辺境貴族と悪役令嬢の銀河スローライフ~断罪された悪役令嬢、田舎に嫁いだ先で真実の愛を見つける~

十凪高志

お前との婚約をここに破棄させてもらう

 ――その破局は、唐突に訪れた。


「フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ公爵令嬢。お前との婚約をここに破棄させてもらう」


 銀河帝国の貴族子女たちが通う帝国学園、その大広間のパーティー会場にて、銀河帝国皇太子、オルトリタール・ルム・リギューラが扇子を突きつけ、高らかに宣言した。

 その傍らには、平民でありながら銀河帝国学園に特待生として入学し、そして宇宙聖女にまで上り詰めたアリシア・ルインフォードがいる。

 彼女が、皇太子の新しい婚約者となるだろう。

 たった今、婚約破棄された、フェリシアーデの代わりとして。

 そう、誰もが思った。

 二人の話は聞いているのだ。学園中の噂になっている。

 二人は愛し合っている。そしてアリシアは聖女へと上り詰めた、宇宙シンデレラストーリー。

 そのクライマックスが、今、この瞬間なのだと、集う皆が理解した。

 彼女は、聖女は笑っている。

 つらそうな、悲しそうな表情をして、笑っている。全てが思い通りになったこの瞬間を迎え、微笑んでいる。


 ――今、宇宙の中心は彼女だった。


「私の愛するアリシアを迫害し、追放しようとし暗躍した数々の悪事、言い逃れはできん。――お前には失望したよ、フェリシアーデ。元婚約者よ。

 お前にはもはや宮廷、いや帝都惑星で暮らす資格はない」

「――殿下!」


 フェリシアーデが反論しようとするが、だめだ。

 周囲に投影された数々の証拠が、彼女が有罪だと物語っている。

 用意周到に、完璧に用意されていたかのような、誰もが反論出来ない証拠の数々だった。

 仮に、その証拠に綻びがあったとしても、皇太子と聖女の意向に誰が反論できようか。


「――追放だ」



 皇太子の、かつての婚約者のその冷たい言葉に、フェリシアーデの頬を涙が伝う。

 その涙にどのような感情が、激情が込められているのだろうか。

 フェリシアーデは、膝をつく。

 明暗は決したかのように見えた。

 勝者と敗者、光と闇。正義と悪。言い逃れなど出来ようもない。誰も。

 会場には、その姿を見て黙る者、同情する者、わけがわからないという者、様々だったが……

 しかし、あらゆる場所から、嘲りの笑いが聞こえてくると、皆その空気に同調した。


 公爵令嬢、フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフは……今日、全てを失ったのだ。



「よろこべ息子よ。お前の人生終わったぞ」


 突然だが、この俺、辺境の貴族であるユルグ・ノンヴィ・イナーカスは結婚が決まった。

 辺境の貴族、だ。辺境伯ですらない、本当に単なる辺境の小さな領地、人口一万人に満たない程度の惑星、いやもはや月レベルの小さな星、惑星イナーカスを治める、準男爵である。


 しかも俺自身は領主ですらない。その準男爵の三男である。


 二人の兄にはそれぞれ、妻と婚約者がいる。だから俺に話が来るのは妥当なのかもしれない。


 ただ、相手が――


「なんだって、父さん? いやファッキン糞ったれ父上様。俺の頭では理解出来なかったのでわかりやすく頼む」

「理解したくないの間違いだろうが言ってやろう、どぐされへたれ息子よ。

 お前の結婚相手は誰ぞあろう。

 我が銀河帝国の公爵令嬢、フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ様だ」


 ……。


 なるほど、これは夢か。またリアリティの無い夢を見ているなあ俺。

 昨日夜更かししたもんな。寝直すか。ぐう。


「現実逃避はやめろ息子よ」

「うるせー! おかしいだろ、なんで田舎の準男爵んちの三男坊に公爵令嬢様が嫁に来るって話になんだよ、これはあれか罠にはめてその姿を笑い物にする宇宙テレビかウーチューブの企画かそんなんだろそうでなきゃ何もかもがおかしいわ! ついにウーチューバーデビューかよ親父!」

「ああ、その通りだ。だがなユルグ。

 現実とは創作を越えるんだ。

 なぜこんなことになったかというと……」

「あれか。父上が偶然公爵家を何かから助けて、そのお礼にとかいう、創作物語にありがちなパターンか。そういうのこないだ見たぞ」


 前世でも似たようなのよく見たな。


「違う。そうじゃないんだ」


 そして親父は語り始めた。



 帝都惑星セントラリアには、宇宙貴族子女たちが通う宇宙学園がある。

 本当なら俺も通うはずだったが、金がないので通わなかった。そのぶん、妹が通っているのだが。

 その学園には、宇宙魔術の才能が優れているということで、平民の特待生も通っているという。

 その特待生の少女が、よりによって銀河帝国の皇太子と恋に落ちた。

 そして、公爵令嬢フェリシアーデ様は、皇太子の婚約者だった。

 当然、フェリシアーデ様は嫉妬し、そして特待生をいじめ、学園から追い出そうとしたらしい。

 その事実が明るみになり、皇太子は激怒。悪事の証拠を突きつけられ、フェリシアーデ様は婚約破棄された。


 宇宙公爵令嬢としての面子が丸潰れである。


 そしてローエンドルフ公爵家は、彼女を切り捨てた。

 公爵家は銀河帝国に逆らう気など、刃向かうつもりなどない。全ては愚かな娘の独断の暴走である。と。

 一時は、フェリシアーデ様は宇宙反逆罪で死刑という話もあがったということだ。

 そんな彼女に下った処分は、


 何の政治的意図もなく適当にサイコロかくじびきで選ばれた、どこの派閥にも属していない本当にどうでもいい田舎の下級貴族の所に嫁ぐ、というものだった。


 公爵令嬢としてのプライドも、未来も栄誉も全て失い、表舞台から消え去り、惨めな人生を送る――それが罰だ。

 その罰ゲームが、俺との結婚か。


「……泣いていい?」

「いいぞ」


 俺は大きく息を吸い込み、そして窓をあけて――


「お前は存在そものが罰ゲームだ、とかふっざけんなよ!! 俺は慎ましくもちゃんと真面目に生きてきたよ!! なんで祖国からこんな扱いされなきゃいけねーんだよ!! 叛乱すっぞ!! 出来ないけど!!」


 俺は叫んだ。


 ふっざけんなよマジで。

 なんでわけわからん恋愛のいざこざの尻拭い押しつけられなきゃいけねーんだ!?

 皇太子殿下も特待生とやらも全く知らねーよ、いや皇太子殿下の名前や顔ぐらいは知ってるけど。宇宙テレビや宇宙新聞で見た程度で。

 つか、そもそも皇太子が平民に手ぇ出すなよ。

 俺たち程度だって平民に手を出したら権力笠に着て手込めだなんだって怒られるぞ。宇宙マスコミにすっぱ抜かれるわ。

 公爵令嬢も平民相手にムキになるなよ。

 そりゃスキャンダルにもなるわ。

 もっと頭働かせろよ。そんな脳味噌花畑の連中の尻拭いかよ。

 こっちは恋愛にうつつ抜かしてる暇ないんだよ。

 宇宙魔物の駆除や宇宙盗賊宇宙山賊の対処とか領民のお悩み相談とか作物や家畜の世話とか本当に大変なんだよ。

 17年生きてて初恋もまだなんだぞ。前世だって彼女も出来る前に死んだわ。出会いなんて全くないし、出会いが欲しいと考える暇すらないわ。


 そしたらドロドロ宮廷愛憎劇の末に失脚した公爵令嬢の罰ゲームとして選ばれました、か。


 笑えんわ。

 前世でどんだけの悪事働いたらこうなるんだよ。


「決めた。逃げるわ俺」


 今日から宇宙冒険者になる。

 貴族の次男三男が冒険者になるって普通だし。

 この星は親父と兄二人でどうにかしてくれ。


「許すと思うか」

「息子想いの父親なら許してくれるはずだ」

「そうだな。大事な長男と次男、そして長女のために、俺は判断を下す」

「クソが! 三男はそんなに駄目かよ!!」

「駄目じゃない、すばらしい息子だからこそ公爵令嬢の生け贄にふさわしいんじゃないか、いいか息子よ、心を殺せ! 心を殺せ!」

「ふっざくんなよ、嫉妬で皇太子に喧嘩売って失敗かました女なんて地雷どころの話じゃないじゃねーか! そうだよ親父は母さんに捨てられて独身じゃねーか、後妻に迎えろよその地雷令嬢を!!」

「あってめぇそれが今まで育ててきた父親に対する仕打ちか!! ていうか捨てられてませーん、行方不明なだけでーす!! ちゃんと愛し合ってます!!」

「は? こないだ普通に手紙が来たけどな母上から兄さん宛に。母上普通に再婚してるんだけど!」


「……………………は?」



 あ。

 これは内緒にしておこうって話だった。

 親父は固まっている。宇宙バジリスクや宇宙ゴーゴンに睨まれたみたい。


「…………マジで?」

「うん」

「そうか。

 事情はシュミットが知ってるんだな」


 シュミットというのは長兄の名前だ。

 シュミット・ジツェーク・イナーカス。

 頭が良くて冷静な、頼れる兄である。


「ああ、うん、その」

「ちょっと話し合ってくる」


 そして、我が父上は静かに部屋を出ていった。

 その後、


「なんで黙ってんだよこの愚息がー!!」

「愛想尽かされたあんたが悪いんですよ!!」

「ふっざけんなよその間男ぶっ殺してくっから座標教えろ!!」

「誰が教えますか!! あの人のほうがよっぽど私達に優しいんですよばーか!! むしろあっちが父上ですね!! チェンジ!」

「あっ言っちゃいけねぇこと言いやがったなクソが!!」


 ガチャーンパリーンと、仲のいい喧噪が聞こえてきた。


 銃声も聞こえる。


 ……。


 なんでうちの家ってここまでひどいことになんの。



「ひどい話ですわ! フェリシアーデ様に対してあのような!!」


 学園の女子寮にて、そうフェリシアーデに言うのは、グリンディアナ・フォンデルム・ヴァナルディース侯爵令嬢である。


 ローエンドルフ公爵家の派閥に所属しててる侯爵家の娘で、フェリシアーデの幼なじみでもある。

 フェリシアーデの理解者である立場の彼女は、怒っていた。

 少なくとも言葉の上や、表面上の態度においては、の話ではあるが。


「平民風情がよりによって皇太子殿下に……! 殿下も殿下ですわ、あんな女にたぶらかされて!!」

「もう――終わったことだ」


 フェリシアーデは言う。

 彼女は、この状況を受け入れていた。それが、グリンディアナの癪に障る。


「ですが!」


「――グリンディアナ。私にこれ以上、恥をかかせないでくれ。もう、この事で頭を煩わせたくないのだ」

「フェリシアーデ様……」


 グリンディアナは、フェリシアーデの全てを諦めたかのような言葉に、口を閉ざす。

 これからフェリシアーデがどうなるのか、グリンディアナは知らない。だが、どうあっても返り咲くことは不可能なのは間違いない。

 だが、それでも……グリンディアナにとって、予期せぬこの状況――いきなりの婚約破棄は、ある意味ではとても喜ばしいものだった。


(ああ――出来る事ならば、ずっとそばで見ていたいですわ)


 グリンディアナは、ずっと窓辺に佇んでいるだけのフェリシアーデを見て、静かに――笑った。

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