夫婦ごっこは楽しかったが、残念ながらここまでだ

 銀河帝国皇太子、オルトリタール・ルム・リギューラ。




 彼は学園に特別に用意された自室で、愛する聖女と相対していた。




「楽しそうだな」


「ええ、楽しいです。ちょこちょこっとひっかき回すつもりだったけど成果は想像以上。


 あの人からも褒められたんですよー」


「そうか。それは何よりだな。


 だが俺たちの計画の本分を忘れるなよ。そもそもお前は遊びが過ぎる」


「えー。殿下に言われたくないですぅー」




 アリスは頬を膨らませる。




「殿下はやめろ。


 しかし、はたしてどう動くものやらな。あのご令嬢は」


「彼女が邪魔をしてくる、とは決まってないですけどねー。ま、邪魔をしてきたなら、潰すだけです」


「学園でもそうだったな。恐ろしい聖女だ」




 オルトリタールは思い出す。




 学園でアリシアが何をやって来たかを。




 聖女?




 そのような品行方正にして貞淑なイメージとはかけ離れているのが、眼前の少女だ。




「あら、私、ただの可愛い女の子ですよ?」


「自分でいうやつは信用できないな」


「ひどいー。オルト先輩にだけは言われたくないですー」




 ぷんぷん、と怒るアリシア。




「ともあれ、そろそろ計画は最終段階だ。


 連中の動向にも注意しておけ」


「はーい。


 大丈夫、ちゃんと準備は整ってますから」




 聖女は自信満々に言った。




「それは頼もしいな」




 皇太子は笑う。




 そうだ、三人で力を合わせれば出来ないことは無い。そして、オルトリタールは自分自身の目的を達成するのだ。




 ずっと昔から抱いていた望みを。




 「そうだ。そろそろ――最終段階に移行の時だ」




 銀河帝国は大きく動くだろう。そのさまを想像してオルトリタールは笑う。




 ワイングラスを傾ける。




 その時――




 外からどたどたと足音が聞こえる。




「何かしら?」




 アリスがス訝しがる。




 だが、オルトリタールは動じない。




 扉をけたたましく蹴破った者たちの乱入を認めても――銀河帝国皇太子は余裕の姿を崩さなかった。




「遅かったではないか」




 そして――ブラスターが火を噴いた。


 





「なんでドラゴンなんか連れ帰ってんだ、お前」




 イナーカスに帰還した俺たちを、


ケルナー兄貴は呆れ顔で迎えた。




 夕食時、兄貴は窓の外にいる子ドラゴンを見て言う。




 気持ちはわかる。




 結局、邪神の瞳に寄生されていた子ドラゴンは食うに忍びなく、連れ帰ることになった。




 懐いてくる相手を殺して食うほど野蛮人ではないし。




「つーか、本当何があったんだよユルグ。


 距離感、出る前とちげーぞ」


「そうでしょうか、義兄上。新婚夫婦なら当然の距離感では」




 フェリスが俺の腕に抱きついて言う。




 ぎゅっ、と胸を俺に押しつけている。




 兄貴の言うとおりだった。




 フェリスは、めちゃくちゃデレていた。




 腕を回して胸を押しつけるだけでなく、俺に頬ずりすらしている。


 


「本当に何があった。なあ、親父」


「ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓ナマコの内臓」




 親父はトラウマで心が壊れていた。




「……俺もいくべきだったか?」




 兄貴が言った。どうだろうかね。




「しかし邪神の瞳かシヴァイタールにね。季節じゃないだろうに」




 シュミット兄さんが言う。確かにそうだ。辺境伯様たちも、本格的に調査をすると言っていたな。




「心配ですね。でも、実際に目の当たりにして私は思いました。きっと大丈夫だと。ね、あなた。あ~ん」




 ……。




 フェリスがシチューのスプーンを俺に向けてくる。




 誰だこの人。




 邪神の瞳から助けたとはいえ、デレすぎのちょろすぎではないだろうか。 




「え、ああ、うん」


「ふふ、恥ずかしがらないでくださいな。さあ、あ~ん♪」


「いや、自分で食べるから……」


「遠慮なさらずに、はい、あ~ん」


「あ、あ~……」


「――」




 俺とフェリスの様子に、皆が沈黙する。




 ……。




「あ、あのさ、フェリス」


「はい、なんでしょう」


「そのさ、なんか変じゃないか? やっぱり」


「いいえ、全然そんなことはありませんわ」


「いや、ほら、なんかこうさっきから変っていうかさ……」




 俺は周囲を見渡す。なんかこう居心地が悪いっていうか。……。




 そりゃ見るよね? こんなバカップルみたいなことやってたらさ??




「あーくそ。俺も早く結婚してー。はよ来年にならねーかな」




 婚約者が学園にいる兄貴がぼやく。




 結婚とかめんどくせー、って言ってたのにね。兄貴。




「うふふ。思い出しますね、あなた」


「ああ、そうだね」




 シュミット兄さんと、義姉さんも笑いあう。




「ナマコの内臓が俺に絡みついて俺に入ってくるナマコナマコナマコナマコマコマナマナナマまままままままままままままま」




 親父はしばらくあのままなのだろうか。




 だとしたら――




「ま、別にいいか」




 明日には復活するだろうし。







 フェリシアーデ・フィン・イナーカスは上機嫌だった。




 鼻歌を歌いながら、洗濯物を取り込む。




 辺境の田舎であるこの惑星イナーカスでは、光線浄化による衣類の洗浄は行われず、水と洗剤で洗濯するという、未開地さながらの文化だった。




 しかし、これがやってみると中々に楽しい。やりがいをフェリシアーデは感じていた。




 国のために働いた事はある。そのためにフェリシアーデは生きてきた。




 だが、たった一人の為に働くというのは初めてだった。




「まったく……こうなるとは、三年前は思っていなかったな」




 フェリシアーデは笑う。




 当時の自分は、情熱も何も感じない、無感動で無機質な人間だったと思う。それが変わるものだ。




「うむ、いい白だ」




 シーツを物干し竿に干す。




 光線で浄化して終わらせる最先端の技術に比べて手間も時間もかかるが、フェリシアーデはこうやって洗濯物を干すのが好きだった。




 太陽の匂い――




 そして、かすかに残る、好きな人の匂いだ。




 完全に汚れを浄化し、抹消してしまう技術ではこうはいかない。




 最先端の科学技術、魔導技術の発達は確かに利便さを産んだが、逆に失ったものも多いのではないか――フェリシアーデはそう思う。




 よくあるフレーズだ。“ここには、何もないがある――”かつてのフェリシアーデなら、一笑に付していただろう。くだらない、と心底。




 だが、今の彼女はそうは思わない。




 実感しているのだ。幸せだ、と。




 これからも、フェリシアーデはたった一人の為に生きていくことになるのだろう。




 いや――




 おそらくは増えていくのだろう。




 夫婦――なのだから。




 そう思うと、想像すると頬が熱くなる。




「~~~~~~!!!」




 思わず干した洗濯物に顔をうずめてぐしゃぐしゃにしてしまった。




「……調子が狂うな。どうなってしまったんだ私は」




 しまりのない笑顔で、フェリシアーデは言う。こんな顔を学園時代の知り合いがみたらどう反応するだろうか。




 そんな時――




「……む」




 鳴り響く着信音。通信機に通信が入る。




 通信機を起動させると、立体映像が映し出される。




 その人物が、告げた。




『――――』




「なん――だと」




 ◇




 俺が家に戻ると、フェリスが玄関に立っていた。




「……?」




 なんだろう。様子がおかしい。




「戻って来たか、イナーカス」




 ……?




 今、呼び方が……




「どうしたんだ、フェリス」


「お前には、世話になった。感謝する、イナーカス。準男爵にも、お前にも後に礼の品を送らせてもらう」




 俺の言葉に、会話の成り立っていない返答を返すフェリス。




 まるで、最初から用意された台本を読み上げるように。




「……フェリス?」




「――――世話になったが、ここまでだ。状況が変われば関係も変わる。


 夫婦ごっこは楽しかったが、残念ながらここまでだ」




 そしてフェリスは、決定的な言葉を発した。






「――お前との結婚は、白紙撤回となる。離婚だ」




 ……なん、だって?




 理解が追い付かない。




「おい、ちょっと……」




 フェリスに駆け寄ろうとすると、そこに現れた宇宙トルーパーたちが俺を遮った。




 その装甲は磨き上げられた、ピカピカのものだった。うちのトルーパーたちでも、辺境伯様のところてもない。




 そして上空には、大きな宇宙船が浮かんでいた。




 ――見覚えがある。この船は……




「御嬢様は、ローエンドルフ公爵家への復帰が決まりました」




 トルーパーをかき分け、一人の中性的な美少年が現れて言う。服装からして執事だろうか。




「二度と会う事は無いと思いますが、ご挨拶ささせていただきます。ローエンドルフ家の執事をさせていただいております、クオーレ・エル・エリエーラと申します」




 クオーレと名乗る少年は、端正な顔を軽薄に歪めて笑う。




 侮蔑するような、見下すような笑みだった。




「公爵家に復帰……? どういうことだよ」


「それをあなたに言う義理があるとでも? 準男爵家の三男様。これは公爵家の問題であり、あなたには関係のないことですよ。


 むしろ、感謝していただきたいものです。


 公爵様がその気になれば、御嬢様の過去の汚点の抹消として、この惑星を消すことすら可能なのですよ。


 むしろ、それをしない公爵様が僕には理解できませんがね。


 いずれにせよ――あなたはもう過去の男だ。関わり合いになる資格は無いのですよ、ええと――何でしたっけ、準男爵家の三男様。まあいいや、あなた程度の名前など」




「……」




 思わず殴りかかりそうになるが必死に抑える。




 この野郎、明らかに煽っている。




 だが、怒りに任せて手を出せば――それを口実にして、それこそこの惑星が消されかねない。




「フェリス!」




 俺はクオーレやトルーパー越しに、フェリスに叫ぶ。




 しかし、帰って来たのは冷たい言葉だった。




「お前には、もう関係ない。


 どうしても知りたければ、妹にでも聞いてみる事だな」




 俺の方を見る事すら、しない。




 これでもかという明確な拒絶が、そこにはあった。




 それを見て、クオーレは笑う。




 そして、俺に近づいて、嘲るように言った。






「理解できましたか?


 海でも行って、ガラクタでも漁るのがお似合いですよ」




「――!


 お前……」




「おお、怖い怖い。これだから辺境の野蛮人は。


 では、失礼いたします」




「待っ――」




 フェリス――フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフは、宇宙トルーパーに囲まれ、宇宙船から降り立ったシャトルに乗り込み、そして宇宙船に乗り込んでいった。

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