俺は物語の主人公に憧れていた

 今思い出すと笑えることだが、幼いころの俺は物語の主人公に憧れていた。


 物心ついた小さなころからそうだった。

 誰もが一度は思うだろう。


 世界は自分を中心に回っていて、自分はなんでもできるんだと。

 そしてそんな妄想を本気で信じ込むのだ。

 俺もその例に漏れず、毎日飽きもせず、自分が勇者になって世界を救う夢を見ていたものだ。


 だが成長するにつれ、それがいかに馬鹿らしいか理解していく。

 世の中はそんなに甘くない。


 俺はすぐに、それを思い知る事となる。


 あれは八歳の頃だった――



「ふんっ!」


 俺の眼前で、巨大な熊が音をたてて倒れる。

 俺の領地を荒らす宇宙害獣の宇宙ヒグマだ。

 その宇宙ヒグマを倒したのは、俺の手から放たれた魔力弾た。

 初歩的な魔術――エーテル術でもこれくらいの芸当は出来る。

 八歳児でもヒグマを倒せるんだぜ? 俺ってすごいな! 天才だろう!



 ……と思っていた時期が俺にもありました。


「あ、お兄ちゃん、すごーい。今夜は熊肉だね」


 そう駆け寄ってくるのは、俺の妹のユクリーン。

 その後ろには、ユクリーンが倒した、巨大な十メートルくらいの宇宙大ムカデがいた。


 巨大ムカデを魔法で倒す七歳児が俺の妹だった。



 気を取り直そう。


 魔術とは精緻な魔力コントロールが必要で、妹はその才能がある。

 俺にはなかった、それだけだ。


 だけど……


「はっ!!」


 俺は太さ50センチはある木に拳ををたたき込む。

 木は数発のパンチで、大きく音を立てて倒れた。


「――よし」


 魔力では肉体強化も出来る。

 俺はこれで無双――


 できると思っていた時期が、以下略。


「ふんっ!!」


 太さ1メートルを越える大木を、チョップで切断するケルナー兄貴、十歳児。


「……」

 


 なお長兄のシュミット兄さんは、頭滅茶苦茶良くて、色んなわけわかんねえ発明とかしてた。

 ロボットとか。


 なんだようちの家族。 


 俺は現実を知った。

 俺は特別でもなんでもない。これが普通なんだ。


 そして、今日も俺は畑を耕す。

 家の手伝いをして過ごす。

 

 さし当たっては、今度こそ普通の地味で平和な学生生活とか――



「金がない」


 十歳になった頃、親父が言った。


「うん、知ってた」


 俺は言った。


「だからこのままではお前たちを中央の惑星の学校に送れん」


 俺の人生設計、早くも挫折。


「この星に学校は……」

「あるわけないだろう田舎なんだから」

「うん知ってた」


 田舎だしなあ。


「どうする親父。山賊でも毟りにいくか?」


 ケルナー兄貴が物騒な事を言い出す。


 まだ12歳の若さながら、いやだからなのか、とにかく脳筋だ。

 魔力総量は俺より低いのに、フィジカルがとにかくすごい。


「つーても、近辺の宙域の山賊はもうあらかた狩り尽くしたしな……」


 資源が無くなれば収入も無いということだ。

 いや、宇宙山賊を収入源扱いする貴族ってどうなの? って思ったりするが、まあこれが辺境である。


「うーむ」


 親父は腕を組んで考え込む。


「ここらに賞金首が逃げてきたって話も聞かないしな」


 ケルナー兄貴はそう言って首を傾げる。


「なにか手はないものか……」

「うーむ……」


 みな頭を抱える。


「賞金、か……」


 そして親父がぼそっと言った。


「あそこを頼ることになるか……」

「あそこ?」

「ああ……」


 親父は渋い顔をして、決意を固めて言った。


「シヴァイタール辺境伯だ」



 惑星シヴァイタール。


 ここらの宙域一体を取り仕切る大機族でイナーカスの寄親でもある。


「ちょうど半年に一度の、辺境伯主催の大会があるからな……」


 宇宙冒険者や宇宙賞金稼ぎが戦ったり、宇宙モンスター同士を戦わせたりする大会があるという。


「親父はその大会に出て、優勝賞金で俺たちを学園に行かせるってことか!?」


 ケルナー兄貴が言うが、親父はにんまりと笑う。


「いや、賭けで一攫千金を狙う」


 ……。


 父よ。せめて息子たちに強くかっこいい背中を見せてよ。

 兄貴なんか露骨にがっかりしてるぞ。


「いいんだよ、貴族の責務は戦って民と国を守る事だ、腕っぷし自慢や見世物になる事じゃねぇ」


 言葉だけならいいこと言ってるけど。


 とにかくそんなこんなで。

 俺たちは惑星シヴァイタールへと来ていた。


 ……正直、自分の星から出るのは初めてだったのだ、すっげえワクワクした。

 

 惑星シヴァイタールの宇宙都市は、まさに未来的なものだった。


「すげー……」

「辺境惑星にも、こういうところはあるんだな……」


 ケルナー兄貴は感心している。


「俺らみたいな田舎貴族には縁のない場所だと思ってたぜ……」

「まったくだ……」


 俺と兄貴はそう言い合う。


「ほらほら、よそ見してると迷子になるよ」


 シュミット兄さんがそう言って、俺と兄貴の手を引っ張った。

 そう、ここは宇宙都市だ。初めて来た俺たちが迷わないわけがない。


 そして、この辺境惑星で、俺は、運命の出会いを果たすことになる。


 ……もっとも、それが運命の出会いだったと判明するのは数年後の事だったけど。




「暇ね」


 少女はぶーたれる。


 せっかくこんな面白そうな場所に来たのに、何もする事が無いなんて退屈すぎる。

 ただ戦いを観戦するだけ。

 そんなの、面白くもなんともない。


「暇ぁ……」


 少女はごろんとベッドに寝転がって呟く。


「これだけ暇ってことは、遊びにいくしかないってエーテルの導きよね!」


 よくわからない論理の飛躍。

 少女は勢いよく部屋を飛び出していった。




「うーむ」


 俺は一人、街をぶらついていた。


 というか、ぶっちゃけ迷子だった。

 人多いんだもん、ここ。

 辺境惑星ってもっとこう、寂れたイメージがあったんだけど、宇宙都市は結構栄えている。

 人口も十万はいるようだし、俺の惑星イナーカスより全然発展してる。

 惑星イナーカスは人工数百人だからな。田舎も田舎だ。


 しかし、どうすっかな……。


 そうこうしていると、女の子が走って来た。

 栗色の髪の、俺と同じくらいの年頃の女の子だった。

 その女の子は、誰かに追われているようだった。そして俺にぶつかる。


「きゃっ」

「おっと」


 俺はその子を抱き留める。


「ごめんなさい、急いでるの」

「ああ、うん」


 そして、その子はまた走り出した。


「待ちなさい!」


 追手は三人の男たちだった。


 白い鎧に身を包んだ兵士……宇宙トルーパーだった。

 帝国の兵士がなぜ?

 俺の疑問もよそに、トルーパーは少女を捕らえる。

 街の人たちは……それを止める気配はない。


 当然だ。相手は正規の兵隊さんだ。逆らえるはずがない。


「捕まえたぞ!」

「放してよっ……!」

「おとなしくしろ!」


 無視しよう。


 かかわり合いにならないのが正しい。

 つか、助けに入った人を罠にかけるドッキリかもしれないしな。

 辺境は過酷だ。自分の身は自分で守るのが鉄則なんだ。


 そもそも俺は子供だ。無力な子供なんだ……


「ええい、スタンブラスターで気絶させ……」

「どおりゃあああああ!!」


 道に止めてあったコンテナをぶつける。

 宇宙科学で宙に浮いて運ぶタイプののなので子供の力でもぶつけることはできるのだ。


「ぐわっ!!」


 盛大に衝突する。


 だけど問題ない。

 子供のやったことですから許してやりましょう大作戦だ!!

 俺は子供だから仕方ねえな!!

 父よ謝罪は任せた!!


「逃げるぞ!!」


 俺は少女の手を取って走り出した。

 ああもう、何やってんだろうな。

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