いかにも我らはドラゴニアン

 それは唐突に訪れた。


「旦那様!」


 クォーレが慌てて部屋に駆け込んでくる。


「どうした?」

「惑星に接近する巨大生物が確認されました。

 全長100メートル級の……宇宙ドラゴンです。それも複数」

「なん……だって!?」


 でかい。

 なんだってそうんなサイズの奴が……よりによって親父たち全員出払ってるタイミングでやってくるんだよ!?


「迎撃は可能か?」

「無理ですね、我々の今の装備では太刀打ちできません」


 普通の宇宙モンスターならともかく、超大型の宇宙ドラゴンは厄介だ。


「……くそ、じゃあ逃げの一手しかないってのか」


 今すぐ領民に避難警報を出さないと。あと、親父たちに連絡だ。

 間に合うかどうか……。


「いえ、おそらく狙いはこちらです。まっすぐこの屋敷に向かってきています」

「……マジか」

「はい。一直線に、迷いなくです」

「……」


 宇宙ドラゴンがこっちに、ここに。

 ……まさか……。


「狙いはユリシア……か?」

「わかりません。ですが可能性はあるかと思われます」

「……っ」


 俺は急いでユリシアの部屋へと向かい扉を開けた。

 そこには、ユリシアとフェリスがいた。二人共、突然の事態に驚いている様子だ。


「パパ、どうしたの?」


 ユリシアが首を傾げる。


「敵だ」

「なんだと!?」


 その言葉にフェリスが立ち上がる。


「領民には避難指示を出した。いいか、お前たちは隠れてていろ」

「隠れていろって……一体何があった。敵とはいったい」

「宇宙ドラゴンだ。全長100メートル級の」

「なんだと!?」


 フェリスが驚く。そりゃそうだ。

 通常の宇宙ドラゴンはせいぜいが三十メートルで成竜とされている。

 100メートルの体躯だとどれくらい生きたのか。

 そしてそれはつまり……。


「高度な知性がある、ということか」


 そう。

 長く生きた宇宙ドラゴンは知性を有する。故に厄介なのだ。

 場合によっては、とても凶暴で邪悪な個体である事もある。確か過去の伝説では、千年を生きた宇宙ドラゴンが惑星一つを破壊した話もあった。

 惑星の文明を滅ぼしたとか、住民を全滅させた――ではなく、惑星そのものを破壊したらしい。

 だが……。


「交渉の余地があるかもしれない」


 少なくとも、直線的にこちらに向かっている以上、明確な意思があるだろう。

 ならば、可能性はあるかもしれない。


「……」


 俺は部屋に置いてあった、勇者の杖を手に取る。


「ユルグ、それは」

「……まだ使えないけどな」


 勇者の杖アエティルケイン。宇宙勇者のみが使えるという武器だ。

 使用するには強力な魔力――エーテル力の総量と、操る技量が必要になる。俺にはその技量はまだない。

 だけど――。

 いざという時の、自爆覚悟の一撃には使えるだろう。

 それに、これを持っていることで威嚇、示威にはなるかもしれない。

 

通用すればだが。


「パパ……」


 ユリシアが不安げな顔で言う。


「大丈夫だ。パパに任せておけ」

「でも、ユリシアも戦う!」

「ダメだ」

「なんで!?」


 ユリシアが叫ぶ。


「パパだけ戦わせるなんてできないよ! ユリシアも――」

「駄目だ」


 もしかしたら。

 もしかしたら――ユリシアの同族の可能性だってあるんだ。そんな相手にユリシアをけしかける? 論外だ。


「ユリシア、頼むから大人しくしててくれ」

「うう……」


 ユリシアが俯く。そして……。


「わかった……」


 と小さく言った。


「ごめんな、わがまま言って」

「ううん、だいじょうぶだよ」


 そう言ってユリシアは笑った。


「パパ……気をつけてね」

「わかっているさ」


 そう言って、俺は立ち上がった。


「行ってくる」

「……行ってらっしゃい」

「ユルグ。くれぐれも無茶はするな」


 そうして、俺は玄関へと向かった。


 外に出ると、空に巨大な影が見えた。

 ひときわ大きいのが一匹。目視した限り130メートルはある。その周囲には70メートるから100メートルぐらいのが……全部で六匹か。

 体色は黒い。漆黒の巨大な宇宙ドラゴンたちだった。


 うん、勝てる気しねえ。20メートルくらいの宇宙ドラゴンなら勝てるけどこれ無理。ガタノ=ゾアがかわいく見える。

 逃げたい。つかマジでこんな時になんでいねえんだよ親父たちは。

 俺の内心の叫びを無視し、それらは、ゆっくりと……降りて来た。

 ……。

 つまり、問答無用に襲ってくるわけではないということか。

 ああくそ、なんだってこんなことに。

 俺はただ家族でのんびりスローライフを過ごしたいだけなんだが……。

 覚悟、決めるしかない。


「知性ある宇宙ドラゴンとお見受けする、目的は何だ!」


 俺は声を張り上げた。内心のガチビビリはとにかく押し隠す。こういう時は堂々としている方がいいのだ。

 すると……一番大きなドラゴンは口を開いた。


『我が名は、ファーヴガン・ゴルルドゥル。スヴァル氏族の若き長である』


 スヴァル……氏族? なんだそれ。宇宙ドラゴンってそういうふうに氏族名を名乗るとか聞いた事ないが……。


 そう考えているとファーヴガンは続けた。


『くくく、そう身構えるな。我は貴様に礼を言いに来たのだよ』

「礼……?」


 どういうことだ?

 しかし……今のところ明確な敵意はないようだ。


『我が同胞が世話になっているようなのでな。保護の礼と、そして引き取りに来た次第よ』


 ……。

 同胞、か……つまりこの宇宙ドラゴンは。


「ドラゴニアン……」

『ほう』


 俺の言葉に、ファーヴガンは面白そうな顔をした。


『よく知っているではないか。いかにも我らはドラゴニアン。

 かつて滅びし竜星の末裔、ドラゴニアンの黒き民、スヴァル氏族である。

 我らを……俺をくだらぬトカゲと同一視しない知見は褒めてやろう』


 そう言うと、ファーヴガンの身体が光る。

 これは……魔力の波動だ。そして次の瞬間には、ファーヴガンの姿は人間に変わっていた。

 豪奢なマントを羽織った、浅黒い肌の男性だった。頭部には角も生えている。

 ファーヴガンだけではなく、他の七体の宇宙ドラゴン……いやドラゴニアンたちも同様に男性の姿に変わっていた。何人かは、頭部がドラゴンそのものだったが。


「これで話しやすくなっただろう?」


 そうファーヴガンは笑う。

 ……友好的な笑顔だが、しかしどうしても俺は、その笑顔を好きになれそうにはなかった。


「ああ、確かにな」


 俺はそう言って、肩をすくめた。


「それで、あんたたちがここに来た理由は?」

「なに、簡単なことさ、友よ」


 ファーヴガンが笑う。


「我らスヴァル氏族は、ドラゴニアン最後の生き残りだ。全宇宙に散らばった仲間を集めている。

 そして君の所にも我が同胞の少女がいるとわかった。

 だから、迎えに来た……実にシンプルでわかりやすい理由だろう?」


「……」


 俺は黙り込む。

 迎えに、か……。


「悪いが……それは出来ない相談だ」

「何故だ?」

「俺は……ユリシアを守ると決めたからだ。ユリシアは俺を助けてくれた。だから……守ると。ユリシアは俺の……娘なんだ」

「ふむ」


 ファーヴガンが顎に手を当てる。


「君がそこまで入れ込んでいるとはね。だが考えても見たまえ」


 ファーヴガンは手を広げて言う。


「我々竜星人と君たち短命の猿……と、失礼。短命人類種とは生きる時間が違うのだ。

 我々は数千年を生き、そして死ぬ。だが君は違うだろう?」

「それがどうした」

「君はいずれ数十年で老いさらばえ、そしてその命は潰える。

 だが、彼女の時間はそうではない。彼女にとって、君は永遠に近い時の中のほんの一瞬を一緒に過ごすだけの相手にすぎない」

「……」

「彼女はきっと、君が死んだ後もずっと一人きりで生きていかねばならぬ。それはあまりに酷なことだとは思わないかね?」

「……」


 それは……事実だ。

 標準的人類種の俺と、ドラゴニアンであるユリシアの寿命は違う。

 寿命が違う種族どうしが家族となる場合に起きる問題は、昔から話題に事欠かない。


「だが、我々の元ならば、そんな心配はいらない。

 我々は彼女と同じ時間を生きられる、同胞なのだ。共に暮らし、助け合っていけるだろう」

「……」

「さあ、どうだ? 今一度考え直してみる気は無いか?」

「…………」


 俺は考える。

 確かに……こいつの言う事は正しい。

 俺はいつか必ず死ぬだろうし、その時ユリシアを置いて行くことになる。

 ユリシアは幼い。

 長命種には二種類あり、成人するまでは人間と同じ速度で成長し、そこからゆるやかな成長と老化をしていくもの、そして最初からずっとゆるやかなものだ。

 ドラゴニアンはどちらなのだろうか。もし後者だとしたら、俺やフォリシアが老いて死ぬときも幼い子供のままなのかもしれない。

 それはとても残酷なことだ。

 いや、大人になるまでは俺たちと同じように成長したとしても――それでも変わらないだろう。

 俺たちは確実に、ユリシアを早く置いて去って逝くのだ。

 それをわかっていて、ユリシアを手元においておくのか。それは正しいことなのか。


 だけど……。


「それでも……」


 俺が呟くように言った言葉に、ファーヴガンが眉を上げた。


「なんだと?」

「それでも、だ」


 ……それでも、俺は続ける。


「たとえ短い間だけだとしても、俺にとってはこの日々はかけがえのないものだった。

 俺とフェリス、ユリシアの三人が過ごしたこの毎日は、何物にも代えがたい大切なものだったんだ」

「……」

「俺はもう、この幸せを失うつもりはない。誰にも奪わせないし、壊させもしない」

「……なるほど、では仕方ないな」


 そう言って、ファーヴガンは笑う。


「悲しいが、友よ。君を倒し、仲間を救い出すとしよう。……行け」


 その言葉と共に、一斉に周囲のドラゴニアンたちが動き出した。

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