敵はオルトリタール皇太子と、その手下、男子生徒三千二百余名!! 

『さて、学園祭を無事開催出来た事を喜ばしく思う』




 銀河帝国皇太子、オルトリタールが壇上に立つ。




『学園祭とは無礼講だ。羽目を外すものも多いだろう。そこで俺は余興を考えてみた。これだ』




 立体映像が投影される。そこにはこう書かれていた。




 ドキドキ爵位シャッフル企画――と。




 生徒たちがそれを見てどよめいた。




 今度は何をしでかすのか、と。その反応を見て、オルトリタールは笑う。




『一日だけ、諸君の爵位をランダムに入れかえようと思う。あくまでも学生間にのみ通用するものであるが、ね。


 カードを引いた爵位が、今日一日の君の爵位だ。


 一番は皇太子。俺の地位だな。これは一枚しかない。そして一番下は――奴隷だ。


 これを引いたものは一日、皆の言う事を無条件で聞く事となるわけだな』




 生徒たちがざわめいた。




『楽しいぞ。ではまず俺から……あ』




 オルトリタールが引いたカード。それは……






【奴隷】




『……』




 静寂が場を包む。そして……




『そういうふうに選ぶのだ。ではリハーサルは終わりだ。本番と……』


『ふざけんなー!』


『言い出しっぺだろう!!』


『ちゃんとカードに従えー!!』


『奴隷!! 奴隷!! 奴隷!!』




 生徒たちがブーイングを始める。




 オルトリタールは開き直って叫んだ。




『ええいわかった、俺は奴隷だ!! だがお前ら覚えておけよ、俺は記憶力がいい。誰が俺に何を命令したかちゃんと覚えておくからな、ご主人様ども!!! 翌日を楽しみにしていろよ!!』




『うわきったねー!』


『横暴だ!!』




 皇太子に空き缶やノートなどいろんなものを投げつける生徒たち。


 オルトリタールは笑いながら「ご主人様」たちからの暴言を受け流していた。




 ◇




 学園は、私有地の惑星を幾つか持っている。




 学園のイベントや、生徒たち主導の活動に使われる無人惑星だ。




 今回学園生徒たちがおってきた惑星もそんな星の一つである。




『さて、諸君』




 オルトリタールは言う。




『始めようか。宇宙バーベキューを……な』


『うおおおおおおおおお!!!!』




 生徒たちが叫ぶ。




 テーブルの上、網の上に並べられた数々の料理に、生徒たちが群がっていく。




 肉、魚介、野菜、デザート、飲み物。どれも高級品である。




『うめえ』


『最高だな』


『おい、こっちのパンもうまいぞ』


『マジかよこっちのジュースもうますぎ』




 生徒たちは大喜びだった。




 下級貴族たちは、普段食べられない高級な食材。




 上級貴族たちは、テーブルマナーから解放された自由な食事。




 皆が喜ぶ素晴らしいイベントだった。




 しかし、あの皇太子オルトリタールの主催のバーべキュー大会だ。




 ただで済むはずがないのである。




『では次の食材だ』




 皇子が指を鳴らすと、彼の取り巻き立が食材を持ってくる。




『殿下、これは?』


『これはだな……』




 オルトリタールは言う。




『ノルコサピロットンだ』




『ノルコサピロットン……?』


『そう、ノルコサピロットンだ』




 何を言っているのか誰もわからなかった。




 そもそも肉なのか魚のか野菜なのかもわからない。




 匂いもかいだことが無いタイプのものだった。




 食べ物……? なのはわかる……?? のだが。




『殿下、そちらのそれはなんですか?』




 一人の生徒が尋ねると、オルトリタールは答える。




『ああ、これはだな……』




 オルトリタールは胸を張って言う。




『ノル=サルルンポヌだ』


『……はい?』


『いやだから、ノル=サルルン……』


『わかりました、もう結構です』




 ……。




 一同沈黙する中、皇子は続ける。




『では次行くぞ』


『まだあるんですか!?』


『殿下。もっとこう、普通の人々にもわかりやすい食材でいかれては。これらは先鋭的すぎます』




 取り巻きの一人が言う。全く持ってその通りだった。




『仕方ないな。では……宇宙オークの丸焼きだ』




 運ばれてきたのは、




『はいアウトー!! 流石にそれはコンプライアンス的に駄目です殿下ァ!!』


『なんでだ。オークを食材というのは意外とありがちで……』


『我々貴族ですんで!! 蛮族じゃないです!!』


『そうか』




 納得してくれたようだ。




『では、次はこれでいくか』




 次に運ばれたのは、巨大な大目玉の怪物であった。




『これは名前を呼んではいけないと言われている……』




『ええい貴様は馬鹿か!!』




 後ろから皇太子オルトリタールの頭を殴りつける女性がいた。




『殿下ァー!?』




 盛大に転がる皇太子。




 オルトリタールを殴ったのは、彼の婚約者だった。




『なんだフェリシアーデ。そんなに早く食べたかったか』


『どこをどう解釈すればそうなる。この阿呆め。食事というものは奇をてらえばいいというものではない』


『ふん。わかっていないな、サプライズこそが大切なのだ』


『限度を考えろと言っている! それでも貴様は将来銀河帝国を背負って立つ皇太子か!!』


『だからこそ銀河の裏や闇も知る必要があるのだ!!そこを理解せず俺の婚約者気取りとはな』


『親が決めたものでなければ誰が貴様となど。百歩譲っても、妙な食材を自分で食べるだけなら良いが、他人に無理やり食わせようとするな』


『……ふむ。確かにお前の言う通りたな』




 オルトリタールは認める。




『仕方ない。これは一人で食べるとしようか』




 そう言って指を鳴らす。取り巻きの一人が持ってきたのは――古い缶詰だ。




『なんだそれは。……おい、なんだそれは』




 フェリシアーデは嫌な予感がした。




 缶詰に刻まれている文字は、今は失われた古代宇宙語だ。




 つまり、その文字が刻まれているということは……遺失技術によってつくられたもの。


 


 このバカ皇子が持ち出すロストテクノロジーアイテム。




 まともなものではない。




 ラベルにはこう記されていた。






【surstromming 】






『シュールストレミング……というらしいぞ。最近発見された超古代の遺物でな、それはそれはすごい匂いのする発酵食品らしい』




 缶詰はギチギチに膨らんでいる。




 フェリシアーデにはわかった。わからないがわかった。




 あれは――危険だ。




『安心しろ。他人に強制したりはしない。あくまでも食べるのは俺だ。今、ここでな』




 オルトリタールは笑う、自分自身でも理解しているのだろう、




 手に持っている缶切りが震えている。汗がだらだらと出ている。




 だが――ここで引くわけにはいかないのだ。




『やめろ、やめるんだ殿下。それを開けてはいけない。絶対にだ』


『安心しろ、俺は紳士だ』


『やめろぉぉぉっ!!!』




 彼女の悲鳴は――そして伸ばす手は届かなかった。




 そして――――






 悪臭が爆発した。




 キノコ雲が立ち上り、全ては吹き飛び――






 その惑星は汚染されたという。







 惑星キヨ・トー。




 銀河中の学生たちが修学旅行に訪れる、一大観光惑星だ。




 銀河帝国の貴族子女たちが通う学園の修学旅行もここだった。




 まるでダンジョンのように入り組んだ旅館。




 そこに生徒たちは宿泊していた。




 そして……




『修学旅行と言えばなんだ!!』




 オルトリタールが叫ぶ。




『温泉!!』


『すなわち――』


『覗き!!』


『覗いて何が悪い!』


『覗かれたくないなら風呂にはいるな!』




 男子生徒たちの怒号を、オルトリタールは扇子で制する。


そして静かに告げる。




『覗きは犯罪だ。だが、我々は未成年である』






 未成年だら犯罪じゃない。






 最低な言葉を銀河帝国皇太子は告げた。




 これがオルトリタールだ。この男が、この世界の頂点に立つ男なのだ。




『故に、我々の行動は法には縛られない! そうだろう諸君!! この銀河を統べる皇帝陛下の名のもとに! 我々は、正義を行うのだ!!!』




『うおおおおおおおおおおお!!!!!』




 男子生徒たちの心が――ひとつとなった。彼らはみな、この修学旅行で、青春の思い出を作ろうとしていたのだ。




 彼らにとってこれは必要なことであり、そして同時に……正当な権利でもあった。




『……』




 フェリシアーデは一人、露天の岩場に腰掛けて月を見上げていた。




 彼女は今、浴衣を着ている。




 風呂に入りに来たわけではない。




 今、フェリシアーデがいる露天風呂は無人だ。だが、その奥には女子生徒たちが入浴中である。




 彼女たちを守る。




 それが、フェリシアーデの使命だ。己に課した役目だった、




『……まったく』




 フェリシアーデはため息をつく。




『あのバカどもは……帝国貴族としての誇りは無いのか』




 呟きながら、フェリシアーデは立ち上がる。




『まあいい。私がなんとかすればいいだけの話だ』




 フェリシアーデは、そう言って歩き出した。




 その片手には、宇宙ゴム弾丸を装填した宇宙ショットガンがある。




 だがこれだけでは足りない。




 背中には、スタンビームブラスターが二丁ア背負われている。




 腰にはスタングレネードもある。




『いいえ、フェリシアーデ様』




 そんなフェリシアーデに声がかかる。




『私達が、です』




 総勢五百七十名。今、女子風呂に入っていない、女子生徒たちだ。




『皇太子殿下と戦うことになるのだぞ』




『何をおっしゃいますか』




 女子生徒の一人が言う。




『殿下は仰いました。我々は未成年です』




 そう、未成年だから犯罪ではないと言ったのは、皇太子その人だ。




『我々はまだ、子供なのです』


『ならばなおさら、殿下を止めねばなりません』


『……ふ、お前たちは……』


『はい』


『馬鹿だな』


『はい』




 全員の声が揃う。




『お前たちのような愚か者どもが、この国を動かしているのだな』


『はい』


『……ふん』




 フェリシアーデは笑う。




『だが、悪くない』


『ありがとうございます』


『……いくぞ、お前達』


『はい!』


『女子風呂を守り、不埒な男どもを殲滅する。一匹たりとも通すな。


 殿下の手足の一本や二本、ヘシ折っても構わん。私が責任を取る。


 なりたくもなかった婚約者の地位、ここでは活用させてもらおう。


 いざとなったら、ただの痴話喧嘩よ』


『お供します――!!』


『敵はオルトリタール皇太子と、その手下、男子生徒三千二百余名!! 下衆どもを一匹たりとも生かして帰すな!!!』




『はいっ!!』




 こうして、フェリシアーデ率いる女子軍団は、オルトリタール皇太子の野望を打ち砕くべく立ち上がったのであった。




 戦いが始まった。




 その全てを記すことは出来ない。




 ただひとついえる事は、これは学園に代々伝わる伝統行事ですらあるという、悲しい事実だ。




 銀河帝国の汚点である。




 決して外には出せない。この物語は、ここに記すことを許されている、ごく一部の記述に過ぎない。




 男子生徒たちの無様な姿まではセーフでも、貴族女子たちの裸体を記録には残せない。




 ただひとつだけ――




 数名の男子生徒が女子風呂に到達した。




 犠牲を払い、皇太子の死体を乗り越え、到達した。




 到達、してしまった。






 そこには、宇宙オークの女子生徒たちがいた。




 その悲しき事実を、記しておこう。




『――ウフ♥』




『ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!』




 とある男子生徒たちの絶望と快楽の悲鳴と共に。


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