私は、ユルグが「何をしたい」のかが知りたいな

 領主たちの和やかな自慢大会の一日目が終了し、皆で食事をとる。立食パーティーだ。ちなみに三日開催らしい。




 メインディッシュは辺境伯様が絞め殺してきた宇宙キマイラだった。




 ダイナミックである。




 晩餐会では、グリンディアナ嬢の姿は見えなかった。だからといって探す気は特に起きなかったけど。




「――ユルグは、将来は義父上のようになりたい、とは思っているのか?」




 フェリスがグラスを傾けながら言って来る。




「うーん……あんな化け物になれと?」


「そうではない。領主に、という意味だよ」


「んー……ないかな。領地経営って、ただの脳筋じゃ出来ないし。シュミット兄さんが一番適任だよ」


「では、義兄上の補佐か」


「そうなるだろうな」


「ふむ。……だけど私は、ユルグが「何をしたい」のかが知りたいな」


「何を……したいか?」


「ああ。ユルグは誠実で真面目だと私は思う。だが、逆に自分の願望、を押し込めて生きていないか、と思ってな。


 貴族には、そういう人間は多い。お前の家族や辺境伯を見てると、勘違いしてしまいそうになるが」


「まあ、あの人らはフリーダムだからな」


「だから、お前は何をやりたいのか……と、ふと思ってな」


「そうだな……」




 日々を生きるのに忙しくて、あまり考えたことなかったな。




「なりたい、やりたいとはちょっと違うかもだけど……


 冒険に出てみたいってのはあったな」


「宇宙冒険者、か?」


「ああ。


 俺も一応、船持ってたんだよ」


「持ってた?」


「……」




 まあ、言ってもいいか。




「いきなり公爵令嬢を嫁にもらえと言われたので反抗心出して宇宙に逃げようとしたら、バリヤー張られてて撃墜され海の藻屑になった」




 あ、言ったらちょっと凹んだ。




「そ、それは……私のせいか」


「いや、帝国のせいだよ。もし若気の至りのまま宇宙に出てたら、フェリスとこうやって結婚できてなかったしな」


「しかし宇宙船だぞ」


「辺境伯様との仕事先で見つけた、骨董品のロストスターシップだし、そんな高価じゃないよ」




 空飛ぶガラクタだ。




 そこに浪漫も感じていたけどね。




 新型機より旧式、量産機よりも試作機に憧れを持つのが男子だと思う。異論は認める。




「あとは……あれだな。学園にも行ってみたかった、かな」


「そうなのか?」


「ああ。元々、シュミット兄さんもケルナー兄貴も行きたがってたんだよ。


 兄さんは、学園でもっと機械いじりや読書とかやってみたかったってさ。


 だけど、金がかかる。だからケルナー兄貴に譲った。


 兄貴は、中央でもっと強いのと戦ったりして見かったそうだけど、戦うだけなら辺境で出来るって俺に。


 俺は――なんとなく冒険してみたい、宇宙に出てみたいって程度だったしな。


 だったら、魔法の勉強が出来るユクに譲るべきだな、って」


「……本当に家族仲がよいのだな」


「普通だろ。


 まあ、別にイナーカスが嫌いってわけじゃないんだ。


 地味で、かつ過酷で色々と大変な暮らしだけど充実してる。


 ただ、やっぱり冒険に憧れるなぁ……って感じかな」


「……そうか。ユルグは、男なのだな」




 そう言って、フェリスは窓の外を見る。




 眼下に広がる惑星と、そして――果ての無い星空。




「――新婚旅行」




「ん?」


「まだだったな。いずれ金をためて、時間を見つけて――宇宙に行ってみるのもよいと思わないか、ユルグ。


 私たちの、新婚旅行だ」


「それは――」




 想像してみる。




「楽しそうだな」


「ああ。きっと楽しいだろうな。




 そんな日が来たら、素晴らしいだろう.




 いつか――







 翌日。




 まあ、特に特筆するようなことはなかった。




 大会の会場が、軌道エレベーターを降りて海上になった事ぐらいだろうか。




 負けたら海に落とされる。




 そして海には当たり前のようにモンスターがいる。




 シヴァイタール名産、宇宙ナマコである。




 全長2メートルから大きいのは5メートルに至る宇宙ナマコが、吐き出した内臓を触手のようにからめて海中に引きずり込むのだ。


 


 観客たちは非常に盛り上がった。




 なおうちの親父はナマコが大の嫌いであり、海に落ちないように必死に舞台にしがみつく姿は会場の笑いを誘っていた。




 そして三日目――




 惑星の地表に降り、




『ドキッ★ 領主だらけのステゴロ大会~(首が)ポロリもあるかも?~』




 自慢大会どこいった。




「しかし辺境伯は本当にこの手の騒ぎが好きだな。領主たちも参加し、領民たちも盛り上がっている。辺境の者はみな、こういうのが好きなのだな」


「そうだな……好きなんだろうけど、ちょっと違うのかもな」


「違う?」


「ああ。……去年、うちの……イナーカスの領民は、トルーパー併せて、二百十二人死んだ。老衰や事故とは別でな。


 ……守れなかったんだよ」


「……それは」


「親父も兄さんたちも強い。辺境伯様も、ほかの領主も、そして領主に鍛えあげられた騎士たち、兵士たちも。


 だけど、全員が全員、屈強無敵の戦士じゃあない。


 宇宙山賊や宇宙海賊、宇宙モンスターや、土着の獣にやられて怪我もすれば、死ぬことだってある。


 ――辺境は、死と隣り合わせなんだ」


「……」


「だからみんな、馬鹿騒ぎすんだろうな」


「逃避、というわけか?」


「……いや、明日死ぬかかもしれないなら、全力で日々を生き、楽しもう――ってことだよ。


 悔いを残さない生き方、ってやつなんだろうな」


「それは……とても、難しいな」




 フェリスが遠い目をする。ああ、わかる。確かに――とても難しいだろう。




「だよな。俺だって中々にそんな心境にはなれない。


 だけど、そうしよう、そうあろうって気持ちが大事なんだろう。


 今日出来なかった。


 だったら、明日は。明日こそは。


 そうやって、前向きに――さ」


「……そうか。ユルグは、強いな」




フェリスは遠い目をして、眩しそうに言う。




「あり方が強いと思うよ、ユルグ。


 ……私は、後悔ばかりだ。


 家に縛られ、短慮な自分自信に流され、後悔しっぱなしだ。


 だが……そうだな」


「?」


「唯一後悔していないことと言えば、今、ここにいる事だろうか。


 ここに至る道程は後悔と悔恨の連続だったが、それでも――


 今、この瞬間の結果は、悪くはないと、思って……いる」


「フェリス……それは」




 俺は言う。




「そんなにこの大会面白かったのか」




「……!! ち、違うそういうことではなくて」


「わかってるよ。冗談だ」




 俺はそんな鈍感朴念仁キャラじゃないよ、さすがに。




 ただちょっと、恥ずかしくて誤魔化しただけだ。




「俺も。今は、とてもいいと思ってるよ」




 そこで、幸せだ、とはっきり言えたらかっこいいんだろうけど。




「――そうか」




 フェリスは、静かにそう言った。




 ふと、お互いの指先が触れる。




 ……これは、手を繋ぐタイミングだろうか。




 行けると思う。たぶんいける。




 夫婦だし、手を繋ぐぐらいありだ。するべきだ。宇宙に満ちるエーテルの意志が『繋げーっ! 繋げぇーっ!!』と叫んでいる、気がする。




 俺は逸る動悸を押さえながら、ゆっくりと……




 しかしその時、フェリスの通信機に着信音が鳴る。こんなタイミングで!




 フェリスが通信機の映像をオンにすると、立体映像で現れたのはグリンディアナ嬢だった。




 俺の中で、彼女への評価が三段階ほど下がった。




 もうグリンディアナ嬢じゃなくていいな、グリ公だ。




 この場合の公とは、尊称ではない。エテ公や先公とかで使われる系の蔑称である。もちろん親愛の意味など欠片もない。




 あってたまるか。




『フェリシアーデ様、ごきげんようですわ』


「なんだ、グリンディアナ。何か用か」


『はい。実はですね、このイベントの婦人会の方で、多少人手が足りないと……それで、領主と関係者の奥方に、手伝って欲しいと……』


「……そうか。私もこれで忙しい身だが、奥方が必要というのなら仕方ないな。私は招待されたイナーカス準男爵家に嫁いだ身だからな、断るわけにもいくまい」




 フェリスはやたら乗り気だった。




「というわけで、私は行ってくる。妻として」




 通信を切り、憮然とした表情を浮かべながら、フェリスは軽い足取りで婦人会のテントの方に向かっていった。


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