奨学金も何とかなったし」
「優秀なのだな、ユクリーンは。学園でもそうだったとアリスも言っていたな」
「猫かぶるのが上手いだけだ。ケルナーの兄貴より腕相撲強かったのに、虫も殺せないみたいなツラしてたからな」
実際に、宇宙巨大ムカデとか普通に倒してたし、あいつ。
そして焼いて食ってたし。
「本当に、うらやましい。
そういうふうに、気が置けない間柄の人間が私にいたら、何か変わっていたのだろうか。
結局、殿下とも、最後まで心は通じ合わなかった。私は最後まで、彼を理解できなかった。
私と本気で話をしたのは、思えばアリス……あの女だけだったのかもしれない」
「遠慮なかったですもんね、あの子」
……ええと、重くなりそうだけど、聞き返すべきなのだろうか。
聞き返すべきなんだろうな。妹から聞いてはいるけど、話の流れ的に。
話をする事で気が楽になるかもだし。
「それは、皇太子殿下と恋仲になったという、特待生の?」
「ああ。アリス……いや、アリシア。
アリシア・ルインフォードという。
物怖じしない娘でな。
そこに殿下も惹かれたのだろう」
……なんだろう。
恋敵であるはずの相手の事を話すフェリスは、少しうれしそうな、まぶしそうな、そんなかんじだった。
そして、正直、あまり面白くない。
妻の口から他人の男の話が出ることが……いや、いやいやいやいやいやいや。
何を考えているんだ俺は。
「宇宙魔力の強い娘で、そして癒しの魔法に秀でていた。
宇宙聖女に選ばれたからな」
「宇宙聖女ねえ。
なんというか、別世界の話だな」
「そうだな」
フェリスが笑う。
「今の私にとっても、もはや遠い。
私が生きる世界は、この小さな星だ。ここで静かに暮らす、それだけだな」
「静かに……か」
田舎の辺境の惑星でのスローライフ。
でも、それを目的に移住しようとしてくる人もいるけど……
そうは、ならないんだよなあ。
◇
「次のアジトが決まったぜ」
宇宙山賊の頭領は、部下たちにそう告げる。
その言葉に、宇宙オークや宇宙ゴブリンを含んだ宇宙山賊たちが色めき立った。
「やったー!」
「ようやく陸だぜ」
「やっぱ船は性にあわねえ」
彼らが今いるのは宇宙船の中だ。この宇宙船も立派に武装している。
宇宙船に乗り、宇宙を渡り、武力と暴力で他者を蹂躙し強奪して生きる糧とする。こういうと「宇宙海賊か」と思われるが、しかし彼らは宇宙山賊である。
宇宙山賊と宇宙海賊の違いは何か。
宇宙海賊は、ある程度の縄張りはあれど、宇宙を船で自由気ままに旅をして獲物を探し、略奪する。
一方宇宙山賊は……ここと思っ惑星や衛星、小惑星帯ほ本気を本拠地とし、そこを通る商人や旅人を襲ったり、近くに住む人々を支配したりするのだ。
そして彼らは、現在新しいアジトを探していた。
「惑星イナーカスだ」
「なんスかそれ」
「聞いたことねぇな」
「シヴァイタール辺境伯の支配領域のひとつだよ。だが……小さな星だ。だからこそいい。辺境伯も一応支配してるが、大事にしてる重要な星じゃない……らしいぜ」
「灯台もと暗し……ってヤツっすかい」
「ああ。そこを根城にして、立て直しだ」
彼らはとある宇宙山賊団の生き残りであった。
生き残り……というより、脱走者、逃走者の集団と言った方がいいだろう。
銀河帝国の騎士たちと戦う事にった時、一部が敵前逃亡したのだ。そしてい彼らは、その自らの所業を恥じてはいない。
奪う事と生きる事が全て。
プライドはあれど、誇りと矜持は持ち合わせていない。それが絵中山賊である。
そして彼らは、アジトを失い、彷徨っている時に「偶然」情報を手に入れた。
日頃の行いが良かったからだろう。彼らは何の疑いもなくそれを信じた。
「さあ。パーティの始まりだぜ」
宇宙山賊は、惑星イナーカスへと進路を取り、宇宙ワープを開始した。
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