間違っているのは、この宇宙だ


「……っ」


 攻撃態勢に入るドラゴにアンたち。なんてこった、最悪の展開だ。

 無駄とは思うが、俺は勇者の杖を手に取る。


「ユルグ様!」


 クォーレが叫ぶ。


「下がっていろ」

「いけません! その者たちと戦っては! 全てが……終わります!」


 そのクォーレの普段とは違う焦った声に、俺は足を止める。

 ドラゴニアン達も動きを止めた。

 余裕の表情をしている。


 ……嫌な感じだ。

 強いから見下している……とかじゃない。別の理由でこいつらは、勝ちを確信しているようだった。

 クォーレは言う。


「星間国家間希少生物保護条約……オメガケンタウリ条約。

 ドラゴニアンはそこで保護指定種族に認定されているんです!」

「それは……どういう」


 俺の疑問に答えたのは、ファーヴガンだった。


「君たちが私たちに危害を加えた瞬間に、君たちは犯罪者となる……ということだ。

 そう、銀河帝国だけでなく、銀河共和国、銀河諸王国連合……そういった全ての文明圏を敵に回してしまうということだ。

 そう言えば猿の脳みそでも理解してくれるかな、友よ」


 ファーヴガンが馬鹿にした口調で言う。


「なっ……」

「くくく、さて、賢い選択をするがいい。最後のチャンスだ、猿。

 大人しく同胞を差し出すか……それとも、蹂躙されるか、宇宙の全てを敵に回すかだ。好きな方を選べ」


 俺は唇を噛んだ。

 ユリシアを渡したくはない。逃がすためならこいつらと刺し違えて時間を稼ぐ覚悟だってある。

 だが――手を出してしまったら、フェリスも、親父たちも……俺の家族が、故郷が……銀河全てを敵に回す、だって?

 ふざけるな。

 そんな、そんなこと――!


「さあ、選ぶがいい、友よ」


 ファーヴガンが言う。


「……」


 俺は黙り込んだ。

 何も言い返せなかった。


 だが……その時だった。


「い……一緒に、い……いき、ます」


 それは。

 俺の後ろから……屋敷の扉から聞こえてきた、小さく、そして何よりも通る……悲痛な声だった。


「ユリシ……ア」


 俺は振り返る。

 そこには……涙を目に溜めながら、立ち上がってこちらを見る、小さな少女がいた。


「だめだよ……パパ……みんなが、危なくなっちゃうから……」

「だけど……お前は……俺の娘で……家族じゃないか……」


 俺がそう言うと、ユリシアは首を

振った。


「ユリシアは大丈夫……だよ。

 この人達と一緒のほうが……きっと安全だし……パパとママが……安心できると思うから……」


 その笑顔が……つらい。

 必死に強がって耐えている。

 俺は……娘に、こんな顔をさせて……!


「ユリシア……」

「だから……お願いします……パパ……。

 ユリシアを……わたしを、あのひとたちのところに、わたしてくだ……さい」


 そう言って、頭を下げるユリシア。

 その姿に……俺は、胸が締め付けられる思いになった。

 そして――ファーヴガンが笑う。


「素晴らしい、流石は我が同胞だ。ああ、その通り。我々は君に危害を加えないし、彼らにも我らから危害を加える事は無い。

 竜の誇りにかけて誓おうじゃないか、同胞よ」


 ファーヴガンの笑いが聞こえる。


 後のことは、よく覚えていない。ただ、俺は……自分の感情を抑えるので精一杯で、そして……。


「……よく覚えているがいい。我々は、弱い」


 ファーヴガンは俺の耳元で言った。


「だから最強なのだ。種として弱く、守られねばならぬ我々に、敗北は無い。胆に銘じておけ、我らを守り、助けてくれる素晴らしき……猿よ」


 ファーヴガンとドラゴニアン達は、ユリシアを連れ、俺たちに背を向け飛び立っていった。そしてその後ろ姿を……俺は見送った。

 何も……できなかった。

 俺は……無力だ。

 クォーレもフェリスも何も言わなかった。いや、もしかしたら何か言っていたのかもしれないが……俺の耳には入らなかった。

 その後、親父たちも戻って来た。

 説明はクォーレがした。

 親父は、娘を守れなかった俺を責めなかった。

 いや、領主としては、血も繋がってない娘を一人差し出して領民を、家を守った息子を褒めるべきだったんだろうな。

 もしそんな事を言われたら……俺はどうなっていたかわからないが。怒っただろうか。それとも笑っただろうか。

 そうだ。俺は正しいことをしたんだ。

 条約で保護された生物を助け、そして仲間の元に返した。そして家や家族を守ったんだ。褒められてこそ、責められる謂れなんて何もない。

 俺は俺を誇るべきだ。

 そうだろう?



『――パパ……!』



「ふざけるなッッッ!!!」


 俺は叫び、持っていたグラスを壁に叩きつける。割れたガラス片が散らばり、ワインボトルが倒れて中身が床にこぼれた。


「ユルグ……」


 フェリスが心配そうに声をかけてくる。

 だけどやめてくれ。今の俺には、お前の……慰めだろうと、責めの言葉だろうと……聞きたくないんだ。


「……悪かったな、騒いで」


 俺は立ち上がると、部屋の隅にある戸棚から新しい酒瓶を取り出した。


「飲むか?」

「……」

「まぁ……飲めないか」


 俺は酒を一口飲み込むと、窓の外を見た。空は暗くなり始めており、夕日が山の向こうに沈もうとしていた。


「……ユルグよ」


 今度はシュミット兄さんが話しかけてきた。今は聞きたくないんだけど。


「すまない。私が私がドラゴニアンについてもっと詳しく説明しておくべきだった。

 そうしておけば……」


 知っていたとしても、何も変わらなかっただろう。

 なんにしろ、奴らは来て、ユリシアを連れて去っただろう。無力な俺を嘲笑いながら。


「別に兄さんが謝ることじゃないだろ」

「だが……」

「それに、あいつらの言っている事は正しかった。正しかったんだよ……」


 俺は続けた。


「俺とユリシアは一緒にいちゃいけない。わかってたことなんだ。間違っていたのは俺で、だから……」

「そんなことはない!」


 突然、大声で叫んだのは、フェリスだった。


「……お前は間違ってなどいない。

 娘を愛し、そして傍にいたいと思う事のどこが間違っている。

 それが間違っているというのなら……間違っているのは、この宇宙だ」

「フェリス……」


 ……だけど、そんなことを言っても、もう何も……。


「……?」


 ふと、フェリスから目を逸らして窓の外を見ると、夕日に影が見えた。

 ……さっきと同じ、竜の姿だ。

 いや、あれは……赤い。


 夕日を背後にしてなお赤いそれは、赤い宇宙ドラゴンの群れだった。

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