おはよーパパ、ママ
惑星イナーカスの朝は早い。
日の出と共に起き出し、畑に向かう農民たちの姿がある。彼らの一日の始まりを告げる光景だ。
領主の息子であるこの俺、ユルグも例外ではない。
「ん……」
起きようとした俺だが、その時違和感があった。
重さだ。
何かが自分の上に乗っている。
妻のフェリスではない。もっと軽いし柔らかい。まるで子供の様だ。
しかしここには子供はいないはずだ。
ならこれは何だ? 幽霊とかか? などと思いつつ目を開ける。すると、そこにあったのは――
「……あ?」
小さな女の子だった。
だいたい六歳ぐらいだろうか。赤色の髪をしたその少女は、俺の上でスヤスヤ寝息を立てている。
……誰だこの子は。
しかも裸じゃないか?
まずい。これはまずい。
隣に寝ているフェリスを起こさないようにしつつ、場を切り抜けないと……俺は破滅してしまうだろう。
「ん……ユルグ?」
やばい。
フェリスが目を覚ましてしまった。
じっと、俺とこの少女を見る。
そして、寝ぼけてぼうっとしていた目がはっきりしてきた。
「ユ、ユルグ……まさか、その子は」
わなわなと震えるフェリス。はい、終わった。
「私達の子か!?」
「なんでそうなるの!?」
「だってお前が浮気する事は確実にないだろう。となると……」
「信頼してくれるのは心から嬉しいけど一晩でこんな大きい子を妊娠出産はしません」
する種族もいるかもしれんが、俺とフェリスは平均的な人間種だ。多分。
「じゃあ誰なんだこの子」
「知らんよ。起きたらいたんだよ」
「うーむ……わからん」
二人して悩んでいると、その少女が目を覚ました。目をこすりながら起き上がる。
「ふぁ……おはよーパパ、ママ」
……。
今、なんつった?
俺に娘はいない。
にも拘わらず……いや、待て。
この子を見ると、背中に翼が生えている。コウモリのような。
そして、尻尾も……トカゲのような赤い尻尾。
まさか……
「ユリシア……?」
俺の言葉に、その少女は頷くのだった。
◇
[あああああもうドラゴンの姿も可愛かったがこの姿も可愛いなあ流石は私達の娘だ!! なあユルグ!!!」
フェリスのテンションがおかしい。
聞いた話、初対面の時狩って食おうとしてたらしいが。いやまあそれはいいんだけど。
「ドラゴンが人間の姿に……ねえ」
千年を超えるほど生きたドラゴンは人に化けるというが、ユリシアはどう見ても稚竜だった。謎だ。
それとも何者かの外部干渉でこうなったとかだろうか?
しかしこれからドラゴン肉は食えないな。
……ただの爬虫類ならセーフか。巨大トカゲとかあそこらへんだと。
「それで……どうしてその姿になったんだ?」
「んー、わかんない」
うーん……わからないのか。まあ、そりゃそうか。
いきなりの事だしな。
俺は改めてユリシアを見た。
身長は俺の腰あたりまでしかない。髪は綺麗な赤色で、背中の中程まであるストレートヘアだった。瞳の色は金色だ。
顔立ちはフェリスにどことなく似ていてとても可愛らしい。将来美人になるのは間違いないだろう。
そうしていると、服を持ったクォーレがやってきた。妹の昔の服だ。
「失礼します」
と言って、クォーレが服を着させる。その間、俺は部屋の外に出て待つことにした。流石に着替えを覗くわけにはいかないからな。
数分後、ドアが開いて出てきたのは、白いワンピースを着たユリシアだった。
スカート部分がひらひらしていて、いかにもお嬢様って感じの服装だな。似合っていると思う、いや似合っている。
「L3。しっかり保存しておけ」
フェリスが言う。
「クォーレ。実家に連絡だ。私の昔のドレスとかありったけ運ばせろ大至急だ」
「落ち着いてください奥様。今の奥様、性犯罪者みたいな勢いです」
酷い言われようである。主人に向かって容赦が無いな。
「仕方ないだろう、ああ娘ってこんなに可愛いんだな!」
わかる。
なんだろうな、この保護欲とか刺激する存在は。なんかこう、守ってあげないといけないって思うんだよな。
そんな事を考えていると、フェリスがこっちを見て言った。
「お前も似たような顔しているぞ」
「え、マジで?」
「ああ」
そんなにデレっとした顔で見ていただろうか? 気をつけねば。
「性犯罪者夫婦ですか」
ひどい言われようだ。
誓って言うが、ただただ父性と保護欲を刺激されているだけだぞ。
「犯罪者はみんなそう言います。くれぐれも領民に手出ししないでくださいね旦那様」
「……なあフェリス。新しい使用人がやたらキツいんだが俺嫌われるようなことしたっけ?」
「こいつはいつもこういう態度だから気にするな」
「はい。嫌ってたらそもそもこのような糞辺境の超ド田舎にに来たりしませんから。
旦那様はちゃんと尊敬してます。
よくもまあ奥様という婚約破棄自演騒動ぶちかますような不良在庫を引き受けてくださったものだと、その人間としての懐の広さに感服しています」
表情を変えずにいうクォーレ。
全力で俺たちをディスってるようにしか聞こえないけど、違うと言うならそうなんだろう。
つーかフェリスを不良在庫扱いする世間の方が普通に見る目無いわ。
「とりあえず……」
これからどうするか。
現状、ユリシアがドラゴンから人間の姿になった、ぐらいしかわからないからな。
こういう時は仕方ない。
「兄さんに頼るか」
惑星イナーカスにも病院はある。
その病院には、うちの長兄であるシュミット兄さんがいる。
医者であり科学者であり考古学者でありその他諸々、なんとまあ多芸多才多趣味の自慢の兄だ。
そんな兄に、ユリシアについて相談することにしたのだ。
「なるほど、ドラゴンが人間にねぇ……」
診察を終え、顎に手を当てて考え込む兄。
「この娘はおそらく、ドラゴニアン……だな」
「なんだそれ」
「竜星人とも呼ばれる種族だ。
普通の宇宙ドラゴンは数百年から千年の齢を重ねてはじめて高い知能を得、人化の能力を得るのだが……」
「ドラゴニアンは違う?」
「ああ。生後数年で知性を得、言葉を喋り、人の姿にもなれる。
なので宇宙ドラゴンはモンスター扱いだが、ドラゴニアンについてはモンスターかそれとも人類種かで学会でも意見が分かれている。
生物学的には通常の宇宙ドラゴンとほぼ変わりないからな」
「だけど義兄上。それにしては、ユリシアは最初……」
フェリスと出会ったときはただのドラゴンのようだった。
引き取った後も、人語を解してはいても喋る事もなく、人の姿にもならなかった。つい今朝まで。
「【邪神の瞳】に寄生されていたんだろう? それが原因だろうね」
「あれか……」
邪神の瞳とは、生物に憑りつき、記憶を喰らう宇宙モンスターだ。
「だいぶ喰われていたんだろう。それが少しずつ回復してきている、ということだろうな。
ユルグたちを親と思っているのも、記憶のほとんどを食われた状態で最初に見た、刷り込みだろうな」
兄さんが考察する。なるほど、確かに理にかなっている。
「さて、問題は、この子をどうするか、だ」
「どうするって……」
「今まで通り養うか、それとも親、元の種族の元に返すか、だよ。
ただの宇宙ドラゴンならともかく、ドラゴニアンという知的人類種族であるなら……話は変わってくる。そう思わないか、ユルグ。
それにドラゴニアンは……」
「変わる事など何もありません、義兄上」
兄さんの言葉をフェリスが遮った。
「この子は……ユリシアは私たちが助け、そして私達を助けてくれた。
ただそれだけ……それだけじ充分です。
血の繋がりがなかろうと、種族が違おうと……私たちの娘です。
そうだろう、ユルグ」
「ああ」
妻の言葉に、俺も。
何の逡巡もなく答えた。
それを兄さんはしばらく見て、言った。
「……お前たち夫婦がそう決めたのなら、私は何も言わないさ。
頑張るといい」
◇
そして、俺たち三人の生活が始まった。
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