夫婦の共有財産、という奴だな

 イナーカスの宇宙港に、不定期の定期便が到着した。




 物資運搬、宅配便、旅行者などが時々送られてくる。




 毎回ではないが、時々それをチェックするのも領主とその一族の仕事である。めんどくさい。




 今日は俺とフェリスがチェックに来ている。




 まあ、ド田舎たから送られてくる物も少ないので楽ではあるけど。




「坊ちゃん、なんか今日、もう一便来るみたいです」




 職員の一人が言って来る。




「わかった。だけど、坊ちゃんはやめてくれよ。俺もう結婚したんだし」




 そう言いながら俺は建物の外に出る。




 すると……




「なんだあれ」




 一隻の宇宙船がやってきていた。




「あれは……私の家の紋章だ」




 後ろから出てきたフェリスが言う。




 確かにあの紋章は見覚えがある。




 ローエンドルフ公爵家の紋章だった。




「まさか……」




 嫌な予感がした。まさか、この期に及んでフェリスを連れ戻しに……!?




 しかし、俺の予感は外れていた。




 船は、地上に降りる事をせず、空中で制止し、そしてハッチを開け――






 ゴミを落としてきた。




「なんで!?」




 この星はゴミ捨て場じゃねーぞ!




 流石にこれは抗議していいよね?




 大量に落ちて来るゴミ。




 壊れたクーローゼットや椅子、テーブルなどが落ちてきた。




 幸いにも俺たちに直撃はしなかったが、目の前にゴミの山が積み上がっていった。




 宇宙船は、そのまま去っていく。




「なんだったんだよ、あれ……フェリス?」




 フェリスを見ると、彼女はそのゴミの山を悲しそうに見て、そして言った。




「私の――部屋の私物だ」




「……へ?」




「全て壊されているな。これが、家名に泥を塗った娘への……結婚祝いか」


「そんな……」




 無茶苦茶だ。




 確かに迷惑をかけたのかもしれないが、娘の荷物を全て壊してゴミにして送りつける?




 陰険にも程があるだろう。




「フェリス……」




 ズタズタに切り裂かれたドレス、割られたカップ、そういったものをフェリスは手に取って、震えていた。




 ひどすぎる。




 これが……親のやる事なのか?




 俺はなんと声をかけていいのかわからなかった。




 これが経験豊富なイケメンなら、色々と慰めたり元気づけたり出来るのだろうが……




 童貞なめんなよ。無理だ。




「……?」




 いたたまれなくて目を泳がせていたら、ガラクタの一角が動いているのが見えた。




「なんだ、あれ」


「……? あれは……」




 フェリスがそこに行き、ゴミをかきわける。




「Pi――Pu」




 電子音が鳴った。いや――声、か。これは……ロボット?




「L3……」




 フェリスが言う。




 そこから出てきたのは、大きさ50cmほどの大きさのロボットだった。




 キラキラした目の、車輪のついたペンギン? フクロウ? に似た感じのロボットだった。




「これは……?」




「L3-VT。私の友達……ペットロボットだ」




 そう語るフェリスの目は、優しかった。




「お前は……無事だったか」




 よく見ると、外装に亀裂が走っている。だが、それで済ん゛のだろう。




「……ロボットの修理なら、兄さんに頼んだら大丈夫だと思うぞ」


「そうか。助かる」


「大事にしてるんだな」


「ああ。昔、私が初めて買ったロボットだ。十年以上一緒にいる」


「そっか……」




 色々あって連れてこれなかったんだろう。再会できてよかった。




 しかし……




「これ、全部俺たちがどうにかすんの」




 かつてのフェリスの私物だったゴミの山を前に、俺は途方に暮れるのだった。









「甘いですね」




 シュミット兄さんは、そのゴミを見て言った。




「甘いって、何が」


「壊し方だよ。なんというか大雑把だ。嫌がらせにしては、悪意が足りないね」


「なんだよその判断」




 兄さんは言う。




「破壊もまた芸術なんだ」


「サイコパスみたいにこと言い出した」


「まあ聞きなさい。破壊の痕跡は、その者がどういう意図、どういう感情をもって行ったかがわかる。


 いわゆるプロファイリングだね。


 八つ当たり的な破壊。


 その品物そのものに対しての怒りによるもの。


 持ち主への憎悪。


 破壊そのものに悦楽を感じる。


 様々な意図と感情が、読み取れる」




 兄さんは、壊された椅子の残骸を手に取る。




「破壊されたというより、あれだね。


 叩きつけて外れたって感じだな」


「どういう……?」


「本気じゃなかった、ってことさ。


 嫌がらせとして本気で私物を破壊して送りつけるなら、こんなふうに叩きつけた程度ではなく――


 ズタズタにするよ。


 鋸でバラバラにしたり、燃やしたりしてね」


「優しい顔した兄さんが怖い」


「あくまでも冷静に分析しただけだ。


 この子も、内部機構は全く壊れてない。


 ……壊した外装を取り付けた、ってレベルで中身は無事だよ」


「……」




 本気で壊していない、か。どういうことだ?




「ユクの証言からも、フェリスは別段恐れられても嫌われてもなかったっていうし……あれかな。


 公爵が激怒して、嫌がらゼを命じたけど、実行した使用人たちはフェリスに対して申し訳ないと、適当に壊したり、この子も外装を壊してカモフラージュしただけだった……とか」


「なるほどね。ローエンドルフ公爵家の実情を知らないからなんともいえないけど、この子を見る限り、そうなのかもしれない」




 兄さんは俺の推理に賛同した。




 ……しかし、とういうことはこれらもちょっと直せば色々と使えるということか。




 ある意味、公爵家からの贈り物だな。




「僕としては、あまりそそられる物はないけど」




 兄さんからしたら、変な機械とかそういうものがあまり無いのが残念らしい。




「しかし義兄上。直した上でいくつか売れば、足しになるでしょう」




 フェリスが言う。しかし売るって……




「いいのか?」


「L3といくつかのもの以外は、全部売って構わないよ。元々、私はローエンドルフを棄てた身だ」




 この子がいればいい、とL3を抱きしめる。




「Pi♪」




 L3も喜んでいるようだ。




「わかった。とりあえず直せるだけ直しておきますよ、フェリシアーデさん。


 そのロボットの外装を最優先で用意しておきますね」


「ありがとうございます、義兄上」




 修理した物の中から、いくつか見繕ってフェリスと俺で使い、残りは義姉さんが引き取ったり、売ったりするという事で話は決まった。




 うまい事臨時収入になればいいが……




 それよりも、フェリスが嬉しそうなのが、俺も嬉しかった。




「L3の所有者は私だが……ユルグの命令も聞くように登録しよう。出来るなL3?」


「Pi」




 可能らしい。応用力あるんだな。




「夫婦の共有財産、という奴だな。


 最優先は私だが、しかし私とユルグが夫婦であり続ける限り、L3はユルグにも従う」


「なるほど。よろしくな、L3」


「Pi―Pi!」




 L3は元気よく答えた。


 


 ◇


 


 宇宙ジャガイモの収穫時期が来た。




 ちなみに、ここのジャガイモは木に実る。




 古代文明時では、ジャガイモは地下茎になる野菜だったという。実際に一部ではそういう品種も残っているが、今の宇宙ではジャガイモの木に実るのが普通である。




「すごいな、豊作だぞユルグ!」




 籠にたくさんの宇宙ジャガイモを入れたフェリスがうれしそうに言う。




 ジャガイモの収穫は初めてなのだろう。




 その姿を見ていると、とても公爵令嬢とは思えない。




「私の知っているイモは人を襲ったのだが、これは人を襲わないんだな」


「ああ、人を襲うのはジャガイモじゃなくてサトイモって奴だよ」




 大型になると人を喰い殺す、危険な宇宙作物だ。




 小型なら軽い打撲程度ですむので、サトイモを見たらすぐ収穫するのが基本である。




「では私はイモを運んでくる」




 フェリスとL3はそう言って、抱えたイモを義姉さんたちのいる倉庫へと運んでいった。




 ……よく働くよな。






 フェリスが来て半年になる。随分となじんできた。




 最初は絶望と諦観と自嘲の染まり沈んでいた表情も、随分と明るくなってきたと思う。




 ……ちなみに、まだベッドで一夜をともにしていません。




 なんというかタイミングがつかめないのだ。いやだって、経緯が経緯だし。




 普通の見合いでもなく、ましてや恋愛結婚でもなく、罰ゲームだよ。




 それで田舎に追いやられた女の子に手を出すとかいくら何でも。って思うだろう。




 半年たったしそろそろ……と思わなくもないが、逆にタイミングが掴めない。




 シュミット兄さんはどうやってるんだろうな。聞いてみたいけど肉親にそういうの聞くのってどうにもアレだしなあ。




 まあ、考えてても仕方ない。




 とにかく、目の前の収穫の仕事を終わらせないとな。






 広場では、領民たちが集めた収穫物が並んでいた。




 これらを整理していくわけだ。




 頑張らないとな。








 一通り作業が終わり、家に戻った俺たちを出迎えたのは、白い装甲服に身を包んだ宇宙トルーパーたちだった。




 イナーカスの宇宙トルーパーではない。




 あれは……




「辺境伯様の所のトルーパーじゃねえか」




 親父が言う。確かに、うちのトルーパーの装甲服のようなボロではなく、さりとて中央のようにピカピカではない、戦いの傷が刻み込まれた歴戦の誂えだ。




 しかしなんで彼らが?




「お帰りなさいませ、イナーカス準男爵」




 宇宙トルーパーが言う。




「実は主から寄子の方々にご招待がございまして……」


「招集? いつものパーティーは時期じゃねぇだろ」


「はっ。それが、その……」


「あー」




 トルーパーの態度に、親父は納得がいったようだ。




「また気まぐれかよ」




 そう、辺境伯様は気まぐれな方だ。




 気まぐれで「ドキドキ★惑星対抗宇宙水泳大会?宇宙サメもいるよ?」を開かれた時は親父は激怒していたな。




 当時俺はまだガキだったので参加せずにすんだけど。




「今度は何の乱痴気騒……もとい、催し物を行うつもりなんだ?」


「はっ。


『ワクワク★ビックリ領地マウント対抗戦』と呼ばれる催し物のようでございます」




 ……。




「『ワクワク★ビックリ領地マウント対抗戦』?」


「『ワクワク★ビックリ領地マウント対抗戦』にございます」


「 なんだそりゃ」




 親父の問いに、宇宙トルーパーが答える。




「はい。なんでも、各惑星の領主たちが集まり、自分の土地の発展具合を披露する場だとか」




 ……。




 あ、うち負けるの決まったわこれ。




「おいユルグ! そんな暗い顔するんじゃねえ!」




「でもさ親父。うちみたいなド田舎の星、他の連中と競っても勝てるはずがないぞ」


「お前が暗くなってどうすんだよ!? いいか、ここはこう考えようぜ。 あのクソ貴族どもを出し抜てやるチャンスだってな」




 親父はそう言ってニヤリと笑った。




 つか、うちも貴族だぞ。






「御子息様方もどうぞ。特に、最近結婚なされたユルグ様は是非、と辺境伯様が。色々と話を聞きたい、と」


「うわー……」


「嫌な顔されるのはとても分かりますが、ご理解のほどを」




 どうやら、俺もターゲッティングされていたらしい。




「仕方ないな。腹を決めようか、兄さ……」




 シュミット兄さんの方を見ると、そこには案山子が身代わりに置かれていた。




 逃げやがった。




 ケルナー兄貴もいねぇし。




「さあ」




 トルーパーたちが俺に銃を向ける。




 いや、これ招待する貴族子女への対応じゃないよね?




 流石は辺境のトルーパー。脳筋だわ。




 ……逆らっても勝てないので、俺は黙って連行される事にした。


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