しかし夫婦らしいことってどうすりゃいいんだ

 惑星シヴァイタール。




 銀河帝国辺境に位置する惑星である。




 俺の住むイナカースとは少し離れているが、うちの本星である。




 人口は確か数十万人だったか。うちの星とは大違いの、栄えている地方都市といった感じだ。




 その惑星に、辺境伯様の砦がある。




 うちの屋敷というあばら家と違い、衛星軌道上にある宇宙要塞だ。




 俺たちを乗せた宇宙船は、そのまま宇宙要塞へと到着した。




 屈強のトルーパーたちが出迎える。なんというか、捕まった犯罪者みたいな気分だ。




「辺境伯様がお待ちです」




「おお、久しぶりだな、ユル坊」




 通されて部屋にの待ち構えていたのは、2メートル近い巨漢の老人だった。老人と言っても、そんじょそこらの若者よりよほど壮健である。




 ケンガーヴ・ルッティヤルド・シヴァイタール辺境伯。




 ここら一帯を取り仕切るボスだ。




「シュミ坊はとケル坊はどうした?」


「用事があると……」




 逃げました、とは言えない。




「そうか。まあいい。


 では改めて、我が寄子達よ。よく来てくれた」


「どうも」


「お招きいただきありがとうございます」


「ははは、堅苦しい挨拶はいらん。さあ座れ。今日の主役はお前たちだ」




 言われるまま、豪奢なソファーに腰かける。落ち着かないな、




 対面の席に辺境伯が座り、その横に秘書の女性が立つ。


 そして、その後ろにトルーパーが二人。……うん、なんかもう、逃げられないって感じだな。




「さて、では始めよう」


「何をでしょうか?」


「決まっているだろう。皆の領地の繁栄具合を自慢しあう大会……だ」




 やっぱりそれですか。




「『ワクワク★ビックリ領地マウント対抗戦』なる催事が行われる事になった!!」




 うわあ。




「そこで、お前たちには我が領土の現状を語ってもらおうと思う。


では各々、存分に誇るがよい!! 田舎自慢大会だ!!!」




 自慢大会といっちゃったよ。


 しかしあれだな。領地経営は親父が行ってるし、俺の出番は無いな。




 





「辺境伯にも困ったものだな」




 廊下を歩きながら、フェリスが言う。




「まったくだよ。フェリスも知ってるのか、辺境伯様を」


「ああ。銀河の護りの要だからな、彼は。私の家とも付き合いがあった。本当に困りものだったよ」


「Pi――Pu」




 L3もその通り、と言う。帝都でも暴れてたんだろうな、あの人は。




「覚悟しておけ。領主たちを使った余興が終わったら、次はおそらく私達だ。老人は若者の色恋沙汰を聞きたがる」


「色恋沙汰、とはいいづらいけどな、俺たち」


「辺境伯にとっては大して変わりはないのだろう。


“愛の無い政略結婚”と聞くと余計に首を突っ込んでくるタイプだ」


「あー。隣の星の男爵さんとこがそれ喰らったらしいな。


 夫婦二人で未開の無人惑星に送られて、危険がピンチのドキドキが愛を芽生えさせるのだー、って」


「……どうなったのだ?」


「恐ろしいことに、嫌いあってた二人が)3か月のサバイバルを経て超ラブラブになってた」


「……やり手ではあるのだな」


「まあふたりとも「あの糞辺境伯絶対ぶっ〇す」と感謝してたよ」


「だろうな。銀河無敵の髭皿宇宙キューピッド……か」


「なにそれ怖い」


「辺境伯の自称のひとつだ」


「自称かよ!」


「ああ。だが無駄に実績があるのも事実だな」


「“愛の無い政略結婚”と聞くと余計に首を突っ込んでくる、ねえ……


 嫌だなあ、ちょっかいかけられたら」




 その俺の言葉に、フェリスは足を止める。




「そうだな。確かに。私達の結婚に……愛はなかった」


「……フェリス」




 やばい。地雷踏んだか?




「で、でも貴族に政略結婚は普通だしさ。これからだろう。少なくとも俺はフェリスの事、き……嫌いじゃないし」


「そうか? 嫉妬のあまり身を滅ぼした醜い女だぞ」


「……ユクが言ってたけどさ。その噂は間違ってるってよ。学園でのフェリスは実に立派な淑女だったってさ」


「……」


「俺だって、最初に話聞いた時は、正直……ひどい女押し付けられる罰ゲームだって思った。けどさ、実際にあったら……その、想像してたよりずっとまともで、そして、その……綺麗で」




 何を言ってるんだろう、俺は。




「……そうか。だがそれにしては、その……私に手も触れようと……」




 フェリスが顔を赤らめて言ってくる。




 やばい、かわいいぞその仕草。




「いやだってその、なんつーかさ……


 学園での悪評が事実無根のデマだったとしても。その……失恋して婚約破棄されて、ここにいるのは事実だろ。


 そんな傷心の女の子にさ、軽々しく手なんか出せないだろ……」




 本当に何を言って居てるんだろう、こんな情けないこと言うつもりなかったのに。




 なんで「俺はへたれです」と正直に白状しているのか。




 しかし、フェリスは俺の言葉に愉快そうに笑った。




「はははっ。お前にとって私は、か弱い女の子か。これでも学園では恐れられたものだったが」


「不愉快だった?」


「逆だ。お前は“私”を見ようとしてくれたてるのだな。しかし女の子か……まあ、屈強な辺境の民からしたらそうなのかもな」


「それ言うなら俺だってただの弱っちぃ男の子になるけどな」


「では、私たちはよちよち歩きのか弱く幼い夫婦というわけだ」


「ままごとかよ」


「ままごとか。私はやったことないな、とても興味がある」


「いや、さすがにこの年齢でおままことやるのはつらいです」


「そうか。まあごっこ遊びなんてしなくても夫婦だからな」




 ……なんだろう。




 今日はフェリスがなんかグイグイ来る気がする。




「あの辺境伯に、未開のジャングル惑星に放り込まれたりしないためにも、私たちは……もっと夫婦らしく、すべきでは……ないだろうか」


「そ、そうだな。辺境伯様の遊びに巻き込まれたくないしな……」




 しかし夫婦らしいことってどうすりゃいいんだ。




 ひとまず……手でも繋いでおくべきか。




 俺たちは、目が合う。そして互いに目を逸らしつつも、手を……




「あーっ!! 見つけましたわ!!」




 そんな時、廊下に大声が響いた。




 慌てて手を引っ込める。




 チッ、と舌打ちが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。




「フェリシアーデ様! お久しぶりですわ!」




 そう言って駆けてきたのは、緑色の縦ローるよの髪をした、知らない少女だった。フェリスの知り合いのようだが。




「……グリンディアナ」




 フェリスがその名前を呼ぶ。




「なぜおまえがここに?」


「フェリシアーデ様を心配してに決まっていますわ! 貴女がこちらにいると聞いて駆けつけてきたんですの」




 潤んだ瞳でフェリスの手を握って言うグリンディアナ嬢。




 彼女はそのあと、俺の方を見た。




「……この方が、フェリシアーデ様の……?」


「ああ。私の夫だ」


「そうですか。初めまして、私はグリンディアナ・フォンデルム・ヴァナルディースと申します。


 ヴァナルディース侯爵家の娘として、フェリシアーデ様には随分とお世話になりましたわ」




 そう挨拶してくる。




 しかし侯爵家か……めんどくさそうだ。




「丁寧なご挨拶痛み入ります。私はユルグ・ノンヴィ・イナーカス、イナーカス準男爵家の三男でございます」




「まあ、準男爵」




 元公爵令嬢と釣り合わない、とか言われるんだろうな。




「それは……さぞかし大変でしょう。外野から色々と言われているのでは」




 ……ん?




「よくも悪くも、ユルグの惑星は田舎だからな。


 そういうのにこだわる者は少なくてて助かっている」


「まあ、そうでしたの。それは何よりですわ」




 フェリスが説明する。しかしなんだ、公爵家の御令嬢にしては……




 口調はともかく、ずいぶんと理解があるというか、親しみやすい?




「フェリシアーデ様も、ずいぶんと顔色がよくなられたというか、お元気そうで何よりです。


 愛さていらっしゃるのですね」


「いや、そんな……」




 フェリスが照れる。そういわれると恥ずかしいというかこそばゆいというか。




「フェリシアーデ様があんなことになって、とても心配していましたの。


 ユルグ様、フェリシアーデ様を支えてくださって本当にありがとうございます。


 ごたごたで疎遠になってしまっていましたが、再会を機にフェリシアーデ様とは再び仲良くさせていただきたいと思っていますわ。


 家としてではなく、個人として」


「……そうか」


「はい。ユルグ様も、私の事は気軽にグリンダとお呼びくださいませ」


「あ、はい」




 俺の手を握って言うグリンディアナ嬢。近い。




「あ、ですが自分は準男爵家の三男坊ですし、恐れ多いかと、グリンディアナ様」




 勢いに押されそうになったが、なぜだろう。








 ここで頭を縦に振ってしまった瞬間、恐ろしい何が起きる気がした。




 否――“起こる”というより、“終わる”だろうか。




 よくわからないが、それは絶望的なまでの確信だった。






「そうですか。ですが、必ずグリンダと呼ばせて見せますわ」




 そう言ってグリンディアナ嬢は手を離し、一歩下がる。




「それでは、私は辺境伯様とお話がございますので、またお会いしましょう、フェリシアーデ様、ユルグ様」


「ああ、これからもよろしく頼む、グリンディアナ」




 グリンディアナ嬢の言葉に、フェリスが笑顔で答えた。






 彼女が立ち去った後、俺たちは用意された部屋へと戻った。




 


「なんかびっくりしたな」


「そうだな」


「でも、フェリスって友達多いんだな」


「そうだな」


「応援してくれる友達って大事にしないとな」


「そうだな」


「……夕食なんだろう」


「そうだな」


「鬱の対義語は?」


「そうだな」


「炭酸水は?」


「そうだな」






 ……だめだ。




 フェリスがさっきから様子がおかしい。




 何か考え込んでいるようだ。




 そして殺気がやばい。なんだろうこれ。




 さっきのグリンディアナと何かあったのだろうか。しかしなんか聞ける雰囲気じゃないな……




「ちょっと散歩してくる」


「そうだな」




 上の空で何かを考えているフェリスに一応言葉をかけて、俺は部屋を出た。


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