夫が妻を信じないでどうすんだよ

 宇宙要塞の窓からは惑星が見下ろせる。




 自然豊かな惑星だ。最も、自然が豊かということは、人が住みやすいと必ずしも等価ではないけど。




 それでも、俺の惑星より幾分も栄えている。




 なにせ、ビルが建っているのだ。コンビニだってある。これが都会という奴だよ。




 領主たちのマウント合戦は今も続いているようだ。




 生中継されている。




 領主たちがそれぞれ、自分の領地がどれだけ発展しているか。特産品は何か。兵士や騎士たちの練度はどうか。経済の発展はどうか。そういったことを説明している。




 ……それだけなら、とても普通かつ建設的な会合に見えるだろう。それだけなら。




 しかしそこは辺境の貴族たち。言葉を選ばずに言えば、その……




 低俗だった。




 口が悪く喧嘩っ早い連中だ。




 早くも乱闘が始まっていた。




 普通の貴族社会の会合なら、問題になるだろう。すぐに宇宙トルーパーたちが止めに入る。普通ならば。




 トルーパーたちはやれやれと言った態度で、中には賭け事をしている連中もいる。




 ていうかそもそも最初から、この『ワクワク★ビックリ領地マウント対抗戦』には辺境伯様主催で賭けが行われていた。




 辺境ローカルの宇宙テレビやウ―チューブ動画で配信されていて、各惑星の領民たちが熱中している。




 まあ辺境って娯楽少ないからな。




 宇宙要塞の職員や、見学者たちも熱中している。




 俺は賭け事はやらないけどな。




「ん?」




 ふと、小さな影が俺に近づいてきた。




「Pi――Po」




 ペットロボット、L3だ。手をぱたぱたさせて、俺の足元を回っている。




「どうした? フェリスは相変わらずか」




「Pi~」




 そうらしい。




「散歩いくか?」


「Pu!」




 俺たちは要塞内を適当にふらつくことにした。










 しばらく歩いていると、子供の泣き声が聞こえた。




 見ると、小さな女の子が泣いていた。




「迷子……かな」


「Pi」




 俺たちはその子の所にいき、声をかけた。




「君、大丈夫? どうしたの」




「パパが……ママが……いないの」




 やはり迷子のようだ。




 しかし困ったな。要塞には迷子センターとかないからな。




「んーと……」




 そうしていると、後ろから声がかかっった。




「あら、どうなされましたの……?」




 そこにいたのは、緑色盾ロールの少女だった。




「グリンディアナ様」


「グリンダですわ」


「この子が迷子みたいなんだ」


「スルーですのね」




 スルーしといた。




「賭け事で人が多いですものね。お祭りのようで、はぐれてしまうのも無理ありませんわ。


 ……ユルグ様、私達で彼女のご両親を探しましょう」




 グリンディアナ嬢はそう言って来る。




「いいんですか? 侯爵家の御令嬢がそのような……」




 俺の言葉に、グリンディアナ嬢は指を口にふて、言って来る。




「この辺境の地では、爵位や家柄は二の次であると聞いていますわ。ならば郷に入りてはなんとやらです。


 それに、子供が困っているのなら、そのような下らないことは些事ですわよ」


「……ですね」


「それから。敬語も不要ですわ。


 あ、私の喋り方は敬語ではなくてただ口調、乙女のたしなみですので、お気になさらずですわ」


「……わかりました。いや、わかったよグリンディアナ様」




 その会話に、L3が怒ったように言葉にならない電子音を鳴らしまくっている。浮気者めー、と。




 別に浮気してるわけじゃないぞ。






「辺境伯からユルグ様のお話を聞きました。


 随分と活躍されていたそうですわね」


「活躍って……」




 この子の両親を探しながら、グリンディアナ嬢は言って来る。




 辺境伯様から何を吹き込まれたんだか。




「親父や兄さんたちのサポートしかしてないよ。


 俺はあの人らみたいに、特別秀でたスキルとかあるわけじゃない」




 親父やケルナー兄貴は戦闘力が高い。




 シュミット兄さんは機械の扱いが上手い。




 妹のユクリーンは、宇宙魔力の操作に長けている。




 俺はどれも中途半端だ。




「……わかりますわ。私にも優秀な兄弟姉妹がいますもの」




 グリンディアナ嬢が言って来る。




「それに、姉妹のように育ったフェリシアーデ様も、とても優秀でお強い方でしたわ。私とは比べ物にもならないくらいに。


 優れた人と比較されて生きていくと、つらいですわね……」


「いや、比較は特にされてなかったけど」




 そもそもそんな暇は無い。




 ちょうど今、親父たちが比較して自慢しあう大会をやっているけど、あくまでイベントだからだ。




 普段から兄弟姉妹で比較しあっていたらとてもじゃないが生きていけないのが辺境である。




 あくまで、これは俺の問題だ。勝手にコンプレックス持ってるだけだ。




「そ、そうなんですの?」


「ああ。追いつきたいとかそういうのは思ったりするけど、つらいってのは……んー、ないかな」




 そもそもあのバケモノっぷりを眼前で見せられたら、つらいとか思わん。「あ、そっすか」ってなる。




「中央の貴族には色々とあるんだろうけどな。フェリスも色々大変そうだったし」


「……」


「あ、アイスクリーム……」


「欲しいのかい?」


「うん、でも……」


「子供は遠慮すんなよ」




 女の子が売店のアイスクリームを欲しがったので、買ってあげた。




「ありがとう、お兄ちゃん」


「ああ、どういたしまして」




「子供、好きなんですの?」


「ああ。領地で領民の子供の面倒見たことあるしな。


 俺たちに子供出来るとしても随分と後になるだろうけどな、フェリス」


「グリンダですわ」




 だから略すつもりはないんです、悪いけど。




「あ! パパ! ママ!」




 女の子が人込みの中から両親を見つけたようだ。




「リリ!」




 両親が駆け寄ってくる。




「どこに行ってたんだ、心配したぞ」


「娘を連れてきてくれてありがとうございます」




 両親が頭を下げてお礼を言って来る。




「いえいえ。混んでますからね」




「それでは……」


「ばいばい、お兄ちゃん、トリさん!」




 女の子は手を振り、両親と共に人ごみの中に消えていく。




 ちなみにトリさんとはL3のことだ。




「じゃ、そろそろ戻るか。夕食の時間だしなトリさん」


「PiPi―」




 L3だと抗議してる。いいと思うけどね、トリさん。




 ともあれ、俺たちは来た通路を戻り、部屋に帰る。




 ……。




 何か忘れてる気がするけど、なんだっけ。




「PiPiPi」




 特に何もないらしい。




 





「あの女と仲良くやっていたようだな」




 部屋に戻ったらフェリスが言ってきた。




 ……。




 あっ、忘れてた。グリンディアナ嬢だった。




 あの子を親の所に戻したあたりから完全に失念していた。悪いことをしたな。




「そういえば……」


「何がそういえば、だ。いいかユルグ。


 あの女はヴァナルディース侯爵家の娘だ。辺境伯の寄子でも無い」




 身分が違う、住む世界が違うのだ、ということだろう。




 確かに俺は単なる準男爵家の三男だしな。




 俺をにらみつけてフェリスは言って来る。




 それは、鬼気迫るものだった。




 有無を言わせぬ迫力。




「お前の為にも言わせてもらう。


 決して気を許さぬことだ。いいか、あの女に――近づくな」






 ああ――――それは。




「そうだな。


 中央の貴族とかめんどくさいし。


 フェリスがそこまで言うなら、あの女も油断ならない女なんだろうな。


 なんかこう優しすぎて演技くさいっていうか偽善者っほい?」




 普通に俺も賛成だった。




 優しいだけの人間って胡散臭いよね。




「…………え?」




 俺の返答に、フェリスがあっけにとられる。いやなんでそんな反応?




「どうした、フェリス?」


「いや……私がこう言うのもなんだがいいのか。その……交友関係に口を出して」




 急にしおらしくなったな。さっきまであんなに怒っていたのに。




「私の言うことを――信じるのか? 私は……」




 ああ。




 合点がいった。皇太子殿下と聖女がらみの、学園での騒ぎのことか。




 聖女アリシアに嫉妬して罵倒と嫌がらせを行った――という噂。




 それを気にしているのだろう。




 だけど、ばかばかしい話だよ、今更。




 俺はフェリスに言った。






「――あのさ。夫が妻を信じないでどうすんだよ」






 どれだけ綺麗な言葉と優しい笑顔を向けられても、初対面の相手を素直に信じるほど、俺は世間知らずのお子様じゃあない。




 親父や辺境伯様も単純脳筋馬鹿に見えて、あれで手練手管の曲者だし、辺境の他の貴族たちもやべーのはけっこういる。




 一昨年なんて裏切者と抗争起きたしな。その家は忠義者として通ってたし。




「変な形の政略結婚だし、夫婦だって声を大にして言えないような関係かもしれないけどさ。


 俺は、フェリシアーデ・フィン・イナーカスの夫だ。


 だったらどう考えても妻を優先するだろ」




「――――――」




 俺の言葉に、フェリスは固まっていた。




 ……地雷は踏んでないと思うのだが。




「そ……そ、そそ、そうか。そうだな。私たちは夫婦た゛から当然だよな、ああ、うむ」




「ああ。それに――」


「それに?」


「フェリスはあの侯爵令嬢の事を、略称――愛称で一度ね呼んでないだろ。あっちも、ずっと“フェリシアーデ様”で一貫してた。俺には自分の事を略して呼べと言ってたのにな」




 ユクリーンがフェリスの事を尊敬しすぎて略称で呼べない、というのとはまた違ってた。




「お前は――そこまで見ていたのか」


「まあ、なんとなく? ふと気になった程度で」


「そうか。私の事をよく見ているのだな」




 フェリスは妙に嬉しそうだった。

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