……真実の、愛……か


 イナーカス準男爵家執事、クオーレ・エル・エリエーラです。


 今回の事はこれで、無事に一件落着いたしました。

 フェリス奥様とシュミットの工作、ユルグ様の突撃で無事にユリシア様はお戻りになられたわけです。

 しかし本当に……


「感無量です」


 私はフェリス御嬢様……奥様にお茶を出しながら言う。

 いけない、時々つい「御嬢様」と言おうとしてしまう。


「何がだ」

「奥様の行動が、ですよ。随分と……まあ」


 お変わりになられた。


 今回、奥様はユリシア様のため、実家へと戻られ、その手腕を発揮し、オメガケンタウリ条約を悪用している密猟者、それらと関わっている貴族たちの醜聞を洗い出し、議会へと提出した。

 そして、ドラゴニアンを条約による保護指定種族から除外することに成功したのだ。

 おかげで、惑星イナーカスにも、イナーカス男爵家にも、辺境伯様にも、何も責が及ぶことはなかった。

 一時は、ああこれで私も銀河犯罪者かー、この奥様についてたらいつかこうなるだろうなーまあ仕方ないなー、と諦観もとい覚悟を決めましたが、平穏無事に生きていけそうでなによりです。


「ニヤニヤと気持ち悪い笑い方をするな」

「いえ失礼。改心なされたのですね、と思いまして」


 自分の恋を叶えるためにさんざん迷惑振りまいて周囲を騒がせたあの悪役令嬢が、たった一人の少女のためにここまで働いた事は驚愕に値します。


 何しろ、ユリシア様は……。


「娘のためだ、当然だろう」

「ですが、血は繋がっておりません」

「……そうだな」


 そう、血縁上の親子ではない。

 彼女は、かつて邪神の瞳というモンスターに操られ暴走し、フェリス様を襲った。

 それが縁で飼われ、そして人の姿になり、養女になった……血縁どころか種族すら違う、赤の他人である。

 そんな子を、あんなに必死になって救おうとするとは……。


「ようやく奥様、いえ御嬢様にも人の心が芽生えたのですね」


 思わず涙ぐむ私だった。


「お前は私を何だと思っているんだ」

「悪役令嬢」


 それ以外に何と呼べばいいのでしょう。


「……まあいい。しかし私もまだまだ未熟ではあると痛感した。シュミット義兄上の力も多分に借りてしまったし……」

「スヴァル氏族だけを除外する事はかないませんでしたからね」


 最上の結果は、あの黒いドラゴニアンたちだけを保護指定から除外する事だった。

 しかし、結果としてはドラゴニアン全体を保護指定から除外することとなった。おかげでロート氏族を含めた残りのドラゴニアン達が、危険に晒されてしまった。

 それは確かに失敗だろう。


「……ん? 何のことだ」

「いえ、ユリシア様の氏族も……」

「ああ」


 お嬢様は笑い、カップを置く。


「それは意図的にやったことだ」


 そして、なんか聞き捨てならない事をおっしゃりました。

 ……今なんと?


「ロート氏族がオメガケンタウリ条約の保護下にあったままでは、ユリシアを手放さないといけなくなってしまうではないか」

「……」


 おい。


 この悪役令嬢、何を言っているのでしょうか。


「ま、まさか御嬢様」

「ああ、本気を出せばスヴァル氏族だけを除外かることは可能だった。

 だが、あえて全ドラゴニアンを除外するように仕向けたのだ。

 そうすればもうロート氏族を守る者はいなくなる……ユルグ達以外は、な」

「……は、はあ、なるほど。つまり御嬢様は」


 ユリシア様を確実に手元に置いて、自分たちの手で守るためだけに……スヴァル氏族を滅ぼし、ロート氏族を含めた全ドラゴニアン種を危険に晒した、と。

 ……。

 マジですかこの女。


「うむ。ユリシアは私の娘だ。手放してなるものか。

 ふふふ、自分でも驚いているよ。もし私がユルグ以外を愛するとすれば、それはユルグとの間に生まれた実子でしかないと思っていたが……。

 血も繋がっていないあの子をここまで大切に思えるとは……。

 ああ、間違いない。あの子は私の娘だ。私達の、私達だけの娘だ。誰にも渡さない。

 これが、恋愛とは違う……母の愛か」


 そして御嬢様は笑う。うっとりと、誇らしげに。


「……真実の、愛……か」


 ……。

 御嬢様、それたぶん違うと思います。

 仮に百歩譲って愛だとしても……。

 


 いや、まあどうでもいいですけどね。ええ。


 さて、イナーカス準男爵家執事、クオーレ・エル・エリエーラです。


 私は前言撤回いたします、ええ。


 改心? 人の心? なんですかそれ。


 うちの悪役令嬢は、どこまでいってもやべー女でした。



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