犯人は、ユルグ・ノンヴィ・イナーカス

 翌日。




 レーゼンの制服を着た俺は、学生に成りすましていた。




 ユクが「写真撮らせろ」とうるさかったが、それはともかく……




 授業が始まるまでの間、生徒たちに紛れてまずは食堂で朝食。その後レーゼンの部屋に隠れ待機し、放課後に動き出す。




 はず、だっのだが。




「広くて帰るの間に合わないな……」




 この学園は広かった。そしてでかかった。




 まあ銀河帝国から選ばれた貴族の子女たちが通う学園である。そりゃでかいさ。




「PiPi?」




「ああそうだよ」




 L3の言うとおりだ。ぶっちゃけ、迷った。




 仕方ないだろう、都会で迷うのは田舎者の権利だ。仕方ない。




「こうなったら、動くしかないか」




 なるべく目立たないように。




 俺は生徒たちの流れに紛れこみ、そしてトイレに入る。




 そして生徒たちの喧騒が収まるのを待った。




 周囲に人間がいないことを確認し、ゆっくりとトイレから出る。




 ひとまずの目的は、コンビュータのある所だ。本来の予定何羅L3に単独でこっそり行ってもらう予定だったが、この際二人で行こう。




 授業中の人のいない廊下を進む。




 コンピュータ室に到着する。




 部屋にはロックがかかっていたが、レーゼンから渡された風紀委員用のIDカードがあればセキュリティを解除できる。




 ……本当に彼は頼れるな。ありがたい。




 部屋に入る。




「頼むぞ、L3」


「Pi}




 L3はマニュピレーターを延ばし、コンピュータに接続する。




 そしてデータを片っ端からダウンロードしはじめた。




「早く頼むよ」




 時間をかけていて見つかったらますい。




 そうしていると、




「Pi」




 L3が、どうやら謎のメッセージを受信したらしい。




 ……怪しい。




 どうするべきか。しかし、L3から差出人の名前を聞いたとき、俺は決断した。




 ――あまりにも、アホすぎるだろう。




From.オルトリタール・ルム・リギユーラ。




 馬鹿馬鹿しすぎて、目眩がした。







 部屋から出る。




 必要なデータは集まった。あとは寮のレーゼンの部屋に行って情報ほ整理しつつ、昼休みや放課後を待ち、聞き込みをする。




 俺は気づかれないよう廊下を進み――




「あら、そこのあなた」




 ――いきなり見つかってしまった。




 どうする。




 まだ後ろから声をかけられただけだ。全力ダッシュで逃げ出すか?




 いや、それで不審がられたらそれで終わる。




 どうするか……




「もしかして、ユルグ様ではなくて?」




 ――俺を知っている?




 懐の銃に手をかけ、ゆっくりと振り向く。




「やはり――ユルグ様でしたわね」




 そこにいたのは――




「グリンディアナ……様」




 学園の制服に身を包んだ、グリ公だった。






 なぜこの女がここに――と思ったが、よく考えたらコイツも学園でフェリスとどうこうとか言ってたな。




 正直この女にいい印象は無い。




 美辞麗句で飾り立てた優しい言葉と態度でしか語らない人間だという印象しかなかったからだ。




「なぜ、あなたが学園におられるのですか?」




 さて、どう答えるべきか。




 そう迷っていると、




「……もしや、フェリシアーデ様の事と関係があるのですか? 帝都の公爵家の屋敷に戻られて、軟禁状態とか……」




 ……と。自分から言い出した。




 その表情は、どう見てもフェリスの身を案じているようにしか見えない。




「軟禁状態……? そんなことになってたのか」


「はい。


 ……ユルグ様。廊下ではなんですので、場所を変えましょう。お話ししないといけないことがありますわ」


「……」




 さて、どうするか。




 ……どのみちこのまま廊下にいるわけにもいかないしな。




「わかった」




 そして俺は、この女に従い、移動した。









「上級貴族の家の生徒に与えられる私室ですの。


 寮の部屋ではないので、異性の方をお迎えすることもできますわ」




 グリンディアナは説明する。




 セキュリティは万全らしい。確かに私兵の宇宙トルーパーが警備についてたな。




 ――それが吉と出るか凶と出るか、鬼が出るか蛇が出るか。




「フェリスが軟禁状態って……」




 俺は話の続きをすることにした。この女の情報を鵜呑みにするつもりはないけど、少しでも情報は必要だ。




「ええ。皇太子殿下の襲撃、そして殿下と聖女様の失踪……そのタイミングでの帰還。


 このタイミングは怪しい、犯人ではないかと怪しまれておりますわ」


「……やっぱりか」


「ユルグ様も……フェリシアーデ様を疑っておられますの?」


「……」




 ふむ。言い方が妙に引っかかるな。




 ……。




 よし。




「ていうか、ぶっちゃけ振られたんだよ、俺」




 正直に話した。




「まあ……」


「一週間ぐらい前だっけ。いきかり帝国の船と軍隊が来てな。


 フェリスが……いや、フェリシアーデが「状況が変われば関係も変わる。夫婦ごっこは楽しかったが、残念ながらここまでだ」ってさ。


 一方的に、離縁を突きつけられたよ」




 ……。




 事情ありだと確信してるけど、いざ口に出すとめっちゃへこむ。




「まあ……」




 グリンディアナは、目を伏せる。




「それは……とても悲しい話ですわ」




 そしてグリンディアナは俺の手をそっと握る。触るなよ。




「元気を出してくださいまし。


 あのお方は……昔からそうでしたから」




 昔から男捨てまくってたとでもいうのかよ。名誉棄損も大概にしろよ。




 グリ公の評価が俺の中でさらに五段階下がった。もう虫レベルでいいや。




 ミドリムシだな。




「私とフェリシアーデ様は幼馴染でしたが……


 あの方は、手に入れたものに執着しない方なのですわ」




 ふーん。




「そのくせ、手に入らなかったものは欲しがる強欲な方なのです」




 いや普通だろ。




「――ユルグ様。


 私が力になりますわ、あなたの力に」




 いらねえ。




 俺が力になってほしいのはユクリーンやレーゼンみたいな信用出来て頼りになる奴らだし、欲しいのはフラットな立場と視点での情報だ。゜




 あと手を離せよ早いところ。




「……疑って、おられるのですねフェリシアーデ様を。無理もありませんわ、一方的結婚させられ、そして一方的な都合で離縁などと」




 いいや全く。




 犯人などではないと確信しているし。一方的離縁は事情があってのことだと確定事項だし。




 本当に自分の世界で話してるなこのミドリムシ。薄っぺらいことこの上ない。




 だけどここは……悲痛な顔をして黙っておくことにした。




 まともな情報は入りそうにないし、とっとと流して早いところ寮の部屋に戻りたい。




 適当に切り上げとっとと帰ろう。




そう思っていたのだが。




「……今のユルグ様には、つらいと思いますが……ですが、真実を告げるに値すると思いますわ」




 ミドリムシが何か言い出した。




 真実……?




「真実とは?」


「これを……見てくださいまし」




 グリンディアナはそういうと、立体映像を再生した。




 そこに映し出されたのは……




「な……?」




 パーティー会場に爆弾をしかけている、フェリスの姿だった。




「偶然撮影された記録ですわ。我々が慌てて素隠したので、表沙汰にはにっていませんが……」




 フェリスの身を案じて隠したらしい。




 しかしこれは……




「信じられないな」




「はい。ですが事実ですわ。この後……皇太子殿下は爆発に襲われました。九死に一生を得ましたが……」




 この映像は……どういうことだ?




 まさか……




 そしてグリンディアナは言う、




「安心してくださいまし。


 まだフェリシアーデ様を救う方法はございますわ。私はあなたの味方です。


 たとえフェリシアーデ様が銀河帝国を、あなたを裏切っていたとしても――私だけは」




 手を握ってくるグリンディアナ。潤んだ瞳で俺をじっと見てくる。




 そして、次の言葉が、俺の行動を決定した。




「ユルグ様。


 王太子殿下と、聖女アリシア様は――私が匿っていますわ」




 





 放課後。




 待ち合わせの場所に、ユルグは姿を現さなかった。




「兄さん、どうしたのかしら」




 昔から兄は約束の時間だけは守った。間に合わない場合も、連絡はよこした。




 それが――何の音沙汰もない。




 おかしい。ユクリーンは不安になっていた。




「ユルグさんの身に何もなければいいんだが……」




 レーゼンも心配する。




 彼にとって、ユルグはつい昨日あったばかりの男でしかなく、他人と言ってもいい。




 しかし、彼は内心で姉御と尊敬するユクリーンの兄だ。さらには、愛する妻のために単身、宇宙の辺境から乗り込んできたという。




 状況から考えると、最悪――公爵家や、帝国そのものを敵に回してしまいかねないというのに。




 その勇気、その行動力。男として尊敬できる。




 騎士とはかくありたいものだ――レーゼンはそう思った。




「何もって何よ」


「それは……その。どう考えてもこの話、穏やかなものじゃないからな。


 ユルグさんの言うとおり、学園に……その本人や一味がいたとしたら」




 誰が敵かわからない。




 状況は、想像以上に危険なのだ。だから、皇太子襲撃の話は口に出せなかった。




「そうよね。とにかく待つしかないか」


「まだ動いてるのかもしれない。ユルグさんは夜には俺の部屋に戻るはずだし、その時に」


「私にまた男の部屋に夜に忍び込めっていうの、風紀委員さん」


「そんな場合じゃねぇしな」




 レーゼンは平然と言う。




 別に彼を男性として意識しているわけではないが、その朴念仁っぷりに軽く頭が痛くなったユクリーンだった。




(こいつ、私を女として見てないのよね、尊敬してるって言ってるくせに)




「いってぇっ!!」




 とりあえず蹴飛ばしておいた。







 夜。




 レーゼンの部屋にユルグは戻ってこなかった。




 連絡もなしだ。




「……駄目。連絡入れても繋がらないわ」




 ユクリーンが言う。本格的に心配になってきた。




「……明日戻らなかったら、仕方ない」


「どうするのよ」


「逆の発想をしてみるだけだ。外部の不審者として、学園中に呼びかける」


「……無茶だけど、それしかないかもね」




 足取りを追うにはそれが一番だろう。




 風紀委員としての立場を使えば、見つかった後の保護も大義名分が立つ。




 その方向で話がまとまり掛けた時――




『臨時ニュースです』




 つけていた宇宙テレビの放送が切り替わった。




『本日夕刻、オルトリタール皇太子殿下と、そして学園で新たに誕生した聖女アリシア様が殺害されたと一報が入りました。


 お忍びで外出していた時に、襲撃され殺害された模様です。


 映像記録によると、犯人は……』




「なんですって!?」


「殿下たちが……学園の外で!?」




 ユクリーンとレーゼンはあまりの展開に驚く。


 


 だが続いたニュースは、さらに驚くべき――ありえない事だった。




『犯人は、ユルグ・ノンヴィ・イナーカス。


 皇太子殿下に婚約破棄され追放された事で一時期ニュースを騒がせた、フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ公爵令嬢の夫と言う事であり――』




「――嘘」




 ユクリーンが膝をつく。




 あり得ない、絶対に。




 だが、宇宙テレビに映し出される映像は――間違いない。




 ユルグが、人のいない路地裏を歩いているオルトリタールとアリシアに近づき、口論の末射殺する映像だった。


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