だから――俺は今、ここにいる
そこでグリンディアナは気づく。
邪神の瞳に憑りつかれているいるにしては――意識を保ちすぎている。
彼女は知らない。
彼女自身がかつて、惑星シヴァイタールでフェリシアーデへの嫌がらせのために放った邪神の瞳が戻らなかった理由を。
ユルグが――何度も何度も、野生の邪神の瞳を相手にしてきた事実を。
ユルグは苦しむ動作をやめ、邪神の瞳を掴み、無造作に引きがした、
「な――!?」
邪神の瞳を無造作に投げ捨てるユルグ。
魔力を逆に注ぎ込まれた邪神の瞳は、痙攣して動かなくなった。
「で? 情報はそれで全部か、ミドリムシ女」
「ま……まさかあなた、最初から……」
グリンディアナは狼狽する。
「ああ。知りたいことは全部知れたよ」
「――さ、流石ですわね。
ですが残念ですが、あなたがいくら事実を知ったところでどうにもなりませんわよ」
グリンディアナは平静を取り戻す。
それは虚勢ではない。先程言った通り、ユルグが何を言っても無駄なのだ。
信用がない。逆賊ローエンドルフの手先、悪女フェリシアーデの夫。
そういう空気が出来ている以上――何を言っても誰も信じない。
何を言ったかが大切なのではない。
誰が言ったかが大切なのだ。
故に――趨勢は覆らない。
「その度胸、評価いたしますわ。ますます気に入りましてよ」
「そうだな。俺が何を言っても誰も耳を貸さないだろう。単なる田舎貴族の三男坊の言葉なんか誰も耳を貸さない」
「わかっておられますのね。よくってよ――」
「俺の言葉なら、な」
そしてユルグは、投影装置を放り投げる。
ありふれた、宇宙家電量販店で買えるものだ。絵中テレビやウ―チューブ動画などを再生する装置。
そこから映し出された映像は――
『というわけで、いやー俺も驚いた。まさか俺の偽物とはね。
つか、俺ってこんな顔か? もっと整っていると思うがね。
お、ネタバラシの時間のようだな。
もしもーし、グリンディアナ嬢見てるー?』
銀河帝国皇太子、オルトリタールの姿。
そして、【LIVE】という文字も映し出されている。
そのURLは――
「な……皇族公式チャンネル……!?」
銀河帝国の皇族が公式発言を行うためのチャンネル。それが今、動いていた。
『ふむ、いい顔してるではないか。
貴様の邸宅には電波が届かないように工作させていたから気づかなかっただろう?
我が愛しの聖女アリシアの、聖なる結界魔法のひとつだよ』
「そんな――何故、何が、まさか!」
「そう、そのまさかだよ」
ユルグは足元にいるL3を撫でる。
「こいつは高性能でね。録画した映像をライブで殿下の所に中継してるのさ。
リアルタイムで、皇族公式チャンネル。パーソナリティは皇太子殿下本人。
捏造なんて、できようもないし、俺自身の信用が無くても、この虎の威は絶大だよ」
疑うことなど、できようもない。
「なぜ――なぜですの!
なぜあなたが皇太子殿下と……!!」
「お前と学園で出会う前に、接触があったんだよ。
本当、L3は頼れる相棒だ」
◇
L3に届いたメッセージは、オルトリタール皇太子殿下の名前で送られてきた。
バカバカしい、ありえない。いくらなんでも。
あるいは……あれだろうか。
芸能人や有名人の名で送られてくる、間違いメールを装った迷惑メールの類。
人違いから話が盛り上がり、会おうと言って来たり、有料サイトに誘導したりする奴だ。
昔、親父が引っかかってた。
だが、しかし――
「Pi?」
「ああ、そうだな……」
ユクリーンたちに見せられたあの映像。
オルトリタール皇太子殿下は、バカである。
常識の枠外の行動をあえてしてくることは考えられる。それに……
「お前を知ってるってことは、フェリス繋がりってことだよな。
今回の件、皇太子殿下とフェリスが繋がっていたとしたら……」
このメッセージは悪戯でも迷惑メールでも罠でもなく。
「……開いてくれ、L3」
「Pi!」
そして俺は、その内容を確認する。
……放課後。
俺は指定された場所へと向かった。
学園の一角にある閉鎖された倉庫エリア。
封鎖されたドアのコンソールに、メッセージに記されたパスコードをL3が入力すると扉が開く。
エレベーターを降りていくと、そこは地下施設になっていた。
薄暗い照明の中、奥へと進んでいく。
しばらく歩くと――そこにあったのは、小さな部屋だった。
壁際にロッカーがあり、部屋の中央にテーブルがあるだけのシンプルな作りだ。
そこにいたのは、五名の男。
四名はテーブルの周りに立ち、一人は椅子に座っている。
切れ長の瞳に、金髪碧眼の男。
長身で細身。一見優しげに見えるが、その顔つきからはどこか冷たい印象を受ける。
それが、俺の――オルトリタール皇太子殿下に対する第一印象だった。
映像で見た時とは印象が違う、これが本質なのか、それとも――こちらも仮面なのか。
「……君が、ユルグ・ノンヴィ・イナーカスかな」
オルトリタール殿下は、俺の名前を呼ぶ。
「はい……」
「まずは、謝らせてほしい。すまなかった」
そう言って、殿下は頭を下げた。
「――!? な、ちょっと待ってください、謝られることなど」
「私の元婚約者殿を押し付けてしまった件がひとつ。
そして――今回の事に巻き込んでしまった事がひとつ。
どちらも、私の意思でなかったとはいえ――いやだからこそ、謝罪させてほしいのだ」
「殿下は無関係な人間を巻き込むのは、美学に反するといつも仰っていますからね」
隣に控える男が言う。
「その通り。巻き込まれた君には悪いと思っている」
「いえ、それは……巻き込まれたわけじゃありません。少なくとも、後者に関しては」
「ほう。あくまで自分の意思というわけか。
わかった、君の意志を侮辱してしまったな。悪かった。
惚れた女の為に戦う男は、俺は好きだぞ」
「……どうも」
「俺の好みではないが、確かにあれはいい女だ。フェリシアーデが選んだお前もいい男なのだろうな」
殿下は笑う。
「……いい女なら、なんで」
「ん?」
「なんで、フェリスを……捨てたんですか」
「……」
もしこの男に会えたなら、一度聞いてみたかった。
今、そんな場合でないことはわかっているけれども。
「おいおい、今の状況を――」
控えていた取り巻きの一人が言う。しかし殿下は、扇子でそれを制止した。
「なぜ、か。
真実の愛を見つけたから――と言うと、お前は怒るか?」
――!!
「ふざけないで、いただきたい。
フェリスを――婚約者を棄てて、泣かせて、それでアリシアって娘を手に入れて、真実の愛だと」
「少し違うな」
俺の怒気を含んだ声を、殿下は遮った。
「俺とアリスだけの話ではない。
まあいい。
そもそも、最初から――俺とフェリシアーデの間に、愛は無かった。
友情や信頼、あとライバル心はあったかもしりんがな。
ああ、回りくどいことは嫌いだ、譚と吾直入に言おうか」
殿下は扇子を突きつけて言う。
「フェリシアーデは、命を狙われていた。 だから婚約破棄して追放したのだ、彼女の命を守るためにな」
「なん……ですって」
「シヴァイタール辺境伯の指揮する辺境の連中は強い。
そこに彼女を置けば、命は守れる。
お前はな、ユルグ・ノンヴィ・イナーカス。彼女を守るためにランダムで選ばれたのだ」
「……そこはランダムですか」
「うむ。辺境伯の寄子連中のなかでちょうどいい独身をピックアップして、あとは……」
「あとは?」
「ダーツで選んだ」
「ダーツかよ!!」
確信した。
この男はバカ皇子だ。
他人の運命をダーツルーレットで決めるなよどこのテレビ番組だ! つか無関係な人間を巻き込むのは美学に反するってのどこにいった!!
周囲の取り巻きが目を伏せて、無言で俺に謝罪と同情の視線を送っている。この人たちも振り回されてんのかな。
「ともあれ」
バカ皇子は扇子を開く。
「婚約破棄、そして俺とアリスの新しい婚約、これで色々と騒がしくなる。
そうやって、不穏分子をあぶり出そうとしたのだよ。
その結果が、今のこれだ」
「……襲撃ですか」
「ああ。見事に命を狙われたよ。幸いにも俺には頼れる部下もいるし、それに……」
「それに?」
「懐に雑誌を入れてたせいで爆発から助かった」
「いや無理でしょ!!」
どんな雑誌だよ。
「ともあれ、機は熟したと俺とアリスは身を隠したのだ。そしたら連中はどう動くか、とな。
そしたら、フェリシアーデが動いた。てっきりあれは、私とアリスに任せて静観すると思っていたのだが、イレギュラーが起きたらしい」
「イレギュラー?」
俺の言葉に、取り巻きの一人が言った。
「君ですよ」
「……俺?」
「はい。先程殿下が仰いましたよね、フェリシアーデ嬢が狙われたと。
我々はてっきり、殿下の婚約者だから狙われたと思っていたのですが……」
「違っていた?」
「ええ。彼女本人もまた、何らかの理由で狙われていたようです。それが誰かまでは、わからなかったのですが……
ともあれ、フェリシアーデ嬢は貴方の身を案じて、辺境を離れたのではないかと」
「……フェリス……」
そのために、皇太子襲撃審の汚名を着せられて軟禁状態か。
だけど……少し違う。
「あいつは、フェリスは……俺に動いてほしいようだったよ。
だから、ヒントを残したし、こいつも預けていった」
L3を見る。
「なるほど。そいつは有能だからな。俺も何度もそいつのせいでひどい目にあった」
そういや、在学中に殿下とフェリスはよく戦っていたんだったな。
「だから――俺は今、ここにいる」
「なるほどな。ただ巻き込まれ庇われるだけのつまらん男じゃないということか。
惜しいな、お前が学園にいたら俺の親衛隊に加えたのに」
「そうなってたらフェリスと結婚できなかったので遠慮します」
「わからんぞ? 敵味方の立場で惹かれあう大恋愛してたかもな」
「そうなってたら……それはそれで、とても楽しそうですね」
「ああ。だが、もしもなど無い。あるのは、今この瞬間の現実だ。さて、それをどう対処していくかだが」
「……フェリスが狙われている、との話でしたが……」
俺は言う。心当たりがあるのだ。
「ほう?」
「辺境伯様の所でも、昼間の学園でも、やたら絡んでくる女がいました。
そしてフェリスは、あの女を信用するな――と。
話してみて、俺も信用できないと思いました」
「根拠は?」
殿下は聞いてくる。俺は素直に言った。
「善良過ぎて優しすぎる態度が、とても気持ち悪い」
「――はははっ! なるほどな、それは実に正しい判断だ。
善良なだけの人間も、邪悪なだけの人間もいない。
いたとしたら、それはどこかが決定的に壊れているか、あるいは欺いているかだ」
「殿下のようにですね」
「そうそう俺俺――って違うわ!!」
取り巻きと漫才をする殿下。
しかし確かに同意する。あの女はおそらく――
「後者、でしょうね。
本当にうすっぺらくて、信用できなかった。
そして……」
大事な事を言う。
「皇太子殿下と、聖女様を匿っているそうですよ。どう思われますか」
「なんと、俺たちを助けてくれていた恩人なのか。そんな女を薄っぺらいと言ってはいかんな、反省しないとな!」
殿下は笑った。
「グリンディアナ・フォンデルム・ヴァナルディース侯爵令嬢か。
その周囲に網を張ればよい――ということだな。くく、くははははは!
フェリシアーデの夫殿は大したものだな
、見事にでかい魚を釣り上げてくれた!!」
「……殿下たちが色々と動いていたからでしょう」
「だな。やはり悪だくみは仲間たちと共にやるものだ、なあユルグ」
「俺がいつから殿下たちの悪だくみ仲間になったんですか」
「フェリシアーデと結婚した時からかな」
「……それ状況的に否定できないな……」
取り巻きの人たちが、俺の肩を叩いて慰めてくれた。
この人たちも巻き込まれてこうなったのだろうか。
「お前たち、早速動いてもらうぞ」
殿下は取り巻きたちに命令する。
殿下は姿を隠しているが、動けないというわけではないようだ。
そういえば、姿を隠していると言うと、たしかもう一人――
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