とにかく、俺たちはこうして出会った。

 ということで。


 俺は全てを放り出して逃げるため、宇宙に出ることにした。このまま宇宙冒険者にでもなろう。よし決めたそう決めた。


 小さいながら宇宙船なら持っている。


 領地周辺のパトロールには必要だからだ。


 型落ちのガラクタだけど、まあそれでも性能はいい。可能な限り内部はカスタムした、自慢の愛機だ。


「ちょうどいい機会だよな」


 そもそも小さすぎる惑星に貴族の息子が三人もいるのもよろしくないだろう。


 幸いにも、兄弟仲は良いから、小さな領地を奪い合って戦うということもない。


 兄貴と親父がたった今殺し合いに発展しそうになっているが、まあ大丈夫だろう。



 実家から山一つ越えた場所にある、おんぼろ格納庫に俺は来ていた。


 ここに俺の宇宙船が隠されている。


「出番だぞ、【ウィンドブルーム号】……!」


 超古代宇宙語で、「花開く風」という意味らしい。

 

 俺がつけた名前じゃない。最初から登録されていた名前だ。


 この船は、超古代宇宙文明の遺産――ロストテクノロジー・スターシップなのだ。


 辺境伯様に連れられて調査と魔物退治に赴いた時に、遺跡で発見した。


 俺が第一執権者なので、俺に所有権が認められたのだ。


 最も、それは性能が辺境伯様の擁する宇宙軍の最新鋭宇宙船に比べると、見劣りしてしまうものだった――というのもある。


 遺失技術の結晶、遺産だからとて無条件で現行品より優れているというわけではない。要するに――まだ動く骨董品、なのだ。辺境伯様にとっては、珍しいけど別に手元に置いておかなくてもいいや、というレベルだった。


 これが中央の貴族だったら、珍しさでコレクションしていただろうが、辺境伯様にとっては物珍しさよりも戦力こそが重要だった。


 辺境というのは、単に中央から離れた僻地であると言う事だけではない。外宇宙の脅威から銀河を守らねばならない使命を帯びているのだ。


 ――本当に、“辺境伯”でなく、ただの辺境の田舎領主の家でよかったと心から思う。


 ともあれ、そういう理由で遺失宇宙船ウィンドブルーム号は俺のものとなった。


 この型落ちの骨董品を、仕事の稼ぎでちまちまと自分好みに改造した。


 それは全て、この日のためだったのかもしれない。


 俺が田舎の惑星を出て、広い宇宙に冒険の旅に出る、この日のためだ。


 さあ――


 俺は宇宙船に乗り込む。


 コクピットのスイッチを片っ端から入れ、システムを起動させる。


 Starship “Wind Bloom”

 System all green...


 モニターに文字が表示される。出航準備は万全だ。


 俺は操縦桿を押し込み、発進させる。


 煙を出し、音を立てながらも宇宙船は飛び立ち、大気圏を飛び出し――





 昨日まで存在しなかったバリヤーに阻まれた。


「なんっじゃあこりゃあ!?」


 こんなものこの星にはなかったぞ!?


 そもそも惑星を守護する障壁発生装置は高価だ。


 辺境伯様の直轄惑星には常備されているが、こんな小さな星には配備されていない。


 そもそも守る価値も――


 いや、違う。守るためのバリヤーじゃない。


 外に出さないためのバリヤーだ!


「そういうことかよ、クソったれ帝国があああ!!!」


 警告音が鳴り響き所々から火花や煙が出る中、俺は脱出ポッドに入る。


 そしてポッドが射出される。


 その脱出ポッドの中から、俺は――ウィンドブルーム号が墜落していくのを見るしかなかった。


「愛機ーーーーー!!」


 遺失宇宙船ウィンドブルーム号は、煙を吹きながら水平線の彼方に落ちて行った。


 俺はそれを、海に着水した脱出ポッドから外に出て呆然と眺める。


 脱出ポッドがなかったら死んでたぞオイ。


「――罰ゲームを完遂させるため、逃がす気無いってか」


 そこまで俺が嫌いか、銀河帝国。


 闇堕ちすんぞ、マジで。



「お前には失望した」


 フェリシアーデは、父親――ガディスティン・ヴァン・ローエンドルフ公爵に言われた。


「お前のおかげで、ローエンドルフ家は危機だ」


 その通りだろう。


 しかし私は、そのことについてフェリシアーデは後悔はない。後悔はしない。


 やるだけのことを、やらなければならないことをやった結果が、これだ。


「さぞや、満足だろうな。お前の行動の結果、因果応報だ」

「何が、でしょうか」


 フェリシアーデはガディスティンの回りくどい言葉に対して、直球に聞き返す。


「……ふん」


 ガディスティンは、めんどくさそうに鼻を鳴らした。


「お前の嫁ぎ先が正式に決まった。辺境の惑星イナーカスの領主の三男坊だ。

 さぞや満足な事だろうな、お前の行動の結果だ」


「――――ッ!」


 その父の冷たい言葉にフェリシアーデは、歯を食いしばり、叫び出したい衝動に耐えた。


 握りしめて震える拳、噛みしめて血が流れる唇を見て、ガディスティンは席を立つ。もうその姿を見ていたくもない、といわんばかりに。


「――望みどおり準備は済ませてある。糞田舎で精々慎ましく暮らすがよい」


 父親はそう言って、娘の傍を通りすぎる。


 それは決別の言葉だった。



 扉が閉まる。重すぎる音が響いた。


 ――フェリシアーデは。


「……っ、うぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 彼女は、泣いた。


 泣くしかなかった。溢れる感情と共に、涙がとめどなく流れ落ちていく。


 これが――これが彼女の選んだ道の結果だ。いや違う、始まりだろうか。


 ガディスティンの言ったとおり――未来は決定した。


 田舎の貧乏貴族の所に嫁ぐのだ。


 それは――どんなに、どんなに。


(嗚呼――どんなに!!)


 そしてもう、此処には戻ってこないのだ。おそらく――二度と。


 その未来を想い、フェリシアーデは涙が止まらなかった。




 そして運命の日がやって来た。


 大きな――しかし銀河帝国の公爵令嬢の輿入れと考えると小さすぎる宇宙船が、俺たちの星にやってきた。


 宇宙船のハッチが開く。


 そこから降りてきたのは、たった一人で、自分の足で歩いてくる、簡素なドレスに身を包んだ少女。


 フェリシアーデ・フィン・ローエンドルフ。


 いや、これからは、フェリシアーデ・フィン・イナーカスとなるのか。


 後ろでまとめ上げた綺麗な金髪に白い肌。透き通った金色の瞳。

 その表情は、とてもやつれている。泣きはらした後も見える。


 それはそうだろう。


 平民だってもっと立派な結婚式挙げるよ。


 ついてきた兵士……白い装甲服に身を包んだ宇宙トルーパーたちは、彼女が宇宙船を降りたのを見届けると、とっとと引き上げた。


 ……本当に見放されてるんだな。


 メイドの一人すら残らない。


 その自分の有様に、ふっ、と自嘲して笑う彼女を見て、俺は本当に同情する。


 俺も彼女も本当に罰ゲームすぎる。


「……お前が、私の夫となる、哀れな男か」


 フェリシアーデ様が、顔を上げ、俺を見る。


 ……てっきり。こんな男の所に嫁がされるとは、とか、私も堕ちたものだ、とか、こんな貧相な田舎貴族が、とかそういった侮蔑や罵倒が来るものと思っていたのだが。


 彼女は、明らかに俺に同情していた。


 まあ、見方を変えたら確かにそうだよな。いや、変えなくてもそうなのだが、最悪の不良物件を押しつけられたのが俺だ。


 彼女との結婚がないなら、兄貴たちのようにほぼ自由恋愛の形で伴侶を見つけられた可能性は高い。


 それこそ冒険者になって、身分も種族も関係ない自由恋愛も出来ただろう。


 その結果、どうにもならなくても、自分の行動の結果、自己責任だ。


 それを、適当なくじ引きで潰された俺。


 確かに哀れである。


 実際、ふっざけんなよクソ帝国がって思ったし。


 いつか絶対反乱軍に滅ぼされるぞ。


 だが、俺よりも酷い立場であるフェリシアーデ様本人に、そう言われるとは思わなかった。


「私の短慮、身勝手のつけを、お前にまで払わせることになって、すまないと思う」


「……いえ。悪いのは帝国とかですし」


 俺は素直に言う。悪いの全部帝国だわ。


「……帝国貴族が、随分な物言いだな」

「ま、フェリシアーデ様が来なくても、最初から出世も名誉もほど遠い、ほぼ平民みたいな田舎貴族ですし」


 何しろ、電柱が立って電線が引かれているんだぜ。この星。


 時々「超古代文明の遺物だ」と電線を見に旅行者や科学者が来たりするんだぜ、この星。そんだけ田舎なのだ。


 トイレだって、浄化分解光線方式ではなく、水洗式だ。今時、ウォシュレットなのだ。そしてトイレットペーパーで拭くのだ。


 罰ゲーム星だよ。


「そんな所に嫁がされるフェリシアーデ様には、本当に……」

「よい。全て私の軽挙妄動が原因だ。因果応報だよ」

「はあ……」


 本当にイメージと違うな。


 銀河帝国の公爵令嬢だぞ。自分の男に色目を使われたからと学園から追い出そうとした女だぞ。


 それが、こんな態度を取るとか。


 ……人の噂と現実は違う、というのはよく聞くけど、この人もそうなのだろうか。


 それとも、ショックで弱っているか、あるいは反省してこんな感じになっているのだろうか。


「迷惑をかけることになると思うが、よろしく頼む。ええと……」


 俺の名前も聞かされていないらしい。まあ罰ゲームだしな。初対面で落胆し絶望しろという帝国の粋な計らいなのだろう。クソ帝国め。本当に細かいところまで気を回した陰険さだ。


「ユルグ。ユルグ・ノンヴィ・イナーカスです。フェリシアーデ様」


「様、はいらないよ。夫婦になるのだからな。

 私のことはフェリスと呼んでくれ。親しい者はそう呼んでいた。

 ……今はもう家の者も学友だった者も誰も呼んでくれなくなった名だが」


 ……。


 重いわ!


 でも呼ばないと面倒臭そうだ。だって人生転落して鬱ってる人だものね。素直に従っておこう。


「わかりました、いや、わかったよ……フェリス」


 俺の言葉に、フェリスは静かに笑った。


 それは、先ほどまでの自嘲した、渇いた笑いではなく……ほんの少しだけど、柔らかく、素敵な笑顔だった。


 ……俺は、どこかでこの人を見たことがある。


 そんな既視感を覚えた。


 とにかく、俺たちはこうして出会った。


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