あのクソ皇子か! またあいつの仕業か!

「かつて一度、私はお前に助けられた。

 お前は忘れているだろうが、な。

 だから――この男なら、と思ったのだ。

 そして胸を張って言えるよ。それは間違っていなかった」


「フェリス……

 もう一度俺と――再婚してくれるか」


「喜んで。

 ――なあユルグよ。あれはでかいな。まるでそう……

 ウェディングケーキだ」


「全っ然美味そうじゃないけどな。ああ、二人の共同作業ってやつだ、な」


 俺はドラゴンの背中で立ち上がる。フェリスも同じだ。


 何だろう。失敗する気がしない。


 俺は深呼吸をして、勇者の杖にさらなる魔力を込める。


「いくぞ、フェリス――!!」

「ああ、ユルグ!!」


 ドラゴンが一声鳴き、そして飛翔する。


 俺たちを乗せ、ガタノ=ゾアに向かって突撃する。


『GruAAAAAAA!!』


 ガタノ=ゾアが叫ぶ。そして触手を伸ばしてくる。だが、それはドラゴンが炎のブレスを吐き、焼き払う。


『GruaAAAA!! フェリシアァアアアアアアデェエエエエエエエエエエ!!!!!!!!』


 憎悪を、ただただ憎悪をぶつけてくるガタノ=ゾア。


 対して、フェリスは――静かに言った。

 

「グリンディアナ――いや、グリンダ。

 私はな、それでも――お前の事は、嫌いではなかったよ」


 俺たちは、勇者の剣を、その巨大な光刃を、ガタノ=ゾアの巨大な瞳に突き刺した。


 瞬間、光が溢れる。


 眩い光は俺たちを包み込み、そして――


 ガタノ=ゾアの巨体は、ゆっくりと――崩れ去っていった。





「……なにこれ」


 宇宙テレビから流れてくる動画。


 それを見ているのは、辺境惑星イナーカスにいる人間たちだ。

 画面には、白いドレスを着た金髪の女性と、同じく白いタキシード姿の黒髪の男が映っていた。

 彼らはお互い見つめ合うと、幸せそうに笑い合い――キスをした。

 そこで映像は終わった。


「ちょっと! もっと見せてよ!」

「そうだそうだ! 続きを見せろ!」

「感動した! 二人とも尊い!」

「あ~もう終わっちゃった~!」


 などと口々に言いながら、皆一様に興奮している。

 楽しんでくれて何よりである。俺は死にたいけど。恥ずかしくて。

 なんでだ。


 なんで……


「なんであの戦いがテレビ番組になってんだよ!?」


 この俺、ユルグ・ノンヴィ・イナーカスと、フェリシアーデ・フォン・イナーカスが帝都惑星でやらかした出来事が、二時間スペシャルのノンフィクションドラマになっていた。


 俺に断り全く無しで。


「あのクソ皇子か! またあいつの仕業か!」


 俺が地団駄を踏んでいると、後ろから声がした。


「まあまあ落ち着けって。いいじゃねぇか、あれのおかげでみんなお前を認めたんだしよ」

「他人事だから言えるんだよ兄貴!」


 笑うのは俺の兄、次兄のケルナーだ。


「まあ俺もシュミットの兄貴も出てないしー」


 平然と言う。


「それにしてもよく撮れてるよな。流石だぜ帝国技術部は」


 そう言って画面に映る俺たち二人を見る。


「……実物よりイケメンだな」

「うるせー。ほっとけ」


 そりゃ俳優使ってるしな。アイドルの。

 アイドル俳優使った再現ドラマを地元の領民たちがワイワイ言いながら見るって地獄だぞちくしょう。

 今度会ったらぜってーあのクソ皇子を殴ってやる。


 そう心に誓うのだった。



 帝国のとある場所。銀河帝国皇帝の居城たる宮殿の一角にある執務室。

 そこには二人の男が居た。一人は壮年の男。もう一人はまだ若い青年だった。

 男は執務机に座り、青年はその斜め後ろに立っている。

 男の眼前には、投影された無数のデータが空間に広がっていた。


「――以上です」


 青年が言うと、初老の男がそれらに目を通しながら答える。


「ふむ……やはり上手くいかぬか」

「はい。どうやら我々以外の勢力が動き、予想以上にてこずっているようです」

「……そうか。何としても成功させたいのだがな……」

「はい。邪魔者の一刻も早い排除を目指し、動いております。

 今しばし、お待ちください」

「うむ。期待しているぞ」


 すると、青年が男に頭を下げる。


「いえ、これも全て皇帝陛下の御為なれば」

「うむ、皇帝陛下のために。

 よろしい、下がってよいぞ」


 そう言われると、青年は部屋から出ていった。

 扉が閉まると、部屋に残った初老の男が呟く。


「さて、どうしたものか……」


 その男は、何かを思案するように顎に手をやった。



『ガタノ=ゾア討伐』から数日が経過した。

 俺は今、自室でのんびりとしていた。

 今日は特に予定もないし、のんびりしようと思ったのだ。

 そんな時、部屋のドアがノックされる。

 誰だ? と思いドアを開けると、そこに居たのはフェリスだった。


「やあ、ユルグ」

「なんだ?」


 彼女は手にバスケットを持っていた。何か入っているようだ。


「昼食を持ってきたのだが、食べるだろう?」

「ああ、もうそんな時間だったか。助かるよ」


 今日は親父は辺境泊様の所に出かけてるし、兄さんたちも外出中だった。


 中へ通すと、テーブルに食事を並べ始めた。

 今日のメニューはサンドイッチだ。パンにハムや野菜を挟んだだけの簡単な物だが、とても美味かった。


「どうだ。ずいぶんと上達しただろう?」


 ふふん、と自慢げに胸を張る彼女。


「ああ、美味いよ。料理の才能があるんじゃないか?」


 そう言うと、フェリスは少し照れたように顔を背けた。

 うむ、可愛い。


「そっ……そんな事は無いさ。私はただ、お前に喜んでもらいたくて……」


 ……。

 正直、やめてほしい。

 あんなに凛々しくて有能で苛烈なフェリスが時折見せるこのいじらしい仕草。ギャップ萌えってやつだろうか。破壊力抜群である。

 死ぬわ。

 尊死してしまうだろうが。

 俺は思わず彼女を抱きしめたくなったが――我慢する事にした。まだ日は早い。


 そうして穏やかな時間が過ぎていく。彼女と過ごす時間は本当に幸せだと感じる。これからもずっとこうしていたいものだ。

 そうしていると、窓をとんとんと何かが叩く。

 赤い影だ。


「ああ、ユリシアのぶんもあるぞ」


 フェリスがいい、窓をあける。

 そこには、全長5メートルほどのドラゴンの姿があった。


「くるるるぅ」


 窓から首を入れてくる。

 そして俺の頬に頭を擦り付けてきた。くすぐったいのでやめさせる。


 ドラゴンの名はユリシアという。

 フェリスが俺とフェリスの名前をもじってつけた。

 俺たちの娘のようなものだ。いや、娘というには色々と違いすぎるけど。

 だが俺とフェリスの関係を近づけてくれたキューピッドみたいなものだし、この間の戦いでも助けてくれたしな。

 懐いてくる姿はとてもかわいい。


「よしよし、元気そうだな」


 頭をぐりぐり撫で回す。気持ちよさそうに目を細めるユリシア。

 相変わらず甘えんぼうな奴だ。そして、俺が持ってきたバスケットの匂いを嗅ぎつけ、その中に顔を突っ込んだ。


「こらこら、行儀が悪いぞ」


 そう言って止めるフェリスだったが、その顔は優しいものだった。

 そしてそのまま二人で昼飯を食べ始める。


 平和だなぁと思った。いつまでもこんな時間が続けばいいと思う。

 いや、続かせるのだ。

 この田舎の惑星イナーカス。

 愛する妻と娘(養女、というかペットでドラゴン)とロボットのL3……家族で守るのだ。


「私や準男爵様たちもいますけどね」


 そうフェリスおつきの男装執事クォーレが言う。

 頭読んでんのかこいつ。


「わかりやすく自分たちの世界に入ってらしたので」

「……まあ、否定はしないけどさ」


 そう言って苦笑する俺だった。


「どうした、クォーレ」


 フェリスが問いかける。


「夫婦水入らずを邪魔するつもりはなかったのですが……」


 クォーレが淡々と言う。

 最初に出逢った時のクソ嫌味な男、みたいなあれは見事に演技で、素の彼女がこれだ。

 いや、あからさまではなくとも皮肉屋なのは十分素らしいが。


「宇宙怪獣の群れが接近しています。迎撃準備をお願いします。

 大旦那様達も留守ですし、気合い入れてください」


 ……。

 これだから辺境の田舎惑星は!

 ついさっき平和だなあと言ったの返せ。ああそうだよこれが辺境の日常だ。


「仕方ないな」

「ああ、行くかユルグ」

「Pii!」

「くるるぅぅ!!」


 俺たちは立ち上がるのだった。


 今日も明日も明後日も、きっとこの先も、こんな風に慌ただしく過ぎていくのだろう。

 だけど、それがいい。そんな毎日こそが、幸せなのだ。



 今日の夕食は宇宙怪獣のステーキだった。

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