ウィンドブルーム号……出航!

「それで、黙ってお見送りかよ」


 親父が言う。


「――仕方ないだろう。どうにも――ならなかったんだ」


 俺はただうなだれて、それしか言えなかった。


 どうしろって言うんだよ。


 相手は公爵家だぞ。


 逆らうならこの惑星ごと消す――そういわれたんだ。俺程度に、何ができる。


「てめぇ。それでも俺の息子かよ」


 親父が、俺の胸ぐらをつかみ上げる。


「だったらどうすればよかったんだ。

 押し付けられた政略結婚の相手のために、一万の領民を皆殺しにしてでも食い下がれっていうのかよ!

 俺は――あんたらとは違う。

 そこまで強くないんだ、強くないんだよ……」

「ユルグ……」


 宇宙山賊団を一人で壊滅出来るような親父や辺境伯様だったら、あのローエンドルフのトルーパーたちをその場で退けて、フェリスを攫うことだってできたかもしれない。


 だけど、それが出来たとしてどうなる。


 その先に待つのは、銀河帝国そのものを敵に回した戦争だ。いや、戦争ですらない――


 惑星ごと消されてしまうだけだ。


 逃げるか? 一万人の領民を巻き込んで見捨てて――殺して。


 出来るわけがない。


「結局……さ、罰ゲームだったんだよ」


 俺はうなだれたまま言う。


「前世でひっでー悪事でもしたのかな。いきなり公爵令嬢と結婚させられて、振り回されて、それでも……いいな、こういうのいいなって……

 俺、好きだなって。

 夫婦になれてよかったって……

 惚れちまった段階で、白紙撤回で全部奪われて。

 まさに罰ゲームだ」


 自嘲する俺の足元に、L3が近寄ってくる。


「Pi~……」


「ああ、慰めてくれんのか、トリさん」


「Pi!」


 トリさんじゃないと抗議てきている。


 だけど、今はそれすらつらい。L3を見てると、フェリスの事を思い出す。


「悪い、ちょっと一人にしててくれ」


「Pi~……」


 俺の命令に、L3は渋々と従い、距離を取る。だけど、部屋のすみからこっちを心配そうに見ている。


 ……。


 ん?


「L3……?」

「Pi?」

「追い払ってすまん。こっち来てくれるか?」

「Pi」


 L3はそのまま俺の言葉に従って、近づいてくる。


「三回回って」

「Pi~?」


 俺が何言ってるのかよくわからないといいながら、そのままくるくるとその場で回る。


 ……これは。


「おい、ユルグ?」


 親父が心配して訪ねてくるが、それどころではなくなった。


 これは……L3は、俺の命令を聞いている。


 そして俺は、かつてフェリスが言った言葉を思い出していた。


『L3の所有者は私だが……ユルグの命令も聞くように登録しよう』


 それは、つまり。


『夫婦の共有財産、という奴だな。

 最優先は私だが、しかし私とユルグが夫婦であり続ける限り、L3はユルグにも従う』


 それは――つまり……!


「そういう……ことなのか? L3」

「Pi?」


 L3本人はよくわかっていないらしい。


 だが、つまり……


「まだ、フェリスは俺と離縁……してない……? いや、ちょっと待て、そんな都合のいい話が」


 事情が変わったと言ってた。慌てていたから、設定を弄っていないだけなのかもしれない。


 いや、でも……あのフェリスがそんな失敗をするだろうか。


「離縁してねーってどういうことだ? 指輪突っ返されたりしたんじゃねーのか?」


 親父が展開についていけないという感じで言う。


 ……指輪?


「……突き返されて、ないわ」


 そういえばそうだ。


 あれだけ拒絶の言葉を吐いておきながら、結婚指輪を返してきてもいないし、L3の登録も解除していない。


 ……口だけ、だった……?


 いやだが、あのムカつく執事も色々と言っていたじゃないか。


 わざとらしいほどに煽りに煽って……


 わざとらしいほどに?


 ……まさか。


『海にでも行って、ガラクタでも漁るのがお似合いですよ』


 海にあるガラクタ。


 ……撃墜され水平線の先に落ちた、ウィンドブルーム号!


 あの執事、なんで知っているのか。そして俺にそこにいけと?


 まさか。


 あからさま過ぎるほどに、嫌味な態度で接してきたのは……演技か?


 だが、ウィンドブルーム号は……いや、もしかしたら……


 直せばまだ使えるのか?


 確かに古代の骨董品だ。それだけしぶといということもあるのかもしれない。


 それに兄さんに頼めば……


 いや、直してどうする。ただのあのクソ執事の煽りを、いいように曲解してるだけじゃないのか?


 だけど、フェリスのこの行動は違和感しかない。あの出来る女のフェリスが、こんなミスをするなんて……


 そして、フェリスの言葉が脳裏に蘇る。



『どうしても知りたければ、妹にでも聞いてみる事だな』



 知りたいなら聞け。そう言っている。


 つまり、行く先は――学園か。そこに、答えがある。


 フェリスに何かがあった。


 そして――俺の妻は、俺に何かを求めている。動いてほしがっている。


「――――はは」


 だったら。迷いは無い。夫として、やるべきことをやるだけだ。


 妻が困っているなら、助けるのが夫だ。それが男だ。


 もしこれが、俺の勘違いだったとしたら?


 いや――それでも。


「おーいユルグどうした?」

「悪い。弱音はいちまった、親父。だけど……やっぱ、諦められねぇわ」


 俺は立ち上がる。


 勘違いだったら、謝ればいい。何も知らないまま、何もしないまま、このまま終わるのはごめんだ。


 やっぱり――諦められない。


「俺、やっぱ親父の息子だな」

「そ、そうか」


 親父は嬉しそうに笑う。


 そう、俺はずっと、親父の背中を見て育ってきたんだから。


「自分を棄てた女に、未練たらたらだからな」


 そう笑った俺に。



 涙を流す親父のパンチが炸裂した。








「手加減しろよ……親父の奴」


 いや実際には手加減されたんだろうけど。


 殴られた頬を抑えながら、俺は海上にいた。


 兄さんに借りた小型浮遊艇に乗り、ウィンドブルーム号が墜落しただろう座標に来たのだ。


「Pi~?」

「ああ、この付近だよ」


 L3に答える。GPSはまだ生きていた。


「さて……潜るか」

「Pi!?」

「この浮遊艇、潜水機能無いんだよ。お前は潜れるか?」

「Pi~」


 防水機能はあるらしい。


 俺たちは海に飛び込んだ。




 深く潜っていく。


 ライトに照らされた海底に沈んでいるのは、懐かしのウィンドブルーム号。


 俺たちは船底へと潜り、ハッチを開ける。


 電気は入っている。どうやら完全に死んではいないようだ。


「これは……いけるな」


 コクピットへと移動する。


 しかし、スイッチをいくら入れてもエンジンが入らない。


「これは……兄さんに来てもらうか、船体を一度サルベージするしかないか……?」


 俺がつぶやくと、L3がツールマニュピレーターを出し、コンソールへと接続する。


 そして、全体の照明が付き、モニターが光り、エンジンが始動した。


 システムがチェックされ、エラーンが修正されていく。


「……すごいな、お前。こういうことも出来るのか。流石はフェリスの相棒だな」

「PiPi~Pi」


 L3が胸を張る。本当に助かった。



 Starship “Wind Bloom”

 System all green...



 モニターに表示される。


 問題なし。


「L3、成層圏にバリヤーはあるか?」

「Pi~」


 よし、無いか。張られていたら厄介だったが、問題ないな。


「目標、帝都惑星セントラリア。

 転移航法クリスタルセット。

 座標入力……クリア。


 ウィンドブルーム号……出航!」


 俺の愛機は数か月ぶりに、空へと翔け上った。

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