俺たちは、愛し合って等――いないのだから

「――信じらんない。兄さんがフェリシアーデ様と結婚?

 ゴールデンウィークだからって帰省してみたらこの展開?

 ちょっと夢かどうか確かめるから一発殴らせて」


 結婚式場の控室。


 このタイミングで帰省してきた妹のユクリーンが、物騒なセリフを吐いた。


「そういうのはケルナー兄貴にやってくれ、ユク。

 ……事情は説明した通りだよ。

 ていうか、フェリスのこと知ってるんだな」


 そういえば、こいつも学園に入っていたな。


「そりゃ知ってるわよ。

 銀河帝国公爵家ローエンドルフ、その長女にして帝国皇太子オルトリタール・ルム・リギューラ殿下の婚約者……だった方。

 私達みたいな木っ端貴族からしたら星雲の彼方の人よ。

 それがまさか、あんなことがあったとはいえ、兄さんと……ねぇ」

「あんなこと……

 親父からも聞いてるけど、婚約破棄の件か」

「ええ」

「……だけどさ」


 俺はユクリーンに言う。


「フェリスって、本当にそんなことしでかしたのか?

 なんか聞いてたイメージと違うんだけど」


 皇太子に近づいた特待生の平民に対し嫉妬し激怒し、様々な嫌がらせを行い、追い出そうとして逆に悪事が露見し、婚約破棄される。


 そんな、失脚した悪女――という話だったが、実際に出逢った彼女はそんなイメージとは全然違っていた。


「は? それ本気で言ってるの」

「あ、ああ。言われてるような悪い人には見えなかったんだが……」


 そんな俺の言葉に、


「へぇ」


 ユクリーンはにんまりと笑った。


「兄さんにしては良い勘してるじゃない。うん、見る目はあるわ」

「どういうことだ?」

「うーんとね。フェリシアーデ様って、確かに苛烈な人ではあるけど、決して酷い人じゃないわよ。身分の低い貴族にも優しかったわ。

 私が入学式の時に、変な先輩に騙されて道に迷った時、フェリシアーデ様が現れて助けてくれたのよね。

 新入生、タイガ曲がっているぞ。と笑いかけてくださったのよ」

「それは……」


 そちらの方が確かによほど、現物のイメージと一致するな。


「それ以来、結構お世話になったのよね。本当に素敵な先輩だったわ。

 強く優しく、凛とした姿は学園女子の憧れよ。

 それがこんな兄さんとねぇ……」

「こんなで悪かったな」

「豚に真珠、猫に小判、犬に論語、兎に祭文、掃き溜めに鶴、鶏群の一鶴、珠玉の瓦礫に在るが如し、紅は園生に植えても隠れなし、藪に剛の者、砂に黄金泥に蓮、砂の底から玉が出る、砂の中の黄金、堆肥の中の宝石、天水桶に竜、万緑叢中紅一点、藪に黄ってかんじよね」

「学園で学んだ知識を全力で使って言葉責めすんじゃねぇ」

「まあともかく。

 フェリシアーデ様はそんな方だったのよ。後輩にも身分の低い人たちにも、厳しくも優しい方。

 それ故に敵もいたけど、皇太子殿下の婚約者ってこともあって順風満帆だったわ。

 アリスと出会うまでは……いえ、アリスと殿下が出会うまでは、か」

「アリス?」

「アリシア・ルインフォード。私と同じ二年生の特待生。

 今は宇宙聖女アリシアって呼ばれてる。

 今の、皇太子殿下の婚約者ね。

 ……実を言うと、アリスって私がフェリシアーデ様に紹介したのよね」

「……何?」

「そして、アリスとフェリシアーデ様ってすぐ仲良くなっちゃったのよ。

 先輩先輩って子犬みたいに懐いてね。

 取り巻きの一人……っていうより、妹みたいに仲が良かったわ」

「いやいやいやいや。皇太子殿下を取り合ってたんじゃないのか」

「そうよ。

 フェリシアーデ様に連れられたパーティーで、アリスは皇太子殿下と出会ったの。

 ちなみに私もその会場で彼氏見つけたわ」

「それはどうでもいいが……

 話がどんどんおかしくなってきたな」

「殴るわよ兄さん。

 ともあれ、そこで殿下とアリスは出会った。

 そこから話がおかしくなっていったわね。

 まあ、そこからは私も詳しくないんだけど」

「なんでだ?」

「流石に私程度の準男爵家が、皇太子殿下の近くに寄れないわよ。アリスはグイグイ行ってたけどね。

 そして、三人が三角関係になってギスギスしはじめた……っていう話よ。

 そして、アリスはいじめの標的にされるようになった。

 私にも、アリスをいじめろって言って来る子がいたわね。

 蹴飛ばしてあげたけど。

 文句言ってきたから花瓶で数回殴ったら、何も言ってこなくなったわね」


 ……それ、二度と喋る事が出来なくなった、とかいう意味じゃないよな妹よ。


 お前ならやりかねん。


 イナーカス一の狂犬女と呼ばれたお前なら。


「フェリシアーデ様が直接指示した……ってのじゃないでしょうね。

 取り巻きが空気を読んだ。元から特待生のアリスを嫌ってた子たちがこれ幸いにと攻撃を始めた。そういうのが重なったのね。

 私もアリスを守ろうとしたんたけど……」

「けど?」

「フェリシアーデ様に、アリスに近づくな、って言われたわ。

 お前のためだ、って」

「……そこは、受け取り方次第だけど、場合によっては悪女っぽいな」

「そういうふうに見えたわね、確かに。まあ、あのフェリシアーデ様だから、私を守ろうとしたんだろう……とは思ったけど。

 そして私ともフェリシアーデ様は疎遠になって……

 そして、婚約破棄の事件が起きた」


 ……なるほど。

 そうして、俺の所に……か。


「学園で色々と噂になって推測されてたけど、どこぞの田舎の貴族の所に嫁がされた……以上の事はわからないままだったのよね。

 まさかうちたとは。

 ねえ兄さん、学園に戻ったらいいふらしていい?」

「駄目だ」


 フェリスが学園でさらに嘲笑われる事になる。


 ユクリーンはそんな俺を見て、ニヤニヤとしている。


 気持ち悪いな。


「なんだよ」

「んーん、別に。もしかしたら兄さんでよかったのかもね、って思って。 

 ていうかあまフェリシアーデ様が私のお義姉様ってことじゃない!

 でかしたわ兄さん!」


 俺は何もやってない。


 というか、さっきからいちいち失礼だよなこの妹は。


 これから結婚式なんだぞ俺は。


 ほぼ初対面の相手と。


 だがまあ……ユクリーンから、フェリスの学園での様子を聞けたのはよかった。不安だった、「ショックで大人しくなっているだけだが本来は性格最悪の宇宙極悪令嬢でした」という展開は無い、ということだ。


「……フェリシアーデ様を泣かせたら殺すからね。お兄様♪」


 ここに来た時すでに泣いてたんだが。




 結婚式が始まる。


 俺たちの結婚式だ。


 新郎は俺、ユルグ・ノンヴィ・イナーカス。


 花嫁の名はフェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ。


 俺達は、この星に唯一ある小さな教会で式を挙げる。


 小さな村の小さな教会だが、それでもこの星の文明レベルからすれば、相当に立派だと言っていいだろう。


 控室で妹がわきゃわきゃ言っていたら、遣いの者が入ってきた。


「そろそろでございます」

「はい」


 俺は案内されるがまま、向かう。


「おお……」

 思わず声が出る。


 天井から降り注ぐ光。天井が壊れているけど、そこすら降りる光がとても神々しい。


 真っ白な……とは言えないが、それでもまあ白い壁。


 ステンドグラスからは色彩豊かな光が差し込み、祭壇を照らす。


 そして、その前にいるのは――。


「フェリス……」


 純白のドレスに身を包んだフェリスが、微笑んでいた。


 ギリギリ廃墟ではない教会、そこに彼女だけが切り取られたかのように美しかった。


 俺は牧師に促されるまま、フェリスの隣に立つ。


「汝、ユルグ・ノンヴィ・イナーカス。

 貴殿はこの者を妻とすることを望みますか」

「はい」

「汝、フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ。

 貴殿はこの者の妻として、良き時も悪しき時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分けてもなお永遠に愛し続けることを誓いますか」

「……………………………………はい」


 沈黙が長かったが、フェリスは頷いた。覚悟を決めたのだろう。諦めた、とねいうのだろうか。


「では指輪の交換を」


 フェリスは俺に、銀細工のシンプルな指輪を差し出す。


 俺もフェリスの指に、指輪を通す。


「では、永遠の愛の口づけを」


 ……。


 ここが分水嶺だ。


 口づけを交わしたら、もう戻れない。そこで決まる。そこで終わってしまう。


 本当に、それでいいのか。


 勝手に決められた結婚――



 と、いうのがマリッジブルーだったか。本で読んだ。


 親や周囲に決められた結婚には逆らうのが普通だと本にあった。けど、平民に毛が生えたレベルとはいえ、貴族なのだから、決められた結婚というのは普通である。


 両親も兄達も政略結婚、見合い結婚だ。


 本人の意思でどうこう出来るというのがおかしいのだ。どこぞの皇太子のように。


 ……本当に、フェリスに同情してしまう。

 


 だけど、いくら彼女を慮ったところで、俺程度、俺個人にできる事なんて何もない。


 できる事といったら、夫として、彼女を支えていくことだけだろう。


 幸いにも、当初に話を聞いて絶望したような、ひどい女ではなかったわけだし。


 フェリスが目を閉じる。


 俺の気のせいか、彼女の頬は赤く染まっているようだ。だがきっと俺が内心は期待でもしてしまってそう見えているだけだろう。


 俺たちは、愛し合って等――いないのだから。


 だけど、それでも思う。


 もしかして、こんなものすごい美少女と結婚出来る俺って、もしかしてものすごいラッキーなんじゃないか、と……不謹慎な事を。


 ……浮かれてはいけない。この結婚は罰ゲームなんだ。フェリスにとっての断罪だ。


 だったら、俺がしっかりしないと。


 俺は、決意を込めて目を閉じ、唇を重ねた。


「これで二人は夫婦となりました」


 神父が厳かに宣言する。


「では、ここで祝福の鐘を鳴らしましょう」


 カーン、と高い音が響く。


 そして、領民達が入ってくる。だいたいこの星の民全員だ。


 みくな笑顔で拍手してくれる。


「幸せになれよ!」


 そして、また歓声が上がる。


「すげぇ綺麗なお嫁さんだ!」

「きれーい……」

「ケルナー様、先を越されたな!」

「それよりごちそうはまだか!!」

「酒もってこーい!!」


 結婚式は好評だ。


 幸いなのは、この星が辺境のド田舎だから、帝都でのいざこざの話が流れてきていなかったことだ。


 フェリスの存在も、どこかから物好きな貴族の娘が嫁に来た程度にしか思われていないのは良いことだ。


 こんな星でまで、恥知らずだの追放者だの悪役令嬢だのと噂され後ろ指を刺されてはたまったものじゃないだろう。


 娯楽の少ない星だ。


 領主の三男坊の結婚式というだけでもちょっとした祭りになった。


 長兄シュミットの結婚、次男ケルナーの婚約の時もそうだったが、ようするに騒ぎたいだけだ。


 辺境の田舎の、小さな結婚式。


 それでつつがなく終わったのだけが、救いだと思った。



 ちなみに、新婚初夜は、まあなんというか、ぶっちゃけ迎えなかった。


 だって、抱けるかよ。


 本人が自業自得と言っているとはいえ、何もかも奪われて追いやられた失意と絶望の底にいる女の子を、ふはははははは罰ゲームとはいえ結婚したからそれが義務だ逃げられないね、と抱けるかっつーの。


 どんな悪徳貴族だよ。


 ていうか、今回のこと仕組んだ帝国はそういうことしろって思ってるんだろうな。


 なおさら出来るか。


 萎えるわ、しぼむわ。童貞なめんな。童貞はデリケートなんだよ。


 しかし寝室を別にするのもあれなので、ひとつの寝室にベッドをふたつにして、別々に寝た。


 夜に、フェリスのすすり泣きが聞こえたが、それは聞こえなかったことにしておいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る