本当に愛してしまったんですね

 ……。




 再生が終わった。




 俺は何といえばいいのかわからなかった。


 


 なんだこれ。




 なんだこれ。




「……なんだこれ」




「兄さんの気持ちわかるわ。学園に入って知った、皇太子殿下の正体がコレよ」


「情報統制されているから一般には知られていないが……


 オルトリタール皇太子殿下は一言で言うとだな」




 レーゼンが静かに、重々しく言う。




 そう、これでわかった。




 オルトリタール・ルム・リギューラ皇太子は……






「バカ皇子なんだ」






「思ってたのと違う!!」




 俺は叫んだ。




「なに!? フェリスこんなのに振られて婚約破棄されてショック受けて泣いてたの!? ああいや泣くよね別の意味でさ!?」




 そりゃプライドズタズタになるよね!!




「言ったでしょう。兄さんの方がよほどマシだって」


「こんなんと比較されて勝っても嬉しくないけどありがとう!!


 ていうかアリシアって子もよくこんなのと……」


「ああ、アリスね。


 あの子も大概に奔放だったもの。


 殿下とくっついた後もよく私の部屋に忍び込んできたし」


「忍び込んでって……」




 また予想と違うな。




 そしてレーゼンが言う。




「アリシアか。校則破りの常習犯。逃げ足もずいぶんと早く、彼女を捕まえられた朝の門番は一人もいなかったという」


「ちょっと待って。


 聖女だよね?


 聖女要素なくない?」




 聖女ってイメージは清廉で高潔、慈悲深く優しいというイメージだ。




 同級生の部屋に忍び込んで遊んだり、校則やぶって遅刻の常習犯とかそんなんじゃあない。




「まあ、私としてはアリスは……よく言うならかわいい子犬、悪く言うならやんちゃな猿ね」


「チンパン聖女かよ……」


 


 フェリスもそうだったが、聞いてたことと実際は色々と食い違ってる。




 そもそも本当に婚約破棄されて追放されたのかすら怪しくなってきたレベルだ。




「だけど、バ……殿下とアリスも、問題児ってだけじゃないのよ。


 さっき彼が言った、クソ伯爵んとこの件。


 私が退学にならなかったのも、アリスと殿下のおかげだし。あとフェリシアーデ様」


「……ますますもって話がわからなくなってきた。


 フェリスとアリシアって仲違いしたんじゃなかったのか」


「したわね。でも怪しいといえば怪しいのよね」


「殿下とフェリシアーデ様も、犬猿の仲だったしな。一部では「素直になれない同士では」という声もあったが、明らかに敵対してたな」


「自他共に厳しく真面目なフェリシアーデ様と、バカ皇子なオルトリタール殿下、相性最悪よね」




 二人が話している。なんというか……こんがらがってきた。




「つか、本当そんな女がなんで聖女に?」




 まあそもそも、聖女が何なのか、ってのもよくわからないんだけどな。




「功績を立てたのよ、それもでっかい」


「へえ」


「殿下と付き合い始めたら殿下が更生した」


「でかい功績だ!!」




 なんでそうなるの!? いやしかし、あの馬鹿皇子を更正させたなら確かに国から認められる功績だろうな。




「……だけど、それが正しいならフェリスはむしろ歓迎しそうだけどな。


 嫉妬と激情に駆られて迫害うんぬんってどんどん信じられなくなってきた」


「本当に疑わしいのよね、あの一連の事件」


「うーむ……」




 新しい情報が多すぎるし、そして現状を打破するには情報が少なすぎる。




 情報、か。




「しばらく情報集めかな。


 現時点でわかったことは……


 皇太子が襲撃されたこと。


 その犯人がフェリスだという噂が流れていること。


 だけどフェリスは犯人ではないということ。


 皇太子はバカ皇子で聖女アリシアはやんちゃな子だったということ。


 あの婚約破棄追放騒ぎはどうにも不自然だと言うこと。


 そして、皇太子と聖女は姿を消している――と」




 もし、これらか゜繋がっているとしたら。




 真犯人がいて、そして……




「学園に真犯人がいる、可能性が高い――か」




 この学園は基本的に外界と隔離されている世界だ。




 皇太子はたまたま外に役目で出ていた時に襲撃されたようだが、聖女は外に出ていないとのことだ。




 一般には存在すら公になっていないらしい。新しい聖女が誕生したという程度だ。




 にも拘わらず、二人は姿を消した。




 自分から姿を隠したにしても、誰かに襲われ囚われたにしても、あるいは匿われているにしても――学園が関係しているだろう。




 殺されている事はないと思う。




 殺されたならその事実を世に出そうとするだろうからな。最初に爆弾テロで殺そうとしていたし、もし殺害に成功してたら大々的に宣伝しているだろう。




 だけどあくまでも仮定と推論の域を出ない。




「もっと情報を集めよう」




 俺は改めて言う。




「でもどうやってよ。兄さん部外者じゃない」


「それは……」




「だったら」




 レーゼンが提案してくる。




「俺の予備の制服貸すよ。部屋もここ使えばいい」


「いいのか?」


「ああ。


 事は予想以上にでかい話になりそうだ。下手したら銀河帝国を揺るがす一大事になりかねない。


 帝国の騎士――予定としてはわっとけないさ」


「レーゼン……」




 いい奴だな、こいつ。信頼できそうだと思ったのは、正しかったようだ。とても心強い。




「仕方ないわね。お義姉様が助けを求めてるなら、義妹として動かない我にもいかないわ。アリスの事も心配だし」


「ユク……助かる」


「勘違いしないでよね。お義姉さまやアリスだけじゃなく、兄さんのこともちゃんと心配してるから。昔から変なところで無茶するから危なっかしいのよ兄さんは」




「ツンデレかと思ったらストレートにデレてるユクリーナさんさすがだ!」


「殴るわよ」




 なんか騎士ってより舎弟って感じだな、レーゼンは。




「ただ、兄さんが紛れて動くのは休み時間や放課後なるわね。


 その時に生徒に紛れて動くって感じかしら」


「わかった。


 昼間の間はL3に頼んで、ネットワークからの情報集めをしてもらう感じかな。頼めるか?」


「Pi!」




 任せて欲しい、とのことだ。本当に頼もしいな。




「頼む。


 じゃあ、世話になるよレーゼン。ユク。よろしく頼む」


「ああ」


「ええ」




 二人は頷く。




 ……フェリスの言う通り、船に乗って学園まで行き、妹に話を聞いた。




 そしたら皇太子の暗殺未遂や行方不明騒ぎ、そしてフェリスにかかった嫌疑……




 予想以上に話が大きくなってきた。




 だけど、ひとつだけわかったことがある。




 フェリスは――俺に助けを求めている。直接言われたわけではない。だけど、間違いない。




 そうじゃないと、俺をここに導くはずがないんだ。




 聞いていた話と色々と食い違ってはいたが――それでも、フェリスは追放され、味方は少ないんだろう。




 だからこそ――いや、違うな。




 俺が、フェリスを助けたいんだ。




 だから――






「必ず、助ける――待ってろ、フェリス」


 





 セントラリアの貴族居住区。




 ローエンドルフ公爵家の屋敷にして、ガディスティン・ヴァン・ローエンドルフ公爵は久々に娘と対峙していた.




「全く、厄介なことになった」




 ガディスティンは頭を押さえる。




「あの馬鹿殿下にも困ったものだよ。そしてお前にもな」




「父上には我が頼みを聞いていただき、感謝しております」




 フェリシアーデは父親に礼を言う。今、彼女がここにいるのは父のおかげだ。




「またここに戻ってくることになるとは、私も思っていませんでしたが……」


「本当なのか。あのバカ皇子と聖女が……」


「はい。学園にいる私の“耳”からの情報です。


 姿を消しました」


「……そうか」




 ガディスティンは息を吐く。




 娘がそう言うのならばそうなのだろう。学園の情報は秘匿されていて、公爵家といえど中々入ってこない。




 しかしフェリシアーデは在学中から、学内に独自のネットワークを構築していた。




 婚約破棄騒ぎで、その大半は失ってしまったようだが……それでもガディスティンよりは、学園の事情を把握しやすい。




「本当に困ったものだ、あのバカ皇子にも。


 ……そしてお前にもな。


 本当に関わっていないんだな?」


「はい、父上。エーテルに誓って、私はオルトリタール殿下への殺害未遂テロには関わっていません」


「……そうか。


 だが世間はそうは見ていない。いずれ私でも、お前を庇いきれなくなるぞ」




 フェリシアーデは、現在、オルトリタール皇太子襲撃の重要参考人だ。いや、容疑者と目されている。




 理由は、皇太子によって婚約破棄され、全てを失ったとされているからだ。フェリシアーデははオルトリタールと聖女を恨んでいる――そう思われている。




 動機としては十分だ。そしてもし、今皇太子と聖女の行方不明が学園から世間にもれたら――疑いはさらに深まるだろう。




 そして、事実などどうでもよい。世間がそう認識したなら――それは真実となってしまう。




 少なくとも、そう疑われた……その時点で、貴族としてのダメージは計り知れない。




 ローエンドルフ公爵家はおしまいといってもいいだろう。ガディスティンにとって、娘は頭痛の種であった。いっそ完全に離縁して放り出せたらどんなに楽だろうか。




 しかしそれはできない。できないのだ。




「状況を――覆せるのか?」


「もちろん」




 ガディスティンの言葉に、フェリシアーデは答える。




 何の逡巡もなく、まっすぐと。




「根拠は?」


「それを言えば、父上は大層お困りになるかと」


「――そうか」




 ガディスティンはもはや諦めの境地に達しかけていた。


 


 娘の思惑に乗るしかない。




(……どうしてこうなった)




 ガディスティンは、元凶の男をひたすらに呪った。










 父親との話が終わり、自室に戻るフェリシアーデ。




 自室には荷物も家具もほとんどない。




 それもそうだ。私物は全て破壊され、イナーカスに送られた。




 最低限のベッドは他の部屋から運ばせたが。




 他の部屋――客人用の部屋に寝る事も考えたが、何を仕込まれているかわかったものではなかった。




「おかえりなさいませ、御嬢様」




 執事のクォーレが出迎える。




 フェリシアーデは、クォーレを気に入っている。慇懃無礼で生意気だが、実に忠実な執事だ。




 彼女の意図を明確に汲み取り動く手腕は信頼できる。




「彼、動いていますよ。


 お嬢様もヒドい人だ。本当に同情しますよ、ユルグ殿には。


 ひどい女を押し付けられて振り回されて。僕なら胃に穴が開いてしまいますね」




 それはそれとして、毒舌に腹は立つのだが。




「理解しているさ。私はひどい女だとな。


 だがそれでも――」




「本当に愛してしまったんですね」




 クォーレは静かに言う。




 クォーレには恋愛は解らない。何しろ初恋もまだだ。




 だがそれでも、人を大事に思う気持ちはわかる。そして、目の前の性根の捻じ曲がった主は、ユルグという男を大切に思っているのはわかる。




 それ故に――哀れに思ってしまう。




 ガディスティンとの話でも出たことだが、フェリシアーデの現在の立場は最悪だ




 皇太子と聖女を狙う動機がフェリシアーデにはある。




 そのため、逮捕こそされていないものの、軟禁状態だ。




 公爵家への復帰があと一歩遅ければ、今頃は犯人として捕らえられていただろう。




 故に、フェリシアーデは動けない。




(あなただけがたよりですよ、ユルグどの)




 クォーレは思う。




 自分自身も、この状況では大きく動けない。




 もはや、フェリシアーデを救うには、ユルグに上手く立ち回ってもらうしかないのだ。




(本当にお嬢様にふさわしい男なら――期待に応えてくださいね)

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